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「話が違うぞ……!」
マリアが俯きながらぼやいた。
そして、理事長へと歩み寄った。
「話が違うだろう、理事長……、いや、アルス!」
マリアが顔を上げて怒号を上げた。
「アルス……?」
キリエが疑問を呈する。
マリアは振り返ることなくそれに答えた。
「ああ、あいつの名前はアルス。かつてアポカリプスと戦い、唯一生き残った、我が学園の創始者であるアルスだよ」
その場にいた学生たちに衝撃が走った。
突拍子がなさすぎて、言葉を失っていた。
「いや、待てよ。アポカリプスとの戦いは、三〇〇年も前の話だぞ? こいつがアルスだとしたら、三〇〇年以上も生きていることになる。そんなわけがねえだろ」
誰より冷静さを早く取り戻したのは、またもや赤林だった。
赤林は理事長を見つめながら、当然の疑問を投げかけた。
「ええ、教えて差し上げましょう」
理事長が笑顔でそれに応える。
そして、大仰な仕草を伴いながら、話を始めた。
「かつて、この地には五人の英雄がいました。異能の力を生み出しし、五人の英雄たちが。彼らは幻魔生物に対抗すべく、多くの者たちに異能の力を授けました。一人、また一人と異能の力を扱える者が増え、いつしか一つの軍隊が作れるほどに規模は大きくなりました。
そんな折、とある発生源から、一体の大きな幻魔生物が出現しました。通称アポカリプス。龍型の大きな生命体です。その報を受けた五人は、精鋭をかき集めて、アポカリプス討伐へと赴くことにしたのです。その中の一人が、アルス。この私です」
全員が固唾を呑んで理事長の演説を見守る。
まるで特別な講義を受けているかのように、理事長の話に聞き入る。
「精鋭部隊は難なくアポカリプスの元へと辿りつきました。一人の犠牲者もなく、無事にアポカリプスのお膝元へと到着したのです。さあ、ここからが誰にも語られていない、秘密のお話です。よく聞いてくださいね」
全員がごくりと唾を飲み込む。
理事長は相変わらずの笑みを浮かべながら、話を続けた。
「『去れ、人の子よ、我はまだ貴殿らに危害を加えるつもりはない』
突然、頭の中にそんな言葉が響いてきました。私たちは驚き、辺りを睥睨しましたが、存在するのはアポカリプスだけ。この声はアポカリプスのものだと、判断せざるを得ませんでした。
そして、創始者五人のリーダー格である、キールが一歩前に出て、アポカリプスに問いかけました。『まだということは、いずれは危害を加えるつもりなのか?』と。
アポカリプスは答えます。『加えるつもりはないが、加えてしまうかもしれない。我らにこの地の空気は毒そのものだ』と。
『我らが人の子を襲うのは空気に毒され正気を失ったがためである。我はそのように正気を失った我が子らを救うために顕現せし者なり』
アポカリプスはそう告げ、戦う意思がないことを主張しました。私たちは混乱し、顔を見合わせるほかありませんでした。
キールが問います。ならば他の幻魔生物たちは何故この地を訪れたのか、と。アポカリプスはしばしの沈黙の内、こう答えました
『人類を滅ぼすためなり』と……。その言葉に、全員が身構えました。先の発言と明らかに矛盾していたのだから当然です。ですが、アポカリプスは更に言葉を続けました。『だが、我はそんなことは無意味だと考えている。故に、この地に訪れた。我が世界の四天王が一人として、死地に赴く我が子らを救うために』
私たちは迷いました。アポカリプスの言葉を信じるなら、この場で彼を倒すべきではないのではないか、と。ですが、その瞬間、アポカリプスの背後に迫り来る光が見えました。キールが防御展開の合図を送りましたが、多くの者が間に合いませんでした。
結果、創始者の五人と私ひとりが生き残り、その後ろにいた者たちは絶命しました。防御展開が間に合わず、命を落としました。それどころか、アポカリプスも背面が焼けただれ、苦悶の表情を浮かべているようでした。
『おのれ、ポロニアス……』アポカリプスが呟きます。私たちは何が起こったのかわからず、ただ倒れ臥そうとするアポカリプスを見つめることしかできませんでした。
『人の子らよ、頼みがある。我を貴殿らに封じよ。さすれば、我の正気は保たれ、貴殿らの力となれる。今の光撃は四天王が一人、ポロニアスのものなり。恐らくは、我の行動を不服として、我を滅ぼさんと放ってきたものであろう』
アポカリプスは尚も続けます。『このままでは我も正気を失い、いずれは人の子らを襲う。その前に、我を封ぜよ。そして、時が来たれば、我を解き放ち、我が力を超えし者とともに彼の地を訪れ、ポロニアスを討て。この地を滅ぼさんとするはポロニアスの意思なり。ポロニアスさえ討てば、この地にも平穏が訪れるであろう』
私たちは逡巡しました。本当に、アポカリプスの言葉を信じて良いのか、と。すると、キールが私たちに向き直り、信じようと告げました。私たちは首肯し、彼の意見に賛同しました。
そこからは皆さまもご存じの通り、創始者五人の力を以て、アポカリプスを封印しました。私の、身体の中に」
全員が絶句する他なかった。
何一つ言葉が出て来なかった。
「アポカリプスの封印された私の身体は、老いを失いました。結果、永遠に等しい命を手に入れたのです。それを活用するために、私は学園を創立しました。異能の技術を伝えながら、我が目でアポカリプスに匹敵する人材を見定めるために……」
理事長は更に続けた。
「そして、時は来た。彼らに匹敵する……いや、それ以上の力を持つ可能性のある子たちが、今、この場に集っている。今を逃せば、二度とポロニアス討伐は叶わないでしょう。おわかりいただけましたかな、マリア先生?」
理事長がマリアに視線を送る。
「もっと時間をかけ、彼らが力をつけてからでも……!」
マリアは尚も食い下がった。
だが、理事長は首を横に振り、マリアの懇願を却下した。
「そうも言っていられない状態になったのです。ですから、強硬手段を取りました」
言い終えるなり、理事長が背後の龍を見上げた。
『ポロニアスが動き始めた』
突如として、頭に声が響く。
リオのように耳元で囁かれているのとは違い、直接頭の中に響く声が。
『我が子らに偵察をさせていたが、遂にポロニアス本人が動き始めたとの報が入った。最早、一刻の猶予もない。奴がこの地を訪れれば、この世界は滅ぶ』
「と、いうことなのです」
理事長が向き直る。
そして、大きく手を広げて、学生たちに歌うように告げた。
「さあ、はじめましょう、本当の戦いを!」
『さあ、人の子らよ、我に力を示せ』
二つの声が響くと同時に、龍型の生命体──アポカリプスが咆哮を上げた。




