表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/124

剣呑

 腰程まで伸ばした金の髪を後ろで束ね、大股でこちらへと歩む女性。

 上着には赤を基調としたマーチングジャケットを着ており、下は細身の白いズボン姿であった。

 そして、腰には一本の細剣レイピアを差し、出で立ちとしては女性の騎士といった所か。

 その表情は険しく、眉間にはその美顔に相応しくない皺を寄せている。

 切れ長な目に収まった美しい色を称えた銀の瞳は、鋭い様相を見せていた。

 年の頃は17、8くらいだろうか。纏う雰囲気の所為か少し大人っぽく見える様な気もする。


 女性が急ぎ足で近付くにつれて、エリスは僕の後ろに逃げる様にして隠れる。

 もっともこんな表情で迫られれば、逃げたくなるのも分からなくはない。


 剣呑とした雰囲気を漂わせた女騎士は目の前に立ち止まると、やがて僕の背後へと向けて口を開いた。


「エリス様、なぜ突然居なくなってしまわれたのですか。その男は何者ですか。隠れてないでお顔を見せて頂けませんか」


 見た所、彼女は貴族であるらしい。左腕には銀の腕輪が覗いていた。

 そんな彼女から様付けで呼ばれているという事は、エリスは彼女よりも立場が上なのだろうか。

 しかし、そんな問い詰め方をされてはエリスが可哀想である。


「恐がっているだろ。少しくらいは聞き方を考えたらどうなんだ?」


 彼女とは対照的に、僕は穏やかな口調で言葉を掛ける。

 しかし返ってきたのは、彼女の鋭い視線と言葉であった。


「下郎が、エリス様に一体何を吹き込んだ。エリス様が従者である私を恐がるわけが無いだろう。切り捨てられたいのか」


 下郎とか、生で初めて聞いた。

 しかし、エリスは確実に彼女に怯えている。

 現にエリスは後ろで僕の服を掴み、その腕からはブルブルと震えが伝わってきていた。


 そして、正面の女性は既に細剣レイピアに手を掛けている。

 こっちはエリスに服を掴まれて立ち上がれないのだが……。


「見て分からないのか。エリスは君の態度に怯えているんだよ。それに僕はエリスとはさっき会ったばかりで、別に何かを吹き込む程は話してないよ」


「不敬な、様を付けろ。さては貴様アレイスターの者では無いな? どこから入ってきた。名を名乗れ!」


 そう言って、ついには剣を抜いてこちらに突き付けてきた。

 とりあえずは、降参の意を示すために両手でも上げておく事にする。


「僕はユウ・アオイ。君の名前は? とりあえず危ないから剣を下げてくれないかな」


「貴様に名乗る名など無い。今すぐにエリス様を解放しろ」


 剣先が更に首元に近付いた。

 どうやら彼女は話を聞く耳を持たないようである。

 別に解放も何も、僕がエリスを拘束している訳では無いというのだが……。


「や、やめて! ラインハルト!」


 エリスが僕の耳元で声を上げる。

 この女性は、ラインハルトというのか。

 ずいぶん男勝りな名前である。

 それとも家名だろうか。


「す、すぐに武器を納めなさい! 私は貴女の事が、き、嫌いです! あ、あっちに行って!!」


 そう言うと、エリスは再び僕の後ろに隠れてしまう。


「なっ……な……。エリス様が私を嫌い……?」


 ラインハルトと呼ばれた少女は驚愕の表情を浮かべ、突き付けられた細剣レイピアの剣先がプルプルと揺れて危ない。

 しかし、この状況をどうすれば良いのだ。

 彼女の再起動にはもう少し時間が掛かりそうである。

 仕方なく、声を掛けて起動を促す事にする。


「エリス様が……エリス様が……」


「ほら聞こえただろ。武器を納めてくれないか」


「くっ! この下郎が! やはり貴様がエリス様に何か吹き込んだのだろう! 純粋無垢なエリス様を貴様が汚したのだ!」


「わっ、だから危ないってば。僕の後ろには、エリスも居るんだって」


「様を付けろ、下郎!」


 その問答はしばらく、メイドさん——テルエラ——が心配して探しに来るまで続く事となる。




***




「というわけで、君が仕える事になるエリス・リノスフルムだ。来週に10歳の誕生日を迎えれば、正式に王位継承権を持ち、名前に『ルル』を持つ事になる」


 屋敷の中のとある一室。

 正面にグランドムとエリスを見据え、すぐ横にはメイド服姿のテルエラと、先ほどのラインハルトという女騎士が立ち並んでいた。

 そんな中、僕はグランドムからエリスの紹介を受けていた。


 現在のエリスは、左腕に付けていた腕輪を隠すためのアクセサリ——腕輪の外套(ブレスクローク)——を外して金色の腕輪を見せている。

 金の腕輪を見るのは初めてではあるが、エリスが王族という身分なのは本当の事であるらしい。


 しかし、このアレイスターという屋敷、色々と罠だらけである。

 貴族の世界に入った一日目にして、すでに人間不信に陥りそうだ。

 もう僕は簡単には人を信じない。


「エリス殿下、先ほどはご無礼を致しました。申し訳ありません」


 僕は右手を胸に当てながら片膝を付き、謝罪のための礼をした。

 あらかじめフランに教わっていた礼の一つで、一般に忠誠を示すものだ。

 この場合だと、忠誠を示すので許して下さいという形だろうか。

 一応何度も練習をしたので、特に問題は無いはずである。


 すると、すぐにエリスが答える。


「あ、あの、顔を上げて下さい」


 グランドムが「ふむ」と髭をなぞりながらエリスに視線を向けると、エリスは小さく頷いてその口を開こうとする。


「腹を切れ、この無礼者」


 しかし、外野がうるさい。

 彼女は武士か何かか。

 見た目は女騎士なのに。


「ラインハルト、少し黙っておれ」


「グランドム! この者はエリス様に——」


「ラインハルト、エリスが怯えていますよ」


 ラインハルトの腕をテルエラがそっと掴むと、憤っていた彼女は口を噤んだ。

 どうやらテルエラという女性は、ラインハルトにも発言力を持つらしい。

 テルエラの姿はどうみてもメイドなのだが。


 室内が静かになり、方々から視線を浴びて、エリスがようやく口を開く。


「ぇ、あ、謝罪は必要ありません。私は貴方の行いを全て許します」


「感謝致します。エリス様」


 もう一度深く礼をしてから立ち上がる。

 横では、ラインハルトが鋭い目付きで睨んでいた。

 なんだかよく分からないが、彼女には目の敵にされてしまっている気がする。

 どうにかして、仲直りできないものだろうか……。

 今後も会う度にこの調子では、エリスが可哀想である。


 ラインハルトの鬼の形相にエリスが怯えてしまい気まずい空気が流れる中、グランドムが口を開いた。


「いまの礼は、君の奴隷に習ったのかね」


「はい。フランは知識の無い私の為に、色々と献身的に教えてくれますから」


「ふむ、そうか……」


 グランドムはまたしても髭をなぞる。

 僕の横では、ラインハルトが眉を顰めている。

 おそらく”奴隷”か”知識の無い”という単語に、反応したのであろう。

 彼女の前では、揚げ足を取られないよう発言に気を付けた方が良さそうか。


「儂は君をエリスの親衛隊の騎士としようと考えておる。つまりラインハルトは君の同僚と——」


「この者が親衛騎士だと!?」


 またしても、横から騒がしい。

 親衛騎士ってなんだろうか。

 しかし、このラインハルトという女性は少し落ち着きを覚えた方が良いと思う。

 黙っていれば綺麗だと思うのだが。


「グランドム。この無礼者にエリス様の騎士が勤まると考えているのか」


「うむ。彼は十分に資格を持っておる」


「では、その資格とは」


 ラインハルトが詰め寄る様に問い掛ける。

 すると、老騎士は髭を摩りながら僕に視線を向けた。


「ユウ君。彼女に儂にやった魔法を見せなさい」


 グランドムが手を広げながら「あのピカってやつ」と言う。

 そのジェスチャーに、彼の言いたい事がすぐに思い当たった。

 そろそろ魔法に名前でも付けた方が良いだろうか。

 しかし、僕の場合、『フラッシュ』とか『閃光』とか、安直な名前になりそうである。

 それに魔法名を叫ぶ様な趣味も特に持ち合わせてはいない。


「分かりました。室内では眩しいので少し弱めますね」


 グランドムに言われた通りに、壁に向けて魔法を放つ事にする。

 明るさは、カメラのフラッシュを焚く程度に止めておく。


「それは幾度放てる」


「えっと、いくらでも放てますけど」


 そう言って、壁に向けて連続して魔法を放って見せた。

 それはさながら、カメラのフラッシュを連射した時の様でもある。

 テレビのニュースであるような、記者会見の会場に主役が登場した場面を思い浮かべれば近いだろう。


 しかしこうしてみると、ずいぶんとはた迷惑な魔法である。

 やられる側は溜まったものでは無い。

 その分、視覚を主な感覚器官としている魔物には、それなりに効果的な魔法ではあるのだが。


「ラインハルト、この魔法は本来の威力なら、ただの一度で人の眼を焼くそうだ。医者の話では、完全に光を失うだろうとな」


「ふん、その程度で目が潰れるほどには、とても見え——」


 ラインハルトの声に仕方なく、一度だけ魔法を強める。

 壁を直視していた瞳に、しばらくの間残像が残る程には。


「なっ……」


「お望みであれば、まだまだ強められますけど。その場合は、エリス様には目をつむって頂いた方が良いでしょうね」


 念のため、駄目押しもしておく。

 少しムキになってしまったが、これ以上となると割と危険そうではある。

 そもそも、エリスの様な子供がいる所でやる事では無いだろう。


「ふむ、それで、ラインハルト。君は目を瞑ったまま剣が振るえるのかね。それに彼の腕前は儂に一撃を入れるほどだ。君はそれでも彼に資格が無いと言うのかね」


「くっ……それは……」


 ラインハルトは、鋭い視線でこちらを睨んだ

 なんというか、このお爺さんは口が達者でいらっしゃるらしい。

 僕はグランドムに剣で一撃を入れた覚えは無いのだが……。

 しかし、魔法で一撃を入れたというのは本当のことだし、自分に不利なことは言わないでおく事にした。




***




 アレイスター邸の広い庭の一郭には、数多くのテーブルが持ち出されていた。

 テーブルの上は白いクロスが敷かれ、豪華な食事で彩られている。

 会場の人数に比べて座るための椅子が少ない事から、今日の昼食会が立食である事がうかがえる。


 会場内では、色とりどりのスーツやドレスを着た招待客達が楽しそうに談笑していた。

 僕のすぐ目の前でも。


「おぉ、お孫さんですか! 黒髪に黒眼とは、これまた珍しい組み合わせですな! それにお爺様に似られて、ずいぶんと精悍な顔立ちをしていらっしゃる。いやはや、これから一体どれ程のご令嬢を泣かすのやら、将来が楽しみですな!」


「ハッハッハ! 君ところの娘は、今年で14だったか。唾を付けるなら、今を持って他に無いぞ」


 そんな軽口に、会場の一部が沸いた。

 僕としては、隣で愛想笑いを浮かべるだけである。

 しかし、なぜかは知らないが、僕はグランドムの孫ということになっていた。

 明日から僕は、ユウ・フォン・アレイスターになるのだろうか。

 ミドルネームの『フォン』はこの国の貴族名らしいので、僕の場合は『ルル』になるのか?

 よく分からないので、その辺の話を後で詳しく聞いておこう。


 しかし、この伯爵、かなりの人気者である。

 先ほどから、グランドムの元に自然と人が集まって来るという感じで、それに僕は付き従う形だ。

 これから貴族になる僕には有り難い事なのかもしれないが、いかんせん覚える名前が多すぎる。

 そして、土地勘が無いために、ドコドコ地方の領主とか言われても、リノの町から遠くの方はあまり分からないのだ。

 早い内に、色々と勉強しないとやばそうである。


 しばらくすると、一通り挨拶を終えたのか、会場の端の人気の少ないところで、ひと息を入れる。


「誰ぞ気に入った娘は居たか?」


「あはは、グランドム様、ご冗談を」


「ハッハッハ」


 彼は上機嫌に笑いながらも、自分の孫娘を嫁にどうかと薦めてくる。

 それも、すでに聞き覚えのある名前であった。

 本日の午前中に放り込まれた、例の場違いなお茶会の少女達の名前である。

 実際に彼女達の誰かをお嫁に貰えば、僕も本当に彼の孫になれるのかもしれない。


 それに、どうやらこの世界の適齢期はずいぶんと若い。

 この世界では15を越えれば成人で、それより前から結婚をしている事も普通にあるのだ。


 しかし、元々この世界の住人ではない僕にはまだそういう実感は沸きそうに無かった。

 そういった事を言われる度に、心の中に何か引っかかる様な感じを受けるのだ。

 いつもは満たされていも、こうして少し側を離れるだけで露わになる感情。

 それは、喉が渇く事に似ていた。

 この感情はおそらくは、きっとそういう事なのだろう。

 だが、それでも僕からは……。


「お爺様、ユウ様。とても愉快なお話をされているご様子。よろしければ、私も仲間に入れて頂けませんか?」


 そう声を掛けてきたのは、確かリーリエだったか。


「うむ、励んどるかね」


「えぇ、もちろんですわ」


 何を励んでいるのかは分からないが、金色の腰程までの長い髪をツインテールに分けて結んでいる少女だ。

 端正な顔立ちには、濃いブルーの瞳が収まっており、その大きな目を細めて優しげな微笑みを浮かべている。

 ピンクの愛らしいドレスに身を包んでおり、その姿は典型的なお嬢様といった立ち姿であった。


 確か、リーリエは細剣レイピアが得意だったか。

 会場で挨拶したお嬢様方にも、特技に魔法や武芸を上げる女性が多かったため、武術が流行っているのだろうか……と変な偏見を抱いてみたりもする。

 もっとも、それはアレイスター特有なのかもしれないか。

 この会場に居る来場者達はアレイスターに所縁のある家々らしいし。

 彼らの会話の内容から、一代目の新興貴族が多いような印象も受けた。


「お爺さま、ユウ様」


 そうしていると、三人で会話をしている所に、割り込むようにして声を掛ける少女が居た。


「おぉ、ユーニスか」


「お飲み物を持って参りました。大勢の方々へのご挨拶、お疲れ様です」


「うむ、ユーニスは気が利く」


 彼女から細長いグラスを渡されて、お礼を言ってから受け取っておく。

 グラスの中からは一筋の細やかな泡が立ち上っていた。

 中身はシャンパンだろうか。

 しかし、昼間からお酒を飲むのは少し気が引ける。


 ユーニスは飲み物を渡すと、僕とリーリエの間に入り込んだ。

 丁度ひとり分程空いたスペースに、まるで滑り込む様にごく自然な感じで。

 彼女の履いている靴はハイヒールのようだが、全く見事な足裁きである。

 そして、彼女の柔らかな肩が、僕の肩に僅かに触れる。


「ちょっと、年増はあっち行ってなさいよ。男なら、他にも沢山居るでしょう」


「あら、リーリエ。貴女は心までも貧しいのね」


「なんですってっ……!」


 しかし、この娘達は喧嘩ばかりだな……。

 グランドムはそれを見て笑ってはいるが、僕としては御免被りたい。

 大体、ユーニスと呼ばれる少女は目のやり場に困るのだ。

 彼女の肩を大きく露出した空色のドレスで、彼女の持つ胸元の大きなものが今にも零れ落ちそうである。

 そして何よりも距離が近い。

 グランドムが反対側のすぐ隣に居るため、逃げ場も無かった。


 そんな彼女達の話にしばらく付き会っていると、まるで助け船の様に一際目を引く人物達が現れた。


「旦那様、お待たせ致しました」


「おぉ、来たかね」


 やって来たのは、ドレス姿のテルエラだ。

 彼女は髪と同じ色合いの緑のドレスに着替えており、普段のメイド姿を見慣れているこちらとしては、まさに見違える様であった。

 どこからどう見ても、可憐なご婦人である。

 もっとも、本来はこちらの姿が常なのかもしれない。


「ユウさん、二人をお連れしましたよ」


 そして、彼女の後ろからフランとフレイヤが通される。

 二人とも黒のドレス姿に着替えていた。


「僕のわがままを聞いて頂いて、ありがとうございます」


 二人が望むのであれば昼食会に参加させて貰えないかと、少しの前にテルエラにお願いしておいたのだ。

 その際、返答に少し間があったのだが、その理由がようやく分かった。

 おそらくは、こういった場での服装があるのだろう。

 彼女達の左腕には、黒のハンカチーフが巻かれており、ドレスやヒールまでもが黒一色で統一されていた。


「いいえ。素材が良いと一色でも映えるものですね。二人とも、とても綺麗ですから」


「えぇ、本当に」


 婦人の言葉に相槌を返した。


 二人とも、それぞれの長い金髪と銀髪を後ろでコンパクトに結わいており、髪留めなどの装飾も少なく見る者に落ち着いた印象を与えている。

 そして、カーテンドレスというのだろうか。

 一枚のカーテンを身体に巻き付けたような漆黒のドレスは、彼女達の細い身体のラインを強く際立たせていた。

 周りの人々に華やかさでは負けてはいても、会場の固有色である黒単色というシンプルさを武器にした彼女達は、会場では返って目立つ。

 実際にかなりの来客者達が、こちらを注目していた。

 もっとも、それが賛美の視線であるか非難の視線であるかは分からないが、多くの男性陣が口をポカンと開けている所を見ると、どちらの意見が勝るは理解に容易い。


「では、儂はテルエラを連れてもう一回りしてくるとする。君もこの機会を楽しむと良い」


 そう言われて、グランドムとテルエラが去って行った。

 僕もリーリエとユーニスの二人に断りを入れ、フランとフレイヤの二人を連れて会場のさらに端っこへと移動する。


「二人ともよく似合ってるよ。とても綺麗だ」


 フランは恥ずかしそうにお礼を言い、フレイヤはあまり関心が無さそうにコクリと頷いた。


「テルエラ様に作って頂いたのです」


「へぇ、すごいね」


 すると、フランが唐突に僕の耳元に顔を近づけて小声で言う。


「実は身体に布を巻いてピンで止めていて、あまり大きく動くなと言われているんです」と。


 彼女はテンションが上がると、時折こうしたお茶目な部分が出る。

 そんないつもなら何でも無い出来事に、今日はなぜだか大きく動揺してしまう。

 自然と心臓の鼓動が高鳴り、顔が赤くなるのを感じた。

 お酒はそんなに飲んでいないはずなのにも関わらず、他の女性には少しも動じなかった筈なのに。


 それを誤魔化すため、僕が二人に何か食べ物や飲み物を取って来るかと尋ねると、フランは首を横に振る。


「気にしないで下さい。私達はご主人様の晴れ舞台を見に来たのですから。ですよね、フレイヤ」


 そう言ってフランは微笑み、フレイヤは言われるままに頷いている。

 そして、フランは「私達は、ここで待っていますから」と僕にパーティへの参加を促すのだ。


 そんな事ならば、初めからただ待っていれば良かったのに、と僕は思う。

 これからずっと、会場の隅で二人だけで待ち惚けというのも、なかなかに辛いもののはずだ。

 きっと、少なくない疎外感を味わうだろう。

 それなのに、そのつもりで彼女達は来てくれたのか。


 とはいえ、僕もこの様な慣れない場で社交的に振る舞うという術も度胸も持ち合わせていない。

 故に彼女達と会場を眺めてゆっくりと過ごす事にした。

 時折、会場の貴族達から話しかけられたり、遠巻きに眺められたりしながら。

 たわいの無い話で、クスクスと笑い合いながら。




****




 昼食会の終わる頃。

 着替えを済ませて、3人で帰路につく事にした。

 それは、アレイスターの屋敷の敷地を外へと向かって歩いている時のことだった。


「お兄様! ユウ、お兄様!」


 後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、エリスが慌てる様にしてパタパタとこちらへ走って来ていた。


「エリス様、そんなに急いでどうなされたのですか」


「はぁ、はぁ……。え、えっと……待って、そこの女の子が……」


 エリスは胸元に片手を当てて息を整えながら、もう片方の手でフレイヤを指差した。


「その黒い衣装と銀色の髪。あと、大きな鎌……。暗い月明かりの照らす夜、銀色の鎧を着た騎士に気を付けて」


 エリスはそう息を切らしながら言ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ