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密談

「ご主人様、エール様からお手紙が届いていますよ」


「そう、珍しいね」


 起き抜けの朝一番、眠たい目をこすりながら、僕は答えた。

 思えばこの屋敷のポストに手紙が届くのは初めてのことである。

 いつもは一度アレイスターの家を経由して、テルエラが届けてくれていたからだ。

 そのやり方には若干の違和感を覚えるものの、他の貴族からの面倒な勧誘などは、グランドムが伯爵の地位を利用して断ってくれているようであった。


「どうぞ」


「ありがとう、フラン。いつも見ていてくれたんだね」


「うふふ、私の大切なお勤めですから」


 そんな手紙の届かないポストを毎日確認してくれるフランにお礼を言い、僕は手紙を受け取った。


 エールの手紙には、短く『従者の腕輪について、二人だけでお話ししたいことがあります』とある。

 内容から察するに、こちらに拒否権はなさそうであった。

 送り主もそのつもりであるらしく、手紙には返事を催促する様子はない。

 ただ場所と時間を指定して『お待ちしております』とだけ書かれている。

 文面は丁寧ではあるが、内容は命令的なものだ。


「一人だけで来いってことか……」


 一体、いつ知られてしまったのだろうか。

 最近の行動を振り返ってみても、思い当たるものはない。

 城の帰り道や町で妙な人物に後を付けられたりはしたものの、それらは全てフレイヤの力で撒いていた。

 ましてや、腕輪の情報を読み取るには、触れるほどの距離に魔道具を近付ける必要があるのだ。

 そして、フレイヤの腕輪の情報は偽装している。


 まだ僕の知らない特殊な術式があるというのだろうか?

 それでも、契約の主人である僕よりも優先度の高い命令は存在しないはずだ。

 あるとしても、僕以外には決して読み出すことはできない。


 それとも僕が読んだ本が間違っていたのか?

 それでは、何冊もの本、全てが間違っているということになる。

 ありえない。

 神語のルールは、決して破れないはずだ。

 それこそ、神話に聞く魔王や魔界の神でもない限りは……。


 考え込んでも、すぐには答えが出なかった。

 仕方なく、今日のレベル上げは休むことにする。

 このところレベル上げに掛かりきりであったため、ある意味良い機会でもあるのだろう。

 幸い二人から苦情が来ることはなかったが、いつまでも無理を続けても効率は落ちる。

 また明日からリフレッシュした気持ちで頑張れば良い。


 朝食時に、僕は二人に話を切り出した。


「二人とも、今日は休みにしようと思うんだけど」


「お休みですか……?」


「……」


 二人はやや困惑したような反応だ。

 フレイヤの方は、ただ首を傾げているだけであるが……。


「たまには休みがあっても良いと思うんだ。今日だけじゃなくて、これからは週に一度くらいは休みの日を設けようと思う」


 僕は一人の時間は、大切だと思う方だ。

 人は誰かと一緒にいるときは、少なからず気を使うことになる。

 自分では自然体でいるつもりでも、大切な人には見せたくない一面というのが誰にでも必ずあると思うからだ。

 特にフランには自由な時間は、ほとんど無いと言って良いだろう。

 彼女には休息が必要だ。


 それに僕自身もたまには彼女たちの側を離れ、自分のことを見つめ直す時間が必要だと思う。

 いつもフランやフレイヤと一緒にいられることが、とても幸福であるということを忘れないためにも。


「僕はちょっと一人で行きたいところがあるのだけれど。フランは何したいことはある? ただ屋敷で休んでいても良いんだけど。このところずっと忙しくしていたからね」


 そう言って、まずはフランに問いかけてみる。


 すると彼女は少しの間考え込んだ。

 さすがに、いきなり言われても困るか……。

 彼女としては、今日もレベル上げに行くと思っていたことだろう。

 少しして、フランは何か気が付いたような表情をしたかと思うと、途端にその表情が曇り始めた。


「ご主人様は、私と一緒に居るのがお嫌いなのですか……?」


「ううん、そういう訳じゃなくて……。ちょっと用事が出来て、ほら手紙の件で」


「エール様ですよね。そうですか、分かりました……」


 僕がそう言い訳をすると、フランはひどく落ち込んだように返事をした。

 なんだか悪いことをしているみたいだ。

 いや、悪いのかもしれないが……。


 気を取り直して、フレイヤにも同様に尋ねてみる。


「フレイヤ、今日はお休みにしようと思うんだけど、フレイヤは何をしたい?」


「ユウと一緒にいる……」


「僕は一人で行きたいところがあるから、今日は別々に行動しよう」


「イヤ……」


 可愛いです、はい。


 フレイヤの無垢な瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。

 僕も負けじと、その瞳を見つめ返す。

 すると、ジワリ……と胸の奥に罪悪感のようなものが湧いてくるのを感じた。

 凄まじい力だ。これがレベルの差だとでもいうのか。


「えっとほら、たまには……」


「ユウが、イヤなことはイヤと伝えて欲しいと言ったもの……」


「それは、確かにそうなんだけど……」


「……」


 彼女の視線と無言の圧力により、僕の心にある僅かな善良な部分が悶え始める。

 もはやエールの勝手な誘いなど、断ってしまおうか。

 半分脅されているようなものだし、テルエラなどに相談してみるのも手だろうか……?

 いや、それでは話がこじれそうだ。何か良い手はないものか。

 いっそのこと力ずくで……いやありえないな。


 そして、フレイヤの瞳を前に僕の心が折れそうになる直前で、フランが助け舟を出してくれた。


「フレイヤ、ご主人様には大切な用事があるのです。あまりご主人様を困らせてはいけませんよ? フレイヤが良い子にしていれば、きっとご主人様はあとで優しくしてくれますから」


「……」


 フランは優しい声で諭すように言う。

 何か微妙な言い回しな気もするが、やがてフレイヤは頷いてくれた。


「分かった……」


「うふふ、フレイヤはご主人様が大好きですものね」


「……」


 フレイヤは肯定をしない代わりに否定もしないでいた。

 やはり何か悪いことをしているような気持ちになる。

 僕にはそのうちバチが当たるに違いない。




***




 待ち合わせ場所の近く、大広場まで来た。

 時間まで、まだ少しあるか……。

 ブラブラと時間を潰して歩いていると、宝石売りの露店が目に入る。

 僕は近付いて行くと商品を眺めた。


「いらっしゃい、プレゼントかい?」


「いいえ、見に来ただけですよ」


 話しかけてきた店主に、ひやかしであることを伝えた。


「そうかい、気に入ったのがあったら買って行ってくれよ」


 店主はそう言うと、鼻歌交じりに通りを眺め始める。


 僕は宣言通りに、宝石を見ていくことにする。

 そういえば、フランにはネックレスを買ったのだったか。

 僕は彼女にプレゼントした物と、似た色の宝石を見付けて思い出した。


 フレイヤにも買って行ってあげようか……。

 僕が自由にできるお金も、あまり使い道は無い。

 それにいつも無表情なフレイヤでも、こういう物を貰えば嬉しいのではないだろうか。

 そう思うと、自然と頬がほころんだ。


「おや、買う気になったのかい?」


「え?」


「いやいや、押し売りをするつもりはないからね。まぁ、ゆっくり見て行ってくれよ」


「えっと、はい」


 何故分かってしまったのか……。

 僕はそんなにも顔に出やすいのだろうか。

 それとも、熟練した商人の勘か。

 気を取り直して、商品を見ていくことにする。


 様々な色の宝石が、それぞれ違った色の輝きで主張している。

 この世界の魔法による加工技術は、案外高いようだ。

 前の世界では、あまり宝石などを眺める機会はなかったが、その繊細な宝石達は僕を十分に楽しませてくれた。


 その中で目に付いた宝石を指差して、店主に尋ねてみる。


「あの、これはなんという石なのですか?」


「あぁ、それは黒水晶だよ。まぁ黒は縁起が良くないなんて言われるけど、それには強い魔除けの効果があるなんて言われているんだよ。旅人や冒険者なんかが付けたりしているね」


 水晶なのか……。

 たしかに水晶の原石のように、不揃いな六角柱で先が尖った形をしている。

 黒色とはいえ、日に当てると僅かに半透明で、向こう側が見通せないくらいの濃い色合い。

 それに魔除けと言われると、なんとなく縁起が良さそうだ。

 もっとも、魔除けは不幸を避けることあって、縁起の良さとは違うのだろうか?


 どちらにしても、こんなものでフレイヤを守れるとは思ってはいない。

 それでも、ちょっとしたお土産には良いだろう。

 僕は今朝のお詫びにと、彼女に買って行くことにした。


「では、このネックレスをください」


「はいよ、包むかね? リボンは?」


「えぇ、一応プレゼントなので、リボンもお願いします」


 店主にお金を払うと、僕が選んだ物を包んでくれる。

 白い包みに桃色のリボンを付けた簡単な包装だが、こういった露店としては洒落ている。


「はい頑張って、また買いに来てね」


 なぜか応援して送り出された。

 僕は店主にお礼を言うと、露店を後にした。




****




 私がフレイヤと二人きりで大広場まで散歩に来ると、彼女に手を引かれて立ち止まった。


「ねぇ、フラン……あそこ……」


 彼女が指差す方を見ると、彼が宝石売りの露店で品物を受け取るところであった。

 白い包みにリボンの付いた可愛らしいデザイン。

 包装して貰っているのを見ると、誰かへの贈り物だろう。


「誰に買ったのでしょうかね」


 私はぽつりと呟いた。

 フレイヤは私をジッと見つめると、小さな声で言う。


「フランにではないの……? ユウが嬉しそうにしているもの……」


 そんなフレイヤの言葉に、大人気なく喜んでしまう自分がいる。

 でも、おそらくは違うのだろう。

 今日の彼は、一人で行きたい場所があると言っていた。

 もしもただの買い物だとすれば、わざわざ別々に行動する必要は無い。

 だから、きっと違う。


 私は自分の考えを紛らわすため、フレイヤに微笑みながら言う。


「ふふ……いつも頑張ってくれている、フレイヤへのプレゼントかもしれませんね」


「……」


 フレイヤは、もう一度だけ彼のいた方を見ると、無表情のままにこちらを見上げた。


 彼女の感情は、私でもあまり読めない。

 それでもきっと、彼女も最初の頃の私のように不安を感じていることだろう。

 今日の休みだって、気まぐれでない彼が突然言い出したことなのだ。

 手紙の所為であることは明白なものの、その内容を私達が知ることは無い。


 私は首を傾げるフレイヤの髪を優しく撫でる。

 私が撫でても、彼女の表情は少しも変わることはなかった。

 やはり、私では彼女を満足させることはできないのだ。


「さぁ、フレイヤ。せっかく頂いたお休みですから、今日は二人でどこへ行きましょうか」


 それでも、今日くらいはこの小さな少女の力になってあげたいと思った。


「……」


 いつもは彼女に守られてばかりいても、今日だけは違う。

 私はその小さな手を引いて歩き出した。




***




 待ち合わせ場所は冒険者ギルド、そして時間はお昼前。

 どうやら冒険者ギルドのサブマスターである彼女は、午前中だけギルドで業務を行っているようであった。


「お待たせ致しました、ユウさん」


「別に待っていませんよ、エールさん」


 そう声を掛けて来たエールは、いつもより華やかな普段着に身を包んでいた。

 大人の色香とでもいうのか、そういった雰囲気を漂わせている。

 そうして彼女は、短めの茶色い髪を揺らしながら、眼鏡の奥で目を細めた。


「嬉しいですわ。普段のように腰に剣を下げていたらと、心配していたのです。手紙には、服装について何も書いていませんでしたから」


 エールは年上の余裕か、そう冗談交じりに言う。

 僕の格好は、フランが買って来てくれていたものだ。

 いつも着ている普段服で家を出ようとしたところ、フランに止められてしまい、わざわざ小綺麗な服に着替えをさせられてしまった。

 別にデートという訳でもないというのだが……。

 僕はエールの物言いに対して、若干の皮肉を混ぜて返す。


「ご要望とあらば、すぐにでもご用意致しますよ。私はエリス様の騎士ですから」


「ふふ、必要ありませんわ。今日はどうかそのままで……。では、行きましょうか。裏手に馬車を待たせています」


「えぇ、分かりました」


 馬車に揺られてしばらくすると、貴族街に立つ小洒落た高級料理店レストランの前で止まった。

 そこは客層のせいか、いかにも格調高い雰囲気に包まれている。

 机と椅子が並んだテラスには、日よけのパラソルが備え付けられており、そこでは綺麗に着飾った紳士淑女達が料理に舌鼓を打ちつつも、話に花を咲かせているようであった。


「ではユウさん、エスコートしてくださいますか? あの……私で良ければですが」


「えぇ、もちろん。僕で良ければ」


 彼女に腕を貸して歩いて行くと、耳元で「エールの名前で予約をしてあります」と囁かれる。

 ウェイターに彼女の名前を伝えると、一番奥の席へと通された。


 店の表とは違い、華やかというよりは、とても静かな雰囲気だ。

 並べられた机はほどよく離れており、小声で話せば隣の会話は聞こえないだろう。

 窓からは柔らかな日が差し込み、天井の上では室温を一定に保つためのプロペラがゆっくりと回っている。

 個人的にはプロペラの動力が気になるものの、僕は彼女に話を促した。


「それで、今日はどのようなお話なのですか?」


「あら、ここで話してしまっても良いのですか?」


 彼女はやわらかな笑みを浮かべながら、意地の悪い質問をしてくる。

 手紙には『従者の腕輪のことについて』としか書かれていなかったため、下手に尋ねればやぶ蛇になりかねない。

 こちらはまず彼女がどこまで知っているのかを見極める必要があるのだ。

 事前にそのことを考えていたおかげか、彼女の質問にはすぐに答えることができた。


「えぇ、もちろん構いませんよ。ここで話しても、僕が困らない内容であればですが」


「うふふっ。では、ここではやめておいた方が良さそうですね」


 そう言って彼女はすぐに引き下がってしまう。

 ここにはご飯を食べに来ただけだというのだろうか。


「それは困りました。では、別の話しをしましょうか」


「えぇ。でもその前に、何か注文をしませんか? ここはパスタが美味しいのです」


「おっと、そうでしたね」


 しばらくの間、僕は余裕のある大人の女性の前で、必死に余裕のあるフリをすることとなる。

 ウェイターへ二人分の注文を済ませると、彼女はまた穏やかに、けれど至極妖艶に微笑んだ。


 声の内に隠しきれてない含みがあるのだ。

 まるで初恋の相手と話す少女のような、捕らえた獲物をジックリと嬲る獣のような……そんな嬉々とした感情が見え隠れしている。


「そうですね……。まずは貴方の居た世界の話が聞きたいですね。それなら、問題はありませんよね……?」


 今日は長い一日になりそうであった。


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