うさぎ亭
石造りの町並みを沈みかけた夕日が仄かに照らす。
僕は城門近くの診療所の前から、大通りを見渡していた。
城門から真っ直ぐに伸びる石畳みの道、そこに並ぶ建物たち。
それは西洋などにありそうな雰囲気であった。
道行く人々は、みな個性豊かな髪の色をしており、目の色も赤や金色とさまざまだ。
よく見れば、耳の尖った者や動物の様に尻尾の生えた者までいる。
別に仮装しているわけではなさそうだ。
あきらかに、僕の居た世界ではない。
ここは映画か何かの中だろうか……。
それに言葉が通じるのも不思議だ。
さきほどの白髪の老人も、気怠げな医者や僕を助けた兵士達も、思い出してみれば、話していたのは日本語ではなかったような気がする。
なぜ言葉が通じるのだろうか。
道に並ぶ商店に掲げられている文字も、日本語とは違うが読むことができていた。
そして、なぜか違和感を感じない。
『なんでだろう……』
そう日本語で呟いてみるも、今度は、逆に聞き慣れない言葉のように違和感を覚えた。
やはり、何かがおかしい。
悩みながらも通りを歩いて行くと、ひと際明るい雰囲気をした店の前を通りかかった。
店を横目に覗いてみれば、一階が酒場なのか賑わいを見せていおり、みな一様に杯を片手に騒いでいた。
店名を探してみると、入り口の木彫りの看板には、大きなウサギの絵と“うさぎ亭”という文字。
その看板の横には、宿と食堂という文字が書かれていた。
今晩はここで落ち着こうか……。
僕は宿屋の中に入った。
「いらっしゃい、お泊まりかい?」
中に入ると、受付に座る中年のおじさんに尋ねられる。
年齢から、おそらくはここの主人であろう。
やはり日本語ではないなとは考えながらも、なるべく気にしない振りをして会話を続ける。
「一泊おいくらですか?」
「今夜は大部屋がいっぱいでね。ちょっと高いけど、個室が空いてるよ。鍵付きで一泊四五〇エル。朝食付けるなら五〇〇エルだよ」
“エル”――これがお金の名称なのか。
そして、部屋は鍵が付いているのが普通ではないのだろうか?
疑問に思いながらも、今晩はこの宿に泊まることにした。
「では、個室の朝食付きで一晩お願いします」
まだ硬貨の価値が分からないため、とりあえずはさきほどの高そうな金貨を差し出した。
「おや、金貨かい。一応腕輪を確認するよ」
「えっと、腕輪ですか?」
「これだよ、これ。みんな生まれたときから、着けてるだろう?」
宿屋の主人は、腕に着けている銅の腕輪をこちらに見せる。
その仕草に、僕はなるべく落ち着いた振りをして、左腕の腕輪を出した。
すると、今度は主人がひどく驚いたような顔をする。
もう、なんなのだろう。
「おやおや、これはこれは貴族の方でしたか」
そう態度まで改められてしまった。
どうやら、銀の腕輪は貴族ということらしい。
この町は腕輪の色で、身分の違いみたいなものがあるのだろうか。
「気が付かなくて、すいませんね。では、こちらに腕輪をお願いします」
そう丁寧に言われて、なにやら石板を差し出された。
平たい石の板に、柔らかな石やチョークで文字や絵を書く道具だ。
しかし、石板の上には何も書かれてはいない。
「ここに?」
「えぇ、お願いしますね」
そう改めて聞くと、頷かれたので、おそるおそる石板へと腕輪を近付ける。
すると、二つが共鳴した様な淡い光を放ち、石板に文字が表示された。
一体どんな仕組みなのだろうか。
ユウ・アオイ 男 貴族
剣士
僕は剣士だったのか。
剣なんか持っていないじゃないか。
この世界は、初期装備無しのハードモードなのだろうか。
「ユウ・アオイ様……と。あぁ、悪く思わないでくださいね。なんでも西のほうで偽の金貨出たらしいんですよ。私らは使えりゃ何でも良いんだが、偉い人達が怒っちゃってね。商売人は金貨使った人の名前を控えろ、なんて言われてるんです」
まさかあのお爺さんは、贋金をくれたりはしていないよな……。
「でも、あまりにも作りが精巧なもんだから、ドワーフの仕業なんて言われてますがね」
「はぁ、ドワーフですか」
ドワーフって、あのドワーフだろうか。
ひょっとして、ここって異世界……。
すでに耳の先が尖った人や尻尾の生えた人が居る時点で、僕の知らない世界なわけだが。
「はい、こちらがお釣りです」
主人は丁寧に数えたお釣りをトレーに乗せて渡してくる。
しかし、ずいぶんと多い。
「えぇ、どうも」
お金の入った皮袋を机に置き、一応渡された硬貨を数えてから袋に入れた。
銀貨が九五枚。銀貨が一枚百エルらしい。
硬貨が百枚単位って、不便じゃないのだろうか……。
すべて袋に入れると、蓋を閉じる。
机から袋を持ち上げると、違和感に気が付いた。
袋が膨らんでいないのだ。
「あれ……?」
少し焦りを感じつつも、再び袋の口を開けて中身を確認する。
そこには、確かにたくさんの硬貨が入っていた。
中には元々入っていた銀貨が五枚とお釣りを合わせて銀貨百枚、それと金貨二枚が入っているはずだ。
しかし、外からみると中身がほとんど入っている様子はなく、重さもそれ程感じられない。
「ほほう、魔道具ですか。流石は貴族の坊ちゃん」
「魔道具? これは珍しい物なのですか?」
「えぇ、庶民には、なかなか手の届かない代物ですよ」
なるほど、魔道具か……。
この皮袋は、あとで検証してみよう。
僕が袋をしまうのを確認すると、宿の主人はランプを片手に持った。
「さぁどうぞ、こちらへ。お部屋を案内しますからね。あぁ、足元が暗いので気をつけてくださいね」
そうして階段へと促される。
「朝食は五時からやってます。あと、体を拭くお湯は二十エルで用意しています。それと私はアランっていいますから、用事があったら呼んでくださいね。まぁ、ベッドが固いとか言われちゃうと困っちゃうんですがね。あぁ、あと妻のマギーが一階で食堂をやってますから、良かったら朝食以外にも食べに行ってやってください。これが自慢じゃないけど結構美味くてね。あぁでも、あんまり上品な味じゃないから、貴族の坊ちゃんの舌に合うかは分かりませんがね」
部屋は、階段を上がって一番奥であった。
アランが部屋に入り部屋のランプに明かりを移すと、カギを渡してくる。
「火の取り扱いには、十分注意してくださいね。なにぶん安宿だから、よく燃えるもんで。それではごゆっくり」
そう言って、アランは去って行った。
この国、電気がないのか……。
それが一番の衝撃であった。
部屋の中は、ベッドと丸いテーブル、椅子が一つという簡素な作り。
壁には、無骨な木製のハンガーが掛っていた。
入り口以外にも、一つだけドアあったので開けてみると、トイレがある。
端には水の入った桶が置いてあった。
トイレはこれで流すのだろうか。
お風呂は望むべくもないようであった。
僕は革の鎧を外して机に置く。
シャツに染み付いた血はすでに乾いており、オオカミに噛まれた箇所は大きく破れていた。
もう洗って縫うよりも、買い換えてしまった方が良いかもしれない。
ズボンにも牙の形に、いくつかの穴が空いている。
僕は息を大きく吐きながらベッドに腰掛けると、そのまま後ろへ向け倒れこんだ。
「疲れた……」
そう、天井に向けてつぶやいた。
半日歩き続けた上に、最後には狼に襲われた。
『ここは一体どこなんだろ……』
日本語でもう一言。
町まで来ても、ここが一体何処なのかは分からなかった。
それになぜ聞き覚えのない異国の言葉を理解し、話せるのか。
頬をつねってみるも、これが夢ではないことは痛みが教えてくれる。
破れた服の隙間をぼんやりと眺めてみれば、傷口の塞がった肌が覗いていた。
まるで魔法……。
あのとき、炎に包まれたオオカミも、魔法によるものなのだろうか。
僕は一体どこへ迷い込んでしまったのか。
まるで幼い頃に夢見たような、ファンタジーの世界の中に居るようであった。
映画を見て魅せられたような。物語を読んで空想したような。
ここはそんな剣と魔法の世界なのだろうか。
ぐぅー……。
と、しばらく妄想に耽っているとお腹が鳴った。
何か食べよう、喉もカラカラだ。
部屋の灯を消してカギを掛けると、階段を下りて食堂に向かう。
一階の食堂は、改めて見てもなかなか盛況のようであった。
「いらっしゃい。って、おや、あんた、血だらけじゃないかい」
カウンター越しに、女性に声を掛けられる。
宿の奥さんのマギーだろう。
「傷口は治っているので平気です。服はあとで買いに行きます」
「バカだね、もうどこも閉まってるよ。あらあら、ズボンも。ちょっと待てな」
すると、マギーは宿の方へと入って行く。
しばらくすると、シャツとズボンを持ってやって来た。
「ほら、これ貸してあげるから、そこで着替えな」
「えっと、ここでですか?」
「誰も見てやしないよ。もう服に染みが付いたら大変だろう。ほら、服を洗うから早くしな」
そうマギーが急かすので、廊下の隅でコソコソと着替え始めた。
シャツを着替え、ズボンを脱ぐ。
そうしていると、ズボンを脱いだ所で近くの部屋から出てきた女の子と目があった。
「キャー!!」
女の子が即座に悲鳴を上げた。
「ティアァァ!!! どうしたぁぁぁ!!!」
宿屋の主人のアランが現れた。
「キサマァァァ!! 何をしている!!!」
アランがパンツ丸出しの僕に言う。
「えっと……」
突然のことに、すぐには言葉が出てこない。
完全に何かを誤解されている。
「おやおや、なんだい? 騒々しいね」
そこへ、悲鳴を聞きつけたマギーがわずかに遅れてやって来た。
誤解はマギーが解いてくれたが、ついでにかなり笑われてしまう。
酒場ゆえにギャラリーも多数。
もうお婿に行けない……。
服はマギーが洗っておいてくれると言って、娘に押し付けていた。
後で届けてくれるそうだ。
マギーにひとしきり笑われた後は、改めてカウンターの席へと案内された。
水を渡され、メニューは壁に貼ってあると教えられる。
まずは、水で喉を潤す。
ゴクゴクと一気に飲み干し、おかわりをお願いする。
そして、すっかり打ち解けたマギーに、本日のオススメを聞いてみることにした。
「なにか、オススメはありますか?」
「そうだねえ、今日だったら兎肉のシチューかね」
そういえば、ここはうさぎ亭だったか。
オススメならきっと美味しいのだろうと、兎肉のシチューを頼むことにした。
料理が来るまでの間、店内を見回してみる。
みな見慣れない格好をしており、腰や背に武器を持つ人や鎧姿の人が数多く見られる。
中にはちらほらとローブ姿の人も見えて、あれが魔法使いなのだろうか。
みなコップを片手に賑やかに騒いでいた。
「はいよ、お待たせ」
店内を眺めていると、マギーが料理を運んで来てくれた。
木製の器に兎肉のシチューと、丸い形のパンが三つ。
スプーンも木製であった。
木の質感に思わず顔がほころぶ。
木の食器は、なんとなく憧れていたのだ。
表面がややザラザラしているものの、そこはロマンだろう。
頂きますと言って一口。
空腹は最高のスパイスというが、それを抜いても美味しかった。
パンも少し固いが、シチューとの相性が良い。
モグモグと食事を満喫していると、再びマギーから声を掛けられた。
「あんたは美味そうに食べるね」
「えぇ、とっても美味しいです」
そう笑顔で返す。
素直に美味しかった。
続けてどこから来たのかを尋ねられ、日本と答えたが「にほん? どこにあるんだい?」という流れになったため、遠い国だと言っておいた。
正直、僕にも分からない。
食事を終えると、お礼を言ってお金を払う。
夕食は七十エルほど。
銀貨を出して、お釣りに銅貨が返って来た。
銅貨には、羽の生えた竜が描かれているようであった。
***
部屋に戻ると、椅子に座って今日のとこを振り返る。
もっともショックが大きかったのが、狼の一件だった。
襲い来る死の恐怖。それでもなんとか生きてはいる。
それに狼に放たれた何かも気になる。
当たった狼は、焼け焦げていた。
診療所での治療もそうだ。
魔法――
僕にも使えたりするのだろうか。
ふと思い立ち、宿の主人に魔道具と言われた皮袋を取り出した。
とりあえず、今ある物を見てみようと考えたのだ。
皮袋の中身を取り出すと、金貨が二枚、銀貨が九九枚、銅貨が三十枚入っている。
それらを再び入れてみるが、やはり袋の外から見るとほとんど何も入っていないように見える。
それに、中身の重さも感じられない。
まるで四次元ポケットであった。
この魔道具は、一体どれだけ入るのだろうか。
僕はまずブーツを脱いで入れて見ることにした。
狼の歯型が付いており、恐ろしいと思いながらも入れる。
と、すんなりと入ってしまった。
もう片方を入れてみるが、やはり入ってしまう。
さらに、革の鎧を入れてみると、やはり難なく入ってしまった。
「質量はどこにいっているんだ……?」
革の鎧などは、明らかに皮袋の入口よりも大きいのだが……。
出したり入れたりして観察してみると、どうやら入口を境に入れるものが大きくなったり小さくなっているように見える。
「魔道具か……」
そのあまりにも不可解な現象に、この場で理解することをあきらめ、とりあえず今は使い方だけ覚えることにした。
物を入れる時は簡単で、ただ普通に入れれば良いらしい。
しかし、物を出すときはどうだろうか。
いまこの皮袋の魔道具には、革の鎧、ブーツ一足、金貨二枚と銀貨九九枚、銅貨が三十枚ほど入っている。
皮袋の中を覗いてみると、硬貨が入っているところが見えた。
ほかの物はどこに行ったのだろうか。
とくにブーツがないと困ってしまう。
と、そう考えていると中身がブーツに変わった。
革の鎧を思い浮かべると、今度は中身がに変わる。
どんな便利アイテム。
しかし、これだと中身を忘れたら、取り出せないのではないだろうか……。
僕はベッドの上で、袋を逆さまにしてから口を開いた。
ジャラジャラという音共に、たくさんの硬貨がベッドの上に広がる。
ブーツや革の鎧も一緒にきちんと出てくる。
と、そう思ったが、さらにその上に見覚えのないものが落ちてきた。
「ん……?」
剣の柄だろうか……?
皮袋の口とベッドの間に、剣の柄と長い鞘が引っかかる。
そのまま袋を上に上げると、やはり長い……。
ようやく剣を取り出すと、全長は一メートル以上はあるだろうか。
しかし、最初から剣を持ってたのか。
狼の一件で使うことができていれば、と考えてしまう。
「武器は、ちゃんと装備しないと意味がないよ……か」
次からはきちんと装備するようにしよう。
袋を振ってみるが、もう中身が入っている様子はないようだ。
硬貨を数え直して、全部あることを確認した。
あの一件のおかげで、しばらくの間は食べるのに困らなそうだ。
しかし、すぐに帰る方法が見つからないとなると、なにか稼ぐ方法を探さなければならない。
となると、明日は帰る方法と一緒に仕事を探す事にしようか。
僕は明日の予定を決めると、汗を拭くためにお湯をもらいに行くことにした。
***
「あぁ、ユウ様」
主人のアランが、こちらを見つけるなりそう話しかけてくる。
「あはは……。流石に“様”付けは、申し訳ないのでやめてください」
そうお願いした。
年上の方からの敬語も慣れないので、使わなくて良いですと付け加えた。
「そうかい? じゃあ遠慮無く」
「はい。ところで、お湯を一つお願いしたいのですが」
そう言って、お代をカウンターのトレーに乗せた。
「はいよ、確かに。部屋まで持って行くから待っていていいよ」
僕はお湯のついでにと、日本という場所を知らないかと尋ねてみることにした。
「アランさんは、日本というところをご存知ありませんか?」
「にほんねぇ……地名かい? 大陸の中央の方に、ノホンって町があったと思うけど」
「町ではなくて、島国なんです」
「へぇ、そんな場所があるのかい。少し南東には人が住める島があるって聞いたけど、ちょっと分からないねえ」
続けてジャパンとかアメリカ、フランスとか言ってみたが知らないようであった。
世界地図などがあれば分かりやすいのだが……。
「そうですか……。では、地図などはありませんか? たとえば世界地図とか」
「はっはっは、世界地図なんて商人か貴族くらいしか持ってないよ。でも、この町の地図なら……。ほら、これも少し古いけどね」
出された地図を覗き込む。
地図には、丸い円形をした町の全容が描かれてた。
周辺の村も描かれている。
「リノスフルム王国……城塞都市リノ……。これがこの町の名前なのですね」
「町の名前も知らないで来るなんて、見掛けに寄らずずいぶんと無鉄砲なんだね。来た時は服装もボロボロだったし」
「あはは、成り行きで仕方なくて……」
「そうかい。まぁ、私も若い頃は多少の無茶はしたけれどね。あぁ、世界地図なら商業ギルドの壁に大きいのが貼ってあるよ。あとは冒険者ギルドにもあったかなぁ。まぁ、大体のギルドにはあるとは思うけどねぇ」
「そうですか。では、ギルドの場所を教えて貰っても良いですか?」
「ここからなら冒険者ギルドが近いかなぁ。商業ギルドもあまり変わらないんだけど、あそこは紹介がいるからねぇ。場所は――」
その辺の情報収集も、明日の課題か。
場所を教えて貰ったあとは、別のことを聞いてみることにした。
「あと、この辺りで、お金を稼ぎたいのですが……」
「ユウ君は格好からして冒険者だろ? 冒険者ギルドには依頼も張り出されてるはずだから、それをこなせばいいんじゃないかな」
「仕事も、冒険者ギルドなんですね」
「あそこは、冒険者じゃなくても登録している人がいるくらいだからねぇ。商業ギルドの方は、紹介とか申請とか色々時間が掛かるから」
冒険者――
旅人のことだろうか。
「しかし偉いねぇ、貴族の坊ちゃんが一人旅なんて。それも自分で稼ごうなんてね」
「あはは、やむおえない事情がありまして……」
すると、アランはうんうんと頷いてから言う。
「まぁ、誰にでも多少の事情はあるものさ。それにギルドの依頼なら、定職に着く必要はないからね。登録さえしてれば、住所なんかもいらないし。多少危険は付きまとうけど、気ままに旅をするならちょうど良いだろう」
「そうなんですね」
冒険者は、ギルドの依頼を受けてお金を稼ぐのか。
他にもアランは、ギルドの場所などを丁寧に説明してくれた。
「ありがとうございます。明日行ってみます」
僕はそう言って部屋へと戻った。
少し経つと、すぐにアランがお湯と手ぬぐいを持ってきた。
お礼を言って、お湯を受け取る。
「使い終わったら、部屋の前にお願いね」
「分かりました。ありがとうございます」
こちらの返事を聞くと、アランは去って行った。
服を脱いで、お湯に付けた手ぬぐいで身体を拭く。
お風呂に入りたいが、もう辺りは暗い。
身体を拭くお湯を出しているならこの宿には、お風呂などはないのだろう……。
明日にでも風呂屋を探しておこうと考える。
身体を拭き終わると、脱いだ服を再び着る。
衣類も買わないといけないな……。
部屋のロウソクを消して寝床に入ると、すぐに眠気はやって来た。
色々な出来事が重なって堪えたのだろう。
あわよくば来た時のように、起きたらすべて元に戻ってると良いな……。
なんて、淡い希望を抱きながら――




