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異能園〜いのえんへようこそ〜  作者: あみるニウム
第一章「オリエンテーション」
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1−3

「まあ、ということで、とりあえず自己紹介でもしてもらおうか、落ちこぼれ諸君」

 教壇に腰をかけたマリアが、意地の悪い笑みを伴って言った。

 だが、学生たちは誰一人として、自己紹介を始めようとはしなかった。

「ほれ、キリエくんからやりな。さっきまで粋がっていたんだから、これぐらい朝飯前だろう?」

 言われて、キリエは仏頂面で立ち上がった。

「……黄賀こうがキリエです。よろしくお願いします」

 キリエはそれだけ言うと、すぐに着席してしまった。

 未だに、落ちこぼれの烙印を捺されていることが不服なようで、ふてくされた顔を続けていた。

「ふん、味気ない自己紹介だな」

 マリアはつまらなそうに言い放った。

 キリエはマリアを睨んだが、マリアは何にも気にしていないように、その近くにいた小柄な学生を指さして言った。

「ほい、じゃあ、次は君だ」

 指をさされた学生は元気良く立ち上がり、右手を上げながら答えた。

「はい! 名無権兵衛です!」

「……?」

「名無しの……権兵衛さん……?」

「…………ふざけてるの?」

 学生たちから素っ頓狂な声が漏れた。

「ああ、君がそうか……」

 ただ一人、マリアだけは哀れむような視線を、その学生に向けた。

「えっと……、説明は私がしていいのかな?」

 マリアは名無権兵衛と名乗った学生を見ながら、申し訳なさそうに尋ねた。

 その学生は、お願いしますと言いながら、勢いよく頭を下げた。

「あー、名無くんだが……」

「気軽にナナって呼んでください! なっちゃんとかも言われます!」

 マリアは頬を掻きながら、言い直した。

「ナナくんは、孤児院の出身でな。……まあ、ウチの理事長が個人的に経営してるものなのだが、そこに名前もない赤ん坊のころから預けられることになったナナくんはだな……、その……、理事長の悪ふざけにより、名無権兵衛と命名されてしまったのだよ……」

「悪ふざけなんかじゃないです! 真剣に考えてこの名前をくれた、って、父さ……理事長は言ってました!」

 ナナは何かを主張するように手を挙げながら言った。

 その瞳に、疑いは微塵も浮かんでおらず、マリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「そうだな、自分の名前を悪ふざけでつけたと言われたら、気分を害するな。すまなかった。とりあえず、だ、そういうわけで、ナナくんは決してふざけてるわけではなく、本当に名無権兵衛という名前なのだ」

「です! よろしくお願いします!」

 ナナは地面に頭突きでもかますのかと思えるほどに大きく頭を下げた。

 そして、顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。

 ナナの無邪気さが溢れているかのように、その笑顔はまばゆく輝いていた。

「お疲れさん。じゃあ、次は……」

 マリアが次に自己紹介をする学生を指名しようとしていたところ、一人の女がフラフラとナナに歩み寄った。

 女性にしては異様に背が高く、モデルのようなプロポーションを誇るその女は、ナナの前まで辿り着くと、虚ろな目でナナを見下ろし、とろけるような顔になった。

「もうダメですぅ……、可愛いのに可哀想なんて反則すぎますぅ……!」

 そして次の瞬間、勢い良くナナを抱き締めて頬ずりをはじめた。

 小柄なナナはすっぽりと女に包まれ、豊満な胸に顔を押し潰されながら戸惑うしかなかった。

「あー、丁度いいから、次はお前がしな」

 マリアが気だるげに指示を出すと、ナナを抱き締めていた女はその姿勢のまま自己紹介をはじめた。

緑音みどりねあんなです〜。よろしくお願いしますね〜」

 言いながらも、あんなはナナを抱えながら、ぬいぐるみを抱いているかのように頬ずりを続けた。

「ご苦労。……とりあえず、そろそろナナを離してやれ。窒息しそうだから」

「えぇ……、姉さん、いけずですぅ……」

 口を尖らせて言いながらも、あんなはナナをようやく離した。

 ナナは、今にも死にそうなぐらいに顔を青ざめさせていた。

「学校で姉さんはやめろと、あれほど言っておいただろうが……」

 マリアは憎々しげにぼやいた。

「……姉さん? あんたたち、姉妹なの?」

 自己紹介を終えるなりだんまりを決め込んでいたキリエは、その言葉を聞き漏らさずに反応した。

 マリアはため息を吐いて、その問いに答えた。

「正確には、違う。私たちは──」

「従姉妹ですぅ、超仲良しなんですぅ」

 あんなが、マリアの説明を遮るようにして、にへらと笑いながら甘ったるい声で言った。

 マリアは再びため息を吐き、話を続けた。

「まあ、そういうことだ。そして、見ての通り、こいつはバカだ」

 マリアはあんなに近づくとキリエに向き直り、親指で後ろのあんなを指差しながら苦々しい顔をした。

「バカじゃないですぅ……」

 あんなは瞳を潤ませて、被害者ぶった。

 その態度に、キリエは若干イラっとしているようだった。

「ああ、そうだ。あんなはある意味、君と同類だよ、キリエくん。こいつは、ペーパーテストこそほぼ零点だったが、異能技術はほぼ満点だ」

「ペーパーは三問ぐらいしかわかりませんでしたぁ」

 あんなは先ほどまでの涙ぐんだ顔を一瞬で引っ込め、あっけらかんとして言った。

 キリエは空いた口が塞がらず、呆けた表情になった。

「こんなのと一緒にされたくないんですが……? 本気でバカみたいだし……」

 少しして我に返ったキリエは、同類と言われたのが不服なようで、頬をピクピクと痙攣させながら言った。

「ひどい言われようですぅ……」

 対して、バカにされたあんなは、再び瞳に涙を滲ませながらキリエを見つめた。

 だが、キリエは逆に嫌悪感を抱いたようで、侮蔑的な視線をあんなに送った。

「まあ、それぐらいにしといてやれ。本気でバカなのは認めるが」

「姉さんもひどいですぅ……」

 あんなは本気で落ち込んだのか、しょんぼりとし始めた。

 横にいたナナはおろおろとするしかなかった。

「とりあえず、残った君が、ジンだな?」

 マリアはそんなあんなは完全に放置して、最後に残った一人の体格が良い学生に声をかけた。

 ジンと呼ばれた学生は、マリアの問いかけに無言で首肯した。

「自己紹介をしろ……というのは無理な話か」

 ジンはその身体には似つかわしくないほど気弱そうに俯いた。

 マリアはやれやれとつぶやいて、他の学生に向かって説明を始めた。

「彼の名前は青野ジン。まあ、見た目こそ体格の良い大男だが……彼は言葉が話せない」

 全員が驚いたようにジンを見た。

 ジンは視線が集まるのを感じて、更に縮こまろうとしているようだった。

「だが、ペーパー、異能技術、共にトップクラスだ。どちらも学内十位以内に余裕で入る実力者だ」

 続けて告げられた事実に全員が再び驚き、ナナは素直に尊敬するように、あんなはよくわかっていないがとりあえず驚いたというように、そして、キリエは仇敵を睨むかのように、ジンを見つめた。

 ジンはわずかに顔を上げたが、その視線の集まり方のせいで、すぐに下を向いてしまった。

「まあ、ということだ。よろしくしてやってくれ」

 マリアはそう言うと教壇横に戻った。

 そして、学生たちに向き直り、話を続けた。

「本当はもう一人いるんだが……」

 マリアは最前列に入り込んでいた猫を見つめた。

 全員の視線が、今度は猫に集中した。

『自己紹介ならできますよ』

 すると突然、まるで耳元で話されたかのように、少年の声が聞こえてきた。

 学生四人は驚き、キョロキョロと周囲を見回した。

 だが、どこにも自分たち以外の姿は見当たらなかった。

「ほう、さすがだな。この程度の技術は持ち合わせているか」

 その中で、マリアだけが違和感のない様子で少年の声に反応した。

『まあ、まだ直接思念を伝える技術は身につけきれていないので、自分が話した周辺の空気を転送しているだけの、ごまかしみたいなものですが……。一度に転送できる人数も限られていますし』

 照れ臭そうな少年の言葉が耳元で響いた。

 学生たちは驚いて口をあんぐりと空けていたが、マリアは何処か楽しそうな様子だった。

「いやいや、十分だよ。他のメンバーにはできない芸当だろうしね」

『ふふ、ありがとうございます』

 マリアが本心からの賛嘆を送ると、少年の声は照れながらも礼を告げた。

「ならまあ、君も自己紹介をしてやってくれ」

 そして、マリアは声の主に自己紹介を促し、教壇に肘を置いて頬杖をついた。

 その横に、先ほどまでは退屈そうに鎮座していた猫が、ストンと降り立ち、学生たちに向き直った。

『はじめまして、白山しらやまリオです。事情があってこんな姿で申し訳ないですが、よろしくお願いします』

 猫が言葉に合わせて可愛らしくお辞儀をした。

 ナナやあんなが我に返りよろしくと返す中、

「……え、ちょっと待って、この猫、学生なのっ?」

 ようやく状況を把握できたらしいキリエが戸惑いながら質問した。

「え〜、漏れ出ている力からしても、どう見ても学生じゃないですか〜。何を言ってるんですかぁ?」

 あんなが何も考えてない声でそう言うと、キリエは顔を真っ赤にしながら声を張り上げ、

「ど、どうせ私は異能の才能がないわよっ、わ、悪かったわねっ」

 と言って、そっぽを向いた。

 その姿に、あんなは目をキラキラと輝かせた。

「いや〜ん、キリエさんも可愛いです〜」

 そして、キリエに駆け寄り、ガバッと抱きついた。

「ちょ、ちょちょ、あん、あんた、ななな、なにしてんのよっ」

 キリエはより一層顔を赤らめながらあんなを押し退けようとした。

「その反応も可愛いですぅ」

 だが、体格差のせいで、キリエはあんなを押し退けきれず、抱きつかれながらもがくことしかできなかった。

「ううううるさいわよっ! ははは離れなさいっ」

 あんなの腕の中でジタバタもがくキリエをを見て、マリアは大人げなく爆笑した。

「あはははは。いやあ、おもしろい。お前たち、良いコンビになると思うよ」

 腹を抱えながらマリアが言った。

「ならないわよっ」

「きっとなりますぅ」

 対して、キリエとあんなはぴったり同じタイミングで、真逆と言って良い口調で、正反対の内容を答えた。

 その反応で、マリアは再び大爆笑した。

「ひぃひぃ……、腹が痛い……。まあ、もっと見ていたいのは山々だが、話を進めたいからそろそろ離してやれ」

 笑いすぎて呼吸を乱しながら、マリアはあんなに促した。

 あんなは物足りなさそうにしながら、キリエのホールドを解いた。

 キリエはぜいはあと肩で息をしながら、若干涙目であんなを睨んでいた。

 あんなはその反応で再び抱きつきたい衝動に駆られているようだったが、こほんというマリアの咳払いで残念そうな顔をしながらも思いとどまった。

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