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混沌の入学式

 入学式。

 桜が、まるで新入生を迎えるかのようにヒラヒラと舞っている。この高校に通いたかった者、そうでない者全て平等に祝福している。

 公立北南高校。知名度はそこそこの進学校であり、文武両道をモットーとしている。

 そんな中、この高校の生徒になる川和和子(かわわわこ)は校門前にいた。



『帰りたい……』

 新入生たちがそれぞれの想いを持ちながら校舎へ歩いていく中、和子は不安な表情をしながら校舎に入ろうとせずに寧ろ背を向けて立ち尽くしていていた。

 川和和子、十五歳の女の子。薄い赤黒色のロングストレートの髪に無改造の制服、そして黒タイツを身にまとい鞄を両手で持っている。

 彼女の落ち着きの様を知っている人からは容姿端麗、深窓の令嬢のような印象を受けている。それでも傍から見てる人にも同じだが。

 実際、同じ新入生の男女問わずに彼女のことを羨望の眼差しで見ていた。

 しかし本人にはそんなこと露知らず、更にマイナスのイメージで伝わってしまってきていた。

『視線が……ぅぅ……怖ぃ……』

 みんなの視線が怖く、逃げ出すようにして今すぐしゃがみこんでしまいたい気持ちを抑えながらもある人物のことを待っていた。

「わーちゃーん!」

 その声は和子の耳にしっかりと捉えた。周りの人にも勿論聞こえるほど、大きな声量だった。

「ふーちゃん……!」

 大声で自分のあだ名を呼ばれる恥ずかしさなどなく、先ほどの表情が嘘のように、まるで飼い主をずっと待っていた子犬のように顔を輝かせながら声の主を見つけた。

 大きく手を振りながら走って近付いて来る人こそ和子が待っていた人だった。

 二々風香(ににふうか)。和子の幼なじみの女の子。セミロングで栗色の髪を揺らし、ミニスカートにして裸足で靴を履いてリュックサックを背負って笑顔で彼女の元へやってきた。

「ごめんね、わーちゃん。朝遅れちゃって」

「いいの。私だってふーちゃんのこと置いてきちゃったから」

 二人の家はあまり近くないため、どちらかの家まで迎えに行って一緒に行くということができないのだ。

 なので家からの最寄り駅で集合していたが、風香が寝坊してしまったため仕方なく和子一人でやってきていた。

 本当は二人で行きたかった和子だったけれど、わーちゃんまで遅刻させたら迷惑になっちゃう、と風香の言い分で不承不承向かった和子だった。

『遅刻してもよかったけど……』

 そう思えるほど一人で行きたくなかった彼女は、風香の一言がなかったら絶対に待っていたと自分でわかっていた。

 でも風香の、自分のことを心配してくれる気持ちを無駄にしたくなかったからここにいたのだった。

「それじゃあ……あ、その前に!」

 スカートのポケットから取り出したのは和子と同じアクセサリーが付けてあるオレンジ色のスマホだった。

 そしてチラチラと周りを見て目が合った女子に何も抵抗なく、寧ろ最初から友達だったように風香は自然と話しかけた。

「ごめんね、写真撮るの手伝ってくれる?」

「えっ、あっ。うん、いいよ」

 一瞬戸惑いはしたけれど、女子は差し出されたスマホを手に取り写真を撮る準備をする。

 二人は校門前に置かれてある、入学式と書かれた看板の前に並んで立ってピースをした。

 知らない女子の前で写真を撮られること自体は珍しくもないことだった。風香は写真を撮る時にはいつもこうして通行人を捕まえて撮らせているからだ。

 昔からの習慣みたいなもので、何かある事に写真を撮って残していくことが風香の趣味とも言える。

 それでも、和子自身は笑顔を他人に向けることは慣れていないのだが。

「撮れましたよー」

「どれどれ……うん! いい写真! ありがとー!」

 出来のいい写真になったことが嬉しかったのか、風香はそれの感謝も込めて女子に礼を言った。

 女子も役に立てて嬉しいのか、にこやかに微笑んで先に校門をくぐった。

「お待たせ。それじゃあ行こっか」

「うん……!」

 二人は学校の敷地内に一緒に足を入れ、互いに嬉しそうに笑った。

 学校に入り、より一層桜が二人の視界に入ってきた。入学説明会などでこの学校を訪れたりしたがこのような姿の学校は初めてで、自然と目が惹かれる。

 新しい世界、これからの生活。入学生全員はこれからの学校生活への期待に胸を膨らませていた、ある一人を除いて。



 昇降口。

 新入生らは自分が使うことができる下駄箱をまだ知らないため、予め持ってきていた校内指定の上履きを入れた袋の中に靴を入れて履き替える。

 そしてそのまま正面にある壁のところにクラス名簿が書かれた紙が貼られており、それを見て自分のクラスのところへ向かうのだ。

 次々と新入生たちが自分の名前を探すためにやってきており、小さな塊が生まれてしまっている。

 二人はその遠くからでもわかる塊を見て、一人は憂鬱そうに、もう一人はキラキラとした表情を浮かべていた。

『人いっぱいいる……帰りたい……』

「うわぁ……いっぱいいるね!」

 しかしここで地団太を踏んでいても埒があかないため、風香は思い切って塊の中へ向かおうとするが和子は乗り気ではなかった。

「どうしたの、わーちゃん?」

「ひ、人がいなくなってからでよくない……?」

「でもまだみんな来るんだよ? 待ってたら日が暮れちゃうよ!」

『その行動力が羨ましい……』

 幼なじみのポジティブ思考を羨ましがりながら、それでも和子はこの場から一歩も動こうとはしない様子だった。

 和子のことを誰よりも知っていると自負している風香でなくても、彼女の心情はすぐにわかった。

「うーん……それじゃああたしが一人で見て来る?」

「ヴぇ!? えーっと……」

 できることなら一人にしないでほしい。と目で訴える和子。ダメだよねー。と風香も自分で言っておいて却下する。

「どうしようかなー……」

 目を瞑って何か考えを出そうと頑張る風香に、和子は申し訳ない気持ちが増えてきていた。

『私が頑張ればいいのに……これ以上ふーちゃんに迷惑かけられない……! でも帰りたい……』

「え、えっと…………わ、私、頑張るから……」

「あ、わーちゃん。あの人が見てきてくれるって」

 和子の一大決心は一目置かれずに消えてしまった。

 既に風香の対人スキルが発動し、また知らない人に話しかけてその人に見に行ってもらっていた。

「何か言った、わーちゃん?」

「…………なんでも、ないよ……うん……」

「そう? 変なわーちゃん」

 でも少し残念そうな風香だったが、それは和子には伝わらなかったみたいだ。二人一緒に名前を見ることを期待していたからだ。

「あ、戻ってきたよ」

 他人のことなのにここまでしてくれてた女の子を見つけ、その子は団体の中から這い出るように戻ってきた。

 そんな彼女の勇姿に風香は礼を言い、それから女の子は風香に嘘偽りないことを伝えた。

「えっと、二々風香さんが三組で、そちらの川和和子さんは一組でした」

「「………………え?」」

 二人は信じられないものを見たように顔が真っ白になり、同時にクラス名簿が書かれた紙の方を見る。

 やっぱり、と女の子はこの反応をわかっていたらしく、若干言おうか迷っていたのだ。

「ほ、本当?」

「本当でした」

 真剣なその表情は、この二人を陥れようとは一切思っていなく、そして二人を絶望の淵に立たせた。

「あ、ありがとうね」

「どういたしまし、て!?」

 一応また礼を言った風香だったが、女の子は彼女の隣にいる女子と思われるモノを見て恐怖を覚えた。

 風香もつられて見てみると、顔面蒼白になって虚ろな瞳で目の焦点が定まっていない、今にも崩れ落ちそうな和子の姿がそこにあった。

 というより、崩れ落ちかけている彼女の姿だった。

「わ、わーちゃーん!!」



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