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黒の衣装

 貴族街のよく整備された町並みを三人でゆっくりと並んで歩く。

 フランにフレイヤの手を引いてもらい、僕とフランの間にフレイヤを挟む様にして……。

 フレイヤとは既に血の契約を交わしているのだが、それは腕輪とは何ら関係は無いらしく、今も彼女の真っ黒のままだ。

 そのため奴隷との契約を扱う奴隷商までは、フランに手を繋いで貰うことになるだろう。


 僕らの歩く貴族街の大通りは時折馬車が通りかかる程度で、冒険者ギルドやうさぎ亭のある下町に比べると人通りはだいぶ少ない。

 そのせいか、貴族街の大通りはやけに広く感じた。

 おまけに、大通りに並ぶ屋敷の花壇や庭を眺めるだけでも飽きることは無かった。

 どの屋敷も、綺麗な花々や飾りで彩られているからだ。


 並んで歩くフランもその様子で、時折花の名前を教えてくれたりする。


「ご主人様見てください。あのお庭のクリッドが凄いです。庭一面に咲いています」


 フランが指差す方を眺めると、庭一面に白い花を咲かせた屋敷が見えた。

 あの白い花はクリッドというらしい。

 それは、フランについ先程教えて貰っていた花の名前だった。


「本当だ。真っ白で綺麗だね」


 フランは、僕が毎回同じような返答をしても笑顔で話を続けてくれる。


「クリッドはセントアイルの国花で、帝都ではあのお庭のようにクリッドを庭一面に咲かせる風習があるそうです」


「そうなんだ。帝都って、たしか大陸の真ん中にあるんだっけ?」


「はい、そうです」


「いつか三人で見に行ってみたいね」


「うふふ、そうですね」


 そんな会話を繰り返しながら通りを歩いて行く。




 そうしてしばらく道を歩いていると、女性物の服屋さんの前を通りかかる。

 少し前に、フランの服を買ったところだ。


 お店は、開店の準備をしているのだろうか。

 店員の女性が、ホウキを片手に店の入り口を掃除しているところだった。

 丁度見覚えのある人物であったこともあり、後で寄るにしても声だけは掛けておく事にする。


「こんにちは、お姉さん」


「あら、いらっしゃい。って、まぁ! 着て来てくれたのね!」


 お姉さんは僕の隣に居るフランの様子を伺うと、その表情に笑顔の花を咲かせる。

 そして、手に持っていたホウキをポイと投げ出すと、フランの側に駆け寄りその周りをクルクルと回り始めた。

 いまフランが着ているワンピースは、このお姉さんの作品なのだ。


「うんうん、やっぱり良いわよね! 白! 純白は! 飾らない美しさがそこにはあるのよ!」


 お姉さんはそう言うとハイテンションなまま、ごく自然な仕草でフランの腰に手を当てる。


「ふんふん……ウェストはもう少し詰められるわね」


「あ、あの……」


 フランはお姉さんの様子に戸惑いながらも、フレイヤの手を離さずにジッとしている。

 すると、お姉さんの手はスルスルとウェストから上へと移動して行き……。


「ひゃぁっ!」


「っと、上は私よりデカイわね……」


 お姉さんが思い切りフランの胸を鷲掴みにしている。というか、揉んでいる。

 うらやま……じゃなくて、こういう場合は止めた方が良いのだろうか?

 女性同士なら、問題無い様な気がしなくもない。


 いや、相手が嫌だったら問題有りか。


「もっ、揉まないで下さい!」


 フランはそう言って逃げ出すと、胸元を抑えながら後ずさる。

 顔を真っ赤に染めていて可愛い。


 こんな風に思ってしまう僕はもうダメなのかもしれない……。


「あら、良いじゃない。減るものじゃ無いし。それよりこっちにいらっしゃい、ウェストを詰めてあげる。胸元も少し苦しいわよね」


 お姉さんは、フランの手を捕まえると店の中へと連れ込もうとする。

 それに連れられてフレイヤもズルズルと引きずられていく。

 あのお姉さんは、人攫いか。


 一緒に引きずられて行くフレイヤが可哀想なので、手招きをして呼び寄せる。

 一応念のため、フレイヤとは手を繋いでおくことにする。


「いえっ、私は……」


 フランも引きずられながらも抵抗している様だ。

 そろそろ止めた方が良いだろうか……?


「あら、もっと強調させた方がモテるわよ?」


「わ、私は、あのっ……モテるとかそういうのは……」


 フランは戸惑いながらも僕とお姉さんの顔を交互に見る。


「ふーん、お熱いわね。別に彼以外にはモテてなくても良いってわけ? でも彼、あなたよりあっちの小さい子にご執心の様だけど?」


「あ、あの、ご主人様……!」


「あら……ご主人様って……。腕に巻いているハンカチは、そういう事なのね」


 お姉さんはフランの左腕を見ると納得した様に呟いた。

 そして、お姉さんは此方へ向き直ると、やけに芝居掛かった様子で許可を求めてくる。

 

「それではご主人様? この可愛い子の服をお直しする許可は頂けるかしら? まさかダメだなんて言わないわよね?」


 僕がフランの方を向くと、彼女はもこちらを見ている。

 こういう場合は、主人が決めるのだったか……。


「フラン、大丈夫だから行って来なよ。二人で待ってるから」


「は、はい……」


 フランはシュンとした様に返事をする。

 イヤだったのだろうか……。

 一方お姉さんは、僕とフランのやり取りを見て嬉しそうだ。


「うふふっ、しかしずいぶんと可愛らしい従者がいるのね。これはやり甲斐があるわ。少し時間が掛かるから、お店の中でその小さい子に似合う服でも見ていて」


 お姉さんが、フレイヤを見て言う。

 そして、ちゃっかりと販促も怠らない。

 それも、お姉さんが可愛いので許せてしまう。


「えぇ、そうします」


 僕が頷くと、お姉さんもニコリと微笑んだ。


「それで、この可愛い子が付けていないのは、ご主人様の趣味なわけ?」


「付けてない?」


 僕がそう聞き直すと、お姉さんはフランの胸元を指差す。


「えっと、そういうわけじゃ……」


「ふふ、なるほどね」


 一体どっちで納得したんだ。

 お姉さんは再び微笑むと、フランを連れて店内の奥へと入って行った。





****






「これはどうかな……?」


 フランの服を直してもらったついでに、フレイヤに似合いそうな服を選び鏡の前で合わせてみる。


「とても可愛いと思います」


 僕の趣味全開だが、すでに服を直し終えたフランも頷いてくれる。


 いまフレイヤに合わせているのは、明るめな黄色のワンピースだ。

 やはり服の色が明るいと表情も明るく見える。

 似合う。可愛い。間違いない。

 と、僕は思うのだが、フレイヤの表情は明るくない。


「明るいのは嫌……」


 ぐぬぬ……。


「フレイヤ、ご主人様にせっかく選んで頂いているのですから、あまりワガママを言ってはいけませんよ」


「嫌な時は、嫌と言って良いと言われているもの……」


 仕方ない。嫌なものを着させる訳にもいかないので、他のを選ぶ。

 しかし、他にも水色やピンク、濃い青や緑と色々と似合いそうな服を選んでみるも、フレイヤは首を縦に振ってくれない。


 そして、僕が困った末に選んだのは黒のワンピースだった。

 シンプルではあるが、胸元やスカートには控えめなフリルが付いており、それは実に女の子らしい。

 初めからフレイヤに似合うと思って目は付けていたのだが、フレイヤが着ていた死神の服も真っ黒なので、僕が選ぶのを避けていた色であった。


 しかし、色が同じというだけでは気が付かれることもないか……と考え直し、試着だけでもさせてみる事にする。

 すると、これがまた実に似合う。


「フレイヤ、似合っていますよ」


「……」


 そして、イヤと言われないという事は、これならばイヤではないのだろうか。


「フレイヤ、これならどう?」


 僕がそう尋ねると、フレイヤはコクリと頷いてくれる。


「平気……」


 どうやら及第点は得られた様だ。


「あら、気に入って頂けて嬉しいわ。あなたは私のファンなのかしら」


「これもお姉さんが?」


 僕がそう尋ねると、お姉さんが嬉しそうに答える。


「ふふ、いまあなたが選んだのは、ほとんど私がデザインしたものよ」


 どうやら、僕はこのお姉さんと服の趣味がだいぶ合うらしい。


「では、これを下さい」


「はい、いつもありがとうございます」


 その場で服のサイズを直してもらい、その他にも二人の下着や小物を買う。

 最後に笑顔のお姉さんに見送られて、僕らは服屋さんを後にした。


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