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討伐の知らせ

 騒然としたギルドの室内に、そこに相応しくない可憐な声が響き渡る。


「ご主人様!」


 僕が声の方を振り向くと、フランが息を切らしながらこちらへ駆け寄って来た。


「はぁはぁ、良かった、一緒だったのですね。すみません、急にいなくなってしまって……」


 その息を切らした様子から、彼女がフレイヤを必死で探し回ったことがうかがえた。

 そして、彼女は僕とフレイヤの近くで取り押さえられている男に気が付くと、戸惑った様な表情を浮かべる。


「これは何かあったのですか?」


「大丈夫、後で話すよ。それよりフレイヤをお願い」


 僕はそんなフランを落ち着かせる様に言うと、彼女にフレイヤにお願いする。

 そして、少女の目を見て僕は言い聞かせた。


「フレイヤ、少しの間大人しくしていてね」


「……」


 フレイヤは僕の顔をジッと見つめると、やがて小さく頷いてくれる。


 フレイヤは聞き分けが良く素直だ。

 そして、やはりこんな状況においても、少女の表情には変化は見られなかった。

 その様子から、少なくとも彼女に悪気は無いのだろう。

 彼女には後でよく言い聞かせなければならないと思うが、すぐに日常に溶け込めるとも思っていない。

 彼女は悪くないし、少しやり過ぎてしまっただけだ。

 あとは、僕が可能な限り丸く収める様な努力をすれば良い。


 そうしていると、背中越しにメルドの低い声が聞こえてくる。


「地下の独房に入れておけ」


 その声に、ギルド職員達が素早く反応して対応を始めた。

 ギルド職員が冒険者達に指示を出すと、男が冒険者達に連行されて行く。


「メルド」


「ユウ、平気か? またずいぶんと派手に暴れたな」


 僕が声を掛けると、彼は僕の心配をしてくれる。


「うん、何ともない。それより少し話がしたいんだ」


 メルドは僕の言葉を聞くと、フランとフレイヤの方を軽く一瞥いちべつしてから口を開いた。


「分かった。奥で話そう、ついて来い」





 ギルドの個室で、メルドと向かい合って話をする。

 普段は商談なんかに使われる部屋らしいのだが、今は貴族の権限というやつなのか、それを借りているという訳だ。


「お前が言うのなら男を解放するのは構わないのだが、ギルドの中をあれだけ派手に壊したんだ。爺がこってり搾り取るだろうな。当然、払えなかったら身売りするしかない」


「えっと、それも何とかならない?」


 メルドの言葉に僕が難色を示していると、彼が諦めた様にため息を吐いた。


「はぁ……分かった。その辺も俺から爺に言っておこう」


「うん、助かるよ。メルド」


 その言葉に僕は少しだけ安堵する。

 とりあえず男が死刑になることは免れた様だ。

 別に男を庇うつもりは無いが、こちらの過剰な防衛の所為で男が死ぬとなれば、なんとなく目覚めが悪い。

 なによりも、フレイヤに悪気は無かったのだ。

 それで人が死ぬ様なことは避けたかった。


 とは言っても、僕がしたのはメルド相手にワガママを言っただけなのだが……。


「それより、お前が死神を倒したというのは本当なのか?」


 彼の質問に、僕は困惑しながらも答える。

 そもそも何故、僕が死神を倒したことになっているのだろうか……?


「さっきの男にも勘違いされたみたいだけど、それは何かの間違いだよ。別に僕が倒したわけじゃ無いんだ」


 僕はメルドにも詳しく事情を話す事にする。

 もちろん、内容はギルドマスターのお爺さんに言ったものと同じく、死神が目の前で餓死したことを伝える。

 別に、嘘は付いていない……。

 ただ死神はその後蘇って、今も僕やフランと一緒に居るという事を言わないだけだ。

 それを人は騙すとも言うのだが、この場合は仕方が無いだろう。

 少女を保護した手前、僕はこの事については躊躇しないことに決めていた。

 とはいえ、普段から僕に親切にしてくれている彼を騙すというのは、少し気が引けてしまうのだが……。


「だから、何かの間違いだと思うんだけど……」


 僕がメルドに説明を終えると、彼は薄く笑う。


「どうやら、これは爺の入れ知恵らしいな……」


「入れ知恵?」


 彼の言葉に僕は質問を返した。

 普段あまり悪口を言わない彼が爺と呼ぶのは、彼自身のお祖父さん一人だけだ。

 つまり、彼の祖父であり、この冒険者ギルドのギルドマスターと言うことになるのだが……。


「帰りにギルドの掲示板を見てみろ。お前が死神を倒した事が大きく張り出されているぞ。大方、お前の名前に箔が付くとでも考えたんだろう。しかし、あれだけ苦労して餓死とはな……」


 メルドが考え込む様に言った。

 その答えに、僕が肩を落としながらも質問を重ねる。


「えっと、つまりギルドが嘘の発表をしてるって事……?」


「ん、あぁ、そうなるな」


 僕の質問に彼は落ち着いた様子で答えた。


「それって不味くないの?」


「あぁ、当の本人であるお前が真実を触れて回れば、ギルドとして不味いことになるな」


「それはつまり……」


「あぁ、黙っていろ」


「やっぱり……」


 僕はため息を吐きながら呟いた。

 つまりあのお爺さんの所為で訳の分からないのに絡まれたのか。

 なんというか、納得がいかない。

 そして、今後もそれは続くのだ。

 僕としては、こういう悪目立ちする様な事はあまり好きでは無いのだが……。


「成ってしまった事は仕方が無いだろ。黙っていた方がお前のためだ。それに、あの爺も馬鹿じゃない。おそらく何か口実くらいは用意しているだろう」


「うん……」


 彼の言葉に僕は頷いて答える。

 彼は僕の事を心配してくれているのか、いつも色々と細かくアドバイスをしてくれる。


「しばらくは、今日みたいなのに気を付けておく事だな。大戦から300年、予言の影響もあって最近はレベル上げに躍起になるガラの悪い連中が増えているんだ。面倒事を避けたいなら、もっと腕輪を見せびらかして歩け。お前のその腕に付いているのは、飾りじゃないんだ」


「うん、分かったよ。メルド」


 彼のアドバイスに僕は素直に従うことにする。

 必要があれば、腕輪を見せて歩けば良いか……。

 しかし、個人的にはそういうのはあまり好きでは無いのだが、しばらくは仕方が無いのだろうか。


「それと、さっきのは何者だ? やけに強い者の様だが」


「えっと……それは……」


 彼にフレイヤの事を聞かれるが、少し話をはぐらかすとそれ以上は聞いては来なかった。


 今後もフランやフレイヤが目立つ様なことがあれば、二人のことを聞かれることもあるのだろうか。

 フランはともかくとしても、フレイヤについては何か考えた方が良いかもしれない。

 僕はメルドと会話を重ねながらも、頭の端でそんな事を考えた……。





『死神の討伐完了』


 僕がギルドの掲示板を見に行くと、そこには死神の討伐完了の知らせが貼り出されていた。

 討伐の依頼書の上に、赤い大きな判子で討伐完了という文字が押されている。


 しかし、その依頼書の文面を見て僕は疑問の表情を浮かべる。

 報酬金貨1500枚……?

 僕が前に依頼を見たときは、金貨5枚くらいだった気がするのだが……。

 そして、その隣には金箔の装飾が施された上質な紙が貼られている。


 王令の解除。

 そこには、死神が討伐されたことによる警戒区域の解除などの内容が記載されていた。

 どうやら死神の出現が予想された地域は、警戒区域として一般人の立ち入り制限がされていた様だ。

 僕は無駄な前置きを読み飛ばしながら文面を追って行く。


『ユウ・アオイ氏は、自らの危険を顧みず死神を討伐し——』


 そこにはやはり僕が死神を倒したことが記載されていた。

 フランもそれに興味があるのか、僕の隣から掲示板をのぞき込んだ。


『——氏は報酬全額の受領を辞退した。これを受けて王家は直ちに報酬全額を国民に還元する事を決定。これらの資金は被害地域への支援と国民の生活向上に役立てられる。国王アウレリウス・フォン・リノスフルムは、ユウ・アオイ氏に対して、お言葉を述べられた——』


 フランが僕の服の袖を僅かに引っ張る。


『ユウ・アオイの勇気と栄誉を讃える』


 このアウレリウスという人は、一体どんな人物なのだろうか。

 国王と書いてあるので、この国の王様なのだろうが……。

 突然の出来事に、本物なのか疑いたくなってしまう。


 これは僕が思っているよりも、だいぶ大事になっているらしい。

 僕が困惑した表情を浮かべていると、フランがはにかんだ笑顔を向けて呟く。


「流石です」


 何故か、彼女はどこか嬉しそうだ。


「あ、うん……」


 しかし、こんなのはアリなのだろうか。

 完全に情報の改ざんだと思うのだが……。


 そして、張り紙の最後にはこう記されていた。

 リノスフルム王国 冒険者ギルド本部 公式発行物——

 ——グランドム・フォン・アレイスターと、あの達筆な直筆のサインが続いていた。


 全く、ギルドマスターがこういう事やって良いのか……。

 それとも、こういう事をしなければギルドマスターという地位には辿り着けないのか……。

 色々と疑問は尽きない。


 しかし、こうなってしまった事は仕方が無い。

 僕も少しは、そう振る舞う努力をするべきか……。


 左腕の袖を一つだけ折り畳む。

 これで少しは見えやすくなるだろうか……。


 そんな事を考えながら、僕はギルドを後にした。


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