零ノ三.
運ばれて来たアイスコーヒーにガムシロップを加え、ストローで徐に掻き混ぜる。カランカランという氷同士のぶつかり合う音を耳に、僕は同じ動作を繰り返している彼に目線を上げた。
髪に触れた手を鬱陶しそうに弾かれたのがショックだったのか、彼は黙ったまま苦笑を浮かべている。「あなたのことが嫌だったんじゃないんですよ?」と取り繕うように口を開いたが、彼は小さく頷いただけだった。
「変に思いますか?」
以前と全く違う姿に恐る恐る問うと、「別に」と返される。不機嫌にさせてしまった気がして、何だか気まずい。思わず通り沿いの窓に視線を逸らし内心で溜め息を吐いていると、
「可愛いと言っている」
耳を疑うような言葉を口にされた。
「……誰に向かって言ってるんですか?」
「先程からおまえに向かって二度も言っている」
視線を戻すと、ストローを銜えながら彼は目だけで微笑んだ。
――正直嬉しくない。素直に返せば「そこは喜んでおけ」と、今度は意地悪そうな笑みを返される。
「おまえの正体を知らないで置けば、彼女にでもと思うところだ」
「気持ちの悪いこと言わないで下さいよ」
「だからおまえの正体を知らないで置けばの話だ」
昔から久親さんのこういうところが苦手だ。人のことを子どもだと思ってからかって。
「モテるんでしょう?」
「女性が好きそうな綺麗な顔立ちですよ」と嫌味っぽく舌を出すと、「当然だろう」と返された。モテないわけが無いのはわかるが、はっきりそう返されると言葉に詰まる。得意気な彼の表情に、何だか眩暈がした。
「妬いてくれるか」
「冗談じゃない」
兄弟のように育ったのに、と口をへの字に曲げるが、こっちはそんな姿に頭が痛くて仕方ない。くだらないやり取りの間に少しだけ小さくなった氷をストローで掻き回し、僕はアイスコーヒーをくっと喉に流し込んだ。