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「さて、自己紹介も終わったことだし、オリエンテーションと行こうか」
マリアがそう言うと、猫は元いた座席に戻った。
他の生徒たちも、教壇近くの席に集まり、腰を下ろした。
それを確認すると、マリアは再び教壇に座り、話を続けた。
「この学園が何故設立されたかは、もちろん知っているよな?」
マリアは口端を上げながら、意地悪げな声でキリエに問いかけた。
キリエはイラッとしたようだったが、律儀にその質問に答えた。
「今から三〇〇年前、突如として顕れた幻魔生物、それに対抗する唯一の手段として確立された異能の技術を学ぶためです」
「よろしい」
マリアは満足そうにうなずいた。
「そう、この学園は、かつて人類を滅亡の危機に追いやった、幻魔生物に対抗する人材の育成のために設立されたものだ。では、異能とは結局何だ?」
今度はリオに向かって問う。
『簡単に言うと、血の中に眠っている力を解放し、具現化する技術ですね』
「うむ、その通り。命、という言葉があるが、これはつまり、〈意、納、血〉、血の中に納まる意識のことだ、と私たちは考えている。その血の中の意識に、このガントレットの力を借りて呼びかけ、何らかの形に変容させたり、何かしらの現象を引き起こしたりするのが、異能と呼ばれるものだ」
マリアは、アクアマリンの填まった籠手の装着された右手を、ひらひらと振りながら言った。
そして、前のめりになって話を続けた。
「約三〇〇年前、突如として幻魔生物と呼ばれるモノが顕れた。獣とも、霊とも呼べないその生物相手に、銃、剣、弓、槍、果ては核兵器まで、ありとあらゆる武器が試されたが、何一つとして太刀打ちできるものがなかった。いや、効果がなかったと言った方が正しいかな? そんな中、五人の若者たちが生み出した異能、この技術だけが、唯一幻魔生物に対抗することができた。五人の指導を受けた者たちが次々と異能を身につけ、ようやく劣勢でしかなかった幻魔生物との戦いに光明が射した。そして──」
マリアがナナを見つめ、続きを促す。
「五人を中心として結成された部隊が、幻魔生物の親玉と思われる龍型の生命体、通称アポカリプスの元までたどり着き、アポカリプスを死の淵に追いやったんですよね?」
「ざっつらいと」
マリアが満足げに言った。
「そして、いよいよ止めを刺そうとした瞬間──」
マリアの視線があんなに向かう。
「アポカリプスが断末魔の叫びを上げたのですぅ。でも、それを聞いただけでほとんどの戦士が絶命してしまったのですぅ……」
「うむ。原理は不明だが、おそらくは異能と同じようなものだろう。その断末魔の咆哮が放たれただけで部隊はほぼ壊滅、残ったのは、異能を編み出した五人と、ただ一人の戦士だけだった。しかも、全員がギリギリ命を保っているという状態だ。先も言ったが、異能とは命、血の中に眠る意識を使う力だ。それはすなわち、過剰に行使すれば、命を削ることになる。まあ、ちょっとした異能──」
マリアが右手を胸の前で開くと、手のひらの真上に小さな火の玉が突如として現れた。
「このように、火を起こしたり、あるいは風を起こしたり……それだけならば、絶命にも至らなければ、命を縮めるにも至らない。しかし、アポカリプスほどの大物との戦いにおいて、命を縮めずに戦うことなど不可能だった」
手を握り込み、火の玉を消失させたマリアは遠い目をして、話を続けた。
「結果、五人が自分たちの命を使い果たし、アポカリプスに五百年の封印を施すのが精一杯だった。残った一人の戦士、我が学園の創始者たるアルスに後事を託して、自分たちの命と引き替えにアポカリプスを封印することしかできなかったのだ」
マリアの視線が生徒たちに戻る。
「あれから三〇〇年のときが流れた。アルスの指導の元立ち上げられたこの学園も、今は全世界に数十カ所もある。封印することしかできなかったがために、未だ猛威を奮う幻魔生物に対抗すべく、また、来るべきアポカリプスとの再戦に備えるべく、我々は技術に磨きをかけ、そして、連綿と伝えている、というわけだ」
マリアは教壇から降りた。
「言わば、人類の未来は、君たちにかかっていると言っても過言ではない。君たちが更に異能の可能性を広げ、それを伝えていくことが、人類の救済につながるというわけだ」
マリアは初めて聖母のような笑みを浮かべた。
生徒たちは、その笑顔に、思わず見惚れてしまい、言葉を失った。
「頼むぞ、若者たちよ。全ては君たちの頑張り次第なのだから……」
そこまで言い終えると、マリアはパンと手を叩いた。
「よし、オリエンテーションはここまでだ。何か質問はあるかな? まあ、落ちこぼれの君たちだ、疑問ばかりだとは思うがな」
マリアは瞬間に天使の笑みを引っ込め、意地の悪い顔になった。
生徒たちは苦笑いしながらも、マリアが決して悪い人ではないと感じているようだった。




