刃の軌跡と石版の魔道具
月明かりが照らす庭先で、僕は剣を構えていた。
すでに日はスッカリと沈んでしまっているのだが、今日のダンジョンでの出来事について少し考えておきたかったのだ。
フランも何か思う所があるようで、庭の少し離れた所では、彼女の詠唱と共に威力を弱めた魔法を試射する様子が伺えた。
そして、フレイヤはというと、僕のすぐ近くで芝生に敷かれたコートの上に体育座りをしており、今日のMVPである彼女は、いつものお澄まし顔で夜空の月を眺めている。
話を戻そう。
今日のダンジョンでの出来事から分かる事は、僕にもっと強力な遠距離攻撃が出来ていたら、もう少しリスクを小さく出来たのでは無いかという事だ。
僕の魔弾では硬い外殻を持つソルジャーアントにはダメージを与えられず、フランの魔法では詠唱を必要とする性質から、攻撃を外せば次の攻撃までは数秒のタイムラグが発生する。
何か、その間を埋めるような力があれば良いのだ。
そして、その当ても僕にはあった。
要するに、出し渋ったのである。
元々、あの様な深い階層に出現する魔物との遭遇を想定していなかったとはいえ、持てる力を出し切らずに死んでしまっては笑えない。
それこそ、僕の後ろにはフランやフレイヤが居て、本当に冗談では済まないのだ。
僕はそうして気を引き締めてから、剣に魔力を込め始めた。
全身の感覚を研ぎ澄まして集中し、魔力に自らの意思を明確に伝える。
魔力の最小単位を思い浮かべ、一つ一つを緻密に、分子を整列させて行くように、剣がより硬くより鋭く研ぎ澄まされていく様子を強く想像する。
すると、やがてそれは僅かに光を帯びた剣となった。
これが今の魔力制御の限界で、これ以上の魔力を加えれば限界を超えて、魔力は魔法へと昇華してしまうことだろう。
そのまま魔力が魔法に変わる直前を維持して、感覚を固定する。
幾度か剣を振るい、自分の意思通りに、剣が強化されていることを確認した。
ここまでは、普段やっている事と変わらない。
そして、ここからが問題だ。
「すぅ……」
僕は一度だけ深呼吸をして呼吸を整えた。
正直に言えば、まだ怖いのだ。この剣の持つ力が。
扱い方を知っているとはいえ、扱い方を誤れば持ち主の魔力を吸い尽くすような剣である。
そのため、今のいままでは、あまり試そうとはしてこなかった。
だが、もうそんな事は言っていられない。
魔力の限界を維持しながら、更に気持ちを落ち着けて、剣の輝きを抑え込む。
そして、今までとは異なる命令を魔力に向け下した。
イメージする物は、ガラスだった。
魔力自体は元々硬質な物では無く、むしろ物質であるかすら怪しい代物だ。
魔力は意識することで顕在化し、意思を得て初めて実体化する。
元々物質では無いが故、面や線では案外と脆いのだ。
だから、その点は頑張らない。
制御する意識を強度では無く、魔力の質感や形状へと注ぎ込む。
剣に与えた魔力を圧縮し、魔力を刃の様に尖らせ、それが何層にも重なった構造を思い浮かべる。
つまり、脆い魔力の刃の層を幾重にも積み重ねた形である。
それはまるでサメの顎に連なる牙のように、刃の層が割れては次の刃が顔を出す様子を、敵の体表を砕け散りながら抉り取る光景を、明確に想像して魔力に伝えた。
僕は剣を強く握り締めると、剣の振りと同時に、刀身に帯びた魔力の刃を切り離すイメージをしながら空へ向けて振る。
途端に全身の力が抜ける様な感覚を覚えた。
剣に魔力を吸い取られたのだ。
この魔法金属の剣は刻まれた術式により、持ち主の意思を増幅する。
それを実現するには与えられた魔力だけでは足りぬと、持ち主の身体を流れる魔力までもを求めるのだ。
ならば、くれてやれば良い。
僕の魔力が人よりも多いというのなら、必要な分だけ持って行けば良い。
全身から魔力を捻り出し、飛んでく魔力の刃へと追い風を吹かせる様に、身体を強化していた分の魔力までもを剣に向けて注ぎ込む。
そして、振り抜いた。
「……っ」
刃の形をした光を帯びた魔力の塊が、空へと飛翔して行く様子を目で追う。
それは空に向う流星の様に、高速で空間を切り裂きながら進んで行く。
やがて、魔力が持ち主から離れすぎたのだろう。
魔力の刃は、まるで打ち上げ花火でも上げたように、空中で派手に四散した。
速度は魔弾と同等くらいか。
そして、射程はあまり長くなさそうで、距離が開くにつれて魔力の刃が魔法へと変わっている様だった。
しかし、あまりやるとご近所迷惑になりそうな勢いである。
「ふぅ……」
緊張の糸を解いて、全身から力を抜いた。
そして、体の内から魔力を汲み上げて、再び全身と剣を強化する。
身体に不調は無く、まだ幾度かなら放てそうな気もする。
これくらいの魔力消費なら問題無いか。
後は実戦で試せば良い。
威力の方はまだ試せていないが、少なくとも魔弾よりは威力が出るだろう。
でなければ、変に格好が良いだけで、まるで使い物にならない。
ただの魔法の打ち上げ花火である。
***
リビングのソファに座り、魔道具の本を取り出して、エールに貰った石板の魔道具の包みを開けてみる。
中には、使い方の書かれた手書きの説明書と、見慣れた石板の魔道具が入っていた。
石板の魔道具の大きさは、物によってマチマチなのだが、エールの作ってくれた物は、手のひらサイズの黒い石の板に木枠が付けられた格好であった。
「ご主人様、お風呂を入れておきますね」
「うん、ありがとう」
フランの言葉に生返事をしながらも、とりあえずは魔道具を使ってみる事にする。
隣では、フレイヤも石板に興味があるのか覗き込んでいた。
試しに石板に腕輪を近づけてみると、それに呼応する様に、僅かな間だけ石板に淡い光が灯る。
そして、石板の表面に、淡い光の文字が浮かび上がった。
ユウ・アオイ 男 18歳 貴族
Fランク
レベル24
魔法剣士
魔力指数 120
所有奴隷 フラン・ノーツ
フレイヤ
フレイヤについては問題無く表示されている様なのだが、何かおかしい。
「あれ……どうして、急にレベルが上がっているんだろ」
「……」
そう疑問に思いながらも、エールの書いてくれた説明書を読みながら、石板の使い方を確認する。
どうやら、腕輪を二回かざすと、パーティなんかをいじれるらしい。
こういう所は、妙にハイテクである。どうやって判定しているのか気になる。
初めに表示した文字が消えた後、腕輪を二回続けてかざしてみる。
パーティ 無名
ユウ・アオイ
フラン・ノーツ
やはり、パーティには僕とフランしか登録はされていなかった。
となると、可能性は一つしかないか……。
その可能性を確かめる為には、フランの腕輪の情報を見る必要がある。
僕はフランを探してお風呂場へと向かい、扉を開けた。
「フラン、腕輪をちょっと貸して欲しいんだけど」
「え、きゃっ。ご主人様、すみません、着替え中でした」
どうやら、彼女はわざわざメイド服に着替えていたらしい。
油断した。
トラブルというやつである。
反射的に彼女に謝ると、やはり謝ったらダメですと怒られてしまう。
見られた方が謝るのもおかしいと思うのだが、ダメなものはダメらしい。
ダメダメである。
彼女の着替えが終わった後に、石板に腕輪をかざして貰う。
リビングのソファに三人で並んで座り、一つの石板をみんなで覗き込んだ。
すると……。
フラン・ノーツ 女 16歳 奴隷
レベル24
魔法使い
所有者 ユウ・アオイ
やはり、フランのレベルも同じくレベルが上がっている様であった。
「こんなにすぐに上がるものなのですね。ご主人様は、いくつになったのですか?」
「フランと一緒だよ。でも、普通はこんなに急には上がらない。これは、フレイヤのおかげだと思う」
「そうなのですか。でも、フレイヤは、まだご主人様のパーティに入れていないのでは無かったですか? それならば、フレイヤが倒した魔物の経験値は私とご主人様には入らないはずですが」
「うん……その通りだね」
フランの言葉を、僕は頷いて肯定する。
「それはどういう、あっ……」
フランも気が付いた様なので、あえて多くは語らなかった。
当のフレイヤは、隣で首を傾げているが、彼女には話さない方が良いだろう。
この事実を誰かに知られては絶対にいけない。
フランには、暗にフレイヤにも秘密である事を伝えておく。
「フラン、この事は誰にも内緒だからね」
「はい、もちろんです」
そして、僕の脳裏には、ここ最近の死神について聞いた見聞きした事が思い起こされていた。
死神を必死に求める冒険者達。
彼らが語った言葉と、この世界のレベルという概念。
それらを統合すると、一つの答えが導き出される。
つまり、この世界のレベルというものは、魔族を殺す事でも上げる事ができるという事なのだ。
だから、死神は冒険者達に狙われる。
だから、多額の報奨金が掛かる前から冒険者達が群がっていた。
彼らは、死神の蘇る能力をレベル上げに利用しているのだ。
そして事実として、死神という存在は、ただ目の前で数回倒れただけにも関わらず、僕とフランの二人分を10レベルも押し上げた。
僕はそんな答えに簡単に行き付いてしまう自分にも僅かに苛立つ。
自分も彼らと同類である気がしたのだ。
僕は彼らの死神の捜索に参加もしていて、むしろ彼らとは違うなどと、いまさら都合の良い話か……。
「……」
気が付けば、隣にいるフレイヤの紅い瞳がこちらを向いており、彼女は自身のスカートの端を握りしめていた。
やはり、彼女の感受性は豊かだ。
僕は顔に出しているつもりは無いのだが、ひょっとしたら人には感じられない何かを感じ取っているのかもしれない。
きっと、いまの彼女は、僕がどうして不機嫌なのか、と考えている事だろう。
「大丈夫だよ」
僕はソファで隣に座るフレイヤの髪をポンと撫でる。
やはり、彼女は僕が守ってあげなければならない。
それが彼女を見捨てられなかった僕の責任だろう。
そして、その為には、もう一つだけ気になる事がある。
それは、この石板の中身である。
「外側には何も書いていないから、やっぱり術式は中か……」
「ご主人様、フレイヤのは、まだご覧にならないのですね」
「うん。まだ気になる事があるから、もう少し調べてからね」
そう言って、僕は石板を片手に魔道具の本の続きを読もうとする。
だが……。
「ご主人様、お風呂が沸いていますから入って下さい。明日は朝早くからグランドム様の所まで行くのですから、もうそろそろお休みにならないといけません」
フランにそう言われ、本を諦めて渋々とお風呂に入る事にする。
そして、その後もやはり「夜更かしはいけません」と言われて、その日は早くから眠りに着くこととなった。




