クエスト
明るい日差しが窓から差し込み、ギルドの一室を照らす。
僕は魔法について、ギルド職員の女性――エールに教わっていた。
どうやら、この世界での魔法はイメージが大切らしい。
基本的に呪文や魔方陣などは必要無く、イメージと共に魔力を上手く扱うことができれば魔法は発動する。
たとえば、火の魔法で簡単に思いつくであろうファイアボールであれば、魔力を体の外に放出し、魔力を球状に集めて火に変換する。
その時、変換と同時に火の玉が打ち出されるイメージを加えることで、火の玉が飛び出すという訳だ。
また、魔力は自分の体から、離れれば離れるほどに扱いが難しくなっていく。
他にも、魔法現象への変換後は時間が経つほどに、扱いが難しくなるらしい。
呪文が必要ないというのなら、僕もその内に基礎以外のこともできるかもしれないという、実感は得ることができていた。
「魔法の基礎としては、これくらいで十分でしょうね」
かなり丁寧に教わり、それなりに時間も掛っている。
彼女に、朝の貴重な時間を多く割いて貰ったことに、感謝を示す。
「長い時間、ありがとうございます。それに、本当にすごく分かりやすかったです」
「ふふ、それは良かったです。物覚えが良いと、教えていて楽しいものですね。また、何か聞きたいことがあれば仰ってください」
エールは、飾り気なく微笑みながら言った。
かなり、良い人に当たったようである。
本当に、運が良かった。
僕は、その後再びギルドの一階まで案内されて、ギルドの登録を終えた。
登録の最後に、再び簡単な注意事項をいくつか言われて、ギルドブックなる冊子を渡される。
注意事項は、身の丈以上の依頼を受けない、依頼をすっぽかさない、依頼が完遂できないと判断した場合は、速やかにギルドに報告するなどの常識的なことが主だった。
また、冒険者ランクについては、新米はGランクからだそうだ。
ランクアップには、審査があるらしいが、ランクアップしたい場合は、事前に審査内容を教えてくれるらしい。
細かい所は、追々覚えていけば良い。
僕は、薬草採取の依頼を受けることにした。
エールには、この依頼は子供もお小遣い稼ぎ受ける依頼らしく、非常に簡単だと教わった。
この町の西門を出てすぐの森で採取できるとのことだ。
はじめての仕事だから、それくらいがちょうど良いだろう。
僕は依頼を受けてギルドを出た。
朝日はすっかり登っており、広間にある柱時計は、七時半を指していた。
***
壁にかけてある時計で時刻を確認する。
「ふぅ……」
私はひと息付いて、気持ちを落ちつけた。
彼は、一体何者なのか。
お爺様が善くしろとおっしゃるから、一体どんな人物なのかと思ったら……なんとレベル6。
普通なら、18歳であれば何もしないでいても、15レベルくらいまでは上がるというのに……。
動物や魔物の血肉を食べるだけでも、レベルは上がるからだ。
よほど質素な生活でもしていたのか……。
それも、貴族という身分であば考え難い。
0歳……まさかね。
魔法も初心者だと言っておいて、あれは明らかに初心者の域を逸脱していた。
魔力を知覚したその日に、魔法の発現までこぎ着けるなど、御伽噺でも聞いたことがない。
そもそも、鍛えないで魔力指数120なんて有り得ないのだ。
それに、光属性だなんて……。
こんなことが本当にあって良いのか……。
とにかく、お爺様に報告しなければ……。
***
冒険者ギルドの外に出ると、辺りはスッカリ賑やかになっていた。
露店が所狭しと広げられており、人の往来も多い。
僕は、露店を見て回り、必要な日用品を買って回った。
主に衣類だ。
パンに、野菜とハムを挟んだ軽食も買っておく。それに水筒。
夕暮れ時や夜は、冷えることもあるだろうと、雨具にもなるというコートも買った。
ただ、残念なことに歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸の類は無かった。
あとで雑貨屋でも、探してみることにする。
広場の端で鎧を着て、剣をベルトに付けた。
これで準備万端だ。
時刻は、八時半を指していた。
西門の外へ出た。
西門を出れば、すぐに森が見える。
あそこの森に、薬草があるはずだ。
「見通しは、そんなに悪くはないな……。適度に伐採されているのかな……?」
僕は、森の中へと足を踏み入れる。
森の中は以外と明るく、日差しもよく差し込んでいた。
危険な大型の獣の気配もない。
「おっ……」
薬草は、意外とすぐに見つかった。
エールに、特徴を教えてもらっていたのだ。
それに結構な数が生えているため、探すのもそんなに苦労はしなかった。
僕は森の奥に進みながら薬草を集めていく。
「ふぅ……ひとまず、これだけあればいいかな?」
ある程度の量が集まると、僕はひと息付いた。
無事に両手に抱えるくらいの量を集めることができた。
これくらいあれば、まずは良いだろう。
これをギルドに届ければ、依頼は完了のはずである。
僕は来た道を引き返して、町へと戻ることにする
すると、その道中で獣が現れた。
「フガッ」
獣は鼻息を荒げている。
猪だ――
猪がこちらを睨み、蹄で地面の感触を確かめる様に前足を動かした。
あきらかに、こちらに敵意を抱いている。
どうしたものかと考えていると……猪がこちらに突進してきた。
「うわっ!」
僕は、その突進を咄嗟に避ける。
両手に抱える薬草を撒き散らしながら……。
「フガッ! フガッ!」
「うーん、逃してはくれなそうだな……」
後退りをしてみるも、猪はまるで親の仇のようにこちらを睨み付けている。
地面に落ちた薬草を拾いあげるにも、目の前の猪が邪魔となる。
避けては通れないならば、これは正当防衛、と覚悟を決めて剣を抜いた。
再び猪が突進してくる。
猪の顎には、鋭い牙が生えている。
あれに突かれたら一溜まりもないだろう……。
突進を左に避ける。
十分に対応できるか。いける――
不思議と剣が手に馴染み、変な感覚を得た。
そして妙に意識が落ち着いている……。
僕は喧嘩は苦手であったはずなのに。
僕は、猪の突進を避けながら、剣を振り抜いた。
剣は浅く、猪のお尻の皮を切り裂いた。
「ほら、痛いだろ? もうやめにしない? って、ダメか――」
その後も、突進に合わせて剣を振るう。
いつまでも表面を切り裂いていても、致命傷は与えられない。
本気で仕留めるなら、まずは足を止める必要がある。
狙うなら、後ろ足か――
僕は猪の後ろ脚に目掛けて、剣を突き出した。
深く突き刺しすと、猪は大きな呻き声を上げる。
「グギュァー」
「くっ……!」
剣を持って行かれない様に、すぐに抜く。
「フガッ、フガッ」
「まだ退かないのか!」
猪は鼻息を荒げながら、それでも再び突進をしてくる。
しかし、その速度は遅く――僕は半身で避けながら、猪の首を目掛けて剣を突き出した。
「――ッ」
猪は声にならない呻き声を上げて、突進の勢いをそのままに倒れ込んだ。
「――ッ、――ッ」
猪は苦しそうに僕を睨み付ける。
すごい、生命力だ。
まだ、息がある……。
「ごめんね」
僕は、再び猪の首元に刃を――狙いを定めて突き刺した。
猪の目が、見開かれる。
僕は、はじめてこの手で動物を殺した。
「……」
少しの間、ボーっとしてしまったが、僕はハッと気が付いて薬草を拾い始める。
いくつかは、今の戦闘で踏まれてしまった様だ。
それにこの猪どうしようか……。
戦いが終わってみると、かなり白けてしまった。
前の世界にいたときは、動物の肉は散々食べてきたというのに、自らの手で殺すとなると、こんなにも心に来るものだったとは知らなかった。
この世界では、このような事を繰り返して、生きていかなければならないのか……。
目に薄らと涙が込み上げるものの、どうにか上を向いて堪えた。
しかし、殺してしまったことに悲しみはしたが、背に腹は代えられない。
この世界では、毛皮や肉、牙などが売れるはずだからだ。
生きる世界の常識が違うのならば、意識は切り替えていかなければならない。
「問題は、どうやって運ぶかだよな……」
猪の解体なんてできないため……となると丸ごと運ぶことになる。
僕は、猪の脚を掴んで持ち上げようと試みる。
すぐに、このままの状態では、無理だと判断する……。
おそらく、50kg以上はあるだろうか。
重量からすると、上手く背負うことができれば、運べるかもしれない。
しかし、猪は血だらけで、そのまま両手に抱えたくはなかった。
それに、薬草もあるのだ……。
「そういえば……魔道具があったな……」
そう、ふと思い付いて、呟いた。
気が付いたのだ、ポケットの中に魔道具があることに。
僕は薬草をその辺のツタで結ぶと、魔道具の皮袋の中に入れる。
そして、あらかじめ買っておいたコートを取り出して、猪を包んだ。
コートで猪を包むのは、皮袋の中が汚れないか心配になったためだ。
コートが汚れるのも気になるのだが、少し意地になってきていた。
決して、ムダにはしたくなかったのだ。
皮袋の中に猪を押し込むと、問題なく入る。
重さも感じない。
僕は皮袋をポケットにしまうと、冒険者ギルドへと向かった。
***
冒険者ギルドに着くと薬草を取り出して、職員に渡す。
職員は薬草を持ってギルドの奥の部屋へと入っていくと、すぐに戻ってきた。
「報酬はこの量ですと、二百四十エルになります。よろしいですか?」
「お願いします」
僕が頷くと、報酬を手渡された。
ついでに猪の買い取りをお願いしてみると。
皮袋からコートに包んだ猪を取り出して、見せたのだ。
すると――
「ワイルドボアなら解体してから持ってきた方が良いと思いますよ。ギルドで値が付くのは牙と毛皮だけですし、牙と毛皮もあまり高くないために、解体料金自体が高く付いてしまいます」
僕はその忠告に従うことにして、再びコートに包んで皮袋に入れた。
職員は、その様子を見るとかなり驚いていたようだが、魔道具というのはそんなに珍しいものなのだろうか?
僕はギルドへの売却をあきらめて一時宿に戻ることにした。
もしかしたら、宿屋のマギーさんに解体をお願いできるかもしれない、と思ったからだ。
自分一人での解体は、すでに考えになかった。
宿で猪を見せてマギーにお願いすると、「じゃあ覚えな」とマギーに厨房へと招かれた。
どうやらやるしかないらしい……。
その後は、ひどいものである。
「うっ……気持ち悪い……」
毛皮を剥いで解体していく、とにかく血がすごい、その匂いも……。
マギーにひととおり教わる頃には、一度吐いてしまった。
「ったく、だらしないねぇ。血も見慣れていないくらい、箱入りなのかい? ほら、水だよ」
「うぅ……すみません、ありがとうございます」
その後、牙と毛皮はギルドで換金をしてきて二五〇エルになった。
肉は、うさぎ亭に寄付した。
解体方法を教わったのだ、それに夕食代は、タダで良いと言ってくれた。
それとコートの洗濯もお願いした。
夕食までの時間は、町をブラブラして情報集めや日用品を買い足した。
夕食の豚汁は、美味しかった。
なんだか、普通の豚肉より、美味しい気がしたのだ。
それに調理が上手かったのか、臭みもまったくといって良いほど無かった。
ときおり、あのときの手の感触を思い出しながら、よく味わって食べた。
そして、夕食後に今日の収支を計算する。
−2830エル。
ギルド登録料とコート、洋服などの日用雑貨を除いても朝飯付きの宿代だけでマイナス。
それに稼いだ額の半分は猪で得ている。
このまま定職に就かないというのであれば、今後危険を冒さずに稼ぐことは難しいだろう……。
早急に帰る方法を探さなければいけない、僕はそう考えて一日を終えた。