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せんぱい 2

「疲れたぁ……」

 夕方過ぎ。

 外が薄暗くなってきた頃になってようやく和子は一菜から開放されることができた。

 一菜は時雨にやりすぎだと説教を受けているため、今は彼女一人で休憩室にいる。

「おうちかえりたい……」

 学校の制服に着替えながらそんなことを口にする。実際もう帰れるのだが、それはそれでこれはこれである。

 そんないつも通りのローテンションの中、コンコンと部屋を遠慮がちにノックする音が聴こえた。

「あの、入ってもいいですか……?」

 更に聞き覚えのない遠慮がちな小さな声も聴こえてきて、思わず和子はあっはいと素で返してしまう。返事をしてから下着姿で出迎えないように気付き、急いで制服を見にまとう。

「し、失礼します……」

 人に見せられる姿にギリギリで間に合って休憩室に入ってきた人物と対面する。その人物はどうやら少年で、薄いオレンジ色のやや伸びた髪の毛で背も男にしてはやや小さめで、てっきり年下の女の子かと思ってしまう程だった。

「あの、えと……お疲れ様です」

 和子と目を合わせようとしないまま、扉の近くでうろうろとする。その行動で彼女は自分と同じだと察する。

 同じコミュ障仲間だと思い込んでいる和子に対して少年はエプロンをつけていて両手でトレイを持っていた。その上にはできたてのクッキーが入っている袋が置かれてあった。

 綺麗にラッピングしてあったため、和子へのプレゼントなのだと彼女でも気付くことができた。

「え、と……その、貰っても……?」

「あ、は、はい! どどどうぞ……」

 恐る恐ると静かに袋を手に取る。それを和子が受け取ったらすぐに少年は休憩室から出て行ってしまった。

 私よりコミュ障なのではないかと和子に思われてしまっているが、今の少年にはそんなことわかりはしなかった。

「…………おいしい」

 丁寧にラッピングを解いてできたてのクッキーを一枚口に運んでみれば、自分より上手いことをわからされた。

 一応女子なのに少年に料理で負けたことにはさすがの和子でも堪えたが、このクッキーに罪はないと思いパクパクと最後の一枚まで食べ続けた。

 クッキーを食べ終えた和子はとりあえず喫茶店に顔を出しに向かってみると、そこには時雨と客はいなく、罰の悪そうにしている一菜とオレンジジュースを頬ばっている風香がいた。

「あ、わーちゃん!」

 先に気付いたのは幼馴染みで、その後に先輩が和子の方へ身体を向ける。

 自然とあの猛特訓を思い出してしまい、うっと身構えてしまう和子の姿を見てしまった先輩は更に不安そうな表情に変わった。

「えっと、その……」

 先程の勢いなどなくなり、あの時ちゃんと普通に接することができたのか彼女に訊いた程度の声音で一菜はモジモジとしていた。

 が、意を決したのか腰を直角に曲げて頭を下げて大声で告げた。

「ごめんなさい! 初めてのバイトなのにあんなに厳しくしちゃって本当にごめんなさい!」

「ヴぇえ!? ぅえ、と……あの……」

 実際和子は一菜が時雨に怒られていたことを知らず、こんなに態度を豹変して謝ってくるなんて思ってもいなかった。正直なところ、すぐに挨拶をして帰りたかったのが本心だ。

 しかしあの先輩の許しを乞う姿に和子は最初は戸惑った。しかしよくよく考えてみればこの先輩はツンデレだったことを思い出し、なんだかんだで許してしまっていた。

「あ、その……だ、大丈夫です……ほ、本当に……」

 寧ろ早く頭を上げてくれと心から願った。客はいないものの、この光景は非常に目立つため早急に終わらせたかった。

「お前の気が済むまでアタシを殴ってもいいから! それとも他になんでもアタシになんかしてもいいから!!」

「え、えーっと……」

 何故か引き下がろうとしない一菜に、しかし和子は、

『このシチュエーションってエロいことするフラグだよね……』

 と頭の片隅で冷静にそんなことを思っていた。

 いやいやいやと邪心を振り払おうと頭を振り、早くこの事を終わらせようと努めた。

「で、でも……」

「なんなら土下座だってするわ!」

「…………」

「早く決めなさいよ!」

「ヴェぇえぇ…………」

 この押し問答が約十分程続いた。



「ただいまー」

 帰宅。

 バイト先である喫茶店から自転車を使い、数十分かけて一菜は自宅に着いた。

「お、おかえりなさい。お姉ちゃん」

 玄関を開けたらすぐに聞こえてきたのは彼女の妹の声。台所で料理している母親の代わりに声をあげたのだろう。

 一菜は居間へと向かい、ソファーに座って携帯を両手でいじっている妹の一花(いちか)の姿を確認する。

 姉と同じ銀髪を目元にかかるまで伸ばし、同時に伸びている襟足を適当に赤褐色のリボンで結んでいる。あまりおしゃれに拘っていない一個下の妹。

「一花、聞いてよ」

「な、何かな、おねえちゃん」

 バイトで起こったことを自分に報告することが日課になっていることをわかっている一花は携帯を閉じて話を聞く体勢に入る。そして姉は肩にかけてあったバッグを降ろして向かいのソファーに座る。

「今日何故かわからなかったけどバイト先に来いって言われたのよ。部活あったのに」

「た、確かに帰りが遅いなって思ってた」

 平日にバイトを入れない一菜にとって今日のバイトは一花でも珍しかった。

「それで、なんでかなーって行ったら今日新人が入ってたのよ!」

「そ、そうなんだ……」

「だからアタシが教えることになってね、もー店長はその仕事押し付けてきたんだよ、急に!」

「う、うん……」

 そして腹が立つことがあるとすぐに熱く語る癖も一花は知っている。こういう時はあまり刺激しないように心がけている。

「しかも新人も新人でさ、声が小さかったり顔上げたりしないでまるで一花みたいだったよ」

「あ、あはは……」

「まぁでも、バイト先でも後輩ができるなんて思ってもなかったけどさ……」

 なんだかんだで一菜は誰も嫌いにはなれない性格だということを一花はなんとなく知っている。もし悪口を言ったとしてもすぐにその人のフォローをする。

 そんな優しい姉のことを誇りに思えることが一花の小さな自慢。



「ふぅ」

 バイトの子たちがいなくなった喫茶店。

 先程まで一服していた時雨は一人でカウンター席に座っていた。

「あ……お姉ちゃん、ご飯できたよ」

 すると奥から、和子にクッキーをプレゼントした少年がやってきた。手にはやはりトレイがあり、今度はクッキーではなくライス付きの特製ハンバーグが置かれてあった。

「あぁ。食べるよ」

 まるで時雨が客で、この少年が店員のような立ち位置は二人にとっていつものことである。

 フォークを利き手である左手で持ち、手を合わせてから口にしだす。

「……うん。おいしい」

「ちょっと、その、失敗しちゃったんだけど……」

「確かに昼の方がおいしかった」

 この少年は奏汰(かなた)といい、時雨の弟である。姉とは違い薄いオレンジ色の髪の毛で小柄。パッと見では少女と間違えてもおかしくない程なのだ。

 そんな彼に対して素直に感想を述べると途端に顔がしょんぼりとし始めた。

「嘘だ。毎日助かってる」

 朝昼晩とご飯を作らせてもらっている身として、これほどに苦労をかけることはない。弟に感謝せずしてご飯を食べたことはない。

 たとえこれが心にない言葉だとしても、奏汰は嬉しかった。




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