番外編11 ステラの冒険9
連続投稿、二話目。
よろしければ一話前からご覧ください。
視点がシズに戻ります。
番外編11
「先生、恨むぜ」
「とんだ災難だった」
「いや、その、ごめん。今回は全面的に僕が悪かった」
レイアとシンのぼやきに平謝りするしかない。
ちょっとタガが外れちゃったせいで、ステラを保護してくれようとしていた二人を撃退してしまったのだから、非難を受けるのは当然だ。
いや、シンに限っては私怨も含まれていそうだったけど、それについても謝るしかない。
幸い、ブラン兵が来る前に救出できたので、双武王の格が落ちたりはしないだろう。
「まあ、やっとひと段落かな」
東の空から姿を現わし始めた太陽を眺め、僕は溜息を吐いた。
ステラが泣いて、鳴いて、疲れて眠ってからが大変だった。
まずはシズ湖の復旧。
これからのブランの水源として役立ててもらうはずだったのに、僕の着地のせいで水がなくなってしまったのだ。
魚たちは可能な限りうちの猫グループが回収してくれて、近くの村に運んでくれたけど、生態系が復活するまでどれだけかかるのか。
とりあえず、水に関しては五十倍凝縮の水の属性魔法で戻しておいた。
若干、深みやら面積やら支流やらが増してしまったりもしているけれど、遥かに便利になったのだから気にしなくていいだろう。うん。
シズ湖伝説に新たな歴史が刻まれない事を祈る。
「いや、無理だろ」
「そうだな。もう話も広まり始めてるだろうし」
双武王の指摘に脱力する。
その通りだけど、現実逃避ぐらいさせてよ。
ただでさえ自分の名前が付いた湖の存在を娘に知られて、微妙な気持ちになってるんだからさ。
それもこれも奴らが悪い、という事にしておこう。
奴ら、詐欺集団だ。
どうも始祖への信仰心を煽って、神殿を建てるなどと嘘の計画と許可証を使って寄付金を集めていたのだとか。
双武王にボコられ、僕の着地の衝撃で吹き飛ばされ、騒ぎを聞きつけてきた信者にばれてボコボコにされ、最後はブラン兵に連行されていった。
バジスの屯田兵として『使われる』らしい。
「ここはブランの顔を立ててもらえないか?」
「僕も法を蔑ろにするつもりはないよ。まあ、うちの子に向かってふざけた事を言ったらしいから、その点は重々言って聞かせておいたけど」
大怪我をして呻いていた彼らが連行される前に、僕はにっこりと語りかけておいた。
難しい話ではない。
ただ、親というのは子供のためなら何でもするものだ、と。
そんな当たり前の話だよ。世間話みたいなものだ。
ちょっと、ほんのちょっと、魔力とか、異界原書とか、殺気とかが溢れかえったりしちゃったけどね。
彼らもよく理解してくれたから大丈夫だろう。
あんなに顔を青くして頷いていたんだから。
「どの道、二度とバジスから出られねえよ」
「その方が幸せかもね」
少なくともスレイアでもブランでも居場所はないだろう。
宗教じみた信仰はなくても、ほとんどの人間は始祖という存在に対して敬意を払っているのだ。その始祖に喧嘩を売った人間なんて村八分どころか、村追放を通り越して、村人に襲撃されるレベルだ。
「信者の方は……諦めてくれ」
ちなみに、信者たちに僕が見つかったせいで、もうひと騒動あったのだけど、その辺りは双武王のおかげで事なきを得た。良くも悪くもブラン人は単純で、真っ当な理由と、それを通す実力があると話が早い。
「僕の信者とか、わけがわからない」
騒がれるのは嫌いだって言えば村に帰ってくれたし、これからのシズ湖の開発にも参加してくれるらしいけどね。
根はいい人なんだよ。ちょっと猫耳・しっぽファンクラブっぽいのも含めて。
今回の話も噂にしてしまうのだろう。
かなり背びれ、尾ひれをつけて。
「いっそきっちり創めちまえばいいんじゃね?」
「やだよ。僕は始祖である前に教師だ」
「こちらである程度、自制するようには言うが、あくまで彼らの自主的な気持ちだからな。無理強いはできないぞ」
「それは、まあ、覚悟しておくよ」
有名税って奴でしょ? ちょっと違うかな?
まあ、なんでもいい。とりあえず、名前が悪用されないように注意は広めてもらおう。ブランだけじゃなく、スレイアでも。
そんなやり取りを終えた時には夜が明けていたわけだ。
子供たちはリエナと一緒に近くの小屋に行ってもらい、僕は最後に残った案件に向き合う事にした。
レイアとシンは既に村の方に戻っている。警備の兵とかを残さない辺り、気を遣ってくれたんだろう。
僕らから離れた場所。
小屋とシズ湖の間で平伏していいる老人。
アラン・ガンドールについてだ。
「えっと、そろそろ頭を上げてもらえません?」
「いや、始祖様に合わせる顔がありません」
平伏したまま動かないアラン。
怪我はリエナが治してくれたので問題ないけど、年配者が平伏したまま数時間とか具合が悪くなりそうだ。
何度もやめるように言っているのだけど、聞いてくれないんだよ。
話が進まないので、やむなく先に騒動の収拾に動いたのだけど、その間もずっとこの姿勢のままで動かなかった。
頑固な人だったな、そういえば。
「このままじゃ話ができません。僕のためというなら、まずは顔を上げて話してください」
強く言って、お互いに黙ったまま数分が過ぎて、ようやくアランは顔を上げてくれた。
うん。十年以上前に王宮(仮)で会って以来か。
あの後、ケンドレット家との対立の責任を取って当主を引退したんだっけか。
こんな所で再会するとは、不思議な縁だ。
「まず、うちのステラを保護してくれて、本当にありがとうございました」
「始祖様! 儂などに礼は不要です!」
無視して深く頭を下げる。
始祖とかどうでもいい。これはステラの父親としてだ。本当にここ数日、ステラが酷い目に遭っていないか不安で不安で仕方がなかった。
もしも、アランが保護してくれなければ、どうなっていたか。
「……わかりました。ステラ嬢を保護したのは行きがかりでしたが、始祖様のためになったのなら光栄です」
感謝を受けてもらったのはいいけど、話し方がなあ。
再び向かい合って、ちょっと体勢を変える事にした。正座の姿勢のアランに対して、地面に胡坐をかいて座る。
「ちょっと始祖の件は忘れてください。そういうのがあると、堅苦しすぎて気持ちまで固まっちゃいそうだし」
「……わかりまし」
「言葉づかいも」
「……わかった。シズ殿」
殿、か。ああ、そう呼ばれたな。
「ガインを破滅させた時、平民相手でも急に『殿』だったから驚いちゃいましたよ」
「あの場は、奴の野望を挫く最上の機会と判断したまでの事。儂が敬意を払うだけでそれが叶うならいくらでも謙るだろう」
「本当に徹底してますね。だからこそ、ガンドール家は大丈夫かなって思ったんですけど」
「ガンドール家は初代から常に王家のためにあるからな」
「すごい家訓ですね」
「いや、家訓ではない。騎士の誓いだ」
なるほど。
うん。次代のガンドール家の当主候補はどっちか知らないけど、大丈夫かな。一人、粘着質なぐらいの愛情を持ってるし。
王宮でのやり取りを思い出す。
まだ学園生だった。
あの時は師匠の事で色々と視野が狭くなっていたというか。失う事に対して過剰に臆病になっていたというか。そのあたり、武王に叩き直されたんだっけ。
えっと、あれから十五年ぐらいかな?
色々あった。
いや、本当に。ガチで。我ながら波乱万丈すぎる人生だ。
「シズ殿。ひとつだけ、改めて謝罪させてほしい」
「合わせる顔がないって件ですか? どうぞ」
アランは額を地面に打ち付けるように頭を下げた。
「すまなかった。学園に在籍していた頃、儂らがシズ殿に多大な迷惑をかけた」
ああ。そうだった。
ケンドレット家とガンドール家の派閥争いが学園にも広がっていて、予測不能な僕はあれこれと巻き込まれた。
「何より、シズ殿の師匠が亡くなられた経緯は我々の諍いにある。如何様にも罰してくれ」
アランは地面にめり込めようとするように額を押し続けた。
師匠の事、か。
アランは僕の敵討ちの場面も見てるし、どれだけ怒り狂っていたか知っている。
どれだけ僕が師匠を大切に想っていたか、察している。
「儂の顔など見たくもないだろうと姿を消したが、ステラに諭された。ちゃんと謝るように、と」
あの子は、家出している間にそんな事を。
小屋で泣き疲れて眠っているステラを思って苦笑する。
「そうですね……」
大貴族の権力闘争から端を発した騒動は、魔の森から魔神を呼び出して、結果、僕を守るために師匠は命を落とした。
原因がケンドレット家だけでなく、ガンドール家にもないとは言えない。
なのに、ケンドレット家は断絶された一方、ガンドール家の方は当主が替わっただけでお咎めを受けなかった。
もしかしたら、アランは罰を欲しているのかもしれない。
罵ればいいのだろうか?
殴り飛ばせばいいだろうか?
それこそ、ガインの奴と同じように崩壊魔法で消し飛ばす事だってできる。実力でも、権力でも、問題なくできる。
そうじゃねえだろ?
はい。そうじゃねえ、です。
心の中で聞こえた声に笑って返す。
復讐に狂うのはガインまでだ。
もちろん、あの昏く淀んだ想いが消える事はないのだろうけど、それを際限なく振りかざして暴れるような人間にはなりたくない。
復讐の是非とかじゃないんだ。
だって、僕は師匠が誇りにしてくれる弟子なのだから。
そして、子が誇りたくなるような父親でありたいから。
「謝罪を受けます」
「シズ殿! 儂は許されたいわけではないのです! あなたは報復する権利がある! ならば、儂を……」
ガバッと起きて声を荒げるアラン。
その前に掌を突き出して、口上を止める。
「何もお咎めなしとは言いませんよ。最後まで聞いてください」
アランは姿勢を正して、静かに僕を見つめてくる。
まるで刑の執行を待つような覚悟だ。
僕は敢えて笑ってみせた。
「実は数年前にスレイアで新しい部署ができましてね。諜報関連の部門なんですけど、ちょっと人員不足な上に、色々と柵が邪魔みたいなんですよ」
馬鹿貴族とかがね。
それを僕の力で排除するのは簡単なんだけど、それじゃあスレイア王国のためにならないと思うから自重してる。
自分たちの力で解決してもらいたい。そのためには相談役とかいるといいんじゃないかな?
「は?」
「で、その穴埋めを王様――陛下がしているんですけど、ちょっとそろそろ顔色が限界突破しちゃってるんで……異界原書」
『うーい。腹いっぱいだ『熱いのはちょっともういいかなあー。おいしかったけどー』おい。すぐに冷たいものを用意しやがれ』
管理者の双子め。
まあ、今回はよく働いてくれたしね。
「全解放。『空間跳躍』」
『うえ。甘いなあ。むなやけしそう『おいしいー!』別腹だ、どんとこいや!』
状況を把握できないアランにニッコリと笑いかける。
「というわけで、手伝ってあげてください。それが僕からの罰です」
そのままアランをスレイア王宮に転移させた。
王様の所に直接やっちゃったけど、大丈夫でしょう。かなり高確率で徹夜してるだろうし。そうじゃなくても朝早いし。
前にアランの事をぼやいてたから、きっと喜んでくれる。うん。たぶん。
「近いうちにステラを連れて顔を出そうかな」
あの子もずいぶんと懐いていたみたいだし。
まあ、色々と話を聞いて、皆で話し合って、それからかな。
朝日を浴びながら、家族の寝ている小屋に向かう。
ああ。もう何日も寝てなかったから僕も限界だ。
毛布にくるまった子供たちと、その頭を撫でているリエナ。
「ん。終わり?」
「うん。だから、とりあえず……」
寝かせて。
と言うのも無理だった。
どうやら最後の全解放で精神力も使い切ったらしい。電池が切れたみたいに意識がすーっと遠くなる。
「ああ。それにしても、子育てって大変なんだなあ」
そんな事を呟いて、僕は数日ぶりの眠りについた。
ステラの冒険、終了です。
こんなに長くなるとは思いませんでした。
近いうちに後日譚的なのを活動報告あたりに書くかもしれません。




