3、苦にならない男
申し訳ありません、この章で入れるはずだった場面が一部抜けていました。
訂正を致しました。大変失礼しました<(_ _)>
丈治は1週間程横浜で仕事があるらしく、その間私のマンションに泊めろと図々しい事を言ってきた。
私に腕枕をしながら。
私は既に睡魔が襲ってきていたが、そこだけはきっちりと、断った。
しかし何故か、次の日昼過ぎに起きると、テーブルに旨そうな料理が並んでいた。
どうやら、丈治は私が寝ている間に収納スペースの奥にしまっておいた調理器具を見つけ出し、スーパーへ買い物まで行ったらしい。
「私、家では自炊しないことにしているんですけど。」
生ごみが出るのが嫌だからだ。
仕事の都合で、1回生ごみを出すチャンスを逃すと、部屋の中がくさくなるのが嫌だからだ。
それと、もう1つの理由は・・・。
「掃除と洗濯もしておいたぞ。随分ためていたな。」
丈治のデリカシーの欠片もない言葉に、固まった。
ベランダを見ると、洗濯物が綺麗に干されてあった。
中に、丈治の下着とTシャツも見える。
「何でっ、勝手に!!」
さすがに、頭にきた。
下着もあるのに、失礼極まりない!!
と、憤慨しているのに。
「イライラしてんなー。ハラ減ってんだろ?オラ、食うぞ?お前が寝てるから、起きるのまってて、俺もまだ何にも食ってねぇンだよ。」
そう言って、豚汁とご飯をよそってくれた。
テーブルの上には、サラダとチキンソテー。
ガッツリなメニューだ。
お腹がぐう、と鳴った。
だから勢いで、丈治の作ったご飯を完食してしまった。
「旨かっただろ?」
「・・・まぁ、確かに。」
「俺と一緒にいると、旨い飯が食えるぞ?」
「・・・・・・。」
「掃除も洗濯もしてやる。」
「・・・・・・。」
「何だよ。セックスだって、相性バッチリじゃねーか。」
「ちょ・・・!!」
デリカシーもないのか、この男は!
丈治を睨みつけると。
ちゅっ。
何故かキスをされた。
「なにっ、するのっ!?」
丈治の顎に手をやり、必死に阻止を試みる。
だけど、私の抵抗なんてこの大男には通用もせず、ヒョイと手を掴まれた。
「何って、相性バッチリの確認をだな・・・。」
などと言いながら、私を押し倒した。
食後・・・・・その、丈治のいうところの、相性の確認をして。
食事の後片付けをテキパキと動き出した丈治にまかせて、私はリビングのピアノに向かった。
子供のころから使っている、ドイツ製のノルマンのアップライトピアノだ。
ノルマンは高音がとてもきれいに出ると人気の、有名な老舗ピアノブランドで装飾も美しくいい値段もする。
一流好きの母親が、3歳の私に分不相応な買い物をしてくれたのだったが、未だに重宝しているので今となっては感謝している。
ここ数日で、鎌倉校の講師全ての授業を見学した。
それで、問題点が私なりにある程度見えてきたのだった。
小さい問題点はそれぞれあるが。
共通して、大きな問題点があった。
子供達の講師への信頼度が薄い事だ。
もっといえば、講師を前にすると子供が委縮する。
子供が講師の顔色を窺って、自己表現できない。
まず、何をすべきか・・・。
ピアノの蓋をあける。
まず、クラシックの綺麗な曲を弾き・・・そして、リズムをつける。
最初は楽しく・・・嬉しく、そのうちにゆっくり、少し寂しく・・・・。
「何だ、リトミックか?・・・だったら、もうちょっとメリハリつけないとだろ?」
丈治の口からリトミックという言葉が出た事に、驚いた。
私の驚いた顔が面白かったのか、丈治が噴き出した。
「何だよ、その顔。ほんと綾乃はおもしれぇなぁ。俺、音大出身なんだよ。」
「ええっ!?」
私が驚愕して固まっているのをひとしきり笑った後、ちょっと代われと言い、丈治はピアノの前に座った。
ポロン――
「!!!」
驚いた。
たったそれだけの音で何故か、わくわくした。
私のそれとは、全く違う音色。
そして、即興のメロディ。
「凄い・・・丈治のピアノだったら、私でも踊り出しそうです。」
「踊ればいいじゃねぇか。」
「いや、私は、今週末やろうと思っている練習をしているんですから。」
だから、早く退けと遠回しに言ったのだけれど。
丈治は楽しそうに自分の好きな曲らしいものを弾き出した。
丈治は不思議な男だ。
口はぶっきらぼうなくせに。
いや。
口だけがぶっきらぼうなのだ。
その他は・・・こんなに優しい男がいるだろうか、と思うほどだ。
まあ、その。
夜の、アレ・・・は野生的だけれども。
いや、野獣?
いやいや、そんなことよりも。
問題は、丈治のピアノだ。
好き勝手にピアノを弾いた後、丈治が。
「綾乃はどんな、曲が好きなんだ?」
と聞いてきて、結局弾くハメになり。
私は一番好きな曲・・・を弾いた。
すると。
「おぉー・・・すげぇ。綾乃はきちんとレッスンしたんだなー。楽譜通り、すげぇ正確に弾いてるじゃねぇか。」
丈治が感心したように私を見た。
だけど。
はぁ・・・。
それ、私のコンプレックスなのに。
「私・・・自由に弾けと言われても、できないんです。融通の利かない性格なんです。」
昔の事を思い出し、少し気持ちが落ちながらそう言うと。
何故か、丈治はギャグアニメの主題歌を弾き始めた。
そのふざけたようなメロディが、丈治のキャラと全く違うので、少し笑えた。
丈治は、不思議な男だ。
結局なし崩しのように、日曜日の夜も丈治は私の家に泊まった。
そして、掃除、洗濯、食事の用意と苦も無くやってみせて、ちゃっかりと居座った。
一人暮らしに慣れ、プライベートな空間に他人がいるというのはリラックスできないだろうと思っていたのだけれど。
本当に不思議なことに、丈治が傍にいても違和感がないのだ。
だけど。
「あれ?私のピンクのマグカップ、どこにいったか知りませんか?」
いつも使っている、万能マグが見当たらない。
あれは重宝だ。
コーヒーも、紅茶も、お茶も、牛乳も。
ああ、あと焼酎とか?ビールとか?まあ、日本酒も。
何でもあれを使っているのに。
まぁ、他の食器を出すのが面倒なだけだけれど。
どこかに置き忘れたかと、寝室に探しに行こうとする私に。
「あれなら、捨てた。今日、新しいマグ買ってくるから。」
信じられない、丈治の一言。
「えっ、何でっ!?」
驚いて丈治を振り返った・・・・ら。
あれ?
何で?
ものすっごく、不機嫌?
苦虫を噛みつぶしたような表情で、丈治が答えた。
「収納スペースから、調理器具と一緒に、あれとおそろいの水色のマグが出てきたから、それと一緒に捨てた。」
あー・・・・。
それ、見つけちゃったんだ。
「えーと・・・・。」
「・・・・・・・。」
沈黙が息苦しい。
仕方がないので、そそくさと朝食を平らげた。
そして、そそくさと出勤の用意をする私に無言で渡された、ネイビーブルーのバンダナの包み。
え、もしかして・・・。
「昼の、弁当だ。お前、絶対適当そうだから。」
「・・・予知能力を、お持ちとか?」
「アホか。そんなわけねーだろが。お前の生活状況を見てりゃわかる。よく、ここまで生きてこれたよな?」
はい、おかげさまで、つつがなく。
そう言うのも癪なので、首をすくめると私は、テーブルに戻った。
食器くらいは、流しに持っていこう。
そういう感心な態度の私の後ろを、丈治がついてくる。
流しに食器を置くと私は弁当をつめたカバンを持ち、玄関に向かった。
「俺、今日仕事で夜帰るのが11時頃になるけど、飯どうする?なんか作っておいてもいいぞ?」
あまりにも優しい提案に驚きながらも、私も帰りが遅くなると思うから大丈夫ですと断った。
でかける私に、何故か玄関でキスをする丈治。
な、何か、甘くない?
「何か、これって・・・。」
勘違いしそうだから、その先の言葉を飲み込んだ。
なのに、丈治は。
「ん?何だ?」
スルーしてくれたらいいのにっ!!
「いや、何でもないです。」
そう言って、私は玄関を出た。
うちの塾は9時出勤で、10時から未就園児クラスが始まる。
だけど、徹底的に鎌倉校講師の意識改善を試みるため、出勤時間を1時間早め、8時からミーティングを行うことにしたのだ。
色々な案がだされる。
問題点など皆が感じている事を、どんな些細なことでも出してもらう。
まあ、一朝一夕には劇的に改善されることはないが、こういう小さな積み重ねが大切だと思うから。
授業の準備時間になり、それぞれが受け持ちのクラスへ散らばる。
とりあえず、前期私はクラスを受け持たず、全体を見回ることにした。
後期は、受験の事を考え、年長の学年の子供の全体授業を受け持つ事を考えている。
まだ、計画案だが。
授業を見て回っているうちに、問題点がより明確になってきた。
色々とメモをとり、改善策が浮かべばまたメモをする。
本当に試行錯誤だ。
あっという間に、昼になった。
「氷室先生。コンビニ行きますけど、弁当買って来ましょうか?」
3年後輩の高遠先生が声をかけてきた。
彼は、田園調布校で一緒だったので、親しく話をする。
腰も軽く、私のアシスタントもよくしてくれる。
「いえ、今日はお弁当をもってきましたから。」
平然と私がそう言うと、失礼なことに高遠先生は固まり、自分のサイフを落とした。
午後3時からは、幼稚園が終わった子供たちの授業だ。
事前に前回までの課題に対する現状の達成率をチェックするため、事務所の席で仕事をした。
校長室はあるが、私はあまり使う気はない。
講師、職員が使う事務所の方が、仕事の様子や相談事も受けやすくコミュニケーションがはかれる。
それに、保護者からの相談やクレームの電話にいち早く対応できるはずだ。
そういうものは、時間がたてばたつほど難しくなるものだ。
講師、職員は最初そんな私に戸惑ったようだが、私が元来仕事以外では大雑把な性格とわかったようで、わりと早くに受け入れてくれた。
まあ、高遠先生のお陰とも言えるけれど。
彼とちょくちょくする会話が、端から見ていて面白いらしいのだ。
よくわからないけれど。
しかし、仕事に関しては、ストレートに注意をするので緊張感はあるが。
チェックが大体終わった所で、事務所に私宛で電話が入った。
先日偶然会った、瑞貴君の父親だ。
「お待たせ致しました、氷室です。先日は失礼致しました。」
『いや、こちらこそ、プライベートの時間にお邪魔しまして、申し訳なかったです。早速なんですが・・・・。』
瑞貴君の父親の用件は2つあった。
1つは、やはり瑞貴君が通う学校のレベルが高いので、今の家庭教師よりもそれなりの塾へ通った方がいいのではないかと夫婦で相談したのだが、いい塾を紹介してもらえないかという事と。
北鎌倉に住んでいる大学の同期の歯科医仲間を、紹介するというのだ。
息子さんが現在幼稚園年少で、小学校受験を考えていて専門の塾をさがしているという。
ありがたい話だ。
新聞やテレビCMもいいが、案外口コミというものが強いのだ。
評判1つで命とりになったりする。
「ありがとうございます。瑞貴君の塾の方は、宜しければ、『明来ゼミナール』をご紹介しますが?あちらは熱心でそれぞれのお子様に合わせた独自のカリキュラムを導入しています。実は、私は小学校から高校まで通っておりました。」
『え、確か・・・失礼ですが、氷室先生は、T大をご卒業ですよね?』
「はい、教育学部です。」
是非、紹介してほしいと言われた。
宮田専務に電話をしたところ快諾だったので、今晩北鎌倉の歯医者を交えて食事をすることになった。
「高遠先生、今日夜時間ありますか?」
授業を終え、事務所に戻ってきた所で彼に声をかけた。
「なんでー、せっかく氷室先生に5年目にして、デートに誘われたと喜んだのにー。仕事の誘いだったなんて・・・あんまりだー!」
横浜に向かう電車の中で、つり革にぶら下がるようにして高遠先生が私を拗ねた目で見た。
「そういう事を言わないで下さい。それに高遠先生はお酒に弱いので、飲みすぎれば私が面倒みるのは目に見えていますから、いいですか?仕事ですからね?今日の席では烏龍茶ですからね?」
忘年会、歓迎会などで、高遠先生の酒の弱さはよく知っている。
彼が、新入社員だった時に酔いが回りトイレで動けなくなったにもかかわらず、大声で歌を歌いだして、挙句の果てに床で眠ってしまったことを思い出した。
店に大変な迷惑をかけた。
多分、高遠先生も思い出したのだろう。
シュンとして、わかりましたと頷いた。
横浜で降り、約束の店に向かう途中で携帯が鳴った。
着信画面に『丈治』と文字が表示された。
勝手に携帯に丈治がデータを登録していたのか・・・今、気がついた。
「はい。」
『おう。』
「何ですか?」
『夕飯どうしたんだよ?』
「今から、仕事で会食なんです。」
『そっか、ならいい。じゃあ、ちゃんと食えよ?』
え、私の食事確認の電話?
びっくりして固まっていると、じゃあなという言葉が聞こえてきて、電話は切れた。
あ、お弁当のお礼を言うのを忘れた・・・。
帰ったら、ちゃんと言おう。
丈治は、ぶっきらぼうな口をきくけど。
見かけによらず、凄く、マメだ。
でも、それが私には鬱陶しく感じられない。
彼の、気遣いは。
何故だか、苦にならない。
ばばじ様、ありがとうございましたm(__)m