表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/124

ハーミット魔性図鑑

 数冊の本を手に二人の居る図書館の隅へと戻ると、静かな室内には囁くような優しい声が響いていた。

 二人は窓際の長椅子に仲睦まじく腰を掛け、フランがフレイヤに向けて本を読んであげている。

 その優しく読み聞かせる穏やかな表情が綺麗で、開いた本をのぞき込む姿が少し可愛い。

 こうして見ると、ただそれだけで絵になる二人だと思う。


 僕は近くの机に持ってきた数冊の本を置くと、そのうちの一冊を開いた。

 『ハーミット魔性図鑑ましょうずかん

 これはハーミットという冒険家の書いた、魔物や魔族に関する分厚い図鑑だ。

 その色褪せた表紙と中身を見る限り、ずいぶんと年代の古い本の様だが、この図書館の司書に聞く限りは専門書を除いてこの図鑑が最も詳しいという。

 そして、死神を専門に書いた本は今の所無い。

 つまりこの図鑑を調べれば、死神に関して知られている大体のことが分かるという訳だ。


 すでに一般的な知識から、フレイヤが死神と特定される心配が少ないことは分かっている。

 しかし、それはあくまでも一般的な知識からであって、はたして専門的な知識を持つ人が見たときに、フレイヤが死神と判るのか、という心配は残ってる。

 そのため、出来るだけ調べられる範囲では、死神という種族の事を知っておこうと思う。


 僕は今一度、窓際で本をのぞき込む少女に目を向けた。

 人目を惹く銀色の長髪に、大きく輪郭のハッキリした目元、深い色を秘めた真紅の瞳と、肌は雪の様に白い。

 彼女の容姿は、とても美しく可憐だ。そして、その容姿が珍しいのは分かっている。

 町を歩いていても、フレイヤの様な少女はあまり見たことが無いからだ。

 だが、それもただ珍しいの一言で済ませられるだろう。

 彼女が死神であることが判るとしたら、もっと人とは違う何かだと思う。


 例えば、死神の少女は笑わない。

 笑わないというよりも、目元や口元といったごく普通の表情すらも、あまり変わらない。

 まだ町での暮らしに慣れていないというのもあるかもしれないが、それにしてももう少しくらいは何か表情に表れてもいい様な気がする。

 まさか死神は笑わないとか、そんな変な特徴は無いよな……。


 しかし、珍しい見た目や性格などは、どれも曖昧か。

 どこかの物語に出てくる吸血鬼ヴァンパイアのように、日の光を浴びたら灰になるとか、何か致命的な特徴がなければ良いのだが……。


 そんな事を考えながら本のページをめくっていくと、やがて死神のページにたどり着いた。

 そこには、片側の1ページを使って、死神の容姿が大きく描かれ、その後に続けて説明文が記載されている。

 絵には、丈の長いローブを着た女性が、両手に大きな鎌をぶら下げた姿が描かれている。

 色彩が紙とインクの2色であるため、この絵がどれくらいフレイヤに似ているかというのは、少し分かり難い。

 けれど、その姿は美しく描かれており、その表情はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 少女と比べると、絵の死神は大人びているため、年齢の違いもあるのかもしれない。

 僕は描かれた絵を眺め終えると、続く説明文を読んでいく。


『死神は人と同じく多様な容姿を持っている。

 それは全てが女性の姿をしており、それは人間族ヒューマンに最も近い。

 すべからく、身の丈ほどの黒鉄の大鎌を持っており、その身には全身を覆い隠す黒衣を纏う。

 体を宙に浮かべ、壁や木々を透過し、闇夜に紛れる異能と、手足さえも瞬く間に生え換わる自然治癒力、死しても何度も蘇る生命力を持つ。

 かつては、不死の身に無限の生命を宿すと信じられていたが、その迷信は四英雄のフレイヤにより覆された。

 大陸解放歴149年までにおける死神の命の最高数は、アンテルン聖騎士団が記録した548回である。

 生態は謎に包まれ、対話や捕縛に成功した例は無い。

 死神に対して、一人で相対すればその命は風前の灯火であり、少数であっても決死を要す、大多数と対策を持ってすれば打倒は可能となるであろう——』


 古くは神の化身、あるいは天使や竜と同等の存在であると考えられていたらしい。

 それが女神に並ぶ信仰の対象になっていたというのだから、正直驚きだ。

 その理由についても、この本には書かれていた。


 死神は今でこそ無差別に人を襲うが、昔は罪の無き人を襲わなかったという。

 とても美しい容姿を持ち、死してもなお不死身、そして罪を重ねた者に命を持って償わせる。

 罪の番人であり、罪なき者の守護者。不死の象徴……。

 確かにそうしてみると、人々の信仰の対象になるというのも、分からなくはないかもしれない。


 しかし、その善性は、この世界が魔界と繋がったことで一変した。


 魔族と戦争をした国が、死神によって滅ぼされたのだ。

 そして、魔族の侵攻が増すにつれて、死神は無差別に人を襲う様になった。

 決定的であるのは、魔界の神が十数体の死神を引き連れて、この大陸の国々を滅ぼして回ったのだという。

 こうした出来事を機に、かつて信仰の対象であった死神は『死の象徴』や『裏切りの象徴』へと変わってしまったらしい。


 なんとも悲しい話だが、実はこの辺の話はフランにも少しだけ聞いたことがあった。

 この世界の女神達と魔界の男神達との戦争の物語——。

 文字通り、二つの世界が互いの全てを賭けて戦った話。


 歴史的な話の先には、主に死神との戦い方や過去の記録などが書かれており、灯りを用いることで死神が姿を消せなくなる事や、罪深い人を執拗に狙う性質を利用する事などが細かく説明されていた。

 この本のほかにも、数冊に目を通してみるが、おおよそ記載内容に違いは見られない。

 どうやら元々、死神について分かっている事ことが少ないようだ。

 これも対話に成功した例が無いことから来ているのだろう。

 つまりは、フレイヤの鎌と黒い衣、そして浮遊と闇に消える能力を見られない事に気を付ければ良さそうだ。

 僕はひとまずの結果に、ほっと胸を撫で下ろしたい所だが、本当にフレイヤは僕らと一緒にいて平気なのだろうか……。


 フレイヤは人を襲わない事を約束してくれたが、こうして調べてみると過去の話が少し気になる。

 しかし、それを僕が疑っては仕方が無いか……。

 フランも協力してくれているし、たぶん大丈夫だろう。

 少なくとも、僕にはそうする責任がある。


 あと気になるのは……奴隷のことかな……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ