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瞳の力

 空が白み始める頃、私は目を覚ました。

 それと同時に、いつもは感じる温もりが、すぐ側に無いことに気が付いた。

 彼の腕の中で目覚めないのは、久しぶりであった。

 隣を見れば彼の背中が見えて、その様子から、どうやら今日は私の番ではない事が理解できる。


 それが悔しくないと言えば、嘘になるだろう。

 だからと言って、それを表に出せるほど子供でもない。

 私は彼の背中におでこをうずめて、少しだけ気持ちを充填する。


 しばらくそうしてから、彼の腕の中に居る少女に小声で話し掛けた。


「フレイヤ、起きていますか……?」


「……」


 フレイヤが瞳を開けて頷くのを確認すると、私は少女の髪をそっと撫でてから言う。


「ご主人様が起きるまで、そうしていて下さいね。私は朝ご飯を作っておきますから」


 少女の頷きを確認し、私は朝の支度を終える為に部屋を出た。

 この屋敷の仕事は少ない。

 家畜を飼っているわけでも無く、住んでいる人数も三人だけだ。

 それに、変に汚す人も居ない。


 私は身支度を整えてから、屋敷の仕事を開始した。

 窓を開けて朝の風を通し、朝食の下準備をしてから、昨日の洗濯物を洗った。

 そして、主人と私達の靴を磨き、まだ綺麗な家具や床の拭き掃除を行った。


 支度を終えて、二人の居る寝室へと戻る。

 彼はまだ起きていない様子で、相変わらずフレイヤを抱き締めたまま眠っていた。

 私は彼の眠るベッドに腰掛け、二人の側で本を読むことにした。


 彼の借りてくれた二冊の本から、読み掛けの魔術の本を開いた。

 『魔術というものは、扱う者の精神を表す』

 それは、この本の初めに書いてあった言葉だった。


 もしもそれが真実ならば、彼の魔法が暖かくて綺麗なのは、彼の心の内を表しているのだろうか……。

 もっとも、本当はただ私がそう思いたいだけなのかもしれない。

 実際、その言葉に惹かれた事もあって、私は数ある魔術書の中からこの本を選んだのであった。

 それは奴隷としては、あまり褒められた事ではないだろう。

 それでも、こんな気持ちを優先してしまう自分が嫌いになれずにいる。


 いつもとは違う目覚め方をしても、私の関心は相変わらず彼が中心のようであった。


 私が彼の役に立つためには、何が必要なのか。

 それが私の最も優先すべき課題で、そうした考えを持って本の内容を読み進めていく。

 そうしていく内に、この本を選んだもう一つの理由が見えてくる。

 やはり、この本は魔術書として異端であった。


 魔力を扱うすべ——魔術というものは、外燃魔術がいねんまじゅつ内燃魔術ないねんまじゅつという大きく二つの系統に分ける事ができる。

 外燃魔術とは、魔力を体の外に放出して扱う術で、一般に魔法と言えばこちらの方を指す。

 内燃魔術とは、魔力を体の内や体の表面に留めたまま扱う術で、こちらは武術法と呼ばれた。


 魔法と武術法、これらは発生が異なるために、互いに相容れずにいる。

 魔法は、生まれつき属性を持つ者のみが扱える先天的なもので、武術法は、持たざる者が努力の末に武術などから発生した後天的なものであったからだ。

 そして、武術法——内燃魔術——というものは、魔力に属性を持つ者との相性が非常に悪い。

 内燃魔術が体内や体表で魔力を扱う性質であるために、属性を持つ者が扱い方を誤れば、自身に向かって魔法を発動する事になるからだ。


 魔力というものは、持ち主が存在を意識することで顕在化し、持ち主が意思を伝えることで初めて現実へと干渉を始める性質を持つと考えられている。

 この過程が問題で、意思とは、持ち主の精神をも含み、恐怖や怒り、憎しみなどの気持ちすらも、それが激しければ魔法を発動するカギとなるのだ。

 つまり、属性を持つ者が体内の魔力を意識したまま、そういった感情に支配されてしまえば、体内で魔法が発動して自爆する。

 そうしたことから、属性を持つ者は一般的には内燃魔術を学ぶことはしない。

 むしろ、体内の魔力へ意思を伝えない様に、体外へ魔力を放出するとき以外は、意識しない様に努めるのだ。


 しかし、この本は、魔法使いへの内燃魔術の習得を勧めていた。

 そのため、一般にはとても受け入れられるような内容では無いのだ。


 だが、私はこの本を選んだ。

 彼のために、私の持つ瞳の力を少しでも理解できればと考えての事だった。

 私の受けた呪いは、武術法に通じるものがあると感じたからだ。


 本の内容を参考にして、今朝も少しだけ練習をしてみる事にする。

 体の内にある魔力を、植物の幹が水を吸い上げる様な意識をして、身体の上へ上へと集めた。

 そして、集めた魔力を瞳に向けて、植物に成った実が成熟していく様を想像しながら、注ぎ込む様に与える。


 やがて、視界がほんのりと赤みを帯びて、瞳の力が発動した事が分かった。

 私は力の発動をしばらく継続すると、供給する魔力を止めて力を解いた。


「ふぅ……」


 この瞳が一体どんな力を持つかは分からない。

 それでも、僅かな手掛かりはすぐ側にあるのだが、まだ推測の域を出ない。


「フレイヤ、また腕輪を見せて貰えますか」


「……」


 少女は頷いて、彼の腕の隙間から左腕を差し出した。

 私は彼女の腕輪を確認し、二つの契約が深く刻まれている事を確認する。

 少女の細い腕に付いた腕輪を、クルクルと回しながら暗記した神語を読む。


 一つは、先日彼とフレイヤが結んだ主従の契約。

 そして、もう一つは、私の名前で『ユウ・アオイを殺すな』という契約が刻まれていた。

 それがいつ彼女の腕輪に刻まれたのかは分からない。

 私も自身も、二人の契約の際に初めて知り、契約内容を確認した時に一緒に解読しておいたのだ。


 その内容を彼に話すと、彼は私に、フレイヤに向けて力を使う事を禁じた。

 もっとも、念のためであるらしいが……。


 私はこの力について『契約を刻み付ける力』ではないかと考えている。

 それがどんな風に彼の役に立つかは分からない。

 それでも、私がこんな力を得たのには何か訳があるのではないかと、どこか運命論者のような事をただ漠然と感じていた。

 そもそも、そんな力を試すような事は、なかなかできないので、確かめようが無いのではあるが……。


 私はいつか来るとも分からない時に備えて、彼が起きるまで間、本を読みながら瞳の力の練習を繰り返す。

 そうして練習していると、いつしか彼が起きたようだった。


「ん……フレイヤか、おはよう。魔力は?」


「平気……」


「そう。フランは?」


 後ろを向いたままの主人に、私は声を掛ける。


「ここに居ますよ、ご主人様。きゃっ」


 私が声を掛けた途端、彼が私の腕を強く引いて抱き止めた。

 そして、すぐに全身を魔力で包まれる。

 それは凄まじい早さで、私が魔力を操るのに比べれば天と地ほども差があった。


「こら、ダメじゃないか。呪い付きの発作が起きたなら、僕を起こしてくれないと」


 彼の焦った様子が、私の心を暖める。


「あ、あの、ご主人様。これは、力の練習をしていたのです。呪い付きの発作は、ここしばらく起きていませんよ」


 私がそう言うと、彼はすぐに魔力を解いて私の身体を離してしまった。


「心配してくれたのですよね。ありがとうございます」


「えっと、僕の勘違いなら良いんだけど……」


 なんだか久しぶりに、彼の恥ずかしがる顔を見られた気がして、少しだけ嬉しい出来事から始まる日であった。


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