零ノ五.
『良い墓を探している』
小さな箱に包んであった大蓑蛾の躯を見せ、徐に訊ねる。始めは『何?』と返されたが、見せられたそれを理解した途端、彼は久親さんを校舎裏にある年老いた一本の木の前に案内したそうだ。
ガーデニング用のスコップを手渡され、木の根元を少しだけ深く掘る。昨年の十一月まで飼育していたことを伝えると、『卵があるなら、今年の夏にはその子の子が孵るな』と返された。
「……生まれました?」
「とっくに」
今度見せてやるという彼に、僕は静かにその首を横に振った。
九郎さんの言う通り、この夏無事生まれてきた幼虫のことを先日知らせて来たばかりだという。生物室で百足のメスと戯れていた彼は、「そうか」と実に嬉しそうな笑みを返してくれたそうだ。
「今は友人という関係なのでしょうか?」
訊ねる僕に、「さあ」と首を傾ける。同じ学年で同じ学科、名前を聞けば「あいつか」と分かる程度の距離には居たものの、連絡先を交換したり親しく付き合うような仲では今も無いらしい。何故そんなに近くに居ながら深く関わろうとしないのか、僕が訝しげに眉を顰めると彼は「“そうしろ”と言われているのだ」と零した。
「誰にです?」
「藤浄にだ」
嘗て僕らの仲間の一人に、そんな名前の少年がいた。反田藤浄――どこか掴みどころの無く含みのある笑みが特徴的な、仲間内でも相当異端な存在であった彼のことである。
そんな彼に、今の九郎さんの素性を調べようとした久親さんはその行動を遮られた。
例え彼が本物の九郎さんだったとしても、今躍起になって行動するのは互いの為に良くないと。それならば今は距離を置き、何れ自分達のことを思い出してくれる日を待とうと、そう説得されたそうだ。
「――納得した。私がどれだけ話し掛けても、首を傾げるだけで要領を得ない。困らせているだけだと理解した時、私は藤浄の言う通りに距離を置いた」
手の届く距離で何も出来ないもどかしさはあるが、それでよかったのだと久親さんは口を閉じた。
「あの時話し掛けていたら、僕も皆さんと同じ思いをしたのでしょうね」
呟くと、正面で久親さんが頷いた。それがわかっていたからこそ、彼は僕の腕を掴んで引き離したのだ。