取引
閑話です。
昼下がり城門前の診療所、薬品の香りが漂う室内で、私は医者の男と対峙していた。
「上級ポーションの作り方を教えて欲しい……か」
診療所の主治医アレン・フォートランは、疲れの残った表情をさらに顰めている。
アレンのすぐ隣に座る看護師の女性、エリルもなんだか困ったような表情を浮かべていた。
こちらが無理を言っているのは分かっている。
案の定、医師のアレンはまるで私の正気を疑うように聞き返してきた。
「それ本気で言っているのか?」
「はい、お願いします」
「はい、お願いしますって……。ポーションのレシピだって、タダじゃないんだぞ? お前の主人が貴族だからといって、何でもかんでも従う義理は無いんだ。それになぜ上級ポーションなんだ? 中級や下級じゃダメなのか?」
「怪我を治せる程度ではダメだからです。それに私は主人の命令でお願いをしに来ている訳ではありません。あくまでも私個人のお願いだとご理解下さい」
アレンはエリルと顔を見合わせると、一度だけ深く息を吐いてから尋ねて来た。
「そうか。それで、お前に教える事で俺になんの得があるんだ?」
彼の疑問に、私は納得のいく答えを用意する必要がある。
でなければ、これからも私は一人で試行錯誤を続けなければならないだろう。
「この部屋の奥から薬品の香りがしていますよね。この青々とした香りは、一色草のものだと思います。一色草は中級ポーションの材料のはずです。あと、いつも冒険者ギルドで出されている薬草採取の依頼書は、こちらの診療所の名前の物が出されていました」
「医者ならどこでも薬草くらい置いてるだろ」
「はい。でも、アレン様が今もお疲れのご様子なのは、ポーションを作っていたからではないのですか? 魔力は消費し過ぎれば、ひどい倦怠感を招きます」
「まぁ、そりゃあそうだが」
「間も無く、女神様の予言の期日です。これから薬品類は大量に必要になるのでは?」
「まぁな。どこの医者も一定量を作れと国から圧力を掛けられてるからな。それがどうしたんだ?」
「もし作り方を教えて頂ければ、私もお手伝いする事が出来ます」
アレンはまたもため息のような息を吐く。
「ふぅ……お手伝いったって、ポーションだって簡単じゃないんだぞ?」
「分かっています。こちらをご覧ください」
私はカバンの中から黄緑色の透明な液体の入った薬瓶を取り出した。
アレンは薬瓶を受け取ると、光にかざしたり、軽く横に振ったりして中身を確かめる。
「下級……だな、不純物が混じってるし、保存料も使って無い。こんなの3日も持たないぞ」
「はい、理解しています。ですが、使ってみて頂けないでしょうか」
アレンは立ち上がると、棚から柄の長い小さなナイフと清潔な白い布を持ってきた。
「変な物は入れていないな?」
「青蓬を熱湯に潜らせてから、エキスを絞っただけです。薬瓶も熱湯で消毒をして……最後に治癒魔法を込めています。それは今朝作ったものです」
「そうか」
アレンは椅子に座ると、机の上で腕の一部を傷付けてから布を腕の下に敷き、ポーションを数滴振りかけた。
すると、傷口が治って行く。
一先ずの効果に、私はほっと胸を撫で下ろした。
自分では試していても、他人では試せなかったのだ。
「大した治癒力だ。丁寧に魔法が込められている。保存期間を無視すれば良い品だな」
「はい。材料さえあれば、日に100本分までなら作れると思います。あと保存料の合成が上手くいかなくて……」
「おい、待て、これを100だと?」
「はい」
「お前、魔女なのか」
「はい」
「確かに呪い付きは魔女が多いが……。いくら魔女でも、魔力が毎日全快する訳じゃない。日に100本の計算は無理だ」
「えぇ、普通ならば、おっしゃる通りですね」
「お前は普通じゃないってのか」
「ご主人様と私の関係が特別なのです」
「なるほど……契約関連か」
アレンは納得したのか、それ以上は聞いて来なかった。
もっとも、他人の契約内容を尋ねることはマナーに反するため、当然の反応ともいえる。
「では、明日これを30本作って来い。そしたらお前の力を信じよう。交渉もそれからだ」
「はい! あ、でも同じ薬瓶があまり無くて……。お鍋でも良いでしょうか?」
「鍋? まぁ、変な物を入れてなければ、なんでも良い」