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試作魔道具第一号

閑話です。

「ご主人様お願いです。自分ですると気持ち良くないのです……」


「えっと、フラン、気持ち良いとか良くないとかじゃなくて」


「どうしてですか? フレイヤには優しくしてあげていたではないですか。やっぱり私だけダメなのですか?」


「やっぱりって……。フランは一人でもできるじゃないか」


「ですから……自分ですると気持ち良くないのです……」


 そうして話は平行線を辿る。


 彼女はお風呂上がりの寝間着姿で、石けんの香りと髪の毛を湿らせた姿が深く情欲を誘う。

 その胸元には、とある魔道具が両手でギュッと握り締められていた。


 彼女にアレを使うと、僕の理性を保つのが難しいんだよな……。

 しかし、今はただ抑えることが少し難しいだけの欲望よりも、彼女の気持ちを優先するべきだろう。


「もう分かったよ」


「……イヤならいいのです……。自分で、私一人でしますから……」


「イヤじゃないってば。ほら、貸して」


「イヤイヤです……」


「だからイヤじゃないってば、もうどうして怒ってるの」


「フレイヤには、ご自分からしてあげていました」


「あれは、えっと、確かにそうだけど……」


「いっつもフレイヤだけです。えこひいきです。やっぱりご主人様は、私のことが嫌いなのです」


「そんなことないよ」


「あります。最近は朝起きるときだっていつもフレイヤです。フレイヤだけいつも頭を優しく撫でてあげてます。いつも夜遅く二人だけで出掛けてます。フレイヤだけ、いつも側に……」


「って、やっぱりバレてたのか……。ええと、隠していたわけでもないんだけど……」


「分かりますよ。フレイヤに聞いても私には『言えない』って言いますし、もう本当にどこに行っているのですか」


「ええと、それは……」


「もうご主人様には、私なんか必要ないのです……」


「もう、そんなことないって」


「では、私にもして頂けますか……? ご自分から……同じように……。優しく頭を撫でたり、とか……」


「それはえっと、ほら、色々と問題が発生しかねないわけで……」


「問題って何ですか……」


「ううん、なんでもない。僕が悪かったよ、もうどっちか一人だけになんてことはしないようにするから……。ほらそれ貸して?」


 すると、フランはすねた表情をしながら魔道具ドライヤーを渡してくる。

 僕は魔道具を受け取ると、近くの椅子を持って来て彼女を座らせた。


「すみませんでした。フレイヤには今まで通り優しく接してあげて下さい。私がわがままを言うのがいけないんですから……。フレイヤは悪くないです……」


「もう、フランだって悪くないだろ」


 元はと言えば、僕が恥ずかしがってフランのお願いを断ったのがいけない。

 気まぐれでフレイヤの髪を乾かした後、キラキラと期待するような目を向けていたフランにドライヤーを手渡したときは、彼女はこの世の終わりのような表情を浮かべていた。

 フランがそのまま少し落ち込んだ表情をしながら洗面所へと向かい、すぐに慌てて戻って来たときは何事かと思い驚いたものだ。

 そして冒頭の出来事に戻る。


 しかし、なんのことはない。

 僕がフレイヤだけを贔屓したせいで、フランがすねてしまったのだ。

 それに人に髪を乾かしてもらうことが気持ち良いというのは、男の僕でも分かるつもりだ。


 ただ、それはこの魔道具の本来の効果ではない。

 彼女の言う気持ち良さとは、きっと人を通した心地良さのことを言っているのだろう。

 僕が彼女の髪を乾かしたことで、そう感じてもえたのならば、それはまぎれものなく良いことだ。

 彼女はそれを素直に真正面から伝えてきている。

 やはりそんな彼女のお願いを、ただ少し気恥ずかしいというだけで断ってしまった僕がいけない。


 一応贖罪の意味を込めて、今回は昨日よりも丁寧に髪を乾かすことにした。

 彼女の首元に掛かっていたタオルを魔法で乾かし、温めたタオルで優しく包み込むように髪を拭いてゆく。

 そうして彼女の髪を拭きながらも、僕は彼女に問い掛けた。


「フラン、確かにこの魔道具ドライヤーを使って、人に髪を乾かしてもらうのは気持ち良いかもしれないけど。一人でも乾かせるようになってほしいな」


「いいのです。わがままを言う私が悪いのですから……」


「ううん、そうじゃなくて。フランが乾かして欲しかったら、いつでもやるからさ」


「それは本当ですか……?」


「元々二人の髪が長いから作ろうと思った訳だからね。僕自身はあまり気にならないし」


「でも、面倒ではありませんか……?」


「そんなことないよ」


「そうですか……」


 髪を拭き終わると、彼女の返事を聞いてから魔道具に魔力を通した。

 ドライヤーの風を熱く感じない程度に離しつつも、長い髪を掻き分けて根元を優先して乾かしてゆく。

 なるべくゆっくりと丁寧にだ。


 今回の魔術式のドライヤーでは、元の世界にあるような電気を使ったモーターとは異なり、わずかな風切り音で動く上にかなりの風量を稼ぐことができた。

 おそらく熱量も十分だろう。


 ただし、その分デメリットもある。

 燃費が非常に悪いのだ。

 現状では人が魔力を込めて使うには困難なほどであり、本来であれば砕いた魔結晶を持ち手の中に充填することで動作させることを想定している。

 その分、魔結晶を充填した側から動力が尽きるまで動き続けるというイマイチ扱いづらい物となってしまってはいるが、研究所における試作品の第一号ということでそこはあまり気にしてはいない。


 既にスイッチの要領で、術式を意味のない文言に切り離す機構を検討中であり、僕よりも魔術に詳しい研究員たちが試作に加えて術式の省エネルギー化に取り組み始めているためだ。

 試作品が二号、三号になる頃には、現在の扱いづらさもきっと解決することだろう。


 それに、実際に髪の長い研究員たちをサンプルにした実験では、受けもかなり良かった。

 何故かしきりに僕に髪を乾かして欲しいと催促してくる者がいるのには困ったものであったが……。

 動力と値段の問題が解決すれば、すぐにでも売れるかもしれないという感触は得ることができていた。


 もしフランとフレイヤの髪が長くなかったら別の物を作っていたかもしれないということを考えると、自然と感謝の念も湧いてくる。

 それに、こんなにも嬉しそうにしてくれるのだから、髪を乾かすくらいのことはやぶさかではない。


 しかし、ときどき変な声を上げるのはやめてほしい。

 彼女の場合は、首の後ろの生え際が弱いらしいのだ。


「はぁ……やはりこれは良い物ですね……。ご主人様は素晴らしいお方です……」


「ちょっと、大袈裟じゃないかな」


「そんなことありませんよ。はぁ……」


 後ろにいるため顔は見えないが、声色はだいぶ優しくなったか。

 仕上げにブラシを通しながらも、頃合いを見て話しかけてみる。


「フラン、明日はまた休みにして三人で海の方に行こうか。この前はフレイヤとずっと一緒に居てくれたでしょ?」


「はい……。お弁当作りますね」


「うん」


 きっと、このところはレベル上げに忙しかったのもあり、ストレスが溜まっていたのだろう。

 特に彼女の場合は二足のわらじだ。

 僕やフレイヤのように、体力も無制限という訳でもないのに、少し無理をさせ過ぎたか。


「お弁当、僕も手伝うからね」


「うふふ……。はい、お願いします」


 そうして彼女は笑顔で振り向いた。


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