無人島生活4日目〜戦血狂イヴァンティアナ
額から生えた二本の角に風になびく紫色の髪。明らかに場違い且、異物である本場のメイド服を着た『戦血狂イヴァンティアナ』と名乗ったその女性。背後には百余りの敵性反応がある。
俺はその容姿を見た瞬間に警戒レベルが十段階あるとしたら3から6まで一気に引き上げ、名を聞いた瞬間に10まで上げた。
昔、顔に大きな傷がある祖父に言われたことがある。戦いが好きな奴、血が好きな奴、狂ってる奴には近づくなと。当たり前なことだが、その本当の恐ろしさとは見た目や話し方に惑わされて相手はそれほど危険ではないと少しでも思ってしまうことらしい。
この場合は本場のメイド服と丁寧口調が俺を平和ボケさせるだろう。
「せ、戦血狂…ずいぶんと物騒な名前ですね?」
俺はアンにさらに防御結界を重ねて守りを固め、仕掛ける準備の時間を稼ぐために話を繋ぐ努力をする。
「そうですね。不本意なのですが、私の通り名というか正式な二つ名というか……今年で21歳を迎えるというのにこの名のせいで誰もお嫁に貰ってくれないんです」
そんなことは聞いてない。
「只単純に強い男を求めて片っ端から殺し尽くしたというだけなのに……」
イヴァンティアナがガックリと肩を落としたのが見えた。俺はニコッとしながら目をつぶり、全身から冷や汗が止まらなくなって鼓動が加速した。
分かっていた。分かっていたさ。こういうタイプはさらっと酷いことを平然と言ってのけるって。自覚しない天然タイプが一番達が悪いって。
きっと誰かと付き合っても勘違いから彼氏が浮気してると思って、二人っきりの部屋でいきなり後ろから包丁で刺してきて「あなたがいけないんだよ」とか言い始めて、理不尽に殺されるのが落ちだよ。
「どうしました?随分と怯えているようですが?」
「い、いえべ、別にっ!?」
これはもう死ぬしかないのか?せめてアンだけでも……どうしたらいい。
俺はアンと自分の命を守るという二つの目的があるからこそ、この状況で少しばかりの精神的余裕を保っていた。だがそれも次第に崩壊してきている。次の言葉次第では俺はどうなるか見当もつかない。
「ところで侵入者の方々、不法侵入という言葉を知っていますか?器物損壊は?学校で習いませんでした?貴方、地球という星から来た勇者ですよね?」
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク
俺の心臓が先ほどとは比べ物にならないほどの速さで脈動し始めた。学校?地球?勇者?なぜそれを知っている?
「おや、図星ですか?只の人間には見えないし、少し釜かけてみたんですが、案の定でしたね」
まずいまずいまずいまずいまずいまずい。まずい。
非常にまずいぞ。この流れは。
「ということはやっぱり……強いのですよね?」
戦闘ルートきたー。冗談じゃない。嬉しくてこの人、声が生き生きしてるよ。
「あのー人違いじゃないですか?」
今さらな言い訳。とまあ、通るはずもなく、
「実は島に侵入された時から監視していたのです。私の配下に指一本触れることなく魔法で倒していたその姿、久しぶりにきました」
なにがっ!?
そういうことを顔をほんのり赤らめながら言うのやめてもらえます?
「あの…えっとバットエンドは避けたいのですが……」
「大丈夫です。私が勝って貴方が死んでも、その子供の面倒は見ますし、死体は腐らないようにして部屋に飾ります」
なんにも大丈夫じゃねー。あんたは報われても、俺は死んでも報われねえよ。こいつほんとにヤバい。じいちゃん助けて。おうち帰りたい。
そう思った直後だった。
´ぎゅっ´
服の裾が下に引っ張られた。俺はそちらの方へ顔を向ける。するとそこには泣くのを必死に堪えるアンの姿があった。
「パパはしななおよね?うっ、アンとずっと一緒にいてくれるんだよね?」
「アン…」
「アンと結婚するって約束してくれたもんねっ。だから、死なないよねっ?」
「…」
「何か言ってよ、パパァッ!パパは勇者様、私の勇者様。パパは最強。誰にも負けない!私の大好きな未来のお婿さ"ぁ"ぁ"ぁ"ん"!」
アンの涙腺はとうとう崩壊し、盛大に泣きじゃくった。イヴァンティアナはあらあらという目でこちらを見ている。
そうだ。俺はバカだった。精神的余裕の崩壊?なんだそれ?犬にでも食わせろ。
さっき誓ったじゃないか。娘を泣かせる奴はぶっ殺すって。そうだ。アンを泣かしたのは俺だ。だから俺は殺さなければいけない。
自分を。
この臆病で弱い平和ボケした『俺』という人格を。
───ぷつん
何かがキレる音がした。
「アンすまない。少し後ろに下がっていてくれ」
「パパ?」
「ごめんな、心配かけた。僕はもう大丈夫だ。死んでも死なない」
「おやおや…」
「埋め合わせは後でいくらでもするから、今は只僕を信じていてくれ」
アンはいつの間にかに泣き止んでいた。そして、ただただ不思議そうに僕を見た後、急に何か思いあたる節があったのか、突然納得という顔をした。
「分かった。アン信じてるね。お兄ちゃんのこと」
「ああ、それでいい」
僕は前を振り返り、少しずつ後退していくアンにさらに4枚ほど防御結界を張った。これで計10枚。通常時なら、僕は魔力の枯渇で倒れているだろう。理由は分からないが何らかの力が働いていると見える。しかし、今はそれを考える時ではない。
「穏便に済ます方法はないのか?」
「したくありません。これは私にとって重要なことなのです」
「そうかならやるしかないか」
「一つ言っておきますが後ろの配下達は戦わせませんし、私はその子供を殺したり、人質に取ったりはしませんので全身全霊でかかってきて下さい」
「結界は消せない。これは僕の決意の現れだからな」
「そうですか…面白い」
イヴァンティアナはニヤっと本当に面白そうに嗤うと、虚空に左手を伸ばした。
「来なさい、血裂鬼」
それは血の収束。真っ赤な赤。赫。おびただしい量の血液が彼女の左手へと集合する。そしてそれは凝縮、一本の刀の形状をとった。全身赫色の刀がそこに現れる。
「さあ、始めましょうか?」
戦いの火蓋が今、切って落とされた。