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剥製の館

 貴族になってから数週間が経つ頃になると、屋敷への郵便物が増え始めた。

 以前まではグランドムが善き仲介役となってくれていたが、少し強引な貴族ともなると直接手紙を送って寄こすようになっていた。


 その内容はいたってシンプルだ。

 多くは歓迎の宴を開くから訪ねて来いというもの。

 あとは何故か、見合い写真ならぬ見合いのための肖像画が送られてくることもあった。


 基本的にその度に断りの手紙をしたためることになるのだが、ほぼ毎日届く上に数が多くてキリがない。

 中にはわざわざ使者をよこす者や、値のハリそうな贈り物と一緒に送られて来たりもするのだから、ただ断るだけといってもかなり面倒であった。

 特に金品を受け取れば賄賂などになりかねないので、無視するというわけにもいかない。

 そのため、今朝もこうして届いたお誘いの手紙に、断りの手紙をしたためているという訳だ。


 貴族というものは、こんなにも面倒な事務を毎日しているものなのか……それとも僕の世渡りが下手なのか……。


「ご主人様、今朝もまた使者の方がいらしていますが……」


「あ、うん、ありがとう」


 そんな作業の折、またどこかの貴族から使者が送られて来たらしい。

 使者が来ると大抵は面倒になることが多い。

 下手に断るとしつこく食い下がられるからだ。当然話も長い。


「トーラスの使者を名乗る方で、ご主人様に直接渡したいお手紙があるそうです。なんでも火急の要件だとか。あと手紙を読むまで使者の方は帰らないと言っていますが……」


「火球の要件ね。トーラスってことは、今度は侯爵家の人からか……」


「そうですね……」


 フランが表情を曇らせて頷いた。

 別に彼女が申し訳なく思う必要など少しも無いというのに、貴族社会というのは本当に困ったものだ。


「大丈夫、分かったよ」


「はい」


 家名からして、ギルドで毎日声を掛けてくる赤い髪のの実家だ。

 もはや面倒ごとの匂いしか感じられない。

 それでも出ないわけにはいかないか……。




 門の前では一台の馬車が止まっており、使者の男が馬車を背にして待ち構えていた。


 使者は俗に騎士服と呼ばれる王国騎士団の制服に身を包んでいるため、彼の持つ位も分かる。

 位は男爵のようで、少なくとも今の僕よりは上だ。

 もっとも、僕がエリスの親衛騎士であることを考えると、互いに敬意を払う必要はある。


「ユウ・ルル・アオイ士爵! ミカエル・エル・トーラス様より手紙をお待ちした! 火急の要件である! 至急門を開かれよ!」


 そんなに大声で言わなくとも門くらいは開くとは思いつつも、門を開ける。

 挨拶をそこそこに、僕は手紙を受け取った。


「すぐに手紙の内容を確かめて頂きたい。返答次第ではこのままトーラスの屋敷へ案内するようにと、ミカエル様よりお頼みされている」


「分かりました。では、手紙を読むので少しお待ちください」


 その場で手紙を開こうとすると、使者の彼がやや囁くように言う。


「そうだ、士爵。文の内容は誰にも話さぬことだ。あのお方には決して逆らわぬ方が良い」


 彼の忠告は善意からなのか、はたまた揺さぶるための謳い文句なのか……。

 どちらにしても使者が念を押してきているということは、やはり良い知らせではないのだろう。

 僕は彼から数歩離れた位置で改めて手紙を開く。


 その内容はいたってシンプルだ。

 要するに、それは脅し文句であった。

 ご丁寧にも『手紙を読み終わった際には、速やかに処分することを勧める』とまで書かれている。


 僕は勧められた通りに、さっそくその場で手紙を処分することにした。

 魔法で発生させた熱を帯びた光を、手紙の一点に集中して火を点ける。

 虫眼鏡で紙に火を起こす要領だ。

 使者はその様子を訝しげな表情をして眺めつつも、こちらの雰囲気を察したのか何も言ってはこなかった。


 後ろで控えていたフランとフレイヤに「ちょっと出掛けてくる」と一言断りを入れると、僕は使者へと再び向きなおった。


「屋敷まで案内して頂けますか。ミカエルさんにお話を伺いに行きます」




***




 相手はずいぶんと用意周到に準備をする性質たちであるらしい。

 使者は僕の返事を聞くなり、速馬で早々に屋敷まで戻っていった。

 僕は一人、馭者の操る馬車に乗せられて、ゆらゆらと屋敷まで案内されているという訳だ。

 そんな馬車から窓の外を見ながら考える。

 なぜこうも他の貴族に構われてしまうのだろうか、と……。


 帝国の勇者が、世界を救う封印の旅に出ているということは、僕などは必要がないはずであろう。

 僕自身にそこまでの利用価値があるとも思えない。

 それなのに、ミカエル・エル・トーラスという人物は、人の弱みまで握って何をしたいというのか……。


 そして、相手が名前に“エル”を持つ貴族ということは、主にこの国の財政を管理している貴族達の一大派閥だ。

 俗にエル家とも呼ばれる彼らは、貨幣や税制などといったお役所仕事を主に取り仕切っている。

 この国の貨幣が“エル”という単位を使っていることからも分かるように、その影響力は非常に大きい。


 その中でもトーラスという家は中心的な存在として有名であった。

 リノスフルム王国の起源から歴史上に名前が残るという名門中の名門。

 それが今度の僕の相手であった。


 屋敷へと到着すると、馬車は本館と思われる建物を素通りして奥の別館へと向かって行く。

 別館とはいえ馬鹿みたいに大きい。


 不自然なのは、チラホラと重武装した騎士や兵士の姿が見えることだ。

 狭い窓から眺めて探す限りでも数十人、王国騎士団の小隊を超える規模が確認できる。

 単なる警備にしては過剰戦力だ。そして、動き辛いはずの重武装。

 彼らはこの場所で戦争でも始める気なのだろうか。

 心なしか殺気立っているようにも感じられる。


 やがて別館にたどり着き馬車を降ろされると、館の入り口で番をしていた二人の門番に石板の魔道具で腕輪を確かめられる。

 既に必要のない情報は、極力隠してしまっているので、表示されるのは名前や身分などのみだ。

 屋敷の中へと入れられると、今度は簡単な身体検査を受ける。

 服の上から体を触るだけとはいえ、何か悪いことでも疑われているようで面白くない。

 魔道具の皮袋についても、当然のように取り上げられてしまった。

 あくまでもお預かりしますという名目ではあるものの……。

 しかし、魔法のあるこの世界で身の危険を心配するのであれば、相手を裸にしてもまだ足りないと思うのだがそれは良いのだろうか。


 最後に「ミカエル様に少しでも危害を加えれば生きて帰れぬと思え」などと脅されて、ようやく奥の大広間へと通された。

 背後で分厚い扉が閉められると、とたんに冷えるような静寂に包まれる。

 この部屋は防音でもされているのだろうか……。

 一人ぽつんと取り残されたような気分になりながらも、広い部屋の中を見渡した。


 しかしこのトーラスという屋敷、ずいぶんと裕福な家柄であるらしい。

 通された部屋は調度品で溢れていた。

 それはさながら小さな博物館といったところか。

 調度品の主役は魔物の剥製で、広々とした室内には台座の上に乗せられた数々の剥製が綺麗な間隔をもって並べられている。


 フレイムメイルリザード、ガルーダツバイン、アケロンシールドディアー、プロミネンス・ホロウ……。

 いずれもかなり強力な魔物のはずだ。

 無論その素材は高額で取引されており、まず剥製にすることなどは滅多にない。

 そして、その中にはずいぶんと悪趣味なものまでもが飾られている。


 部屋の中央。

 それは椅子に座る女性であった。

 ケモノの耳と大きな尻尾の生えた、見目麗しい女性の獣人アニマ

 女性は着物のように複数の羽織りを重ねた珍しい格好をしている。

 瞼は閉じられており、まるで眠っているように微動だにしない。


 こちらが家主の趣味を思い怪訝な視線を向けていると、動かないと思われた女性の目がゆっくりと開かれた。

 やや間があいて女性はクスリと悪戯な表情を浮かべると、こちらに向けて尋ねて来る。


「おや、驚かせてしまいましたか?」


 その顔はしてやったりというところだろうか……。

 最近は年上の女性にからかわれてばかりな気がする。


「えぇ、ほんの少しだけ」


 僕が素っ気なく返事をすると、彼女は立ち上がりお辞儀をした。


「ようこそ、トーラスのお屋敷へ」


 そして女性は大きな尻尾を後ろで、振り子のようにゆったりと揺らしながら言う。


「そう怒らないでくださいまし。鑑賞されるものは動かないのが常でございましょう? わたくしもこの館のコレクションの一つがゆえに……」


 その仕草に自然と視線が釣られてしまう。

 そしてその姿は妙に魅力的だ。

 これが俗にいう品を作るというやつなのだろうか。

 もっとも、この場合は興味の先が違うかもしれないが……。


「ミカエル様はもう間もなく来られましょう。コレクションを眺めながらでも、ごゆるりとお待ちください」


 彼女にはこちらの視線の先が読めたのか、やがて気が付いたように付け加えた。

 クスリと、袖で口元を押さえながら。


「ふふ……それと、コレクションにはお手は触れませぬようにお願い致しますね?」


 それはつまり自分を含めてと言いたいのだろう。

 確かに彼女は魅力的だ。

 特に尻尾のモフモフは暴力的ですらある。

 フサフサとした太く長い尻尾が彼女の言葉に合わせて揺られており、それが彼女の背後の足元から顔を出す度に思わず視線が引き寄せられてしまう。

 吸引力の変わらないただ一つの尻尾。テイル。

 とはいえ、僕はそんな感情を押し込めつつ彼女に答える。


「えぇ、分かりました」


 すぐに視線を外して、剥製を眺め始めることにする。

 ——と、そこで話は終わりかと思えばそうではないらしい。

 飾られた剥製を眺めていると、いつの間にか彼女は隣へとやって来ていた。


「士爵とお呼びしても?」


 衣摺れの音も、一つの足音も無く……。

 この着物は何かの魔道具なのだろうかと視線をやるも、外側からは魔術式のような紋様は見当たらなかった。

 今の身のこなしから察するに、彼女はこの部屋の守護者でも兼ねていそうである。

 そんなことを想像しながらも、やはり僕は素っ気なく返事をした。


「どうぞ」


「おや、お機嫌が悪いようでございますね? ご客人の機嫌を損ねたとあっては、わたくしが叱られてしまいますわ」


「別に怒っていませんよ。また少し驚いただけです」


「そうでした。士爵はお優しい方なのですね」


 彼女は口元を押さえて、クスリと笑う。

 別に遊びに来たわけではないというのに、彼女には妙に毒気を抜かれてしまう。

 そんな彼女に、僕は困った顔を返してみせる。


「貴女は僕が呼ばれた理由をご存知無いようですね……?」


「うふふ、その通りにございます。コレクションとは、気楽なものでございますから」


 そうクスクスと笑う彼女に、僕は大きく息を吸ってから吐き出した。

 考え込んでいた呼び出し主への対応を頭の隅へとやると、今度は彼女へと尋ねてみることにする。


「ふぅ……。貴女の主人はどんな方なのですか?」


「はて? この屋敷の外でのお姿はあまり存じませんから……。きっと士爵のご期待には添えないでしょうね」


「では、貴女の知る部分だけで構いませんよ」


「うふふ……。よいお方ですわ」


「そうですか」


 期待していた通りの答えに落胆すらすることなく話題を流す。

 そもそも敵かもしれない相手に主人の情報を教えるわけもないのだ。


 とはいえ、こちらに向けられる真っ直ぐな瞳が、彼女の答えが真実であることを物語っているような気がした。

 そして、そうであってほしいという僕のわずかな希望的観測も含まれているような気もする。


「士爵、力をお抜きになることです。ミカエル様も、きっとその方がお喜びになりますわ」


 彼女の尻尾がすぐ隣で振られ、毛先がこちらの袖口に僅かに当たる。


「えぇ、そうですね」


 そんな生返事をしながらも、剥製を見上げるフリをして半歩離れる。

 そして、女性の方へとこっそりと視線を向けた。


 考えてみれば、獣人を間近で見るのは初めてであった。

 この町にも沢山の獣人がいるが、あまりジロジロと眺めるようなことはしてきていない。

 それに元々リノスフルムは人間の国であるがゆえに、大抵は人間と獣人のハーフが多い。

 彼らの耳や尻尾の付け根や骨格がどうなっているのかなどが、ずっと気になってはいたものの、不躾に視線を向けるのもはばかられたのだ。


 彼女もおそらくはハーフで、さらに血が薄いのか手や顔などは普通の人間とほとんど変わらない。

 ただ頭の上から生える狐のような二つ耳と毛並みの良い髪の毛、そして大きな尻尾が際立っていた。

 こちらが耳元に視線を向ければ、彼女の耳元がピクリと動く。

 どうやら僕の視線は筒抜けであるらしい。

 こちらは彼女のやや後方に立っているというのにも関わらずだ。

 すぐに何食わぬ顔をして、視線を剥製へと戻す。


 すると、彼女が前を向いたまま口を開く。


「少しお触りになってみますか?」


「…………。コレクションに触れてはいけないのではなかったのですか?」


「うふふ、そうでした」


 再び彼女は口元を押さえてクスリと笑う。

 どうやら、またからかわれているらしい。

 そうして振り返る彼女の顔は、やはり子供が悪戯に成功したときのような表情だ。


「士爵、わたくしは他の動かぬコレクションと違って、ある程度の自由が与えられているのです。ですから、わたくしが許す範囲であれば構わないのです」


「そうなのですね」


 それから「士爵は特別ですわ」と彼女は付け加えた。


 目は口ほどに物を言うとは言うが、僕には彼女の考えは読めないでいる。

 一般に獣人は勘が鋭いと聞いているが、この場合は僕が分かりやすい所為だろう。

 もう少し動じなくなりたいところではある。

 ただでさえこの世界には、人間よりも感覚の鋭い人が沢山いるのだから。


 彼女に一方的に弄ばれるのも面白くないので、ゲームには乗らないでおくことにする。

 これは、決してやせ我慢ではない。


「では、せっかくですが止めておきます。癖になってしまってはいけませんから」


「あら、士爵はいけずなのですね」


 彼女はまた口元を押さえてクスリと笑った。


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