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愚者の魔法陣  作者: 狛月
1/10

0-1 

誠に勝手ながら一時期の間、話をクローズさせていただきます。申し訳ございません。

―1―


 

 十二月上旬の夜の九時。吐く息は白い。

 本を閉じ学校指定の鞄に放り込み、かわりに黒色のネックウォーマーを取り出し首に通して鼻まで隠す。

 バイトが終わり、人どおりが少なくなってきた商店街を通りながら、お気に入りの曲をイヤホン越しに聞きつつ丹治比(たじひ)麗仁(れいじ)は帰路についていた。


そんな彼は、つくづく思う。


 こんな意味も目的もない生活は、はたして正しいのだろうか。

 生活とは、生きるとはなんだろうか。 


 学生らしからぬ自問自答を繰り返し、やがてやめる。

 どうせ意味など最初からあるわけがない。

 そう自己完結して前を見据える。

 肌寒いこの季節に、しかも夜だ。歩く人は片手で数えるほどで、車も一分に一台来るかどうかだ。

 商店街を抜け、住宅街に入るとこで信号が黄色に変わった。


「ついてないな…」

 

 意味もない愚痴を吐きながら、Ipodを片手に一歩下がって渡るのをやめ、聴きたい曲を探す。


 


――

 ――――あの時渡りきっていたら、きっと――――

――




 聞こえもしない(・・・・・・・)声が降ってくると同時に真横から、白いナニカが眩い光を放ちながら物凄い速さで突進してきた。

 周囲に人はない。車も通ってはいない。黄色の信号でも渡ってしまえばよかったのだ。――しかし遅い。 


「は…?嘘、だ――」


 飲酒運転。白いナニカは白い車だった。

 車は時速100キロを超え、搭乗者が少年に気づいたときにはもうすでに遅く、少年も音楽を聴いていてすぐ近くに通る車の異常性にも気づいていなかった。

 急なブレーキにタイヤとアスファルとが悲鳴を上げながら少年の決して大きくはない体躯を襲う。

 轢殺。ぶつかった音は、およそ人体が出していい音ではなかった。

 骨が軋み、砕け、散り、肉や血をぶちまけながらゴム毬のように跳ねる。

 痛みより先に全身を焼き尽くすような感覚が襲い、声にならない声があがる。


「ぁ――ぅぁ――かっ!?」


 民家の塀に衝突し、吐血する。

 だがそれでも、意識は残っていた。

 たかが数秒のできごと。しかし――助かった声帯からは痛みに彩られた絶叫が上がる。顔は軽い裂傷で済んだがその様相は酷く、涙や鼻水・(よだれ)・血反吐を吐きがら白目を剥いている。

 

 あっさり死ねたらどれほど良かっただろうか。


 一分。壮絶な痛みに齢十六の少年が、どうして耐えられようか。 

 意識が無くなることはなく停滞したまま、焼き尽くす痛みに抗い続けるも、徐々に痛みは増していく。

 まるで拷問を受けているような気分になるが、それと同時に視界がまったく噛み合わない。

 出血は激しく、腕は曲がり脚は捩じれ、腹からは折れた肋骨が突き出ている。

 意識だけが悲痛な叫びを上げ、だけど届かぬ声は胸中で鳴りを潜めていく。

 徐々に動かなかくなっていく身体。よく、意識を保てたと思う。


「ぁぁ…ぁあ…」


 ついには意識も切れ切れになって――――深淵の海へと消えていった。

 






 

 


 水晶を通して見ていた光景に唖然とする老女一言零す。


 「どうしてこうも、人間は愚行を繰り返すのだろうか」


 透き通る声を響かせながら、真っ白な部屋で簡素な茶色い椅子に腰を掛ける老女。

 椅子に似た色合いの焦茶色の髪をかきあげ、面倒くさそうに立ち上がると深紅の双眸を光らせた。

 途端、彼女の手元にある水晶がふと異様な輝きを放ち砕け散る。砕け散った場所には渦巻くように灰色の霞が生まれ、数秒ほどすると人型へと変化していった。


 「まぁ、私もその愚かな人間の一人だったのだがね――ようこそ。少年」


 老女は言い聞かせるように霞へと投げかけた。


 「――ぁ?」


 唖然としながら訊き返す麗仁に、老女は大げさに眉を上下させると軽い口調で話す。


 「いきなりご挨拶だな、君は。…っと、そうか記憶が混乱してるのか。久しく忘れていたが、あんなことがあれば無理もない」

 「ぇ、あ、だって、ぇ?」

 「急かすな、ゆっくり思い出せ。でなければ保てなくなるぞ」

 

 何を言ってるのかわからないといった風に麗二は錯綜していた。

 一体ここがどこでさっきまで自分が何をしていたのか。消え入るようなその記憶の綻びを、自分の中で見つけ掴んで手繰り寄せた。その瞬間、爆発的なまでの意識の奔流と刺激による荒波に飲まれ、莫大な痛みと底知れない感情が体を蝕む。


 「あぁぁぁ―――!?いあい――よぉっ!あツィィぃぃぃいい!!が、ァ、アッああああ――!??!!」

 「はぁ、本当にたるいぞ君。…仕方ないといえば仕方ないのだが」


 呆れに似た色を乗せた深紅の双眸で老女は麗仁を一瞥すると、体を引き裂かんとする麗二に近づいて軽く手を(かざ)して詠う。


 「―・― ――― ‥― ―・ ‥―」


 老女はまるで自分が音楽を奏でる楽器であるかのように、その人間性を消し去って紡ぐ。 

 歌声は響き、残留し、輝く光を書き換えながら、彼の記憶を知識(・・)へと塗り替える。


 「ァアァ――ァ…っ」


 莫大な痛みは消え失せ、自分の中にあった何かが消えていくのをおぼろげに感じ取った麗仁は、ほとんど無意識に近い形で虚空に手を伸ばしていた。

 ほんの数秒の時間か、ふと麗二は自分の身に起きたことを理解する・・・・

 自分が体験したことをまるで「他者から聞いて得た情報」だと示されてるかのような不快感と充足感とが、矛盾した感情がせめぎ合いモノの数回の瞬乾で冷静になる。


 「上々ってとこかねぇ。さて、次に目を覚ました時に全てを話そうか」


 心底愉快そうな老女の声が不思議な音色を奏でる。それが耳朶を木霊すると同時に、抗うことのできない睡魔が麗仁を襲う。

 先程までとは打って変わって不思議にも安心感を抱きながら、麗仁は夢心地に似た感覚を伴って意識を手放したのだった。



 

――――




「やぁ、起きたか」


 未だ鈍痛が残る頭を持ち上げ、前を見据える。

 老女が愉快げに手を振りながら焼き菓子を食べていた。


「君も食べるかい?」


 差し出された左手にはハートを象って作られたクッキーが乗っていて、木で出来たテーブルの上には、たんまりとクッキーが入ったバスケットに紅茶とポットもご丁寧に置かれている。


「いや、いいです。――それよりこの状況を説明してくれませんか」


 自分でも驚くほど冷たく尖った声音。

 一体、自分は何に豹変したのか勘繰ってしまうほどの、とても深い(わだかま)りが胸中の大半を占めていた。

 この状況を唯一説明できるだろう老女は、未だ少女のような笑みを崩さず足をぶらつかせている。

 

「ふふん。ちょっと弄るつもりが、記憶の大半を知識化してしまったようだね。すまないすまない。それで、状況の説明だったか。勿論いいともさ。私が呼んだんだそれくらいはしよう。いや、そもそも最初から説明しようとは思ってたんだがね?まぁいい、少し待て」


 高齢者特有のお喋りじみた語りはいやに長ったらしく感じるが、反面、とても心地よく心に響いてくる。

 まるで、すべてを見透かされ慰められている子供のような気持ちになるが、それも少しすると麗仁はあやされていることに苛立ちを浮かべて先を促そうと老女を睨みつける。

 彼女は焼き菓子を食べ終えると、暢気に「焦りなさるなって」と言って椅子から立ち上がって、朗々と語り始めた。


「よく聴けよ――君は飲酒運転のクズに轢殺(れきさつ)されてしまった。まったく浅慮な連中が多くなった世の中だよ、ホント。自分が気持ちよければそれでいいとか、現代人はとんだ阿呆集団になってしまったんだ。神をやってて数千年を生きてるがここまで堕ちるとは。まだそこらにいる悪霊のほうがマシってもんさね。――ああ、悪い悪い。久方ぶりの人間なもんでね。会話が長くなってしまうのは仕方ないことなんだ。うん。それで、ええっと。そうそう、君は死んだ。あまりにも悲惨な体験だったからね、少々いじらせてもらった。さすがに苦痛で歪む顔の人間を見て喜ぶほど悪趣味じゃあないさ。私なりの配慮だよ。感謝したまえ。それはそうと私はこの世界の、そうだね人間で言えば『神』と呼ばれる生き物なのかな?それでも元は人間だったわけでこうして人の成りはしてるわけだが、不承不承ながら神様ってヤツをやってるのさ。まぁなんだかんだと言ってはいるが、要は死んだ君に神様らしく選択肢を与えようと思ったわけだ。第一に君の『(ルィル)』はこの地とは違うとこからきたようだし。この世界では不便なことも多かろうて。君は、たまに見る不思議な夢を覚えてるかい?こことは違う世界だろう場所で何かをなそうとしている夢を。それは元の世界の情報を『(ルィル)』が覚えてるからだね。いやはや、潜在力の素晴らしさは目を見張るものがある。別世界から紛れ込んでくる『(ルィル)』の九割型は情報が完璧に削ぎ落ちてるはずなんだが、君のソレはかなりの情報を持っているんだからすごい。うむ、自慢してもいいくらいだ、自分を誇らしく思えよ少年。それと第二に君はこの世界を退屈しているようじゃないか。時折愚痴っていたみたいだね?意味のない生き方は懲り懲りだって?よぉーくわかるよ、その気持ち。――長々と語ったが以上の理由を持ってして、とても幸運な君にいくつかの選択肢を与えよう。次第によっては神である私から餞別(せんべつ)を与えようと思うのだが、どうかね?」


 老女の弁舌の凄さに鼻白む。喜怒哀楽や身振り手振りを混ぜながら語り聞かせる老女の言葉の端々で情報が刷り込まれるような感覚に陥ったがそれも刹那に近い時間だった。

 解せないことがいくつかあったが、本音を言えばこの老女は一体何を言っているのだろうか、その意味がまったくわからない。

 そもそも、だ。神なんて不可思議な存在を信じられるわけがないし、人だった?どうみても人じゃないかと麗仁は憤慨する。言葉巧みに騙されようとしてることに苛立ち、他にも『(ルィル)』とはいったい何なのかと叫びだそうとして――。


「――君の考えているだろうことは大体推測がつくね。そうだ。私の話を信じれるように少しだけ情報を刷り込んであげようか」

「は?何を言っ――「――・―・ ―――」――え?」


 老女が歌う。それだけで激しい違和感を抱いた麗仁はほぼ反射的に頭を押さえて――気づく。自分の頭の中に何かが流れ込んでくるのを。

 当然、頭の中を駆け巡る無知の情報は目眩と吐き気を催した。とても、気持ちが悪い。

 数秒、目頭を押さえながら(うずくま)っていたがすぐに不可思議な恐怖(・ ・ ・ ・ ・)が消えていくのがわかる。

 立ち上がると同時に目を開ければ今までの世界とは格段に違って見えた。

 奇妙な光るかたまりがいくつも地面から出ては上に上がっては下にと浮遊している。

 赤、青、黄、緑、桃、灰、黒と様々な色合いの塊が不可思議な軌道を描きながら光を放ち空中を漂っている。

 これを()は知らないが()は知っている。


「言うまでもないが、念のため確認しようか。ソレが何かわかるかね?」

「…『(ルィル)』の残滓だろ?」

「大正解」


 浮遊している様な錯覚と同時に、自分の中にもう一人の誰かが入れ込んだような不思議な感覚。

 考える必要もなく、口が動き声帯が音を発する。まるで誰かに操られているようなもどかしさがあり、反面懐かしさを感じている。


「ふむ。その感覚に慣れるには時間がかかるだろうが、そうだな本題に入ろうか」


 一変して雰囲気が変わる老女――いや、『無神』イシェ。

 彼女は手を前に掲げ、口を開く。


「一つ目、この星の輪廻に還る。二つ目、ここで彼ら・・のように私の話し相手になる。――そして三つ目、君の『ルィル』が本来あった世界へと移動する」

「…リスクとリターンは?」

「前者は君の潜在力が無駄になり、今ここにいる君は死んだことになって永遠とつまらない輪廻に囚われることになる。二つ目は神としての私は暇で仕方ないからね、その話し相手になってもらおうかと。正直、『(ルィル)』の観察は飽き飽きしているし、こうも同じヤツらばかりだと話がテンプレ化してきてしまうからね。それが数千年続けばさすがに精神的に来るものがあるのさ。そろそろ諸外国の担当を変わりたいのだが、それもしばらくは無理そうだからね…。メイケルもガルガガもシェンイェンも働きすぎだと思うんだが…まぁいい。それで重要なとこだが――三つ目はその潜在力を活かして別の世界で生きては見ないかい?スリルとロマンが溢れ、この世界では味わえない夢のような体験が君を待っていると思われるぞ。君の『ルィル』が元あった場所へと返還するだけだが、それだとちっとも面白くはないだろう?記憶を保ったまま成り代わるのは本の極小数だからね。それにそっちは私の管轄(かんかつ)ではないからこれが最後の会話になるかも知れないし、勿論のこと危険は自己責任になる。その潜在能力を引き出せなくて死んだとしても私の責任じゃない。逆に農家や貴族でもなんでも自由な生き方ができるだろうさ。要は全ての選択がキミ次第ということだね。よく熟考してくれたまえ。あくまで私は君の道を示すだけで、導くことはできない。過程を教えてやるが実行するのは君の意思と行動力だ。さてさて長話はここまで。あとは考える時間だが、何年でもいいぞ。ここで私とお喋りしてから向こうに行ってもそれはそれで問題はない、残量的に言えば君はあと420年はその状態で現界できるだろうからね。ああ、それと質問はなんでも許そう。公序良俗に反しようが、モラルに欠けようが好きな事を聞いてくれ」


 長々と先ほどと同じように弁舌を奮って、言い切ったのかイシェはまた椅子に座りなおす。

 木で出来たテーブルの上に乗った紅茶を(すす)りながら期待の眼差しを向けている。

 にしてもやけに世話好きな神様だ。いったい彼女は何の理由があってこれほどの好条件の選択を与えてくれるのだろうか。

 それに、と麗仁は思う。

 今の自分は前の自分ではなく「もはや他人(・・)だな」と嘲る。それもそのはずで、死んだことに感動すら覚え、生前の両親や友人との思い出さえ他人事に思えてならないからである。

 自身を嘲笑するかのように冷めた心持ち。その中、ふと一つの思いが浮上する。

 危険を承知でスリルとロマン溢れる生活が送れるのなら願ったり叶ったりじゃないか、と。意味もなく退屈な生活を永遠と輪廻をめぐりながら生きるよりは、まだやりたりないことが沢山あるんだ。甘えようこの神様に。

 選んだはずの答えは、違う誰かがそうするように仕向けた気がしてならなかったが、結局その違和感は拭えない。

 だからだろうか、違う誰か(・・・・・)が答えていた。 


「三つ目を選ぶ。どうせ、生きて戻れないんだ。この胸の高鳴りが、高揚感が言ってる。異世界?最高じゃないか。それにやりたかったことだってまだまだあるんだ。チャンスがあるなら掴んでいきたい」

「お早い決断だね。――よろしい。ならば君の仰せの通りにしようじゃあないか」


 イシェは老女に似つかわしくない少女らしい無邪気な笑顔で立ち上がった。

 

「――聞こえるか!ユイト!」


 イシェは声高々に天へ向かって誰かの名を呼ぶ。その声は不思議な音色を保ちながらも、広く何もない空間に木霊する。


「今は仕事中なんだが――ん?どうした圭織(かおり)。楽しそうじゃないか」


 視線を右に向けると、いつの間にかそこに白衣の男が立っていて、イシェは既に視線を白衣の男へと変えていた。

 精悍(せいかん)さを保ちながらも屈託のない笑顔。青縁(あおぶち)の眼鏡がよく似合う相貌(そうぼう)。何よりも、彼を取り巻く光の欠片が妙に神々しさを醸し出している。

 彼は青縁の眼鏡越しから射抜くような視線で一瞥したあと、ある単語を口にした。


「…そうか、なるほど。――『ヘケナ』か」

「そうだ。なかなかな掘り出し物だろう?」


 刷り込まれた知識の中にそのような単語はなかったのだが、いったいなんだろうか。

 それにしてもこの人は一体誰だろうと麗二は不審に思う。


「おっと、悪い悪い。私の名前は渡世(わたせ)由兎(ゆいと)。このきな臭い老女――石江(いしえ)圭織(かおり)の古き戦友ってとこかな」


 両手を白衣のポケットに突っ込んで彼は愉快げに名乗った。

(イシェ、石江。なるほど、そういうことか。)

 ――あれ?と麗二は首を傾ける。 


「…日本人?」


 独特の赤い瞳の色と醸し出される雰囲気から人であるかさえ疑わしいが、その相貌は日本人特有の顔立ちをしていた。


「元、な。今じゃ世界を転々とする冒険者、探求者みたいなものかな」

「何を言う。未だ勇者ごっこでもしてるんだろ?嫁がなくぞ」

「いやいやあいつに限って泣かないだろう…というか協力的だぞ」

「なんと…」


 大仰に言ってみせるイシェに対してどこか飄々としてみせる彼。はっきりいって、麗仁は一人だけ阻害感を味わっていた、


「それより本題はどうした?」

「ああ。ユイト、こいつを元の場所へと送ってもらえないか?」

「なるほど。それなら任せろ。――〝そこに扉があるだろう?彼の魂があった元の世界へと続く大きな扉だ〟」

 

 その言葉が生んだとてつもない違和感を、麗仁は後ろを振り向いてみて驚愕へと変えた。いつの間にかゴシック風な扉がま後ろに漠然とそびえ立ち、これもまたいつの間にか扉へと続く道とばかりに紅いカーペットが敷き詰められていた。

 ただ彼が何事もなかったかのように喋っただけ(・ ・ ・ ・ ・)なのに、先程まで何もなかった空間に自分が数百人は余裕で通れるだろう大きさの扉があるのだから、何も知らない麗仁にしてみれば軽くホラーである。

 ギギィと数万倍にしたかのような音を立て開門する扉に反射的に耳を塞ぐ麗二。

 

「相変わらず規模が大きいなお前は!」

「どこにでもドアにも負けない大きさをイメージした結果だ!」

「ネタが古いわ!」

「いや今でも通じるだろ?!――もしかして通じない!?!」


 開く音が大きすぎて自然と大きくなる声で喋るふたりの姿は、どこか友情や恋情以外の何かがあるように見えた。

 完全に扉が開くと、そこには一本の真っ白な道が悠然と伸びていた。

 黒と白しかない扉の向こうに、一体どんな世界が広がっているのだろうか。


「――ふと疑問に思ったんだがな、圭織。その老け顔…――どうして老女の姿なんかしてるんだ?」


 日常会話のような軽いノリで質問をする彼に、少々唖然として麗二は老女を再度確認する。

 しかしそこにいたのは白いローブを(まと)った老女ではなく、焦げ茶色の髪を掻く妖美な二十代前半くらいの女性だった。

 先程まで羽織っていた白いローブはどこへやら、背中が腰のあたりまで開いた白い空間に溶けるような肩の出た純白のドレスを着飾ったイシェが不敵に笑う。


「はん。そんなの女神らしくないからさ。この姿でも良かったんだがな、きっと信用を得られないだろうな。ドッキリか何かだと思われるのがオチさ、私だってそう思う。それにこの姿だと初見のやつら皆一様に黙るからな」

「なるほどな。確かにお前のその見た目は常人の比じゃない。だけれどそれは無意味だろ。圭織(お前)の『入れ替え(チーク)』でどうとでもなるだろう?」

「気分の問題だ。なにせ長く生きすぎたからね…第一お前が私にこんなこと任せるからだろう」

「不毛だな。お前が自分から志願したんじゃないか。この言い合いも何度もやってるはずなんだがな」

「そうだったかな」

「ああ、そうだった」

「…一体何を?」


 何気なく会話する二人についていけない麗二は一人困惑して、結局口を挟んでしまう。

 

「君は感覚への順応が早いな。っと、説明不足だったかな。私がさきほど君におこなった、記憶を知識に入れ替える作業。それは私の能力の一部さ。異能力者といえばわかるかな?この力のことを私たちは『入れ替え(チーク)』と呼んでいる。ついでに書き加えたりもしたが、応用みたいなものだ。こういう力はそういうものだと認識してくれればいい。理解しようとするだけ無駄だからな。おかげで多少の知識は補えただろうが、それでも私たちのことを教えるにはまだ早い。故に少しずつ教えていかねばならない。それでも知りたいっていうのならば、道中で(ユイト)にでも聞くといい。アイツは絶対・・に嘘がつけないからな」


 含みのある台詞も早々に、彼女は一歩ずつ麗二に近づいていく。

 一体何か、と思ったのも束の間。


「さて、麗二よ。君に神様の加護ってやつを与えよう。先ほど告げた餞別というやつだ。それをどう考え感じるかは君次第だがな。少し、目をつむっていてくれたまえ」


 彼女に言われるまま目を閉じる。何をされるかと思案していると唐突に額に痛みが走った。


「…ッ」


 目を開けると、悪戯に成功した悪ガキのような笑みの彼女が立っていた。老女としても美人の部類に入るイシェが、若い見た目にもなればその輝かしさは想像に難くない。無邪気な笑顔にドギマギしてしまうのは男としての(さが)か。

 どうもデコピンをされたらしい。結構痛い。


「ふふん。それで少しはマシになるだろう。――達者でね」

「はい」


 恨みがましい目で彼女を一瞥したあと、麗仁は素直に頭を下げ礼を告げる。


「…ありがとうございました」


 心からの感謝の気持ちだ。自分が自分でない違和感が未だ顕在しているが、それでも死んだ自分にチャンスを与えてくれる彼女はまさしく、女神のそれだった。だからこその最大限の感謝を込めて、伝えられないぶんは黙礼にとどめた。

 麗二の気持ちを理解したかどうか定かではないが、彼女は始終笑っていた。そしてその笑い方はまるで―――。


「時間は有限だ。いくか、麗二君」

「――はい」


 自分の中に巣食うナニかを必死に制しながらも違和感なく返事をする。

 由兎がイシェと少し会話したあと、扉に向かって歩き出したのを見て麗二も彼の歩調に合わせついていく。

 白と黒だけに彩られた空間に、その一歩を踏み出した。


 

 ―――――〝ああ、またいつか。勇者様・・・。〟

 

 

 麗二の胸中を占めていたナニカと共鳴した別のナニカが、遠くで()いているのを確かに聞いた気がした。

  

 




 







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