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実益と機会

 屋敷の門前で、私はメイド服を着た女性を見送る。


「フランさん、貴女にだけ手伝わせてしまって、すみませんね」


「滅相もございません。テルエラ様、門を直す手配をして頂き、ありがとうございます。主に代わりお礼申し上げます」


「うふふ、またそうして。もう少し楽に接して頂けると嬉しいのですが……」


 彼女は、優しく微笑む。

 だからといって、私が気安くして良い相手では無い。


「お許しください」


 私の断りに、彼女は首を横に振って答えた。


「いいえ、元はといえば、私が騙す様な事をしたのが悪いのです。それに無理にとは言いません。上辺だけでは、エルフには分かってしまいますからね」


 彼女は首を傾けて緑髪を僅かに揺らすと、寂しげな目をこちらに向ける。

 そして、次の瞬間には再び柔らかな笑みを浮かべて言った。


「でも、一つだけ。私は貴女方と仲良くしたいと考えている事を覚えておいてください」


「承知致しました」


 彼女は、私の返事にもう一度だけ微笑むと、「それでは」とお辞儀をしてから去って行く。

 私は彼女の姿が見えなくなるまで見送った。



 朝の務めを終えると、メイド服から動きやすい格好に着替えた。

 彼に貰ったお財布をズボンの一番深いポケットに入れて、彼に貰ったショルダーバッグを体に掛ける。

 魔法薬学の本を頼りに書いたメモを取り出して、もう何度目かの確認をした。


「他に必要な物は無いですかね……」


 そうして最後に、彼に貰ったつばの広い帽子を目深にかぶると、私は一人、昼間の町へと繰り出した。


 彼の屋敷は、町の広場に近い。

 それは貴族街の浅い地区に位置しているという事ではあるものの、冒険者である彼の生活には適していると言えた。

 いくつかの道路を馬車と人通りを避けながら抜けると、やがて広場へとたどり着く。


 広場は人々の活気で溢れていた。

 町の大広場に一人で来るのは、初めての事だった。

 念のため、体に掛けたバッグに手を掛けておく。

 そうして、立ち並んだ露天の中で、メモを頼りに買い物をして行く。


 透明な薬瓶にコルクの栓を付けてもらい、清潔な布、食品の保存にも使われるいくつかのハーブを買い求めた。

 やはり薬草は、ちょっと高い。

 店主に話を聞くと、最近は値段も上がっているらしい。

 今回は実験的な意味合いが強いため、ほんの少量だけにしておく。

 あとで彼が帰ってきたら、自分で取りに行く許可を貰おう。


 続けて、自らの格好にあまり頓着の無い主人の服と、まだ数の少ないフレイヤの服を探してみる事にした。

 一見良さそうな物を見付けては、二人に似合うかを想像を巡らせてみる。

 それでも、なかなかこれといった物には出会えない。

 こうした市で売られている物は、その大部分が平民向けの物だ。


 そうしていると、見知らぬ男性に声を掛けられる。

 格好からして、冒険者の様だった。


「姉ちゃん、えらいべっぴんだね。なぁ、お兄さん達とお茶でもどうだい」


 そう声を掛けてきた男性に、私は苦笑いを浮かべてから腕輪の外套(ブレスクローク)を外してチラリと見せる。


「おっと、貴族様の奴隷かい。牢獄行きは勘弁だ」


 すると、男はすぐに踵を返して居なくなった。

 この国は貴族の権威が強い様である。

 その奴隷に無用に絡んでくる者は少ない。


「あとは、晩御飯の食材ですね……」


 時折、私だけこんな事をしていて良いのか? という疑問が浮かび上がるものの、結局は自分にできる事をすべきだという所に帰結する。

 今日はポーションを作ってみようと思う。




***




 対戦相手が二周した所で、本日はお開きとなった。


「どうぞユウ様、こちらで汗をお拭きになって下さい」


「うん、ありがとう、ユーニス」


 彼女が差し出してきたタオルを受け取り、額の汗を拭う。

 何かの香り付けがされているのか、花のような匂いがした。


「それにしても、すごい体力をお持ちなのですね。この人数をほとんど休まずになんて。私感服致しました」


「あはは、ユーニスには少しも敵わなかったけどね」


 そうして二人で会話しているところに、割り込んでくる者が現れた。


「ちょっとユーニス! それは私のタオルですわ!」


「あら、そうでしたかしら」


「え、ごめん、リーリエ。もう拭いちゃったよ」


 タオルを返そうとすると、リーリエは両手でもってそれを制した。


「も、問題ありませんわ! それはユウ様の為に用意したんですもの。使って頂いて良いのですわ!」


「え、あ、そう。ありがとう」


「悪いのは、ユーニスですわ!」


「そうして細かい事ばかりを気にするから、気が散って見せ掛けの技が見切れないのですよ。リーリエ」


「なんですって! もう許しませんわ! 勝負なさい! ユーニス!」


「あら、貴女は先ほど派手に力を使って、もう魔力が無いのではないのかしら? いま戦えば恥を晒す事になりますよ。もっとも、いつ戦っても私が貴女に負けることは無いとは思いますが」


「なんですって!」


 ユーニスとリーリエが戯れているのを横目にしつつも、僕はフレイヤの姿を探した。

 つい先程まで、エリスと一緒に近くに居たはずなのだが、また二人で何処かへ行ってしまった様だ。


 そうしていると、腰に一本の細剣を下げた女騎士が辺りを見回しながらやって来た。

 ずいぶんと格好の良い名前を持つ彼女は、今日も赤い礼服姿だ。


「おい、そこの。エリス殿下を見なかったか」


 ラインハルトが、こちらの方を見て言った。

 なんと答えようか迷ったが、代わりにユーニスが答えてくれる。


「さぁ、つい先ほど見たような気が致しましたが、知りませんわね。ところで、エルレーン家の騎士様はご自分の主君も一人では見つけられないのかしら。貴女をここで見かけるのは、もう三度目になりますけれど?」


「クッ……」


 ユーニスの言葉に、ラインハルトが苦虫を噛み潰したような表情をした。

 若干の気まずい雰囲気が流れるが、鋭い目つきをした彼女がまだ僕の方を睨んでいる様なので、仕方なく答える。


「すまない、ラインハルト。僕達はつい先程まで稽古をしていたから、エリス様の居場所は分からないんだ」


「…………。そうか、分かった」


 すると、彼女は踵を返して足早に去って行く。

 もしかして、彼女は今日一日ずっとエリスをさがしているのだろうか?

 一応、嘘は言っていないが、少しラインハルトが可哀想な気もする。


 ラインハルトが去ってから間も無くして、お姫様(エリス)がフレイヤの手を引いて物陰から出てきた。

 まるでちょっとしたコントの様である。

 二人がそのままこちらへとやって来る。


「お兄様」


「エリス様、フレイヤが何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」


「ううん、平気」


「……」


 一応、社交辞令として聞いてはみたものの、エリスがやけに落ち着いている事から本当に問題は無かったようである。

 現にフレイヤの片手は、エリスによってしっかりと握りしめられていた。


「お兄様、もう剣のお稽古は終わりなの?」


「えぇ、今日はもう終わりました」


「じゃあ、もう帰っちゃうの?」


「えぇ」


「そうなの……」


 そう答えると、エリスはフレイヤの方をチラリと見やった。

 まるで離れたくないといった様子である。

 仲良くなってくれたのは良かったのだが、このままでは素直に帰れそうもない。

 別にラインハルトに同情した訳ではないが、一応はエリスを探していた事を伝えておくことにする。

 それに、これ以上エリスとラインハルトの関係が悪化するのも問題だろう。


「エリス様、ラインハルトがずっとエリス様の事を探している様でしたよ」


「いいの」


 エリスは首を横に振ってからハッキリと答えた。

 何が彼女をここまで頑なにさせるのかは分からない。

 見たところ、ラインハルト自身はエリスの事を好いている様に見えた。

 やはり、彼女の見る夢が関係しているのだろうか。


「もしも、私に力になれる事があったら言ってくださいね」


 一応、協力の意思だけでも伝えておくことにする。

 すると、エリスはモジモジとしながらフレイヤの方をチラリと見る。


「えっと……。あのね……」


 そして、こちらに向け上目遣いで言った。


「あのね……お姉ちゃんを私に頂戴」


「それはできません」


「ぁぅ……」


 そんなにシュンとした表情をしてもダメである。

 まさか頂戴と言ってくるとは思わなかった。

 これが王族の感覚なのだろうか。


「申し訳ありません。フレイヤは私の大切な従者です。エリス様に差し上げる事はできません」


「うん……」


「でも、私がこの屋敷にいる間ならば、今日の様にエリス様の供をお願いする事はできますよ」


「本当?」


「えぇ、本当です」


「明日もこのお屋敷に来てくれる?」


「えぇ」


 エリスは辺りをキョロキョロと見回しながらも、フレイヤの手をそっと離した。




***




 機会は思いの外早く訪れた。

 アレイスター家からの帰り道、調べ物のために図書館へと寄ってみたのだ。

 僕の視線の先では、二人の男女が机に着いて本を読んでいる。

 一人は眼鏡を掛けた司祭服の男、確か名前はイシュといった。

 そして、もう一人は、全身に銀の甲冑を着込んだ細身の騎士であった。


銀騎士シルバー……」


 僕は皮袋の魔道具から一本の剣を抜き放つ。

 気が付いたイシュが声を上げた。


「おやおや、ここは図書館だよ。そんな物騒な物を持ち出すところでは無い」


「静かにしていて貰えますか。僕はそこの銀騎士と話をするだけです」


 イシュに向けて苛立ちを込めた視線を向けると、彼は本を手に持ちながらも両手を挙げて降参の意を示した。

 しかし、当の銀の騎士は僕が近付いても顔を本に向けたままこちらに見向きもしない。

 構わずに話を進めることにする。


「お前が置いていった剣を返す。二人で話がしたい」


 銀騎士に投げ付けられた剣を、彼女の視界の先に突き付けた。

 僅かな沈黙の後、ヘルム越しにくぐもった女の声が聞こえてくる。


「いらない。あなたと話すことは無い」


「ふざけるな。ならば何故、僕達を襲った」


「ここで話すと困るのは、あなたの方では無いの?」


 やはり、こいつは僕たちの事を知っているのか。

 僕は彼女の問には答えずに、次の質問を投げかける。


「お前の望みは何だ」


 すると、シルバーは本をパタンと畳んで机の上に置いた。

 そして、突き付けた剣を受け取って立ち上がる。

 彼女が視線を向けたのは、正面に座る男であった。


「イシュ、この剣を人を斬れないようにして」


「はっはっは、君は何を言っているんだい。私にそんなこと出来るわけ、あ、ちょっと剣を突き付けないで、危なっ――」


「やって」


「そんな無茶な、イデデデッ! 刺さってる、刺さってるよ! シルバー!」


 剣は深く刺さったのか、白の司祭服に血が滲んでいる。


「あーあー、またシスターに怒られちゃうじゃないか。これ、今教会でやってる大事な儀式用だったんだよ?」


「早く」


「分かった、分かったよ、もう……。君ねぇ、この君の我が儘一つで、一体どれだけボクが力を消費するか……。ふぅ、まぁ君に何を言っても無駄だったね」


 イシュはブツブツと文句を言いながらも、シルバーから剣を受け取り立ち上がる。

 この二人はずいぶんと親しい様だ。銀騎士シルバーと女神聖教は敵同士なはずではなかったのだろうか。


「さて、呪文はどうしようかな……」


「あなたには必要ないでしょう」


「雰囲気だよ」


 彼は軽口を叩きながらも、剣をそっと机に置く。

 そして、わざとらしく咳払いをすると、両手を剣へとかざした。


「コホン……。大地に眠る地の神よ、この剣に地の加護を与えたまえ」


 彼の詠唱に合わせて、剣の刀身が黄金に輝くと、やがてしばらくして収まった。


「はい、お待たせ」


「……」


 イシュがシルバーに剣を渡す。

 すると、彼女は何を思ったか、受け取った剣を突然振り上げる。

 そして、振り下ろした先は、正面の男だった。


「痛い! 痛い! 痛いよ、シルバー! いくら人を斬れなくしたからって、痛みはあるんだから!」


「平気そうね」


「全然平気じゃないよ、全く。君はボクに何の恨みがあるんだ」


「たくさん」


「はぁ、ボクはこんなにも君に想われて嬉しいよ。イテッ」


 シルバーはおまけにともう一度だけイシュを殴ると、剣の柄をこちらに向けて寄越した。


「これであの子を強くして。それが私の望み」


「それが叶えば、もう僕達を襲わないと誓うか」


「叶えば……ね」


 彼女は僕から視線を外すと、机に置いた一冊の本に左手をそっと触れて消し去った。


「もう行くわ」


 そう言って僕の横を通り過ぎる。


「あぁ、気を付けてね。シルバー」


「待てよ。どこへ行く気だ」


「勇者が最初に封印を施した場所、西の大国ファレス」


 彼女はそう言いながらも、僕の後ろに立つフレイヤのそばへと歩み寄る。

 シルバーは、僅かにかがみ目線を合わせてからフレイヤの頭に手を乗せた。


「……」


「いい? 強くなりなさい。次に会った時にまた無様な姿を晒す様ならば、私が貴女を消してあげる」


 その言葉に、僕はすぐさまその手を払いのけた。


「その時は、僕が相手になってやる」


 やはり、コイツはフレイヤに一歩も近づけさせない方が良い。

 ヘルムの薄く開いた隙間を睨み付けるも、その中は暗く、果たして視線が合っているのかは定かでは無い。

 やがて顔を完全に覆い隠したヘルムから、中を乱反射した女の声が聞こえてくる。


「あなたに私が倒せるの?」


「お前に僕が殺せるのか?」


 しばらく沈黙を保った後、シルバーはクルリと方向を変える。

 そして、再び捨て台詞を吐くようにフレイヤを横目で見下して言った。


「強くなりなさい」


 言われた少女の方は、少しも表情も変える事ができずに、ただ騎士の後ろ姿を見送るだけでいた。


「……」


 去り行く者の足音と、奥歯を強く噛み締める音が聞こえた。

 前者は騎士の足音、後者は自分の音であった。

 そして、思わず喉元から本音が溢れ出る。


「シルバー! 僕はお前を絶対に許さないからな!」


「……」


 その言葉に、背を向けたシルバーが一瞬だけ立ち止まるも、彼女はそのまま振り向きもせずに去って行った。




***




 夕焼けが石畳を照らす。

 それは図書館の帰り道を二人きりで歩いているときだった。

 気が付けば、シャツの袖口を小さな白い手が引いていた。


「ねぇ、ユウ……」


 少女の顔に視線を向けると、まだ幼さの残る深紅の瞳がこちらを見上げている。


「どうしたら強くなれるの……?」


 その問い掛けに僕は首を振って答える。


「フレイヤは、あんな奴の言う事なんて気にしなくても良いんだよ?」


 すると、少女は首を傾げながら呟いた。


「そうなのね……。でも、私はユウが怒るのは嫌だもの……」


 僕が夕焼けに染まった彼女の銀髪にそっと手を置いて撫でると、大きな瞳がほんの僅かに細められる。


「じゃあ、一緒に考えてみようか」


「うん……」


 その日は、屋敷に帰るまで彼女の手が離れることはなかった。



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