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愚者の魔法陣  作者: 狛月
3/10

0-3  


誠に勝手ながら一時期の間、話をクローズさせていただきます。申し訳ございません。

-3-


扉を開けた先は、息を呑むような紺碧と常磐の幻想世界だった。

 広く澄んだ藍色の空に永久不変であろう草原。最果ての彼方には天を貫く巨大な樹が堂々とそびえ立ち、空に飛んでいる鳥たちはおよそ日本で見ることのできない不可思議な成りをしていて、それもあってか幻想さをより醸し出していた。

 澄み過ぎた空気と草原を飛ぶ、蛍のような生き物たちが麗仁れいじの周囲を飛び回り、やがて少しして各々が植物に止まって淡い青色の発光を繰り返す。

 まさしく、ファンタジーの一言に尽きるだろう。

 藍色の空を見て今は夜時なのだろうかと思い、ふと上を見上げると、太陽の代わりに世界を照らす金糸雀色に染まる月が微笑んでいるように見え、一瞬見惚れてしまう。更には無数に輝く星々の何たる美しいことか。この異様な明るさはきっと、女神に似た月と燦然たる星々、飛び交う虫たちによって出来ているのだ。

 地球上では決して見ることはできないであろう幻想的な風景を前に、麗仁はただただ呆然とするしかなかった。

 世界の情景に見惚れ固まっていると、体を襲う寒さに意識を取り戻す。まるで冷蔵庫を開けた時に流れ出るような冷風が頬を拭う。

 どうやら日本よりもかなり寒い地域なのだろう。

 ――日本、か。

 徐々に薄れつつある日本での思い出や知識の数々。もうすでに、その大半が伝聞によって得た情報ではないのかと疑うくらいに曖昧になっていた。

 あれだけ仲の良かった両親のことでさえ赤の他人程度にしか思えない。

 しかしそれは苦ではなく、むしろ一種の安堵感があった。何にも縛られていないような気がして、体が解放された気分でいる。

 腕をさすりながら振り返ってみればあちらこちらに見える廃墟と化した家々。その一戸に、麗仁が出てきた扉もあった。

 鉄か銅か。錆び付き廃れ、もはや扉以外の全てが朽ちる一歩手前の状態。よく保ったと褒めるべきか。そこ以外のほぼ半数以上の家々は灰燼と化していた。

 ――戦争があった、のだろうか。

 だしとてもだ。今は廃れた家屋に植物が群れを成しているを見れば、それはかなり昔の話というのは想像に難くない。

 一つだけ視界に広がる植物の中でも一際可憐な花があるのを麗仁は見つけ、趣くままに近寄る。

 露草に似た植物は、妖精の羽に見える花弁に冷たい風を浴びながらも気高く咲いていた。

 

「――〈エレンルーリエ〉。花言葉は『別れと出会い』『初恋』『幻惑』だったか」

 

 青紫色の花弁を見つめながら、誰に言うでもなくそっと言葉を零す。

 記憶ではなく書き加えられた知識の中にあった言葉だった。

 懐かしいと思える風景を目にして、麗仁の思考が徐々に鮮明になっていき、過去であろう自分のもう一つの意識からなる記憶が呼び起こされ、途端、衝撃が駆け巡って記憶の断片と呼べるようなものが溢れんばかりに流れ込んで、麗仁の脳に浸透する。

 苦痛ではなかった。むしろ暖かい春風に包まれたかのような心地よさが染み渡っている。

 ――(ルィル)に刻まれた、全てが戻ってくる。きっとそういうことなのだろう。

 赤髪の中年が豪快に笑いながら剣の稽古をしてくれてたり、白甲冑を着込んだナルシズムな女性と漫才をしたり、銀の髪を揺らす快活な女の子と緑色の髪を撫で付ける女の子との三人でこの草原を駆け回っていた。

 どれもこれも自分が生前に体験した記憶だろうか。いやそうに違いない。

 この手に残る感触は、この脳裏をこびりついて離れない映像の数々は、事実であろうと告げている。

 不快な感覚が少しだけ胸の内を徘徊したが、それも少しだけのことで麗仁は特に気にする風でもなく、また歩き出した。

村一帯を散策し感傷に浸りながら、どこか寝床になりそうな場所はないかと探す。

 錆び付いた扉を、なんとかといった体で開けて中を見れば一目瞭然だった。

 家々から出てくる風化した書物や錆び折れた銅剣。壊れた羅針盤が過去の遺物のそれであることを主張している。使えそうな代物もそうそう見つからず、また寝床になりそうな場所もなかった。

 どこか、どこかに。正直、この寒さを紛らわす布団のようなものがあれば良かったのだが、木は風化して崩れ、腰掛けることさえ難しい現状では、なかなかに厳しいと言わざるを得なかった。

 せめて石造りであれば――そう思っていると、一戸の屋敷にたどり着いた。

 ほかの家よりも小奇麗な、立派な屋敷。

 白い外観にいくつかの窓にはガラスがはめ込まれており、小さな庭と木で出来たブランコのようなものを見れば、他の廃屋の家に比べれば格段に違うということは誰でも理解できることだろう。

 ――これは、●✖●✖の家だ。

 懐かしい●✖●✖の家が目の前にある。

 だがそれはおかしい。と麗仁は冷静に考えて結論を出した。――遥か千年も前の家が、昔と〝何一つ変わることなくある〟なんてことはおかしいはずで―――。

 風が哄笑し体を押す。そこだそこだと誘うように。

 散策という散策も終わり、あとはこの屋敷しか残っていないのだから、自然と足は動く。

冷える体に叱咤し、決意を固めて屋敷へと歩みを進める。

 白い外観もさながら、三メートルはあるだろう大きめの扉は木製ではあるが、所々に混じる宝石のようなものと、花を模って作られただろう模様の数々を見れば、貴族が住まう屋敷と言って過言ではない。

 古風なぎぎぃという音を残して扉は開く。少し驚き警戒しながらも屋敷に入り、ついで直ぐに息を飲んだ。

 目に映るその光景は、真赤な絨毯が直線に敷かれ、左右の壁には立てかけられた斧や剣、盾などの様々な武具たちがあり、鉄で出来てるだろう鈍色の甲冑が六体左右対称に並べられていた。

 甲冑達の先を越えると、花や美女、挙句には獣や陶器が描かれた様々な絵画が壁に飾ってあり、目を奪われる。

 絵画の下には「イリエ・ファウストゥス作」とノアレゥ語で達筆に書かれた文字が木彫りの板にあり、約八割の絵画にその名前があった。

 稀代の画家イリエ・ファウストゥスと言えば当時、美術を嗜むものであれば知らぬ者はいないほどの名画家であった。●✖●✖も好きだったな、と麗仁は記憶の断片を手探りながらふと思い出す。

 ――ああ、本当に懐かしい。

 誘われるように進むわけではない。確信めいた感情を宿して自分の意志で黙々と進む。

 本来であれば軋むであろう木造の階段は、ほとんど真新しい新木で作られたようなしっかりとした硬さを足裏に伝えた。

 階段を上り、上階にたどり着けば、三つの豪勢な扉がほんのりと淡く輝気を放ちながら佇んでいた。

 

「――そこにいるのか」


 ついと出た言葉は果たして本当に自分が言ったのか。

 それほどまでにそのか弱く震えた声は、知らずのうちにぬくもりを求めていた結果か。

 無意識に近い形で一番左にある扉の前へと歩み、目の前に立つと左手を豪華な扉のノブに置き、ひと呼吸のうちに開く。


「―――っ」

 

 息を飲んだ。

 バニラに似た香りの〈ニクビササラ〉の匂いが溢れ、麗仁を包んだから、というわけではなかった。

 本に囲まれた一室。その奥に本を片手に優雅に紅茶を飲んでいる少女がいた。

 この少女を俺は知っている。と確信に近い思いを胸にして麗仁は笑んだ。

 ――偶像などではなく。現実の妄想などではない。確かに知っている。

 ――彼女が、彼女がいるのだ。

 病的なほどまでに白く透き通る肌。窓から吹く風に揺られる宝石のような常磐色の髪。碧羅の双眸と幼さと悲愴の残る相貌。灰色のローブの上からでもわかる双球の膨らみ。

 ――ああ、確かに彼女、●✖●✖だ。


「…●✖●✖?」


 恐る恐る出た彼女を呼ぶ自分の声が、震えていることに麗仁は驚いた。

 一体、何に震えているのか――

 

「誰ッ―――――え?う、そ…」


 少女は振り向き、すぐに手に持っていた本を落として驚愕に目を見開いていた。


「――リヒト!!?」


 やがてその瞳に涙を宿し、誰かの名を口にした。

 ●✖●✖に呼ばれると同時に、『リヒト』としての記憶が溢れてくるのがわかった。

 『麗二』としての記憶を保ったまま、外見も『麗二』のままであるが、しかし麗仁は自分が、自分こそが『リヒト』であると理解させられた。

 彼女が飛び込んできたのを麗仁は躊躇いなく受け止め、頬を綻ばせた。


「やっと帰ってきたよ――ただいま、●✖●✖」

「待っていた。ええ、ずっと待っていた――おかえり、リヒト」


 胸の蟠る謎の違和に気付かぬふりをして、麗仁は少女の顔を見つめて、どきりとした。

 ――彼女のその笑顔は、きっと誰よりも輝いているに違いない。



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