紐
閑話です。
最近、フランが忙しそうにしている。
僕がフレイヤを連れて歩いているのを余所に、彼女はほとんどの家事を一人でこなしていた。
そして屋敷での仕事が終われば町へと出掛け、夕暮れの帰宅と同時に僕とフレイヤの訓練に参加する。
更に暇を見つけては、ポーションを作っていた。
今のところ彼女の顔色や声色から、無理をしている様子はない。
それでも、休みなく動き回っている事には変わりはなかった。
そんなフランがある日、数枚の紙を持って来たのだ。
「これにサインすれば良いの?」
「はい。奴隷名前では、契約の意味を持たないのです。それはつまり、こちらに書かれていることの全てを、ご主人様の責任において行うということなのですが……。申し訳ありませんが、こちらの条件での私の労働を認めて頂けないでしょうか」
彼女にそう言われて、契約書に目を落とす。
契約書には、ポーションを提供する代わりに金銭を受け取るという内容が書かれていた。
また、条件の中にはポーションの等級や有効期間などの細かい基準まで記載されている。
しかも、指定された基準も受け取り時にアレンが医者として効果を確認するとある。
「この内容って、結構こっちに都合が良い気もするけど、アレンさんは本当にこれで良いって言ってるの?」
「はい」
彼女は一言ハッキリと答えたが、念のためもう一度確認をする。
「えっと、本当にただこの数のポーションを持っていくだけ?」
「はい」
すると、フランもう一度ニコリと微笑んで答えた。
別に、フランを信用していない訳ではない。彼女の事は自分以上に信頼していた。
しかし、それにしても、金額がずいぶんと高いのだ。
「この量なら、もう作ってある分で間に合うんじゃないかな?」
「はい。明日に記載されている量のポーションを届ければ、契約は完了となります。その代わりに、こちらはお金と上級ポーションのレシピを頂くことになっています。なにぶん大きな取引になるため、奴隷との口約束で済ませる訳にはいかない様なのです」
「へぇ、そうなんだ。ポーションってこんなにお金になるものなんだね」
「本当ならポーションを作るのは、大変なことなのです。普通ならば魔力の都合から、下級の物でも日に4、5本作れれば良い方なのだそうです。それに魔力を消費するというのは、精神的にも肉体的も疲労しますから、あまり無理をして作りたがる人も居ません」
「フランはいつも頑張ってたもんね」
「私の場合はご主人様から魔力を頂いていましたから……。それにご主人様とフレイヤほどではありませんよ」
「うん、フレイヤもよく頑張ってる」
そう言って隣で本を読んでいたフレイヤの髪をポンポンと撫でる。
「……」
「ご主人様もですよ」
フランはそう言って謙遜をしつつも微笑みを浮かべているが、僕の心中は複雑であった。
心なしかフレイヤの表情も少しだけ眉をひそめている様にも見える。
「今日で屋敷の門も無事に直りましたし、もうお留守番はいりませんよね? 契約書の件も明日の朝には済みますから、私もご主人様とご一緒したいのですが……」
「うん、全部任せちゃってごめんね」
「ご主人様」
「え、あぁ、うん。色々とありがとうね」
僕がそう言い直すと、フランは優しく微笑んだ。
***
次の日、案の定フランは受け取って来たお金の全て渡してきた。
その上で、必要な物のおおよそ金額とその理由を書いたメモも一緒である。
そこから余った多くのお金は、彼女の言うままに三人のお金として貯めておく。
とはいえ、なんというか男としては複雑な心境である。
彼女が必要と言った品物のほとんどは、僕やフレイヤのための物であるらしいからだ。
そして、彼女は僕の微妙な心中を察したのか、話題を変える様にしてこう言うのだ。
なんだか嬉しそうな、少し気恥ずかしさの混じった表情をしながら。
「あの、今日の訓練が終わりましたら、ご主人様の髪を私がお切りしても良いでしょうか?」
「え、あぁ、うん。確かにちょっと伸びてきたかもね。あ、もしかして、それでハサミが欲しかったの?」
「はい。明日はいよいよご主人様の授爵式ですから、私が格好良く致しますね」
「あはは、うん。メインはエリス殿下の成人の儀だけどね」
「私の主人はご主人様ですから」
「うん、ありがとう、フラン」
彼女の言う様に、一応はエリス殿下の親衛騎士を務める事にはなっているものの、給与が貰えるのはもう少し先だ。
そして、ここ最近までの生活費は、フレイヤが持って来てくれた魔結晶で補っていた。
そんなところで更に、フランがポーションで大金を得てきたのだ。
別にそれほどお金に困っている訳ではない。
しかし、いつの間にかフランには気を使わせてしまっていたらしい。
そして、現在は我が家の主な資金源はフランとフレイヤの二人となる。
つまりこれって……完全にヒモじゃないか。