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一日目 旅立ち

 レテはマーリンの言葉を反芻する。


 __魔導人間(ホムンクルス)


 その意味は図りかねたが、今ここで質問するべき事柄では無いように思えた。それに、マーリンに性別が存在しないという事実は、彼にとって好ましいことでもあった。

 もし旅の相方が女性だった場合、道中で何が起こるとも分からないのだ。それは主にレテの問題で、深く考えるべき案件でも無いのだが。


「そうか……ボクのことを女の子だと思っていたんだね。だがまぁ、キミが悪いわけじゃないさ。そういう風に創られているからね」


 暖炉の火に照らされている彼女__便宜的にそう呼ぶが本来の性別は『無』だ__の大きな瞳は、悲しげな光をたたえているように見えた。

 レテはその光に気づき、マーリンを女性として扱ってしまったことを憂いているようだった。


「すまない……気がつかなくて」


 大丈夫さ、とマーリンは応え、その陶器のような素肌に白い布を纏った。大きめのフードと四つのポケットが付いた無地のローブで、修飾性より機能性に割り振ったものだ。


 レテはこの気まずい空気を換気するべく、ふとした疑問を口に出す。


「そう言えば、なんで着替えたんだ?」


「簡単だよ。これが外着で、さっきまでのは部屋着だからだ。それに外は寒いから、というのもある。キミの分もあるけど、着るかい?」


 そう言われて初めて、レテは自分の服装に気がつく。麻で織られた厚手のチュニックにシンプルなズボンという簡素この上ない衣装だった。

 辛うじて白のチュニックには黄色の細いラインが2つ、襟元のなめらかなカーブに沿って引かれているが、地味なことに変わりはない。


「その服はエウロパでは一般的なもので、だからこそボク達はエウロパに向かおうとしているんだ。

 ……はい、これ」


 マーリンは自分の着ているものより一回り大きいローブを鞄から取り出し、レテに手渡した。


「ああ、貰うが……何で裸の上に着た?」


 するとなぜかマーリンは胸を張り、自慢気に応える。

 先ほどの陰鬱な雰囲気はすでに消え去り、二人の間には静かに燃える暖炉の焔のような、暖かな空気が漂っていた。


「なぜかって?それはもちろんローブとは素肌の上に着るものだからさ!少なくとも、街の民はみんなそうしているね……おっと失礼、今キミにローブの女性を見るたびに興奮してしまう呪いをかけた」


 レテは無愛想に押し黙っているが、その内心は簡単に予想できる。彼は案外俗な男だ。


「とにかく、俺は服の上から着させて貰うよ。外が寒いのならなおさらだ」


 彼が純白のローブを羽織りながら言う。丈は腰の辺りまでしかないが、袖は手の親指が半分隠れる程の長さだ。これ以上長ければ生活に支障をきたすといった、ギリギリの長さだった。


「ん?そのローブには断熱の性質を持つオドが織り込まれているから寒さは感じないよ?」


 マーリンが至極当然だとでも言わんばかりに、耳に馴染みのない単語を用いる。レテは、恐らくこの世界の常識であるはずのオドという言葉についてマーリンに尋ねた。


「オド?何だそれは?」


 するとマーリンは少し戸惑ってから質問に答えた。この世界における基本原則を知覚せぬ者への説明は初めてだったからだ。


「そうか、確かにオドについて知っているはずもないか……うん、それについては道中で話そう。今いろんなことを話してしまうと、南区ノトスまでの話題が尽きてしまうからね」


 レテは話が聞きたくてたまらないといった様子だ。このオドだけではない。先ほどマーリンがふと口にした、魔獣ラピスやスキルについても謎が深まるばかりで、気を抜けばしらない事が山のように積み重なる。その状態にレテは耐えられないようだった。


「じゃあ早く旅に出よう。実のところ街が見たくてウズウズしてるんだ。話だけ聞いても生殺しにされるだけだからな」


 レテの提案を聞き思わず笑みをこぼしたマーリンは、しかし次の瞬間には真剣な顔つきに変わっていた。

その変わりようにレテは少したじろいだ。そして重々しく口を開く。


「もちろんその意見には賛成だ。しかし、キミに問わねばならない事がある。

 この旅の行く末を見届ける覚悟がキミにあるのか、ということだ。

 きっと旅は長くなる。様々な出来事がボク達の旅を色彩豊かに彩ってくれるだろう。

 しかし中には黒で縁取られた陰惨な、目を覆いたくなるような出来事も数多く存在するはずだ。

 それに旅の結末が必ずしも良い結果になるとは限らない。それでもキミは、旅に出るかい?」


 今更何を言われようが、レテの決意に変わりはない。もとより、彼には何も無いのだ。

 旅に出るしか道は無い。其処には一切の自由は無く、宿命より強固に結び付けられた彼自身の影が唯一、旅の始まりを彼に告げていた。

 故にその長い旅の結末がどうなろうと、彼は受け入れるほかなかったのだ。


「もちろんだ。俺もこの旅が簡単に終わるとは考えていない。そしてそれは俺一人で終えることの出来ないものだ。だから、俺はあんたと共に行きたい」


「よく言った。なら早速出発しよう。今から歩き続ければ明日の太陽が沈む頃には街につくだろう」


 そう言うとマーリンは大きく膨らんだ鞄をレテに放り投げ、扉に向かって歩き出した。レテは慌てて受け取るが、予想以上に重かったようで少しよろけた。とはいえ、体幹はしっかりしているらしく直ぐに重心を取り戻した。


「持てってか?」


「もちろん。適材適所というやつさ」


 レテは玄関に出たマーリンを追いかける。どうやらマーリンはすでに外へ出たようだ。彼女の奔放さにレテはつい苦笑してしまう。

 そして彼は、これから始まる旅に向け思いを馳せる。



 旅が始まる。終わりは見えない。簡単には見つからない。


 存在証明は限りなく希薄で、泣きたくなる程脆い物だが。


 彼女となら何処へでも行ける、そんな気がする。


 扉を開ける。其は絢爛の星々が夜空を穿ち____


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