番外編 クリスマスもどき・上
本編からちょっとずれた番外編です。
高級宿の窓から、はるか下を歩く有象無象共を見下ろす。
これが、最近の俺のマイブーム。
高い酒を飲みながら愚民どもを見下ろすのは、なかなかに優越感が刺激されていい。
金持ちどもが高い建物を建てて住む理由が分かった気がする。
俺を見下していたっていうのか。ぶっ殺してやる。
『情緒不安定すぎる!』
しかし、見下ろしていて少し気になることがある。
それは、みな一様に興奮しているかのように、笑顔を浮かべていることだ。
なんでどいつもこいつも浮かれているんだ?
うっとうしくて仕方ない。
『なんでって……今日は生誕祭でしょ?』
そんな疑問に答えてくれたのは、勝手に装備されたくせに捨てることのできない呪いのアイテムこと魔剣である。
早く砕けてくれねえかな、こいつ……。
「生誕祭……?」
なんだっけ?
誰かが生まれた日だっけ?
……なんでそいつが生まれた日を祝わないといけないんだよ。
知らない奴の誕生を祝うより、俺という人類の至宝を祝え。
『というか、なんで君が知らないの? ずっとこの世界で生きてきたんだよね?』
まるで、別の世界で生きてきたような言い草だな。どうでもいいけど。
まあ、俺が知らないというのも仕方ないことだろう。
こういう浮かれたことをする余裕がない村だったからな。仕方ないね。
この王都のように、多くの人々が祝って楽し気な雰囲気だったら、俺だって気づいていたさ。
寒村で余裕のない故郷からすれば、どんな日もいつもの毎日と変わらない。
だからだろう。
そう俺が納得していたら……。
「あら? あそこは確かにさびれたつまらない村だったけれど、生誕祭は祝っていたわよ?」
きょとんとした顔で、俺の膝の上に頭をのせていたマガリが言った。
俺を大きな目で見上げながら、本を隣に置く。
…………え?
俺はサラサラの髪をなでていた手を止めて硬直してしまう。
……え? 生誕祭、あったの?
「いつもは貧相で簡素な食事だけど、その日だけは豪勢な食事をすることができるっていうささやかな祝い方だけどね。豪勢と言っても、たかが知れていたけど」
…………。
下を向いてむっつりと黙り込んだ俺を見て、マガリは聖女とは思えぬ邪悪な笑顔を浮かべ、ガバリと身体を起こす。
「え? もしかして、アリスターさん知らなかったの? 村でお祝いがあっても、知らなかったの? え? え? もしかし……ぼっちしていたの?」
そして、ニマニマと最悪の笑顔を浮かべて、顔を近づけてくる。
心底楽しそうな彼女を見て、俺は……。
「きええええええええあああああああああああ!!」
『は、発狂した……』
生誕祭祝っていたのおおお!?
なんで俺は参加していないんじゃボケがあああ!!
俺も豪勢な料理食いたかったあああああああ!!
『君なら、別にいいというと思ったけどね。他人との付き合いなんてクソとしか思っていないのに』
確かに、魔剣の言う通りだ。
人付き合いをメリットデメリットで考える俺に、他人との付き合いなんて無用である。
それはそうだが……ハブられていたのは納得いかねえ!
「人望がなかったのね」
「そんなはずはねえ! 女性陣からの評判は最高だったはずだ! 俺の演技で!」
『誇らしげに言うことじゃないよね、それ』
人望はバリバリあった!
マガリと俺で、村の人望は二分していたはずだ!
女は俺を、男はマガリを支持していたから、よくわかる。
絶対に誰かひとりくらいは俺を誘いそうなものなのに……!
なお、誘われていたら断っていた模様。
あんな寒村の連中に必要以上に媚びを売る理由はないからな。
「まあ、確かにね。『アリスターは忙しいから会ってくれないわよ』って言って飛んで火に入る虫を遠ざけるのは大変だったわ」
「俺がぼっちなのお前のせいじゃねえか!」
こいつ、俺に近づいてきていた女を遠ざけてやがった……!
ひとえに、自分よりも先に幸せになることが許せないがために。
俺の貴重な栄養摂取機会を奪いやがって……ゆ゛る゛さ゛ん゛!
「なに? 私の料理だと不服?」
「いや、別に。無駄に料理うまいしな、お前」
そういえば、この時期はいつもマガリが家にやってきて何か作ってくれていた気がする。
楽だし美味いしでわざわざ余計なことは言わなかったのだが……。
そうか。それが、生誕祭か。
「無駄じゃないわ。将来の男の胃袋をゲッチュするためのスキルよ」
ゲッチュって……。
それで、そのスキルで都合のいい男を捕まえられそうですかね……?
『……恋人同士で過ごす生誕祭、二人で一緒にいたの?』
唐突に魔剣が聞いてくる。
生誕祭ということを意識したことはなかったが、この時期だろ?
基本的に一緒にいた気がする……。
「なんだかんだ10年くらいか?」
「そうね。腐れ縁ってやつね」
『えぇ……』
困惑した魔剣の声が響く。
本当に腐れ縁だ。こいつさえいなければ、俺は今頃豪農の娘でも捕まえられていただろうに……。
しかし、それはそうと俺をぼっちにしたことは腹が立つ。
ということで……。
「勇者よ! マガリがここにいるというのは本当か!?」
「!?!?!?!?!?!?!?!」
バタン! と強く扉を開いてやってきたのは、この国の王子であるエリアだった。
マガリは高く飛び上がって驚愕する。猫かな?
さすがの高級宿とはいえ、王子を食い止めることはできなかった。
普段だったら処刑ものの不敬だが、今回ばかりは許そう。
なにせ、このバカ王子を呼んだのは、俺なのだから。
エリアはきざな顔をして、マガリを見る。
「ふっ……。自分から生誕祭にともに過ごすことを言い出せなかったらしいな。勇者から聞いたぞ?」
「うぇあ!?」
どんな声だよ。
聖女様、それでいいんですか?
「さあ、行こう。俺との素晴らしき生誕祭の夜を過ごそう。なに、すべて予約はとってある」
「(アリスタあああああああああ! 貴様ああああああああああああ!!)」
ぐいぐいと引っ張られていったマガリを、俺は満面の笑みで見送るのであった。
呪詛を吐くな、呪詛を。
「さて、外出るか」
邪魔者を排除した俺は、そう言って背を伸ばす。
『え? どうしたの? 君なら引きこもって惰眠をむさぼりそうだと思っていたのに……』
魔剣の驚く声。
確かに、外で浮かれている連中を見ているとはらわたが煮えくり返る。
『幸せそうな人を見てはらわたが煮えくり返るのは、勇者というか人としてどうなの……?』
ずっと引きこもって何も見ないでいたいのだが、ここにいるのは下策だ。
たぶん、誰か来る。シルクあたりが。
そうすると、お前絶対ついていけっていうだろ。だから、脱出だ。
『……相変わらずのクズ思考で何よりだよ』
誉め言葉をありがとう。
さて、もだえ苦しんでいるであろうマガリを思いながら、散歩でもするかあ。
俺はそう思い、意気揚々と外に出るのであった。
気合を入れた衣服にアイスクリームでもぶつけてやろう。




