3−1
「それじゃ、補習を始めるぞー」
一列に並んだ五人を前にしたマリアが言った。
「待ちなさいよ」
だが、列の端にいたキリエが静止をかけた。
「ん? なんだ? 早く始めないと終わるのが遅くなるぞー? それとも未だに補習が不服か?」
「補習はいいの。補習はいいのよ。でも……」
キリエはカッと目を開いて叫んだ。
「なんで外でなのよ! ペーパーの補習なら室内でしょ!」
マリアはやれやれと言った様子で首を振った。
そして、キリエの疑問に答えた。
「いやいや、ペーパーの補習ではあるが、やるのは異能の訓練だからな、外じゃないとまずい」
「まあ、百歩譲ってそうだとしても……」
再びキリエがカッと目を見開く。
そして、残る四人を指差しながら、再度叫んだ。
「水着になる意味なんてないでしょっ」
そこには水着姿で並ぶ四人と一匹の姿があった。
猫であるはずのリオですら、何故か水着を着ていた。
「なに、せっかくだから、休憩中は水浴びでもしようかと思っただけだ。この近くには、構内だがそれなりにでかい池があってな」
「だったら、そのときだけでいいじゃない! なんで訓練のときまで水着強要なのよ!」
「決まっているだろう……」
全員が固唾を呑んでマリアの言葉の続きを待った。
「……私が見たいからだっ!」
そして、マリアは公私混同の叫びを放った。
全員が呆気に取られて、言葉を失ってしまった。
「ふ、ふ、ふざけるなーっ」
キリエが顔を真っ赤にしながら怒りだした。
マリアに殴りかかりそうな勢いのキリエを、リオが静止した。
『ま、まあまあ、キリエちゃん、とりあえず落ち着こう?』
「あんたもなんで水着着てるのよっ、着る意味ないでしょうっ?」
『いやあ、先生に着ろと言われちゃって……。特に断る理由もなかったし……』
「あいつの思い通りになってどうするのよっ! ここは断固として抗議すべきだわっ!」
キリエは尚も熱り立っていた。
そんなキリエを、リオがどうどうと宥めていた。
ナナとジンはオロオロとするばかりだった。
あんなは、特に何も感じていないようで、ニコニコとしながら周りを見回していた。
「……もういいわ」
しばらく興奮していたキリエはようやく落ち着いた。
リオらはホッと胸をなで下ろした。
「それにしても……」
キリエがナナを見る。
ナナは何故見られているのか見当がつかず慌てていた。
「ナナ……、あんた……、意外と……あるのね……」
「えっ? えっと……、何のことでしょう……?」
ナナは戸惑いながら返事をした。
キリエは返答せず、自分の胸元を見つめてから、どこか遠い目をした。
「胸部装甲のことよ……」
「あ、こ、これは、普段はさらしを巻いているから……、その……」
「良いの、良いのよ、私の装甲が薄いだけだから……」
キリエはどんどん意気消沈していった。
そのまま意識までどこかに行きそうだった。
「おーい、キリエくーん、戻ってこーい」
マリアがキリエに声をかける。
だが、キリエは完全に心ここにあらずと言った様子だった。
「はあ……。まあ良いか。とりあえず、説明を始めるぞ」
マリアの言葉に、キリエを除く四人が姿勢を正した。
その様子を見たマリアは、話を続けた。
「実は最初から君らには補習としてここに来てもらうつもりだったんだよ。次に控えている、異能技術試験のために」
「異能技術試験……?」
ナナが首を傾げる。
「そうだ。別名、クラス対抗戦。クラスから五人ずつを選出し、異能の技術を使って実際に戦う、実践形式の試験だ」
マリアはナナに視線を送りながら説明を続けた。
そして、全員を視界に収め、更に説明を続けた。
「このクラスは、基本的に落ちこぼれの集まりだからな。普通にやれば他クラスには絶対に勝てない。だが、人数が少ないからこそできることがある。個々人に、みっちりと訓練を積ませることができる。
たとえ異能の才がないキリエくんであっても、訓練次第では戦える。だから、ここから数日は、異能技術試験に向けての特訓だ。こんなことをできるのは、本来の講義がない今だけだからな」
マリアの言葉に、話を聞いていた四人が真剣な表情になった。
「異能の才……、ない……、胸も……、ない……」
キリエだけは更に心にダメージを負ったようで、そのまま昇天しそうになっていた。
「さて、今度こそ始めようか。まずは、それぞれの今の実力を測らせてもらうよ」
言うや否や、マリアが凄まじい闘気を纏った。
「まずは、リオ、来い」
『じゃあ、お言葉に甘えて』
次いで、猫の周囲にも闘気が発する。
その気に当てられ、ようやくキリエも我を取り戻したようだった。
マリアとリオが見つめ合う。
そして、一瞬の間を置いて、猫がマリアに飛びかかった。




