黄金の瞳
昼下がりの冒険者ギルド。
今日は空いている時間帯に要件を済ませようとやってきていた。
「貴方が死神殺し?」
そんな帰り際に声を掛けてきたのは、随分と派手な格好をした少女であった。
よく切り揃えられた赤い髪の毛、金糸で装飾された仰々しい真紅のローブ、そして物語の魔法使いがかぶっていそうな真っ赤なトンガリ帽子。
つまり、ほぼ全身が赤い。
目深にかぶった帽子からは、その小顔に不釣り合いな大きな眼鏡を掛けおり、その透明なレンズ越しには、自信に満ちた気の強そうな瞳が黄金のように輝いていた。
その容姿と佇まいに驚きながらも、僕は落ち着いて答えようと考える。
最近はよくパーティーの勧誘を掛けてくる人がいるのだ。
大抵は銅の腕輪をした人達なので、あまり断るのには困らないのだが……。
この子は格好からしてお金持ちそうだ。
「死神殺しを探しているなら他を当たった方が良いじゃないかな。死神を倒した経験を持つ人なら、他にも沢山いるだろ」
すると少女は、赤い髪とローブをなびかせて目前までやって来る。
少女の背丈は思ったよりも小さく、僕の方を見上げながらも、こちらを品定めするような視線を向けた。
「えぇ、貴方で間違いはなさそうね、死神殺しの魔法剣士さん。名前は確かユウ・アオイとか言ったかしら?」
眼鏡越しに少女の瞳が写る。
それはとても綺麗な目をしており、何故か妙に視線を引きつけられるような気がした。
本当に宝石のように綺麗な金色をした瞳であった。
「貴方、勇者と同じ魔法を使うと聞いたのだけれど。この私にも見せてくれないかしら」
物見遊山か。
誰から聞いたのか問いたい気持ちもあるが、別に隠していた訳ではないため、少しくらい噂がたってもおかしくはない。
気にせず取り合わないことにする。
「悪いけど、人を待たせてるんだ。また今度、機会があったらね」
僕はそう言って、少女から視線を外す。
表にフランとフレイヤを待たせているので、無用なことは手早く済ませてしまいたかった。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。私の誘いを断るわけ? 信じられないわ」
僕が少女の横を通り過ぎようとすると、少女は慌てたようにしてこちらに迫って来る。
わざわざ僕の進行方向を塞ぎ、全身で僕の行く手を阻む。
少女の左手を見ると、銀の腕輪がキラリと光るのが見えた。
おそらくは、これが俗に言う世間を知らない箱入り娘なのだろう。
きっと頼めば人は何でも言うことを聞いてくれると思っているに違いない。
「ふぅ……分かった。手短に話そう。肝心の要件を話してほしい」
「え、えぇ、貴方は随分とレベルが上がるのが早いらしいわね。その方法を私にも教えて欲しいの」
「気のせいだよ。そんな方法は無い。誰だって地道に狩りをするだろ? 僕も地道に狩りをしているだけだよ。パーティーによって、多少の効率の差はあると思うけどね」
「だから、貴方のパーティーが普段どんな狩りをしているかを教えてほしいの」
「それを君に教えたとして、僕になんの見返りがあるのかな?」
少女の驚きの表情に心が痛むが、僕はなるべく冷たく言い放つ。
こちらとしても教える義理は無く、そもそも教えてあげられるものでも無い。
パーティーにフレイヤがいる以上、赤の他人を仲間に入れるわけにはいかないのだ。
それに狩りの方法は至ってシンプルで、単純な力押しでしかない。
「見返り? 貴方、この私に見返りを求めというの?」
「はぁ……」
僕は少女にも分かるように大きくため息を吐く。
やはり、思った通り相当な箱入り娘らしい。
それも話にならないレベルだ。
「悪いけど、他に親切な人をあたってくれるかな」
そう言って、少女の隣を通り過ぎた。
「あ、こら、ちょっと待ちなさいよ!」
背中越しに少女から声が上がる。
簡単に聞いてあげられるお願いなら聞いてあげても良いのだが、こればかりは仕方が無い。
これからも他の誰かとは、積極的にパーティーを共にすることはないだろう。
しかし、ギルドの表に出ると、再び少女に腕を掴まれた。
この少女はまだ諦めていない様子だ。
その背後にも、数人の従者と思われる者の姿が見えた。
「だから、ちょっと待ちなさいって。見返りって何? 一体何が欲しいのわけ?」
「さぁね、最近はあまり欲しいものが無いんだ」
「ふざけないで! どうしたら早くレベルが上げられるのか教えなさい!」
「君も話が分からないみたいだな。そんな方法は無いって言っているだろ」
「では、何故そんなにレベルが上がるのが早いのかしら。貴方はこの一週間でレベルを四つも上げている。明らかにおかしいわ。何か特別な方法が無いと言うのなら、貴方の普段の狩りを私に見せなさい。それとも見せられない理由があるのかしら」
「そんな簡単に見せられるわけ無いだろ。大体レベルの情報なんて誰から聞いたんだ。僕のレベルは最近ではギルドくらいしか知らないはずなんだ。ちゃんと真っ当な方法で手に入れたんだろうな? それに自分の名前も名乗らずに頼み事なんて、礼儀が成ってないんじゃないか?」
「ミミル! エル! トーラスよ! どう? これで良い!?」
どうやら、少し怒らせてしまったらしい。
しかし、僕もこればかりは引き下がるわけにもいかない。
少女の手を外して、彼女に向き直る。
「はぁ、分かりました。それではミミル嬢。貴女のお申し出は、せっかくですがお断り致します」
「ぜんっぜん分かってないじゃない! 貴方私を怒らせたいの!?」
もう怒っているような気がする。
しかも、すでに引き返せないレベルに。
「怒らせてしまったのなら謝ります。ですが、こちらの事情もお分かりになりますよね?」
「くっ……だからこの私が直接頼んでるんじゃない」
「ですから、頼まれても無理なものは無理なのです」
そんなやりとりを続けていると、フランが話に入ってくる。
「ご主人様、そんなに声を荒げて、一体どうなされたのですか」
主に声を荒げているのは、この目の前にいる少女なのだが、そこは触れまい。
もう根本的にこのミミル・エル・トーラスという少女とは相性が悪いような気がする。
「なんでもないよ。フランは心配しなくて良いから。僕らの狩りを見たいらしいんだけど、そういう訳にもいかないでしょ?」
「貴方、私に対しての態度がそこの奴隷よりも悪いって一体どういうことよ! ケンカ売ってるの? そうなんでしょ!」
「もう、うるさいな。お嬢様なら、もう少しお淑やかにしたらどうなんだ」
「うるさいですって! この生意気な!」
少女は眼鏡を外して臨戦態勢。
「おやめください。ミミル様」
すると、とうとう後ろに控えていた従者が止めに入ってきた。
こちらもフレイヤがすぐ隣へとやってくる。
「フレイヤ、なんでもないから大丈夫だよ。後ろの従者達は冷静みたいだから」
「ダメ……。おヒゲの人はすごく怒っているもの……」
そう言われて、ミミルという少女を宥めている執事の方を向いた。
見た目はごく普通に見えるのだが、主人が相手にされなくて怒っているのか。
しかし、いまのやり取りで普通怒るだろうか?
見上げたというよりも、少し行き過ぎた忠誠心な気がする。
「ミミル様、周りの者が見ております。気をお鎮めください」
「分かったわよ」
執事にそう声を掛けられるも、彼女は子供みたいに顔を逸らしたままでいる。
少し甘やかし過ぎじゃないのか。
「アオイ様、お騒がせし致しました」
「いえ、分かって頂けたのなら良いんです。では、僕達はこれで失礼します」
***
私は激しい苛立ちを抑え込みながらも、男の後ろ姿を見送った。
「お嬢様の力が効かなかったということは、本物ということですかな」
「さぁ、どうかしらね……」
私は背後から話しかけてきた執事に素っ気なく答える。
伝承など当てにはならないと思っていたが、思いの外そうでもないらしい。
つまりは、あの男が私にとって本物の可能性があるということだ。
出会い方は最悪、失態ね。
「貴方達は帰りなさい。もう私一人で良いわ」
「ミミル様、やはりお屋敷にはお戻りになられないのですか」
「戻れるわけないでしょ。屋敷にはお父様がいるもの。あとお兄様もね……」
「では、リリアンヌ、お前は——」
「ギルバート、必要ないわ。お母様が許さないでしょう。さぁ、もう行きなさい」
「ですが、お嬢様」
ギルバートは、なおも引き止める。
背後から掛けられる爺やの言葉は、それこそ後ろ髪を引くようであった。
「私がしつこい人を嫌いなのは、よく知っているでしょう?」
しかし、その声もやがてしぼんでゆく。
「お嬢様……」
「貴方にも家族がいるのよ。今の感情に本当に従って良いか。理性だけで正しく判断なさい」
「…………。分かりました。しかし、奥様には今一度お願い申し上げてみます」
「好きになさい……。ギルバート、貴方には苦労をかけたわね」
「お嬢様、勿体ないお言葉です。このギルバート、この身をお側に置くことを許して頂き感謝の言葉もありません。帝都への往復の旅路、毎日が心躍るようでした。若かりし頃を取り戻したとでも言いますかな。ほっほっほ」
「皮肉ね。さぁ、もう行きなさい」
「えぇ……はい。では失礼致します」
最後まで目を合わせぬまま、長年を慣れ親しんだ従者との別れを済ます。
「本当に悪魔みたいな女ね……」
そう小さく呟くと、私は彼等とは反対の方向へと歩み出した。