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猫な私の恋する一か月

作者: ぽわぽわ


ふと、目を開けた。

どうやら私は、どこかの家の庭の茂みの中にいるようだ。

ここどこ?

あ、あれ? 立てない。

ちょっと待って……アレ?

自分の体を確認する。


「ニャッ!?」


えっ、声がっ!

それに体は毛むくじゃらだ!

どうしちゃったの? 男性ホルモンが暴走しちゃったの?

手の平を見る。

そこには柔らかそうなピンクの肉球が存在を主張していた。


「ニャニャニャッ!?」


それにこの声、猫!?

茂みから飛び出す。

民家のガラスが鏡の様になっていたので、すがる様に覗き込む。


「にゃあ……」


猫でした。

それも、黒猫。

子猫では無く、立派な成猫だ。

まじで? え? ホントに?


神様……本当に願いを叶えてくれたんですね……


どうしたらいいか分からずに項垂れる。

ああー……どうしたらいいの。

事の発端は数時間前にさかのぼる。




私の名前は、黒川 みこと

花も恥じらう高校二年生。

とは言ったものの……あー勉強したくないなあ。

学校に向かう途中、猫が塀の上で昼寝をしていた。

いいなあ。勉強しなくって……自由で。


私も、猫になりたあい!


猫が大好きな私は、常日頃からどうやったら猫になれるのかを考えていた。

大通りを真っ直ぐ進む。

青信号だ。


パッパーッ!


遠くから車のクラクションの音が聞こえた。


「危ないぞ! 逃げろ!!」


え?

誰かが叫んだ。

振り向く暇もなく、背中に強い衝撃。


ここで、私の意識はいったん途切れる。




何あったかって、車に轢かれたんだろうな、私……

頭を抱える。

私、死んじゃったの?

買ったばかりで読んで無い漫画があるのに! どうして今なの!?

神も仏もないじゃないか!

ああっ、続きが気になる!


ぐうううう。


……おなかすいたなあ。


「にゃぁ……」


仕方なく、歩き始める。

慣れない四足歩行には意外とすぐに慣れた。

たぶん、本能ってやつのお陰だと思う。

塀の上をおっかなびっくり歩く。

私、運動が苦手なんだけど……

無事に歩き切る。


すきっ腹を抱えて、あてもなく進んで行く。

見覚えのない光景が続く。

ここどこ?

少なくとも自宅の近くでは無い事は確かだ。


……ん?


猫の敏感な嗅覚がご飯の匂いをかぎ取った。

お腹が鳴る。

ご飯! ご飯の匂い!

全速力で進む。


小さな公園に着いた。

『猫に餌をやらないでください』の看板の前で、堂々と餌をやるおばちゃん。

すごいなあ、真似したくないなあ。

すでに沢山の猫たちが餌にがっついていた。

……私も仲間に入れてもらおう。

そろっと近付く。

私に気が付いた大きな虎柄の猫が、牙をむき出して威嚇してくる。


「シャーッ!」


怖気づく。怖い。

もしかして駄目?

いっぱいあるからいいじゃないか!

さらに近付く。

虎柄の猫が右手を振り上げた。


「ギニャアッ」


猫パンチをもろに数発くらって声をあげる。

猫パンチなんて可愛い言い方だが、爪を立てられている。

痛い! 痛いよう!

血が滲み始める。

また右手を振り上げた虎柄の猫を見て、


「みゃあっ、みゃああっ」


その場を逃走した。




*****




道の端をふらふらと歩く。

あれからまたひどい目にあった。

公園で傷を舐めていたら子供に追いかけられて玩具にされそうになるし。

民家の庭に居たらほうきを片手におばさんが現れて追い出されるし。

まだご飯にありつけられないし。

この世界に安住の地はないのか?

人間だった頃が懐かしいよ……


「……ふにゃぁ」


とうとうその場に倒れる。

あぁ……猫になって数時間……もう死ぬのですね。

私には猫としての才能が無かったのですね。

神様、ごめんなさい。

折角猫になる機会を貰ったのに、活かせずにすみません。


「……猫?」


あ、やばい、子供かな。

逃げないと、酷い目に合う。


「大丈夫か? ボロボロだな……」


目が合った。

綺麗な顔に、綺麗な瞳の青年。

抱き上げられる。

抵抗しようにも体力はすでに無い。

されるがまま、どこかに向かって行く。




*****




猫缶にがっつく。

うまい! 久方ぶりのご飯!


「腹減ってたんだな」

「にゃおん」

「よかった、元気になって」


古いアパートの一室。

青年はどうやら生前の私と同じ学校に通っているらしい。

同じデザインの制服を着ていた。

此処に来るまでに動物病院に連れて行ってもらい、治療してもらった。

私が野良猫と言う事もあってか何本もの注射を打たれることとなった。

猫になっても注射は苦手です。

青年に感謝の意を込めて足にすりすりする。


「可愛いなあ、お前」

「……ゴロゴロ」


部屋の中は非常に質素だ。

小さなテレビにテーブル一つ。それに清潔なベット。

一番使い込まれているのは、勉強机だ。

私と違って勉強を頑張っているんだなあ。

青年は制服から部屋着に着替え始めた。

きゃっ、乙女の前で大胆なっ。

まあ私、猫ですけど。


「今日は夜から雨が降るんだ」

「にゃっ」


そうなの?

屋根なしとかつらすぎる。


「君がいいならここに泊まってもいいよ」


えっ!

なにそれ神かよ。

甘えるような声を出しながら青年にさらにすりすり。


「ふふっ、泊まってくの?」

「にゃあ」

「可愛いね……そうだ、お前に名前を付けてあげよう」


そう言って青年は折りたたまれた紙を取出し、丁寧に広げた。


「にゃ?」


それは、小学校低学年で使う……ひらがな表だった。

トイレとかに貼ってあったあれだ。

なぜ高校生であるはずの彼がそんなものを?

と思ったが、多分物を大切にする人なのだろう。

紙はボロボロだが、丁寧に使われている事は確かだった。


「最初の文字は何がいいかな?」

「みぃ」

「綺麗な名前がいいな……お前は黒い毛並みが綺麗だから」


見つめられ、心臓が跳ねた。

ドキン。

あ、あんたの方が綺麗な毛並みに良い目をしてるじゃない!

それに私にはちゃんとした名前があるんだからっ。


ひらがな表に一文字づつ猫パンチしていく。



あ! やっちゃった!

外を散々歩いてたから手がそうとう汚れてた!

文字の部分に肉球の跡がくっきり!


「……みこと?」

「う、うにゃあ?」


ごめんなさい、汚しました。追い出さないでください。


「みこと、うん……みこと」

「にゃあ……」

「みこと! これからよろしくね」


綺麗な顔が微笑んだ。

その顔に見惚れる。

……私がもし人間だったら、真っ先にアタックしただろうなあ。

その後すぐにお風呂に連れて行かれた。

体にはひっかき傷があるので足だけ。


「みことは水を嫌がらないね」

「ニャア」

「不思議な子」


そう言ってまた微笑んだ。




*****




朝が来た。

夜は椅子の上で丸くなって眠った。

昨晩降っていた雨はすっかりやんでいる。

朝のごあいさつにベットへ向かう。


「ニャア」


爪を立てずに頭をつんつんする。

……どうやらこの人は朝が弱いようだ。

今度は肉球でぺしぺし。


「……ふああ………おはよう、みこと」

「にゃあ」


その後、お互いに朝食を食べて、青年は制服に着替え始めた。

青年は、少し窓を開けてくれる。


「ここからお帰り」


えっ!

出て行けってこと?


「もちろんここに居てもいいよ」

「!」

「君の、好きにしていい」


君は野良猫だから、自由な方がいいだろう?

そう言った彼の表情は、どこか寂しげだ。

本当は、行ってほしくないのかな。

一日ずっと一緒に居たが、親は帰ってこなかった。

彼には両親が居ないのだろうか。

青年にすり寄る。

私は出て行ったりしないよ!

此処は安全だし、ご飯も出てくるし!


「くすっ、ありがとう、みこと」

「ゴロゴロ」

「学校に行ってくるよ」


そう言って唐突に黒縁眼鏡をかけた。

……ん?

伊達眼鏡だ。

サイドの長い髪を前に持ってくる。

あ、あ、あ! あー!!

暗いオタクの出来上がりだ。

こいつ!

疑問だった。

こんなにかっこいい人なのに、学校では噂の一つにもなってないことが。

学校のイケメンと言えばほぼ全てを網羅している私が、知らなかったのだ。

こいつの事なら知っている。


隣の席の白川 健斗!!


同じ学年、同じクラス!

見た目はオタクの無口で暗い奴!

……ただし勉強はできる。

なぜいままで気が付かなかったんだ!


「いってきます」


そのまま家を出て行った健斗の後を追いかける。

窓から外のに出て、塀の上を歩く。

健斗はピンとした姿勢で歩いていたが、学校が近付くと段々猫背になってきた。

うわあ……

暗いオーラも漂い始める。

私の知っている白川 健斗、そのものだ。

あれじゃあ誰も気が付かないよ……

気が付かれたくなくて、やってるんだろうけどさ。


「あっ、猫だ!」

「えっ、ウソどこ?」

「かわいい!」


はっとする。

女子生徒に見つかった!

面倒な事になる前にその場から逃げ帰った。




*****




あれから数週間が経った。

私は変わらず、猫のままだ。

健斗は帰って来ると伊達眼鏡を外し、髪を元に戻す。

そして私を、優しく撫でてくれるのだ。


「ゴロゴロゴロ」


健斗が顔を隠すのは、女が苦手だからだと言った。

私も女……と言うかメスだけど、猫は大丈夫みたい。

それに健斗の両親には、まだ会えてない。

母親がいるようだが、ネグレクト気味だと言っていた。

いつかは一緒に暮らしたい、と健斗は言う。

一人で暮らしてる健斗は、洗濯も料理も掃除も、全部自分でやっている。

尊敬する。私は家では何にも出来ないから。


私は人間であった頃の家に何度も帰ろうとした。

けど、出来なかった。

どうしようもない不安に駆られ、先に進めなくなってしまう。

家族が居なかったらどうしよう、むしろ人間の私がいたらどうしよう。

そんなことばかり。

知らなくて済むことは知らなくていいのだ。


「だいぶ、傷もよくなったね」


健斗の優しい手を受け入れる。


「にゃあん」

「みこと……お前だけだよ」

「……にゃ?」

「俺の家族は、お前だけだ」


透き通るような綺麗な目が、ゆれる。

悲しみ、苦しみ、寂しさ、そしてわずかな、怒り。

私は、健斗の膝の上に乗る。


健斗、大丈夫だよ。

私はここに居るから。

どこにも行かないよ。


「……ありがとう、みこと」


健斗はつらそうに微笑んだ。


事件があったのは、その日の夜だった。



夜中だった。

施錠されていた玄関が勢いよく、無遠慮に開かれる。

音に驚いた私は、健斗が眠るベットの中に入り込んだ。


「けんとぉ、いるぅ?」


ハイヒールを粗雑に脱ぎ捨てて、女は入ってくる。

ずいぶんと派手な服装と顔立ち。

どことなく健斗と似ている。

それに、臭い! アルコールと香水が混ざった匂いに鼻が曲がりそうだ。


「……なにしに来た」

「可愛い息子の様子を見に来たんじゃない」

「ハッ、可愛い?」

「なによ」

「ここまでほったらかしといてよく言う」


バチン!


健斗の頬が赤くはれ上がる。


「親への口のきき方がなってないわね」

「暴力女」


健斗は、女を、自分の母親を糾弾する。


「どうせ男に振られた腹いせに俺に暴力振るいに来たんだろ? この淫売女!」

「なっ」

「自分より立場の弱い人間を虐げるのは簡単だもんな! クソ女! 生きてる価値もねえ!」


健斗、もうやめて!

本当はそんな事、言いたくないはずだよ!

そんな言葉、綺麗な健斗には似合わないよ!

お母さんと一緒に暮らしたいって、この前言ってたのに!


「っ、このっ、言わせておけばっ!」


健斗は母親に押し倒された。


「結局暴力か」


何も変わらねえな。

諦めた様にそう呟いた。

健斗の綺麗な目が濁って行く。

健斗は暴力に慣れ切っていた。抵抗する事も無い。


健斗! 健斗!


女が手を振り上げる。

私は、飛び出した。


「ウニャアアアッ!」

「きゃあああっ! 痛い! 何!?」


女に対して出来る限り、思いつく限り攻撃する。

振り下ろされる前の腕に噛み付く。

手当たり次第に引っ掻く。


「シャアアアッ!!」

「いやああああっ!!! 顔がっ! 私の顔があっ!」


私の爪が女の顔にヒットした。

それでも手当たり次第に引っ掻き続ける。


「血がっ! あああっ! いやああああ!!」


女は出て行った。

靴も履かずに。

ふん、ざまみろ! 一昨日きやがれってんだ!

心の中で中指を立てる。


「みこと……」


驚いた表情の健斗と見つめあう。

目は元に戻っていた。


「俺を、助けて、くれた……?」

「にゃおん!」


胸を張って大きく鳴いた。

腫れている健斗の頬を労わるように舐める。


「ふふっ、みこと、ちょっとチクチクするよ」


おっと、猫舌はとげがあるんでしたね。


「ありがとう、みこと」


言葉の代わりにすりすりする。


「俺のたった一人の家族」

「……にゃぁ」

「大好きだよ」


健斗、私も……大好きだよ。

でもこれは、猫としてではなくて……人として。

私は、健斗に恋をしている。

優しい所が……ううん、全部全部好き。

健斗の寂しさが少しでもまぎれるなら、ずっと一緒に居るよ。




*****




次の日、学校帰りに健斗が何かを買ってきたようだ。

ごそごそと袋から何かを取り出す。


「みこと」

「……にゃあ?」

「お前にこれを。遅くなっちゃったね」


黄色の首輪だった。

鈴などは付いてない。

健斗が首に付けてくれた。


「お前は外に行く事もあるから……必要だろう?」


野良と間違われてしまうかも知れないからか。

確かに、必要だろう。

ぴょんぴょんと嬉しさから跳びまわる。


「にゃあ、みゃあ」

「嬉しいの? よかった」


私は幸せだった。

とても理不尽な世の中だけど、精一杯生きて。

猫に生まれ変わって良かったと思えるほど。

でも、今が幸せだから、不安になる。

健斗とずっと一緒には居られない。

猫の寿命なんて、たかが知れてるからだ。

神様、本当に身勝手で申し訳ありません。

次は人間がいいです。

健斗と同じ時間を過ごしたい。

健斗とずっと一緒に居たい。

ただ、それだけ。




*****




数日が経った。

今日は雨が降っていた。

雨が降っていても学業に休みは無い。


「いってきます」


健斗は何時もの時間に出て行く。

いってらっしゃい。

尻尾をパタパタして返事をする。

雨が降ってるけど、ちょっと外に行こうかなぁ。

濡れて帰って来ることを想定して窓の近くにタオルを一枚引っ張り出しておく。

こう言うところが猫っぽくないと健斗には言われる。


窓から外に出た。

……ちょっと健斗の後を付けちゃおうかなあ。

朝のこの時間、健斗にばれない様に付いて行くのがゲームみたいで楽しいのだ。

ばれる時もあれば、ばれない時もある。

今日は雨降ってて傘差してるし、今日はばれないだろう。

塀を伝って、早足に健斗を追いかけて行った。


あ! 居た!


ふふん、ばれずに学校まで見送ってやるんだから。

健斗と私は、細い住宅街の道を進んで行く。

雨の強さが増していく。

……やっぱり外に出たのは失敗だったかなあ?

全身びちょぬれで、気分がブルーになり始めた時だった。




うるさい雨の音に混じって、低い車のエンジン音。

ふと見る。

乗用車だった。

それだけなら良かったが、車は特に減速もせず、健斗に迫る。

えっ? なんでっ? そのままだと、健斗が!

運転手を見た。

携帯電話を片手に、よそ見をしていた。

健斗! 健斗!


「ニャアッ! ニャアッ!」


ぶつかっちゃうよ!

この大雨でいくら鳴いても健斗は気が付かない。

恐らく車にも気が付いてないだろう。

車は真っ直ぐに迫ってくる。

塀の上から声をかけ続ける。

どうしよう! どうしたらいいの!?

すぐそこまで車が迫る。減速する様子は微塵もない。

もうダメ! 健斗!


「ニャアッ!」


私は塀の壁を蹴って、健斗に力の限り、思いきりぶつかった。




痛い、と思う暇など無かった。

アスファルトに投げ出される。

車が急ブレーキで止まる音。

健斗は、健斗は無事だろうか?

耳を澄ませると、かすかに会話が聞こえてくる。


「悪い、大丈夫だったか?」

「えっ、ええ、大丈夫でした、けど」

「ぶつかったわけじゃないから、もういいよな」

「あ、はい……」

「急いでるんだ、悪いな」

「……」

「全く、黒猫なんか轢いちまったよ……縁起でもねえ」


良かった、健斗は大丈夫みたい。

本当に、良かった。

ほっとしたらなんだか……眠たくなってきた。

健斗の所に行きたい。

けど、体中が痛い。

体は動かないし、声も出ない。

音を立てながら車は去って行く。


「黒猫……?」


健斗、健斗……

倒れている私に、影がかかる。


「み、こと……」


ばちゃっ、ドサッ。

健斗が、その場に膝をつく。鞄も、さしていた傘も投げ捨てて。

黄色の首輪で、私だと気が付いたみたい。

濡れちゃうよ、私は、大丈夫だから。


「みことっ、なんでっ」


なんで? 健斗が怪我したらいやだもの。


「俺なんかっ、何の価値もない俺なんか!」


酷い事言うね、健斗は勉強が得意じゃないか。価値のない人なんかいないよ。


「家族にも愛された事が無い俺なんかっ……」


私は健斗の家族だよ。愛し合ってたでしょう?

ふふっ、ちょっと照れちゃうなあ。


「俺がっ死ねば良かったのに!」


私が悲しいからそれはやだなあ。


「うっう……みことっ」


健斗の綺麗な目から綺麗な涙が降ってくる。

とっても、きれいだ……


「今、病院にっ」


優しく抱き上げられる。

健斗、分かってるでしょう?

もうダメだって。


「みこと! みことっ!」


この一か月、楽しかったなあ。

楽しかったのは健斗のお陰。


「みこと、嫌だ! 一人にしないで!」


ごめん、健斗。

一緒に居られなくて。

ごめんね。

私は中途半端だから、本当の猫じゃないから。

悲しまないで。

健斗……

私の首から、何かがするりと落ちる。

あ、首輪。

健斗から貰った大切な……

優しい腕の中で、幸せの中で、意識が途切れた。




*****




目を開けた。

白い天井、白い布団。

私は……ベットで寝ていた。


「……?」


点滴を打たれている。


「びょう、いん……? あっ」


声が!

体を確かめる。

人間だ! 猫じゃない!

私は、私は誰なんだ?

黒川 命、じゃないのか?

近くにナースコールらしきものがあったので押す。

バタバタバタと数人の走る音が聞こえてきた。

部屋の扉が開く。


「目が覚めたのか……!」

「すごいっ奇跡だわ!」

「私、ご両親に連絡してきます!」


看護師がひとしきり騒いだ後、少しして、私は両親に会った。


「みことぉ!」

「良かったあ! 心配したのよ!!」


両親は、私の両親だった。

つまり私は、黒川 命、死んだと思っていた私だった。


「お母さん……」

「なあに?」

「私、どうしちゃったの?」


母の話によると、私は赤信号を無視し、暴走した車にはねられたようだった。

生死の境を彷徨い、無事に生き延びたものの、私の目は覚めない。

脳にダメージがあったそうで、目覚めない可能性もあったそうだ。

むしろその可能性の方が高かった。

だから奇跡だなんだと看護師は言っていたのだ。

両親は死ぬほど心配したのだろう。

二人ともやつれてしまっている。


「お父さん、お母さん」

「なあに?」

「私、学校に行きたい」


行って、話したい人がいるんだ。

涙を拭いながら母親が答える。


「分かったわ、でもちゃんと体を調べてからにしましょうね」

「……うん」


私の体はボロボロだった。

腕の骨だって折れてる。

でも早く学校に行きたい……健斗、早く会いたい。


「ん? なんだ、これは」


父が何かに気が付く。


「首輪、の様だが?」

「あっ! それ、私の!」


一瞬なんで? とも思ったが、黄色の首輪が私の近くにあったのだ。

健斗から貰った大切な物だ。

首輪をぎゅっと握りしめる。

健斗、また、会いに行くからね。

一人ぼっちにはさせないから。




*****




二か月後。

私は驚異の回復力を見せ、周りの人を驚かせた。

だてに野良猫を経験してないからね。

今日は久しぶりに学校に行く。

腕にはまだギプスが付いている。

でも大丈夫、問題ない。

教室に入ると友達から声がかかる。


「よかったあ! 元気そうで!」

「ひどい事故だって聞いて心配したよお」

「心配ありがと、みんな」


適当に会話しながら席に着く。

隣の席には、既に健斗が居た。

前かがみで眼鏡かけて、暗い見た目。

今は何を考えているのだろう。


「白川君」


声をかける。

ゆっくりと彼の顔がこちらに向く。


「なに」


つっけんどんな対応だ。


「私、学校休んでて、」

「知ってる」

「白川君勉強得意でしょう? 教えてくれない?」

「は? なんで俺が」


私は、ボロボロの黄色の首輪を彼の机の上に置いた。

首輪を見て驚いている彼に伝える。


「私の名前、みことって言うの!」

「っ、みこ、と」

「よろしくね! 白川君!」

「えっ、あっ」


健斗の手を握る。

にっこりと笑う。

ボロボロの首輪を見て、健斗が呟く。


「み、こと……」

「なあに?」

「っ! 分かった! 勉強、教えるだけ……」

「ありがとう!」


これからはずっと一緒に居られるよ!

健斗、よろしくね!


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― 新着の感想 ―
[一言] みことーーー!!! あかんて、こんなん泣いてまうやろ!(号泣しつつ) そして猫みことを轢いた運転手に殺意が… たぶん猫みことが死んでからの2ヶ月間健斗君は悲しみと絶望で抜け殻のようになって…
[一言] 素敵なお話でした。 若い二人が一緒にたくさんの楽しい時間をごせますように~と思ってたのですが……黒猫の魂はどうなったの? 黒猫の体をうばったのではなく、みことの生霊(?)が黒猫の姿をとってい…
[良い点] ミコト可愛い(´,,•ω•,,)♡健斗君めろめろですね。 猫可愛さにニヤッとしたりうるっときたり読んでいて楽しいかったです。後日談か健人視点読んでみたいです
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