混沌の入学式 2
『学校嫌だなぁ……』
青春の一ページを飾るはずの高校生活。誰もがその未来をワクワクとする表情とは裏腹に不安しか募らせていない和子。
それもそのはずで、彼女は本人曰く、風香しか友達がいないのだ。幼稚園小中学校と、ずっと風香に寄り添って今まで過ごしてきていた。
子供の頃から物静かな性格で、それのせいで自分から誰かに話しかけようとしないことが普通と思ってしまっている。
実際、風香と話す時も風香から話しかけることがほとんどであったりして、自分から話題の提供をしない。
なので、和子には風香以外友達がいない。
そして友達がいない、所謂ぼっちだと自分で自覚しており、そんな状況から脱却しようと頭の中では思っている。が、それを行動に移したことはないに等しい。
自分から話し出すことを全くしないため、何を話せばいいのかわからなく、これもまたコミュ障として自覚はしている。
そんな自分のことを周りの人はきっと悪いイメージを持っているに違いない。とマイナス思考を今まで続けてしまっている。
更に悪いことに、自分はイジメられているのではないのかと錯覚し続けている。きっと陰口を言われているに違いない。そう確信してしまっている。
そのため、和子は友達を作りたくても作れないという悪循環が完成してしまった。
学校での彼女の行動パターンは簡略化されていて、基本的には風香と一緒にいるがいない場合はラノベにカバーをかけて読んでいたり、机に突っ伏して眠りについていたりして誰とも交流を図ろうとはしなかった。
トイレに行くのでさえ和子は怖かった。自分の席を空けて戻ってきたら誰かが座っていたという状況にしたくなかったからだ。
昼ご飯は極力風香と一緒に食べる約束を交わす。仕事か何かで風香と食べられない場合は仕方なくトイレに行って食べたりしたこともあった。
一時期は不登校になりかけるほど深刻な悩みとなったものの、風香が元気付けてくれたためあと一歩のところで留まった。
それが川和和子であり、彼女の学園生活内での人生だった。
「う……んー……」
保健室。
廊下で倒れた和子はそのまま風香がお姫様だっこで運んでくれたのだ。
そして勿論風香は意識を失った和子の側にずっといてくれた。
「あっ、やっと気が付いた!」
ベッドの隣に椅子を置いてそこに腰掛けて見守っていた。和子はそこのことに嬉しさを感じながらも申し訳ない気持ちが生まれていた。
「ごめんね、ふーちゃん……」
「いつものことだよ! 気にしない気にしない」
いつものことと風香は言ったものの、和子が倒れたこと自体は片手で数えるほどだ。それでもその大半がこのような状況での倒れ方だが。
「…………って入学式は!? 今何時!?」
この二人だけの優しい空間に飲み込まれる前に和子はかろうじて本日のイベントのことを思い出した。一生懸命になって壁に掛かっている時計を探すが、一足先に風香が携帯の時計を見て時間を知った。
「今九時過ぎだね。もう始まってるよ」
「ぅ、ヴェエェ……」
初日からイベント事を休むという前代未聞のことをしてしまった和子は、風香に対して更に申し訳なくなっていた。
「ほ、本当にごめんね。ふーちゃんまで入学式休むことになるなんて……」
「平気だよー。先生にもちゃんと伝えたし、何よりあたしはああいう式だと寝ちゃうから」
先生曰く、今日のことくらいの欠席はカウントしないとのことらしい。
地味に皆勤賞を目指している和子にとっては嬉しい話だったが、同時に風香とは別々のクラスなんだとまた悲しくなった。
そんな和子のことを心配してか、風香は彼女を元気付けようと両手を手に取る。
「大丈夫! 初めてクラスが別になったけど、とにかく大丈夫だから!」
根拠のない風香の言葉は、しかし和子にはちゃんと届いていた。
いつもの励まし方だな、と。
「うん……頑張るよ、私!」
「そうそう! 頑張ろー!」
二人して新たな決意を決めて、互いに微笑み合った。
『お家帰りたい……』
決意を新たにしたものの、風香と別れて教卓側の教室の扉の前に立った途端にネガティブな感情に包まれた。
既に入学式は終えて、各々クラスに戻りつつあるので戻るなら今がチャンスだった。
しかし様々な悪い妄想をかきたててしまい、中々教室に入ることができなかった。
『お家帰りたいけど……頑張るって決めたし……』
内心で悶々としながらも、そしてある事に気付いてしまった。
『あ、早く入らないと目立ってる……』
視線に敏感な和子がそれに気付かないはずがなかった。何人かがこちらを不思議そうに見ており、その視線にまた攻め立てられた。
『よ、よし……すぐ入ってすぐ座る……何気なく、さり気なく……』
頭の中で何度もシミュレーションをし、ようやく教室の扉に手をかけた。
ガラガラ。と本来音を立てるはずの扉はそうならなく、耳に入らないくらい静かだった。
恐る恐る教室の中を見渡すようにして和子は自然に目だけを動かす。入学当初のよくある雰囲気で、ほとんどの席が埋まっていて誰も何もしていなかった。
友達がいないのはみんな同じなのだが、今の和子にはそんなこと考える余裕がなかった。
『な、ななななんでこっち見てるの……』
きっと何気なく見ただけだろうクラスメイトのことを和子はいつもの癖で怖がってしまい、あわあわと動揺しながらも自分の席を探す。
何個か空いている席があり、最終確認のために黒板に磁石で貼られてある席順の紙を見に行く。
ただ先ほど見てなかった顔のクラスメイトを見てるだけなのに、和子は内心ひどく焦っていた。
『見ないで……本当に見ないで……』
泣きそうな表情で紙を見、自分の席を見つけて先ほど見た空いている席と重ね合わせる。
それが一致し、和子は足元を見ながら足早に自分の席に向かう。
席は二列目の四番目。六列と六列で計三十六名のクラスの中ではやや後ろの方だった。
最短ルートでそこへ向かい、クラスメイトの顔を誰一人見ずに席に座った。
そこでとりあえず一安心をして、直後にこのクラスの担当となる先生がやってきた。
「えーっと、一組だよな。よし合ってる」
スーツを着て教卓に立った彼はクラス中を見渡し、それから彼の号令の元挨拶が行われた。
席を立ち、合図と共に頭を下げて座りなおす。
和子にとっては元から嫌いであったホームルームが更に最悪になる日となった。
「じゃあとりあえず、自己紹介からいこうか」