番外編3 ステラの冒険1
本編に掲載していた物を移設しました。
番外編3
ステラが家出した。
事件の朝、起きると子供のベッドに空きがあった。
それ自体は珍しい事じゃない。わりと子猫たちの寝相は悪いので、ころんころんと転がってベッドの下に入っている事もあるぐらいだし、寝ぼけてリビングのコタツの中に入り込んでいる事もある。
果たしてソレイユが学園に入った時、寮でルームメイトに迷惑をかけないか心配だ。そんな事を考えていた。
今日もソレイユの下半身だけがベッドの下からにょきりと生えている。しっぽもだるんと垂れていた。
ルナは……洋服ダンスの引き出しからしっぽがはみ出しているのであそこか。
姉二人と比べてレギウスはタロウを抱きしめたまま、おとなしくリエナの胸の中。この子は寝相いいよな。
ステラはどこだろうかと寝室の中を探し回ったのだけど、どこにも姿がない。
まだ寝ているリエナたちを起こさないように気を付けながら、子猫二匹をベッドに移動させて、僕はそっと寝室を出た。
次の有力候補はコタツかと思い、リビングに移動して、そのコタツの上に問題の書置きを発見した。
『いえでします。
さがさないで。
いってきます』
血の気と一緒に意識レベルが低下しかけた。
「う、ああ、あああああ」
卒倒しそうになるのを気合で耐え、三度文面を読み込み、どうにも誤解しようもないと理解して、それでも慌ててはいけないと、落ち着かなくてはと深呼吸を繰り返して、最終的にやっぱり無理で悲鳴を上げる。
「ステラあああああああああああああああああああああ!?」
僕の絶叫に驚いて飛び起きた家族に、僕は半狂乱のまま事件の発生を伝えるのだった。
思えば昨夜からステラの様子はおかしかった。
おじいちゃんの葬儀から一月が過ぎて、ようやく春の気配が近づいてきたある日。
僕は家族にソレイユの魔法学園進学について伝えた。
反応はまちまち。
リエナは『ん』と頷いて、ルナはわかっていたのかピッと親指を立ててソレイユにエールを送っていて、そして、ステラとレギウスとタロウはポカーンと口を開けていた。
学園に行くことについて理解できていないのだろうと、丁寧に説明したのだけど、レギウスとタロウはやっぱりわからない様子で、ステラもぼんやりしたままで反応が鈍い。
大丈夫かと心配していたけど、そろそろ寝る時間だからと背中を押せば、パジャマに着替えて布団に入る様子はいつも通りだったので安心してしまった。
「ああ。どうして僕はもっとステラに気を遣って上げられなかったんだ!」
ズシンっ!
そうだ。
子供たちにとっておじいちゃんが亡くなったショックは大きかった。
初めて家族が失われてしまったのだ。
僕もリエナもその点に関しては色々と話をしたり、気を紛らわしてあげたりとケアしてきたつもりだった。
そのおかげもあってか、上の二人はこの一ヶ月で立ち直ってくれたし、ステラも最近はようやく笑えるようになっていた。
バキバキ メキメキ
でも、傷が癒えたわけではなかったのだ。
家族が傍からいなくなるという恐怖を引きずっていたんだ。
それがソレイユの旅立ちで再燃したのだ。
まして、三人は生まれた時からずっと一緒に暮らして、姉妹それぞれが互いを分かちがたい存在として思っていてもおかしくはない。
そういう感覚は成長と共に自立していくものだけど、八歳になったばかりのステラには早かったのだ。でも、そんな想いを姉たちは共感していなくて、一人で悩んでいたんじゃないのか?
どごん すごん ずーんっ!
それをケアするのが親の役目だというのに、のんきに寝ていて、娘の家出に気付けもしないなんてありえない失態だ。
「ステラああああああああ! 返事してえええええええええ! お父さんだよおおおおおおおおおお!」
しかし、返事はなく、やまびこが虚しく響くだけ。
裏山の木々を圧し折り、岩を砕き、土砂を巻き上げ、尾根から尾根へと跳躍し、叫ぶこと数時間。
ステラは見つからない。
太陽は南の空に高く上り、正午を過ぎた頃か。そろそろ一時集合の時間だ。
手分けして捜索している家族や村人の誰かが見つけている事を願い、僕は裏山から魔人村へと大跳躍を敢行した。
「ん。いない」
リエナが首を振る。
我が家に帰っても、ステラは戻っていなくて、他の捜索メンバーからの報告でも成果は得られなかった。
「はあ……」
仮にこれが家出したのがソレイユやルナだったら話は簡単だった。
もちろん、二人を蔑ろにする意味ではなくて、単純に能力的な意味でだ。
魔法、武技に類稀な才能を発揮する二人だけど、感知の関連に関しては普通の猫妖精と大差ない。
二人ならリエナが見つけられた。僕に縁がある事に関してならリエナの感知は範囲も感度も群を抜いている。それこそ大陸のどこにいても僕の居場所を見つけられるし、僕たちの子供であっても同等に知覚できる。
「リエナでも?」
「ん。全然わからない」
しっぽをたしーんと揺らすリエナは今もせわしなく猫耳を動かしているけど、ステラの所在を感じ取れずにいるようだった。
ステラは特別だ。
あの子は感知の天才。
しかも、リエナからだけでなく、樹妖精で随一の感知能力を持つリラからも教授されていて、既に八歳にしてリエナを上回る能力を有してしまっている。
感じ取るだけでない。
逆に気配を自然と同化する方面にも発揮していて、こうして隠れられてしまうと手がない。
家の庭で異界原書を開いていたリゼルが、溜息を吐く声が聞こえた。
庭先から顔を出して、首を振る。
「ダメだ、師匠。異界原書でも見つからねえよ」
異界原書の種族特性でも無理か。
まあ、こちらは効果範囲の点で限界があるしな。僕がやれば……いや、ダメか。リエナでも見つけられない相手を探し出せる気がしない。効果が精神力に左右される異界原書では、その時点で無理だ。
「近くも、遠くも、わからない」
「せめて、近くにいてくれたらいいんだけど」
行動力は、有り余っているからな、うちの子たち。
その辺りリエナの度胸を三人姉妹は受け継いでいるせいか、人見知りはしても物怖じしない。レギウスは割と大人しいというか、内気な傾向にあって、僕に近い。
いや、今はどうでもいい。
前世の知識を思い出す。
猫の家出は多くの場合、近くに隠れているパターンなのだとか。
行動範囲は野良猫でも数百メートルで、家猫だともっと狭い。家出した猫が隣の家の庭にいたという話も、ネット掲示板で見た覚えがある。
猫の本能が発揮されている事を祈るしかなかった。
「シズは?」
「僕のはもっとなんか危機に直面しないと発動しないというか、なんというか」
僕も猫耳としっぽに関する直感は優れていると思うけど、妖精族の様にコントロールできる代物ではない。
ステラが助けを呼んだり、泣いたりしたら、直感でイケる気がしないでもないけど、今のところその兆候は見られなかった。
「どうして、こんな事に……」
「大丈夫。きっと、無事」
リエナに背中を撫でてもらって、なんとか取り乱さないでいられた。
慰めだけではなく、根拠のあるセリフでもある。
ステラはまだ八歳だけど、知覚以外の能力も軒並み高い。それこそ裏山なら一人で自由に遊び回っても大丈夫なぐらい。
間違いなく天才。
魔法も身体能力も姉たちには及ばなくても、一般的な八歳児とはかけ離れている。多少の危機には対応できるだろうし、きっと危機に陥る前に回避できるだろう。
けど、まだ八歳児なのだ。
世の中には本能だけでは避けられない危険が存在する。
あれこれと不安に駆られていると、開けっ放しにしていたドアから勢いよくルナが飛び込んできた。
「にゃ! おとさん、ラクヒエ村でステラ見たって!」
「いつ!? どこ!? 誰が!? 本当にステラ!?」
「昨日の夜! たまたま起きてて、お家の外に行った時! ラクおじさん! 猫のお耳、見たって!」
「どうして止めてくれなかった、ラク……!」
「ん。ステラ、赤く光ってたって! 強化! 遠かったから、おかさんと思ったって!」
ぐあああああ!
ステラもか! ステラも見よう見まねで強化の付与魔法を覚えたのか!?
ソレイユの時に反省して、気を付けていたというのに。もしかしたら、これも気配を殺して観察されていたのかもしれない。
子供からすれば自分に隠れて親がこそこそと作業していれば気になるだろうし。
まずいぞ。
魔力凝縮は使えなくても、あの子の身体能力が強化されると行動範囲が途端に広がる。一夜あればかなり遠くまで行ってしまっているかもしれない。
「お父さん、私の筆の予備がなくなってるの。あと、パンとか、お肉とか、減ってた」
念のため、家の中を調べてくれていたソレイユが報告してくる。
これで強化の付与魔法を使ったのは確定と見ていいだろう。
しかも、食料もとなると、ステラはこの家出を日帰りとか一泊で終わらせない心積もりと予想される。
「……とにかく、皆は引き続き捜索をお願い。僕は知り合い全員に声を掛けてくる。見かけたら保護してって。弟子一号、異界原書を貸して」
「おう。俺はブラン方面を探す。レイアとシンとルインは俺が言っとくよ」
「ありがと。頼む。異界原書、全解放。『空間跳躍』」
『なんだかな、まあ、今回は素直に手を貸すぜ。『早く早く! 見つけてあげて!』ってわけだ。うちの妹の期待に応えろよ』
異界原書の兄妹にも励まされて、僕はまず王都に向けて空間の壁を越えるのだった。
次話からは娘視点でお送りします。




