零ノ六.
「時を経ても、変わらぬことなど無いと思っていた私が愚かだったのだ」
吐き出すように長い溜め息を吐き、その顔を上げる。既に傍にいた彼らと九郎さんの姿を比べ、衝撃を受けない筈が無かった。「あの時の約束をあいつらは知らない筈なのにな」と、神妙な面持ちでその口を開く。
傍らで息を引き取った彼は、決して知らないだろう。僕が望み、業の一端を久親さんが背負うことになってしまった愚かな望みのことなど。
「これは僕の勝手な想像ですが、もしかしたら九郎さんは――」
そこまで言い掛けて、言葉を飲み込んだ。視界に映した久親さんの表情が、「やめろ」と僕の言葉を遮ったのである。恐らく彼は信じているだろう。あの時の“代償”と、九郎さんに記憶が無いことは無関係であると。
「私達は何れ、あいつらに全てを話さなければならない日が来る。だがその時までは、あの時の約束の話は口にしないと決めている」
それが何も知らないで死んで逝った者達への、最後のケジメだそうだ。
――嘗て、僕らは絶望の淵に居た。
戦禍に故郷を追われ、大切な人達を亡くし、逃れた地でまた繰り返される争いに総てを奪われた。それでも共に生き残った人達と必死になって逃げたが、最後はそれすらも叶わなかった。残った僕らは互いを慰める言葉も失い、只々呆然とその場に座り込むことしが出来なかったのだ。
そんな折、僕はその身の辛さから決してして望んではいけない願いを口にした。
叶えたのは、僕の知らない世界に住む異形の彼女。どうして彼女がその願いを聞き入れたのかは、今でも僕は分からない。けれどそれが総ての始まりだったのである。
「私を恨んでいるか?」
唐突に突きつけられた言葉に、その首を横に振る。恨んだことなど一度も無いと、真っ直ぐに返す僕にどこか安堵したような表情を彼は見せた。
「九郎のことは信じている。けれど私は、まだ何も支払ってはいない気がするのだ」
僕の願いの代償は、最期まで生きてしまった彼が代わりに負う筈だった。それなのに、あの時の約束の代償を払っていない気がしてならない。性別が代わってしまっただけでは済まされないことも、自身が傷付くだけで済まされないことも、僕らは知っている。
傍らにいた彼に、一体何があったというのだろう。僕らはまだ、彼女が選んだ代償の正体を知らない。