2−1
「だーかーらー……、そこはこの公式を使うんだって、さっきから何度も言ってるでしょ!」
目の前の机をバンと叩きながら、キリエが声を張り上げた。
その席に座っていたナナが、申し訳なさそうに身体を小さくしていた。
ジンはおろおろとしながら、キリエとナナを交互に見ていた。
『まあまあ、キリエちゃん、穏便に、穏便に』
優しげなリオの声が耳に響いた。
だが、キリエは隣の机の上に姿勢よく座っていた猫をキッと睨んで、苛立たしげに言い放った。
「甘いわよっ。テストまでもう数日しかないのよっ! それに……」
キリエは手に持っていたテキストを丸めた。
「こいつら、本気でバカなのよっ? これぐらいの厳しさでやっても間に合わないぐらいよっ」
言い終えると同時に、ナナの隣席──リオと反対側の机に突っ伏していたあんなの頭を全力で叩いた。
「……いたいですぅ」
あんなが涙目になりながらゆっくりと顔を上げた。
おでこには赤みがかかり、しっかりと寝ていたことを証明していた。
『あはは……。まあ、確かにちょっとこのままじゃまずい気はするけど……。でもさ、それぞれのペースってのもあるからさ、もうちょっと気長に見てあげようよ』
猫の表情は変わらないが、リオが苦笑いしているのは伝わってきた。
キリエはため息を吐いて、ナナに向き合うように置かれた椅子に深く腰かけた。
「そうですよぅ……、私たちには私たちのペースがあるんですぅ……」
あんなが口を尖らせた。
キリエは口端をピクッと動かしたが、今リオに言われたばかりだということもあり、何とか堪えた。
「それにぃ、キリちゃんだって異能はダメダメじゃないですかぁ」
あんながそう言うと、キリエは表情を消してスッと立ち上がった。
そして、ふらふらとあんなの方に向かって歩いていった。
「今日という今日は殺す……、絶対に殺すっ……!」
「きゃ〜、こわいです〜」
キリエの顔には本気の殺気が宿っていた。
だが、対するあんなには緊張感のきの字もなかった。
「キ、キリエさん、こ、ここ、ここ教えてください!」
ナナはキリエの気を逸らせようと、慌てた様子でテキストをキリエの眼前に差し出した。
「そこは公式Bを当てはめて考えなさいっ。って、あんなっ、逃げるなっ!」
だが、キリエはナナの問いに答えはしたものの、すぐにジンの背後に逃げ込んでいたあんなに向き直った。
その姿を見て、あんなは何故か嬉しそうにきゃあきゃあ言いながら脱兎の如く走り出した。
キリエも即座にそれを追い始めた。
『はあ、結局こうなっちゃったね』
どこか諦めたようなリオの声が響いた。
ナナも努力が実らず、がっくりと肩を落としていた。
ジンがナナの肩を叩き、無言の励ましを送った。
『とりあえず、こっちはこっちで進めておこうか。キリエちゃんも言っていたけど、時間はもう本当にないし……』
リオが言うと、ジンが首肯し、先ほどまであんなが座っていた席に腰かけた。
「はい……」
ナナが力のない声で言うと、リオがナナのノートが広げられた机へと飛び乗ってきた。
『それじゃ、やろうか』
ナナが頭を下げる。
ジンとリオは頷いて、ナナへの指導を再開した。
「待てって……言ってんでしょーっ」
遠くの方から、キリエの叫び声が響いてきていた。




