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腕輪の情報

 今日も、夜遅くに目が覚めた。

 まだ、腕の中のフランは眠りの中で、彼女の温もりと共に安らかな寝息が聞こえてくる。

 僕は彼女を起こさない様に解放すると、ベッドの広い方へとゆっくり寝転んだ。


「どうして、すぐに起きちゃうのかな……」


 そう小さく呟きながら、天井を仰ぐ。

 すると、僕の独り言に、小さな声で答えが返ってきた。


「ユウは、私と血の契約をしているもの……」


 声の方へと目を向けると、窓際の少女と視線が合う。

 フレイヤは今夜も夜空を眺めていたらしく、窓近くの空中で一人静かに体育座りをしていた。

 少女の返答に、なるほどと納得してまた呟く。


「そっか……。それで、あまり眠くならないのかな……」


「……」


 最近は、ある意味、体調が良すぎたのだ。

 あまり眠くならず、眠りも浅い。

 レベルが上がった影響かとも考えたのだが、ほとんど寝ていなくても疲れが溜まらないのは、おかしいとは思っていた。

 どうやら睡眠が短くて済むのは、フレイヤとの契約のお陰であったらしい。

 ならば、まぁ良いか。別に無理に寝る理由も無い。


「フレイヤ、また一緒に本でも読もうか」


「うん……」


 彼女の頷きを確認すると、僕達はこっそりと寝室を抜け出した。


 今夜も二人分のミルク暖めて、今夜もリビングのソファに並んで座る。

 彼女は今日も四英雄の本を読み、僕は隣で魔道具の本を読んだ。

 すでに日課になりつつある二人きりの夜更かしは、彼女とならば悪くない物だと思わせる。


 そうしてしばらく本を読むと、僕はエールに貰った石版の魔道具を取り出して、魔道具を眺めながら悩み始めた。

 石版の魔道具は手のひらくらいの大きさで、長方形の石の板を木の枠で囲んだ様な形をしている。

 特に裏表といったものは無く、石の板の表面はまっさらだ。

 おそらく、この石板を魔道具足らしめている術式は、この石板の中に刻まれているのだと思う。

 きっと木枠を外せば、中にある石の板が2枚に分かれる様な構造をしていて、内側に式が書かれているのであろうと推測した。


「これ、やっぱり分解したらマズイかな……」


「分解……?」


 隣で本を読んでいた彼女は、こちらに向いて首を傾げたが、僕の言葉には肯定も否定もしない。

 でも、それで良い。

 僕自身も彼女に問い掛けたのでは無く、ただ自問しただけなのだから。


「ううん、何でも無いよ」


「そう……」


 少女は小さく呟くと、再び本に視線を戻した。

 そしてまた、僕は一人で自問を繰り返す。


 問いは、エールに貰った魔道具を分解するか否かというもので、彼女の「大切にして欲しい」という言葉が、僕の頭の中では繰り返されていた。

 しかし、僕の知りたい術式は、この魔道具の中にしか無い訳で……。

 他に、石板の魔道具の当ても無い。


「うーん……」


 気になる。

 これは僕が個人的に興味があるという事では無く、自分達の身を守る為であった。

 もちろん、個人的にも中を覗いてみたい気持ちはあるのだが、それだけで人の気持ちを無下にはしまい。

 故に、ただの興味本位だけでは無いのだ。


 例えば、ギルドは冒険者達の情報をどうやって集めているかという疑問がある。

 冒険者達のクラスやレベル、パーティ構成、現在受けている依頼など、集めるべき情報は色々とあるだろう。

 もちろん、そんなものはギルドの窓口で集めていると言われればそれまでだが、それだけでは無いという可能性もある。


 元居た世界でも、端末から情報が漏洩する様な事件はごまんとあり、この世界でもそういった事がある可能性は否定できない。

 要するに、この石板の魔道具が、得た情報をギルドに向けて発信しているという可能性もある訳である。


 それを過大な被害妄想と言われれば、おそらくきっとそうなのだろう。

 この世界にそんな魔術があるとはまだ聞いた事が無く、そんな便利なものがあればもっと普及が進んでいる様な気もする。

 エールが手作りしてくれた魔道具に、わざわざそんな物を入れるとも思えない。


 だが、それは中身を開けてみなければ分からないのだ。

 そして、知らない内に情報が漏れていましたでは遅い。

 僕は、そんなシュレディンガーの猫と良心の呵責を前にして、悩み続けていた。


「……」


 隣では、時折フレイヤが静かにページをめくる音が聞こえている。


 これはつまり、フレイヤが他人から死神と解る心配が無いのかという事の検証だ。

 彼女の腕輪から、死神や魔族という情報が読み出せない事を、なるべく早い内に確かめる必要がある。

 でなければ、彼女に本当の意味での自由は無く、常に誰かの庇護下にいる必要が出てくるからだ。

 なぜなら、この世界での腕輪の情報は、身分証代わりに使われているからであり、その頻度はかなり多い。

 だが、その検証の為には、まずはこの石版から情報が漏れないという確証を得なければならない。


「よし……」


 僕はそう声を出して決心をした。

 もう悩むのは止めにしよう。

 僕が最も優先すべきなのは、他人の気持ちでは無いのだ。

 そして、要は、壊さなければ良いのである。


 ナイフに魔力を込めると、思い切って木枠の端にナイフを差し込む。

 木枠を外し、中の石の板を取り出した。

 手のひら程の大きさの石板は、木枠を外すと綺麗に二つの板に別れ、板の内側を見てみる。


「やっぱり、中身は神語の魔術式か」


 さっそく、魔道具の本を片手に、術式の解読作業に入った。


 やがて、結果が導き出される——。

 結果は黒だった。




***




 夜中、私は魔術式の弾ける音で気が付いた。

 直ぐに息を大きく吸い込み、眠気を覚ます。

 枕元の眼鏡に手を伸ばし、部屋の魔光石の照明を灯した。


 そうしていると、部屋の扉を叩く音と共に、物音に気が付いた使用人が部屋へと入って来る。


「エール様、今の物音は何でしょうか」


「いつもの魔術の実験よ。悪いのだけれど、何か眠気覚ましになるモノを入れて頂戴」


 使用人に命じながらも、私は術式の書かれた双子鉱石ジェミニ・クオーツの石板を注視する。

 そこには、既に一つの術式が破壊されている様子が見て取れた。


「ふふ……」


 直ぐに笑いが込み上げる。

 彼は気が付いたのだ。

 石板の仕掛けに。


 わざわざ高価な魔鉱石を使用した甲斐があった。

 彼は私をこんなにも期待させる。


「でも、まだ一つ……」


 そう言いながら、私は彼に削り取られた石版の表面を撫でた。


 石版に仕掛けた術式は3つ。

 全てが私の元に腕輪の情報を届けるというもので、それぞれを異なる文法と式で記したものであった。

 一つはあからさまに分かるように。

 もう一つは術式の合間に複雑に絡ませて解りにくく。

 最後の式は石版の内部に魔法で刻み込んである。


 今の所、彼が解いたのは、その内の一つ目だ。

 だが、その一つですら、解かれた事に驚きを隠せない。


 彼が解いたのは3つの内の最も簡単な術式で、魔術の中で言えば初歩の初歩であった。

 しかし、魔術式とは基本的に神語を用いた難解なもので、文法も人のそれとは大きく異なる成り立ちをしている。


 つまり、彼はそれだけの知識と知恵を持っていることになる。

 彼が解いたものとは、いわばこの世界のインテリジェンスと呼ばれる領域だ。

 それは、この世界において、知識階級と呼ばれるごく一部の者達の特権でもあった。


 確かに彼の立ち振る舞いは、常識的で粗末な所は無く、言動は控えめ。

 どこか理知的な印象は受けていたが、まさかそこまでとは考えもしなかった。


「それとも、彼以外の誰かが解いたのか……。まさかね……」


 彼の二人の従者がそこまで見識が深いとも思えない。

 私が考えを巡らせていると、やがて二つ目の術式が破壊され効力を失った。


「はやい……」


 この時、私は僅かに焦りを感じ始める。

 このまま得るものは無く、藪を突いただけになるのでは無いかと。


 しかし、幸いな事に、彼は3つ目の存在には気が付かなかった。

 私が待ち続けると、石版の片割れに、とある情報が僅かな間だけ表示され、やがて消えて無くなった。




***




 やっぱり、開けておいて良かったか。

 僕はそう考えながらも、ナイフの背で不要な術式をゴリゴリと削り取っていく。


 また、解読していく過程で、この神語という物は、もの凄い高等な言語であることが分かった。

 たった数行でモノが動くのだ。その情報量は、元の世界のプログラム用言語などの比では無い。

 それこそ、神語の一文字一文字の持つ情報量は計り知れなく、そこにはアルファベット1文字と四文字熟語くらいの差がある。

 故に、実の所まだ、この石板の全てを理解できたわけでは無く、そこになんとなくの部分がある事は否定できない。

 だが、この石板はなんらかの情報をどこかに向けて送っている。

 ただ、それだけは間違いが無かった。


 そのため、危険なので、今の内に削っておく。

 仮に、必要な所を削ってしまっていたら、また直せば良いのだ。

 既に術式は、全部紙に書き写してあった。


 どうやら石版に書かれていた術式は、かなり限定的な魔術らしく、少し実験してみたのだが、僕の腕輪には反応しなかった。

 つまり、僕を対象にしないという術式である。こっそりとフランの腕輪でも試してみたのだが、彼女でも術式は無反応であった。

 それは僕とフラン以外から情報を抜き取りたいという意思が伺え、同時にこの術式が意図的である事を示している。

 そして、どうやら術式の効果は一回きりである様だった。そういう制限を掛けて術式自体を強化している様に読めたのだ。

 何故、それほどまでにギルドが情報を欲しがっているのかは分からない。

 今度、それとなく聞いてみようかとは思うが、聞き方を間違えて藪蛇にはしたくない。

 その辺も考えないといけないらしい……。


 とりあえず、この石版はもう安心だろう。

 他に変な術式は無さそうである。

 僕の腕輪をかざしても、ちゃんと動作する。


「よし」


 という訳で、さっそくフレイヤの腕輪の中身を見せて貰う事にする。


「フレイヤ、ちょっと腕輪を貸してくれる?」


「……」


 フレイヤが差し出してくれた腕輪に、石板の魔道具をかざす。

 すると、


 フレイヤ 女 ○%£#¥|

〆℃狂戦士

 所有者 ユウ・アオイ


 なんか、表示がバグっている。


「あれ、おかしな……」


「……」


 変なところを削って壊したかと焦りつつも、仕方無くまた本を読みつつ解析を始める事にする。

 どうやら、フレイヤの一部の情報がオーバーフローを起こしていたらしく、おかしいとは思いつつも、術式の演算を少し書き換えてみた。

 ようやく正しい情報が表示される。


 フレイヤ 女 312歳 奴隷

 レベル58

 狂戦士

 所有者 ユウ・アオイ


 合法ロリか。


 オーバーフローと予想してからは手書きで計算をしていたために、分かってはいたのだが、やはり理解に苦しむ。

 特に、隣の少女のあどけない表情を見ると、何かの間違いでは無いかと疑ってしまうのだ。

 僕には、どう見ても12、3歳くらいの少女にしか見えない。


「……?」


 死神とはそういう種族なのだろうか。


 しかし、レベルがかなり高いな。

 これなら僕とフランのレベルを、数回であれだけ押し上げたのも頷ける。

 同時に冒険者達に狙われる理由もか。


 とりあえず、フレイヤの年齢とレベルは隠しておきたい。

 人に比べて、エルフやドワーフは長命らしいが、彼女の容姿で312歳はちょっとおかしい気がする。

 たぶんレベルもおかしいだろ。

 あと、クラスなんかも、普通の人には成れないクラスだったら困るか……。

 とにかく、色々と突っ込みどころが満載である。


 となると、当分の間は、フレイヤの腕輪の情報は誰にも見せられない。

 腕輪の情報は、何らかの方法で非表示や違う値に書き換えたりできるはずなのだが、その方法がまだ解らないのだ。

 それを解決するには、まだ資料が足りない。

 また、図書館に行って調べなければならなそうである。


 そうして気が付いてみれば、既に夜が明け始めていた。


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