第102話 仰ぎ見る
「ようこそお越しくださいましたわ! わたくし、この領地を治めさせていただいているマーラ・バルディーニと申します。はじめまして、聖女さん」
「は、はじめまして。マガリと申します」
高いテンションで自己紹介をする貴族の女――――マーラに対して、マガリも頬を引きつらせながら挨拶をする。
彼女もかなり気圧されているようだが、それでも猫をかぶっていられるのは流石だ。
「あらあら。とても美しくて可愛らしい人ですのね。仲良くできそうで安心しましたわ」
「あら、そうですか。マーラさんもお美しいですよ」
にこやかに会話をするマーラとマガリ。
先ほどまで頬を引きつらせていたマガリは、容姿を褒められてニコニコ笑顔になる。
なに喜んでんだ、お前。ちょろい女だな。
しかし、確かにマーラは言動こそヤバそうだが、見た目はとても整っている。
長い金髪はしっかりと手入れされているようで、太陽の光を反射してまるで輝くようである。
腰のあたりまで伸びているのを見ると、やはりそういうところまでちゃんとできているのは貴族なんだなと思う。
片目を隠すようになっているのは、趣味だろうか? 見づらいと思うのだが……。
肌は真っ白で皮膚のケアもちゃんとできているらしい。
端整に整った顔つきは、自信に満ち溢れていた。
まあ、『おーっほっほっほ』なんて笑い方をするくらいだ。実は自信がありません、なんて方がおかしいだろう。
スタイルもスラリとしていてとてもきれいだ。
おそらくは胸もしっかりと実っていて……マルタ以上シルク未満か?
まあ、少なくとも俺の隣に立っているド貧乳よりはあるだろう。
……痛い痛い。脚踏むな。
まあ、俺は容姿はどうでもいいので、とくに魅力的とも思わないのだが。
あまりスタイルをはっきりと視認することができないのは、彼女が貴族らしいドレスに身を包んでいるのではなく、動きやすそうで軽装備な防具をつけているからである。
……貴族が何で?
「あら? そちらの方は……? 護衛の騎士ではないようですが……」
マーラの視線が俺に向けられる。
ジッとこちらを見透かすように視線を合わせてくるのは、図々しい馬鹿なのかそれとも人の内側まで見通そうとしているのか……。
……前者しかないだろ、うん。
そんな考えを一切表に出さず、俺はニッコリと営業スマイルを披露する。
「はじめまして。聖剣に適合したので、今は勇者をさせていただいています、アリスターと申します」
「あらあらあらあら。とても格好いい方ですのね。それに、聖剣の適合者はずっと現れませんでしたのに……才能あふれる方なのね」
…………そう?
ふっ……なかなかいい女じゃないか……。
『君ついさっきこの人のことアホ貴族って言っていたんだよ? 覚えてる?』
忘れた。
『自分の都合の悪いことはすぐに忘れる……都合のいい頭しているなぁ……』
しかし、この女……馬鹿みたいな笑い方だが、頭の方は致命的に悪いというわけではなさそうだ。
うまく人を持ち上げていることから、それなりに頭は良さそうだ。
自分だけを持ち上げようとする馬鹿の集まりが貴族だとばかり思っていたが、よくよく考えていれば、上流階級のパーティーとかで腹の探り合いをしているのだろうから、むしろ賢い奴の方が多いのか。
今まで俺が出会った貴族が馬鹿ばかりだったということだろう。
……何でそんな奴ばかりと出くわされるんだろう、俺。
「是非皆様にはわたくしの邸宅でゆっくりしていただきたいのですが……申し訳ありませんが、今忙しくて対応できないんですの」
「…………」
本当に心から申し訳なさそうに眉を歪めながら、そう言ってくるマーラ。
それに対して、俺は下を向いて視線を合わせないようにしながら、むっつりと黙り込んで気配を消した。
ここは知らないフリが最善……!
首を突っ込んだら、間違いなく面倒事に巻き込まれるだろう。
そんなの嫌でござる!
『そんなの許さないぞ』
まあ、俺がそんなことをしていても、相変わらず魔剣が邪魔するんですけどね。
ああああああああああああああ!! 頭いったい!!
この頭痛を引き起こす力だけでもなくすことってできないのかな?
これと人の身体を勝手に操ることさえなかったら、溶鉱炉にぶち込むだけで許してやるのに……!
『それ以上いったいなにが……!?』
「何かあったんですか?」
それでも絶対に言おうとしない俺の代わりに、まさかのマガリが尋ねる。
こいつ……! 俺を陥れるつもりか……!?
答えなくていいぞ。庶民風情が口出しするなって言ってくださいお願いします。
「それが、村が賊に襲われたそうなんですの。領民を助けるのが領主の役目。今すぐ助けに行って、しかるべき罰を賊に与えるのですわ」
そう……。
マーラの言葉に、俺は無関心だった。
いや、当たり前だろ。赤の他人が危機に陥ったからって、なんだって話だ。
それも、目の前とかならまだしも、遠く離れた場所で起きて伝聞で知ったことだぞ? 知るか。
そもそも、賊に襲われるなんてこと、そんな珍しい話でもないし。
王都の近くとかだったら騎士団が目を光らせているからないだろうが、そこから離れた場所まで抑止力が働くかと言われればそうではないしな。
「お二人や皆さんは、わたくしの邸宅でお待ちくださいませ。すぐに戻りますわ」
はーい。
なんだ。このアホ貴族、意外と良い奴じゃないか。
では、お言葉に甘えさせていただくとしよう……。
『君も行くんだよ!!』
ぐおおおおおおおおおおお!?
先ほどとは比べものにならないほどの頭痛があああああああああああああああ!?
「りょ、領主自ら討伐に赴くんですか? そういうのは私兵の皆さんの役割じゃ……」
俺は、魔剣に屈するしかなかった。
いつも屈している気がするけど、気のせいだ。
「ここは、わたくしの領地ですわ! わたくしが行かないで、なんとしますか! それに、領民たちはわたくしに助けを求めてきたのです。であれば、当然わたくし自身が赴きますわ!」
『なんて素晴らしい人なんだ……』
胸を張って強く言葉を発するマーラ。
それに対して、魔剣が感激したような声を漏らす。
しかし、残念ながら俺はそんな好意的な感想を持つことはできなかった。
ただのアホ貴族だろ。トップがおいそれと危険な場所に行ってんじゃねえよ。
こいつがやられたら領地ボロボロになるじゃねえか。
それに、マーラが戦えるのであればまだしも、それができないのであれば私兵たちの足手まとい以外のなにものでもない。
彼らは主である彼女を守らなければいけないし、そうすると賊を叩くために十全の力を発揮することはできないだろう。
まったく……無能な上司が仕事場にのこのこ出てきても意味ないんだけどねぇ……。
『だったら、やらせないために君と僕が行かないとね』
やっぱり、この人の考えは凄いと思うな。彼女に任せよう。
何か武装もしているし、少なからず戦えるのだろう。
ここは、戦闘ド素人で門外漢の俺がでしゃばるところではないと思う。
それでは、失礼します。
『ダメに決まってるだろ……!!』
ぬおおおおおおおおおおおお!?
頭に走る刺さるような鋭い痛みと鈍器で殴られたような鈍い痛み……。
両方使うとかこいつ悪魔か!?
「お、俺も連れて行ってくれませんか?」
「え? で、でも、危険ですわ」
血反吐を吐く思いで言葉を発した俺を見て、マーラが気遣い溢れる言葉を発してくれる。
そうなんです! 助けてください! 危険ですよね!?
しかし、俺の口は勝手に開こうとする。
魔剣……! 貴様はどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ……!!
『完全に悪役のセリフだよね』
クソ……! 勝手に操られて意図しない言葉を吐かされるくらいだったら、いっそのこと格好つけて評価を上げるしかない……!
「ふっ……俺は勇者ですよ? 目の前で苦しんで助けを求めている人がいて、無視するわけにはいきませんから」
無視できるけど。
意味深に微笑みながら言えば、マーラはパッと顔を輝かせた。
「まあ! 流石勇者ですわ! では、わたくしと一緒に領民を助けに参りましょう!」
「ふっ……」
死にたい。
……いや、魔剣から解放されたい。
俺は空を仰ぎ見るのであった。




