とある休日④ーお忍び視察ー
今日はお休みだ。特に予定はないから、図書館から借りてきた本でも読んで過ごそうかなと思っていた。そこに姉様から声がかかる。
「アン、お友達が来ているわよ」
「誰かな?今日は約束はしてないんだけど」
「アリーネちゃん達ではなかったわよ。私は見たことがないお友達だったわね」
「ありがとう。とりあえず出てみるね」
そう言うと、玄関に向かった。クラスの友達の誰かかな。玄関の前で待っていたのは女の子。帽子をかぶってうつむいているから、顔はよく分からないけど、クラスの友達ではない。
「えっと、こんにちは。お待たせしました」
そう言うと、その女の子は顔を上げた。金髪の髪は丁寧に結われ、白いワンピースもすごく似合っていて…。でも、そんなことはどうでもいい。その女の子はすごく綺麗な、アメジストのような紫の瞳をしていたのだ!
「ひ、姫様?!セシル様ですよね?!」
「アンさん、声が大きいわ」
「す、すみません…。でも、どうしてうちに?髪の色も違いますよね…」
「突然ごめんなさいね。今日はお忍びの視察で街に出て来ているのよ。銀髪にこの瞳だと隠しようがないから、髪だけはカツラなの。それで、普段のアンさんの様子も知りたいと思ったの」
「お忍び…。まさかお一人じゃないですよね?!」
「もちろんよ。目立つから軽装にしているけれど、近衛が何人も付いてきているもの。侍女も付いてきているわよ」
「いくらカツラで変装されているとはいえ、お顔は隠しようがないですし…」
「髪の色が違うと結構わからないものよ?アンさんとは王宮で顔を合わせているからわかってしまうでしょうけど、他の方はそう近い距離で私の姿を見ているわけではないものね」
そう言うと、セシル様はこれから向かわれる街の視察とやらに、私も一緒に行かないかと誘われる。知ってしまったからには、いくら近衛の騎士様や侍女さんがいらっしゃるとはいえ、心配なものである。私が一緒に行ったからといって、安心になるわけではないのだけど。そして、姫様のお誘いをお受けして、一緒に出かけることにしたのだった。
セシル様と私が歩いて並ぶ後ろを、侍女さんと私服姿の騎士様が付いてきている。そして、周囲にはさりげない距離をとって、残りの騎士様が周囲を警戒しながら、いつでも姫様を守れるようにしている。ちなみにニィは私のすぐ近くを歩いている。ニィが使い魔になったことは、セシル様にはもうお知らせ済みだ。
何人もの騎士様のガードの中でのお出かけ…。私にはドキドキのお出かけだが、姫様はそんなことは気になさっていない様子である。さすがに王族の方のお出かけは見たことがないが、貴族のお嬢様方のお出かけであれば見かけたことはある。見かけた限りでは、侍女さんや護衛が付くのは普通のようだった。だから、この4人で歩いているのは、周囲には特に違和感を与えていないようだ。
『このお店に入ってみましょう!』、『この屋台は何かしら?』などなど…セシル様はとても意欲的に街を見て回られる。さすがに実際の買い物や、お店の方への質問などは、侍女さんが姫様に代わって前に立つのだが…。変装しているとはいえ、セシル様の存在感は隠しきれるものではない。王族の生まれ持つオーラだろうか。今のところ、王女さまだとは気づかれていないだろうが、視線がかなり集まってくる。当然、隣に立つ私にも。なんだかいたたまれない。
ある程度は視察先の候補は絞っていたようで、3時間ほどで候補先は見て回ることができた。3時間が倍の6時間くらいに感じたけれど…。
「アンさんは、まだお時間は大丈夫かしら?最後にお茶をして帰ろうと思うのだけど」
「はい、まだ大丈夫です」
「では、行きましょう。お店には目星をつけているのよ」
そう言って、私の手を引いて歩き始めるセシル様。セシル様が入られたのは、可愛らしいカフェだった。そこで、オススメの紅茶とケーキを注文する。侍女さんと護衛の騎士様は席には座らず、セシル様の後ろに控えている。他の騎士様達はというと、カフェの雰囲気からしたら浮いているとしか言えないが、何人かは店内に入り紅茶を注文していた。もちろん店外にも騎士様は配備されている。周りのお客さんの視線もチラチラ感じるが、私とセシル様のテーブルよりも、騎士様達が座ったテーブルの方が多くの視線を集めている。私服姿とはいえ、かっこいいものね。わかる、わかる。
「今日は視線に付き合ってもらってありがとう。アンさんの視点での気付きが聞けて、とても参考になったわ。それに何より、アンさんとご一緒できて、とても楽しかったわ」
「こちらこそ、貴重な体験でした。ありがとうございました。王女様のお忍び視察にご一緒できる機会なんて、そうそうないですよね」
今日の出来事を振り返りながらお話していると、注文した紅茶とケーキを持って店員さんがやって来た。いい香りの紅茶である。それからは、紅茶とケーキを楽しみながら、和やかなお茶会になった。
カフェを出て、そこでセシル様とお別れだ。セシル様には私の家まで1人護衛の騎士を付けると言われたけど、そんなとんでもない!それはなんとか固辞したのだった。
なんだか、今日のお休みは思いがけず内容の濃いものになった。でも、本当に貴重な体験だろう。王女様の公務で行われる視察であれば、私がご一緒することはなかったわけだし。公務で正式な視察を行われることもあるそうだが、そうなると普段の様子がわからない為、こうしたお忍びの視察も行われるらしい。お忍びといえど、警護体制はすごかったけれど。学校で今日の話をするわけにはいかないけれど、家族に話すのは問題ないとのことだった。学校で話したら、せっかくのお忍びが、次からはお忍びにならなくなってしまうかもしれないものね。帰宅した頃には家族が皆揃っていた。今日の家族団欒の話題は、このお忍び視察のことにつきたのだった。




