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忠誠

 リノスフルム王国 城塞都市リノ


 町の外周を分厚い城壁で囲まれた王都は、新たな王位継承者の誕生に向けて祝福の色に包まれていた。

 特に祭事に合わせて解放された王城の中庭は、幼い王女の顔見せを今か今かと待ち侘びる民衆で溢れかえっている。

 そんな熱気が窓の外からも伝わってくる城の一室。

 儀式の出席者が着替えをするために用意された部屋の中で、僕はメイド姿のテルエラに礼服の着付けをして貰っていた。


 肌触りの良いコットンシャツを羽織り、下には白のスラックスと足元にダークブラウンのブーツを履き。

 甲斐甲斐しく上着を広げて貰いながら、格調高い純白のマーチングジャケットに袖を通した。

 首元まで続くボタンを締めながら、少しは騎士らしく見えるかと鏡に映る自分に視線で問い掛ける。

 それもあまりに着慣れぬ格好に、すぐに答えは返らなかった。

 何というか、豪華過ぎるのだ。


 首元のカラーや肩には金銀の装飾がされており、前開きのボタンの数などは一目見た限りでは数え切れない。

 その一つ一つにさえ、細かな意匠が凝らされていた。

 着こなしよりも、服をどこかに引っ掛けないかということの方が心配なくらいである。


「ユウさん、少し顎を引いて背筋を伸ばしてください」


「こ、こうでしょうか」


 すると、テルエラに「頭の上に物を乗せる様にして」と服の飾りを整えられながら、斜め後ろで囁かれる。

 この人、実は分かっていてやっていないだろうか。


「うふふ、もう少し気を楽にしてください。練習した通りにやれば良いのですわ」


 その緊張の半分ほどが、彼女の所為だとは決して言えまい。

 ハーフエルフの彼女には、少なからずそれも伝わっていそうではある。

 そんな美しい容姿を持つメイド姿のご婦人は、僕の周りをクルクルと見て回るとやがて頷いた。


「とても良くお似合いです。ご立派ですわ」


「素敵な衣装をありがとうございます、テルエラさん。着替えのお手伝いまでして頂いて」


「いいえ、私が作ったものですから、最後まで責任を持つのは当然の事です。それよりお二人にも感想を聞いてあげてはいかがでしょうか」


 テルエラは緑髪を揺らして微笑むと、着替えの様子を見守っていた少女達へと視線を促した。


 彼女達は、一足先に装飾の少ない漆黒のドレスに身を包み込んでいる。

 左腕に黒のハンカチーフを形良く巻き、靴も黒のハイヒール。

 身に付けるものを全て黒色で統一した格好だ。

 普段は人目を引く金と銀の長髪も小さく結わいており、できる限り目立たないようにとの配慮がなされている。

 それでも、返って素の良さが際立ってしまうのはご愛嬌といったところか。

 そして、そんな二人の美しい顔には互いに対照的な表情を浮かべている。


 一方の少女は、幼さの残る顔に凪いだ湖面の様な澄んだ表情をしており、その見た目に反して深い色を備える真紅の双眸が、ただ静かにこちらを見つめている。

 もう一方の少女は、大人への階段に足をかけ仄かに艶が芽生え始めた顔立ちに、春の木漏れ日に似た穏やかな微笑みを浮かべて、青空の色をした目を細めていた。

 まるで、自分のことのように嬉しそうな表情をして。


 二人の真っ直ぐな視線にさらされていたことに、いまさら気恥ずかしさを覚えながらも問いかけた。


「えっと、どうかな」


「えぇ、本当にご立派ですよ、ご主人様。ねぇ、フレイヤ」


「……」


 フランにはやや大げさに賛美され、フレイヤの方もコクリと頷いていてくれた。

 そして、フランの目尻に涙が浮かんでいるのは、気のせいではなさそうである。


「ありがとう。二人とも」


 魔道具の皮袋からハンカチを取り出して、フランにもう一度だけお礼を言ってから手渡しておく。

 フランは少し大げさだ。

 そして、普段と変わらない表情を浮かべているフレイヤには、いつもの様にぽんぽんと髪を撫でておくことにした。


「フレイヤもね」


「うん……」


 すると、無表情だった目がほんの僅かに細められる。




***




 着替えを済ませた後は、城のメイドに案内されて儀式の出席者である騎士達が待つ控え室へと向かう。

 他の騎士とはラインハルトを除いて面識がないため、若干の緊張をはらんでの対面である。


 今日の儀式で親衛騎士に任命されるのは、僕を含めて五人。

 これは片手の五本指を表しており、リノスフルムの王族が十歳を迎え正式に王位継承権を得る事で叙任できる親衛騎士の最大数である。

 そして、親衛騎士とは王位継承者の直轄する家臣であるからして、それを指揮する王族の権威の象徴とも言えた。


 親衛騎士は一般に言う文官や武官とは違った役割を持ち、王族の操る指——つまり代理として様々なことを任される事になるのだ。

 初めの話にあった、ただ国に所属するだけの一貴族に成る、というのが何故こんなにも大事になったかには首を傾げつつも、与えられたチャンスを最大限に活かすことに躊躇いは無い。


 長い廊下を歩いて行くと、しばらくして前を歩くメイドの足が止まり、扉を開けて入室を促される。


「どうぞ開式の時間まで、こちらの部屋でお待ち下さい」


 部屋の中に入ると、既に準備を済ませた騎士達が机についており、メイド達が入れたお茶を飲んでいた。

 上座にお年を召した鎧姿のご老人と、その左右に騎士服の中年の男性と青年の男、そして端に見慣れた女騎士の順で座っている。

 四人全員が最後の入室者を視線で出迎えた。

 こちらが挨拶をしようとすると、先に騎士の一人が口を開いた。


「遅れて来た上に女連れかよ」


 それは扉を開けた瞬間から、こちらを睨み付けていた若いガラの悪い男であった。

 まだ式典の時間には小一時間以上あり、明らかな因縁である。


「ぞろぞろとメイドに奴隷なんか連れて、テメェは一人じゃ何も出来ないガキかってんだ。ったく、綺麗所ばっか侍らせやがって、羨ましいんだごふぅ——!」


「やめんか、リドルフ」


 すると、隣に座っていたご老人が頭を殴って止めている。

 ご老人は一人だけ鎖帷子にガントレットなどを着けているため、あれで殴られれば痛そうだ。


「ってぇな! クソジジイ! 古クセェ鎧なんか着やがって、下手すりゃ死ぬぞ!」


「ふん……馬鹿が治らんのであれば、どうせすぐに死ぬ事になる」


 そう言ってこちらへと顎をしゃくり、リドルフの視線を促した。


「見ろ。後ろにいるメイド姿の女は、テルエラだ、アレイスター家のな。亭主の機嫌を損ねれば、陰で刺されかねんぞ。特にお前の様なスキのある奴はな」


「チッ……ルフかよ」


 リドルフと呼ばれた男は、一度舌打ちすると完全にそっぽを向いてしまう。

 そして、鎧姿のご老人がこちらに話しかけてきた。


「馬鹿な孫息子が失礼をしたな。ユウ・アオイとか言ったか」


「はい、お初にお目に掛かります。ロイド卿、それに皆さんも」


 軽く挨拶をしつつも、テルエラに促されて席に着いた。

 フランとフレイヤは壁際に並んで立つらしく、他にも何人かのお付きと思われる人達の姿が見えた。

 テルエラはすぐ斜め後ろに立つらしい。


「皆君に会えるのを楽しみにしていたのだよ。しかし、随分と忙しくしているようだな。グランドムに会わせろと言っても、君は忙しいの一点張りでな」


「えぇ、申し訳ありません。この所は忙しくしておりまして」


 聞き覚えの無い話に疑問を抱きつつも、話を合わせて相槌を打った。

 大方グランドムが適当な事を言って断ったのだろう。

 そして、鎧姿のご老人を前にして、事前に教わったことを思い出す。


 ロイド・フォン・アーバング。

 儀礼用の鎖帷子チェーンメイルで身を包み、顔と白く染まった前髪だけを鎖帽子チェーンコイフから出している。

 深い皺の刻まれた顔には鋭い眼光が宿っており、声はしわがれつつも腹底から力強さが現れていた。


 ミドルネームに『フォン』とある事から現国王派閥の人物であるが、今日の儀式より国王から王女への鞍替えすることとなる。

 かつては、リノスフルム王国の騎士団である白鍵騎士団の副団長も務めた事のある人物だ。

 そして、このご老人はエリスの親衛騎士、その第一位となる。

 齢は80を超え、周りの他の騎士が彼よりも若い所為か、一人だけ纏う雰囲気が違う様にも見えた。

 しかも、その歳で今だ剣を振るうというのだから、大したものである。


「ワシの推した者を蹴落とした奴がどんな顔をしているかと思えば、随分と気の抜けた顔をしておる。だがそのご婦人が側に立つということは、悪い奴では無さそうだ。なぁ、テルエラ」


 老練の騎士ロイドがそう声を掛けると、僕を後ろからテルエラが返事をする。

 しかし、蹴落としたって何だ。聞いていないぞ。


「えぇ、ご無沙汰していますわ。ご健勝の様子なによりでございます」


「猫を被りおって。それでその小僧は何者だ。なにを好き好んでわざわざお前が世話をする」


「うふふ、貴方の言う通り好いているからですよ。それ以外に理由はありませんわ」


「ふん、抜かしおる」


 テルエラのあからさまな言葉に冷や汗をかいていると、僅かな沈黙の合間に心地良いミドルボイスが響き渡る。


「ロイド卿、私も構わないかな? 伯爵夫人と死神殺しに名前くらいは名乗っておきたい」


 ロイド卿が片手を挙げると、声の主は礼儀正しく立ち上がった。


「お初にお目にかかります。ご婦人」


「えぇ、お構いなく。本日は彼のメイドとしてここに来ています」


 テルエラがそう言って微笑むと、彼はテルエラにうやうやしく礼をしてから、こちらへと向き直った。


「オーギュスト・ハウロウィンだ。噂は聞いている」


「ユウ・アオイです。よろしくお願いします」


 机の反対側から腕を伸ばされ、こちらも立ち上がってからそれに応えた。

 手が痛むほどガッシリと握られ、急いで魔力で強化してから痛まない程度に握り返す。

 握手というよりは力比べという感じである。


「はっはっは、許せ、騎士の慣習だ。しかし柔らかい手をしている。伯爵に一撃を入れる腕とは聞いていたが、なるほどこれは信じ難い程の手練れの様だ」


 そうして、笑うとオーギュストは手を離した。

 この快活な印象を与えるナイスミドルは、親衛騎士の第二位となる。

 現職の王国騎士であり、王国の白鍵騎士団の七つある内の第五騎士隊を任されている猛者だ。


 その後は、先ほど絡んできたリドルフに素っ気無く挨拶をされて、その場の全員で談笑して過ごす。

 親衛騎士の紅一点であるラインハルトは、口数も少なく機嫌の悪そうな鋭い視線をこちらへやるだけであった。




***




 中心に豪勢なレッドカーペットが走り、壁や天井にすらもまるで絵画のような金銀の装飾が施された大部屋——謁見の間。

 上座には玉座と複数の椅子が配置され、国王と親族が席に着いていた。

 カーペットの左右には鎧を着た王国騎士達が均等間隔で並び、みな一様に真紅の国旗を付けた槍を斜め上へと高く掲げている。

 槍を掲げる騎士達の更に後ろには、国中の貴族が立ち並んでいた。


 その静粛な空間の中心を歩む者が居た。

 王位継承権を授けられる幼い少女エリス・リノスフルム。

 この場の誰にも負けぬ豪華絢爛な純白のドレスを纏い、左腕には王族の証である細い金の腕輪が装飾に飾られて輝いている。

 ショートの女の子らしい黒髪を揺らしながらも、蒼の瞳はまっすぐに前を向いている。

 本日で十歳を迎えたばかりの彼女は、数多くの人々が見守る中をただ一人玉座へと歩み寄り、深く跪いた。


わたくしエリス・リノスフルムは、アウレリウス・フォン・リノスフルム国王陛下に忠誠を誓い、王国繁栄の為に力を尽くすことをここに宣誓致します」


「許す。エリス、貴様にルルの貴名を与える。力を尽くせ」


「はい、陛下」


 国王と側近がエリスへと歩み寄り、エリスは左の腕輪を王へ向けて捧げるようにして構えた。

 それに王が手触れる。

 すると、会場内の至る所から拍手と歓声が上がった。

 それはやがて城の中庭に詰めかけた王国民にも伝播し、城中を溢れんばかりの歓喜の渦が包み込む。



 そうして、しばらくして親衛騎士達が出番を迎えた。

 新たな王位継承権所持者であるエリス・ルル・リノスフルムを玉座側にして、五人の騎士が跪く。

 エリスから順番に誓いが刻まれた制約の剣を授かることになる。

 その昔は本当に制約を決めて主従契約を行っていたらしいのだが、現在ではそれは簡略化され儀礼用である制約の剣を与えるという形へと移り変わっている。

 騎士の両肩を剣で叩いてから剣を授けるという形式だ。


 しかし、この剣、もう少し軽く作ってあげても良かったのでは無いだろうか。

 エリスの持つ剣がプルプルと震えているのだ。

 その重たい制約の剣を五人の両肩にゆっくりと当てること、計十回。

 小柄なエリスにはちょっと可哀想だ。


「ユウ・アオイ、貴方にルルの名を分け与えます。私の一部となり共に力を尽くすことを期待します」


「エリス王女殿下、謹んで拝命致します」


 こうして、僕はリノスフルム国王の貴族となった。




***




 数刻を経て、ようやく式典が終わりを迎える。

 エリスの宣誓から始まり、親衛騎士の叙任式、国王陛下や側近の有難いお言葉と続き、女神聖教の大司祭が女神の予言について歴史から現在の情勢までを懇切丁寧に教えてくれる。


 話の中では、帝国の勇者が封印の旅を開始した事も告げられる。

 以前にエリスの言っていた、魔界の復活を阻止する一つの動きなのだろうと推測した。

 一部の貴族からは歓声が上がるものの、中には神妙な顔をした貴族たちも存在する事から、それだけで魔界の復活を阻止できる訳では無いのだろうと考える。

 女神の残した予言も、あくまで予言・・であるからして、完全に楽観視をしている者は少ないのかもしれない。


 しかし、話が込み入った内容になると理解できない部分が出てくる。

 この国の事だけではなく、他国の動きも少し勉強しないといけなそうだ。

 物理的な強さだけを求めていては足りないか……。



 式典の後は 城へ集まった国民へのお披露目である。

 エリス王女が中庭の見える城のバルコニーへと歩み出ると、目前では地響きの様な歓声が上がった。

 親衛騎士もエリス殿下の真後ろに立つ形なので、特等席で浴びせられる。


 数多くの歓声に紛れて、エリスや国王を讃える声、一部からは花弁の吹雪なども舞っている。

 その様子から、この国の王家は好かれているらしいことが伺えた。


 大衆の歓声を前にして、人見知りな少女は一瞬怯んだものの、懸命に歩み出て行く。

 身長の低さを台に乗って克服し、その小さな手を振って国民に応えた。


 そんな幼いエリスの背に、僕は自分の目的のために忠誠を誓おう。

 先ずは彼女達の自由を守れるくらいの地位を固める。

 そして、もう一つは女神の予言の第二節が気になる。


 エリスの見た夢も気がかりではあるものの、まずは足元を固めるところから始めようと思う。

 僕と二人の従者のために。


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