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魔法書を作る人 番外編  作者: いくさや


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番外編12 ある貴族の妄執①

 番外編12


「ラクヒエ村のシズ! 君は選ばれた!」


 ある冬の日。

 学園の廊下を歩いていたところ、背後からそんな声が飛んできた。

 何事かと振り返って息を飲む。


 イケメンだった。


 線の細い、整った顔の造作。

 サラサラと流れる金髪に、吸い込まれそうになる程の澄んだ碧眼。

 僕と同じ学園の制服を着ているせいで、格差というものを実感させられる。

 歩み寄ってくるというそれだけの動作さえも洗練されていて、同性の僕でさえも見惚れてしまいそうになった。

 完全無欠のイケメンというしかない。

 嫉妬なんて浮かぶ余地もなく、ただただ圧倒された。


 うちの師匠もかなりの美形だけど、種類違いの同レベル。

 師匠はワイルド&クールで、こちらは王道の王子様タイプ。女性向けの恋愛シミュレーションゲームのパッケージで中心に立ってそう。


 そんな彼がつかつかと早足で距離を詰め、僕を見つめてくる。

 思わず隣のルネと顔を見合わせてしまう。

 アイコンタクトで『ルネ、知ってる?』『ううん。知らないかな。シズは?』『僕も知らない』と確認し合って、改めて向き合った。


 互いの手が届きそうな距離感。

 背も高いな。僕とルネの身長が低いせいで見上げるようになってしまう。


「君の噂は聞いている」

「はあ。僕の噂ですか?」


 この時点で嫌な予感しかしない。

 何せ『災厄』のシズだ。見たところ、彼は貴族みたいだし、いい話ではなさそうだ。

 声に警戒の色が混じるのを隠すつもりはない。これで相手を牽制できれば御の字という程度だけど、やらないよりはいいから。


 けど、彼は僕の態度を気にも留めないで鷹揚に頷いた。

 僕の心臓を狙うように指先を向けて、いちいち様になるポーズで告げてくる。


「ああ。『愛猫』のシズだろう?」


 思わず素っ転びそうになった。


 こんにゃろう。いきなり変化球を投げてきやがった。しかも、頭めがけて高速スライダー。これが野球だったらビーンボール。危険球で一発退場、確定だ。

 いや、落ち着け。混乱している。予想の斜め上か下をいかれたせいで動揺するのはわかるけど、落ち着くんだ。


 我ながら感情を表に出さなかったのを褒めてやりたいぐらいだよ。

 しかし、『愛猫』ね。そんなふたつ名までできていたのか。これは間違いなくリエナの影響だろう。

 そして、それを否定する事はできない。この噂は僕を正しく表しているのだから。ああ、そうだ。猫耳&しっぽラブだ。


「それで、あなたは?」

「失礼した。名乗りがまだだったな」


 まるでマントを跳ね上げるような派手な仕草で(マントなし)、右手を高く掲げてから握り締め、力強く胸の前に引き寄せ、堂々と名乗りを上げる。


「我が名はバンウルフ・ダイム! ダイム準男爵家の長男にして、魔法学園二年次生だ!」


 しばし、沈黙が下りた。

 学園の喧騒もどこか遠くの出来事みたいに感じられる。

 どうもこの廊下は急激に過疎地になったらしく、僕たち三人以外誰もいない。十中八九、避けられているっぽい。

 ほら、廊下の角から顔を出した男子生徒たち三人が飛び退るみたいにして消えていったし。間違いないでしょ、これ。


 耳が痛くなりそうなほどの静けさの中、再びルネとアイコンタクト。


『知ってる?』

『聞いた事、あるかも』


 おっと。ちょっと予想外。

 このパターンは『知らないよ。誰なんだよ』だと思っていた。いや、なんとなく流れ的にだけど。

 まあ、ルネが知っているなら話は早い。本人を前にして聞くのも憚られるけど、遠慮していては何も進まない。


「誰なの?」

「スレイア最南部に領地を持つ方だよ。確かソプラウト大陸と色々と取引をしていて、あと織物が有名なんだっけかな」


 ふむふむ。

 準男爵というと貴族の中では最も低い地位になるけど、意外に知名度が高いっぽい。

 偉そうな態度の割にそこまで高くない爵位とか気になるけど、もっと気になるのはルネの表情だ。どうしてルネはちょっと困り顔なのか。この顔は何か説明しづらい時のそれに見えるんだけど。


「素晴らしい。少女よ、なかなか博識だな」

「ぼく、男の子なんだけど……」

「ほう。そうか。君にも複雑な家庭環境があるのだろう。いい。皆まで言わずともいい。既に察しているからな。強く生きろ」


 ちっとも察せていないけど、これに関しては罪づくりなルネにも多大な責任がある。言及はすまい。

 とりあえず、これまでのやり取りで悪い人ではなさそうな気がする。完全に勘違いの自己完結とはいえ、ルネを応援してるし。

 いや、イケメンな変人ではあるけどね。

 話ぐらいは聞いてもいいんじゃないかという気になる。


「で、そのダイム準男爵の御子息が僕に何の用ですか?」

「君に我が覇道を助力願いたい」


 敷居を下げたところにこれか。

 さあて、面倒臭くなってきたぞ。

 今までの貴族連中はあれこれと僕の排除を狙ってきていた。懐柔策もあったけど、どれも脅迫ばかり。こうも真正面から来る手合いは初めてだ。

 ここは先に釘を刺しておこう。


「僕は貴族様の争いに加担するつもりはありません」

「? 争い? 何の話だ。我の野望は勢力争いなどという下世話なものとは違うぞ」


 は?

 このイケメン、僕の予測をどんどん外してくるな。

 戸惑う僕の袖をルネがちょいちょいと引っ張ってきて、耳打ちしてきた。ルネの吐息が耳元にこそばゆい。


「シズ。バンウルフさんのダイム家は中立派。クレアさんの派閥だから」


 なるほど。これはちょっと早合点だったか。

 しかし、そうなるとこの人の覇道とか野望というのは何なんだろうか? 貴族にありがちな権力闘争ではないみたいだけど。

 視線で問いかければ、バンウルフが両手を広げて、爛々と目を輝かせながら告げてきた。


「『愛猫』のシズよ! 我が猫耳・しっぽの啓蒙活動に加わるのだ!」


 なんか、すごい事言われた。

 ルネが再び耳打ちしてくる。


「えっとね。ダイム家の跡取りさんは、すっごい手芸の技術を持っていて、それと同じぐらいすっごい猫好きなんだって噂があってね。それで、ふたつ名が、その……『残念』のバンウルフ」


 別にルネが悪いわけではないだろうに、とても申し訳なさそうに教えてくれた。

 まあ、確かにこれは本人を前に言いづらかっただろうけど。

 色々と納得してしまった。もったいないイケメンだった。

 そんな僕の内心に気づいていないのか、気づいていても気にしていないのか、バンウルフはまっすぐに僕を見つめてくる。


「さあ。返事は如何に?」


 それは愚問だ。

 こんな事を聞かれて、返答なんて決まりきっているだろ。


「よろこんで!」


 バンウルフの問いに、僕は脊髄反射でOKしてしまった。




 猫耳・しっぽファンクラブ。

 魔法学園支部、誕生の瞬間だった。

次は一時間後です。

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