壱ノ二.
高木の幹の上からサッと飛び降りて来ると、法示郎さんは僕の頭を軽く撫でた。瞬間、「うわっ!」と彼の口から驚きの声が漏れる。
「どれだけお天道さんの下にいたんだよ!」
撫でた頭の熱に眉を寄せ、「大丈夫か?」と己の手の平と僕の頭を交互に見やる。何気なく自分でも触れてみると、彼が驚くのも無理が無い程にとても熱くなっていた。恐らく木陰で休むことも、小川に立ち寄ることも怠っていたせいだろう。
「九郎さんがサオリを逃がしたんです。昼からずっと探してて……」
「昼から?――ああ、もう九郎の奴は何考えてんだよ。この炎天下の下、佐吾を扱き使うなんて」
すっかり火照って熱くなった僕の頬を両手で挟み、法示郎さんが「とにかく休もう」と軽く撫でる。余程酷い顔でもしていたのだろうか、心配する彼の表情は渋いものだった。
それから手にしていた頭巾を徐に外すと、覆い被せるようにして僕の頭の上にそれを乗せた。「あまり役には立たないけれど」とはにかんで、僕より大きな手でその頭を撫でる。思わぬ彼の優しさに、先程までの苛立ちがスッと薄れていった。
「サオリってアレだろ?九郎が飼ってる山楝蛇のメス」
「はい……」
「またか、あのバカ」
素直に答える僕に対しても、「おまえもお人好し過ぎる」と法示郎さんは口を尖らせた。正直言われなくてもわかっていたが、何故かいつも彼には絆されてしまう。結局その度に一人で苛々して後悔するのだから、九郎さん以上に僕自身にもホトホト呆れていた。
「苦手なんです。あの人の何を考えているのか、わからないところが」
「確かに、否定は出来んな」
「他の方だったら、こんなことに巻き込まれることはないのに……」
割と僕の傍にいることの多い彼は、何かに集中すると周りが見えなくなる迷惑な人だった。ある一点に置いてとても優秀であることは承知しているけれど、それと普段の差はあまりにも激し過ぎる。好きなことに没頭するのは構わないが、こちらを巻き込んで騒ぎを起こすのだけは勘弁して欲しい。
「まあ、そう言ってやるな。俺も手伝うからさ」
差し出された手を掴み、僕は「ありがとうございます」と呟いた。「どういたしまして」と返す法示郎さんに手を引かれ、疲れ切った足でその後を着いて行く。
よく考えれば、あれから僕は一度も座っていなかった。