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国立異能技術養成学園本校。
通称いのえんと呼ばれているその学園の外れ、森と呼んでも差し支えないほどの木々に囲まれたプレハブ小屋の一室に、何人かの学生が集められていた。
今年の入学生は約二〇〇人。
その中のわずか四名の学生が、その場に集められ、ホワイトボードに向かって座らされていた。
プレハブではあるものの、そこは教室と言っても差し支えないだろう。
空席だらけではあるが、幾つもの机と椅子が並べられており、ここで授業が行われていてもおかしくはなかった。
だが、本来ならば聞こえるはずの学生たちの喧噪は何一つ聞こえず、ただ木々のこすれる音だけがそこには響いていた。
まるで隔離されるように集められた彼らは、どういうことなのか見当もつかなかった。
しかし、何をすることもできず、思い思いに次の指示が来るのを待つことしかできなかった。
通常なら、隣席の学生に自己紹介をしたり、周囲の人々と交流を深めたりしていてもおかしくないのだろうが、状況が状況なだけに、誰も口を開こうとはしなかった。
最前列の席に入り込んでいた猫も、退屈そうに耳を掻いていた。
十分ほど待たされただろうか、いい加減次の指示がほしいと全員が思ったところで、ようやく部屋の引き戸が開かれた。
「待たせたな、諸君!」
全員が固唾を呑んで人が入ってくるのを見守ったが、声はしたものの、いつまで経っても姿が見えない。
全員が全員戸惑っていると、ホワイトボード横に設置してあった教壇らしきものから、ガンという大きな物音が聞こえた。
驚いてそちらを振り向くと、教壇の上には紛うことなき幼女が仁王立ちしていた。
学生たちは訳がわからず、ただ口を開いて呆けるしかなかった。
「君たちの担当講師をすることになった、マリアだ。覚えておけ」
見た目と裏腹に乱暴な口調で告げたマリアは、全員を見回して、残忍な笑みを浮かべた。
そして、大きく両手を広げて、歓迎の意を示した。
だが、直後に、不安と戸惑いに駆られている学生に追い打ちをかけるかのように、こう告げた。
「いのえんへようこそ、落ちこぼれ諸君!」
「……はあ? 落ちこぼれっ?」
一瞬の静寂のあと、そこまで目をつぶって黙り込んでいた一人の少女が声を上げた。
だが、マリアは、意に介さず話を続けた。
「何故、自分たちがこんな離れのようなプレハブ小屋に集められたのかわからないだろう? その疑問に答えてやる。いや、現実を教えてやる! 君たちが、落ちこぼれだからだっ! 本来ならばこのいのえんには入ることすら許されないにも関わらず、理事長の深い慈悲によって、お情けで入学を許されたおまけ中のおまけの集まりだからだよっ」
希望を持って入学した当日に、まさか落ちこぼれの烙印を捺されるなどとは、露ほども思っていなかったのだろう、そこにいた学生、ほぼ全員が言葉を失っていた。
ただ一人、先ほど声を上げた少女だけは、納得がいかない様子で立ち上がり、食ってかかった。
「冗談じゃないわよ! 私は入学試験でほぼ満点を取ったはずよ? 落ちこぼれなわけがないじゃない!」
「ペーパーテストで満点に近かったぐらいで、何をうぬぼれているのだ? 異能技術はほぼ零点に近かった、キリエくん?」
マリアは、冷酷な目でキリエと呼ばれた少女を見た。
キリエは怯むように席に座り込んでしまった。
「ふむ、素直な子は好きだよ」
マリアは満足そうにほほえんだ。
そして、ようやく教壇から降り、その横に立った。
「まあ、そういうことだ。君たちは、落ちこぼれの集まりだ。成績に限らず、人間として問題があったり、異能の力が乏しかったり……。要因は色々とあるが、本来ならばこの場にいるはずもない子たちだ」
室内にどんよりとした暗い空気が充満した。
先ほどまでは勢いよかったキリエでさえ、意気消沈しているようだった。
「だが、それでも、君たちはこの場にいる」
マリアは真剣な声になった。
「この場にいるということは、何かしらを持っているということだ。今年の試験は、理事長が自ら統率を取った。結果、本来なら入学する可能性が皆無の君たちが、今、この場にいる。ということは、理事長が何らかの可能性を見たからこそ、君たちは合格した、ということだ」
学生たちは顔を上げた。
「ならば、その可能性を信じて、精一杯励んでくれたまえ」
学生の顔に、わずかばかりの光が戻った。
だが、マリアは口端を持ち上げ、意地悪そうに、最後にこう言い放った。
「まあ、現状、落ちこぼれであることに変わりはないがなっ」




