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診療所

 窓から差し込む夕焼け色の光が、診療所の薄暗い室内を照らしだしている。

 僕は傷口に染みる消毒液に、顔を歪めていた。


「いつつ……」


「はいはい、男の子ならがまんがまん」


 看護婦さんが慣れた様子で、傷口を手当をしていく。

 濃紺のワンピースに白のエプロンを着けた女性。

 もちろん、フリルのような装飾はない。

 おそらくは、これが看護婦の制服なのだろう。


 しかし、塗られている赤い薬がかなり痛い。


「いっつつ……! あの看護婦さん、これ一体なんの薬ですか?」


「傷口を腫らせて塞ぐのよ〜」


「腫らせて?」


「そうよ〜。でも、ちょ〜っと痛いわよねぇ〜」


 看護婦の女性は、やや語尾を伸ばしながらも、手当をしながら答える。

 ちょっとどころじゃない気がする。

 僕は若干涙目になりながらも、消毒液の痛みに耐える作業に戻った。


「えっと、はい……」


 結局、薬の名前は教えてくれないのか。

 傷口がヒリヒリと熱を持ち、唐辛子でも入ってそうな刺激である。

 しかも、塗り込む手には少しも遠慮がない。

 唯一綺麗なお姉さんに看てもらっているのが救いか。


 そうして治療を受けていると、診療所の扉が勢いよく開かれた。

 扉の外から、上品なコートを着た白髪の老人がズカズカと入って来る。

 見るからにお金持ちそうなお爺さんだ。


「おぉ、無事であったか!」


 老人はこちらを見るなり、そう言ってやって来る。

 一体誰だろうか……?

 しかも、こちらはどう見ても無事じゃないと思うのだが……。


「はっはっは、巻き込んでしまったと、心配しておったのだ。衛兵に聞けばここに担ぎ込まれたと聞いてな」


 その言葉に、馬車の持ち主かと僕は眉をひそめる。


「まぁ、そう睨まんでくれ。あぁ、そうだ! こやつの傷を治してやってくれんかの?」


 老人は気が付いた様に、看護婦さんに言った。


「は〜い、先生呼んで来ますね〜」


 看護婦が奥の部屋に入って行った。

 というか、先生が居たのか。

 そういうのは、最初から出てくるものじゃないのだろうか。


「すまなかった。魔物を連れてきてしまった」


「えぇ、そうですね……」


 僕は大きく息を吐きつつも、しかめ面を向けるが、老人は少しも気にしていない様子であった。

 続けて老人はポケットをゴソゴソと探ると、こちらの手を取る。

 そして、半ば無理やり三枚のコインを握らせてきた。


「ええと……」


 その様子に、僕は少し戸惑ったような声を上げる。

 別にお金が欲しいわけじゃないのだが……。


 そんなやり取りをしていると、奥の部屋から看護婦に連れられて白衣を着た男がやって来る。

 足取りがフラフラとしており、かなり気だるそうな顔をしている。

 大丈夫だろうか。


「おう、爺さん」


 白衣の男は、気さくに老人と挨拶を交わす。

 そして、傷口を確認すると、老人に向けて口を開く。


「手と足か、血は止まってはいるが深いな。金貨五枚だ」


「よろしく頼む」


「分かった」


 男の手が怪我に触れる。

 すると、その手が光り始めた。

 なんだか妙に暖かい。

 これは決して体温ではないだろう。


 やがて光が収まると、腕の痛みがすっかり消えていた。


「次は足だ。ほら、こっちに出せ」


 言われるままに足を出す。

 僕は先に治療された方の腕を見ると、血や消毒液で汚れているものの、傷が完全に塞がっていた。

 まるで魔法のような……。


 足の治療が終わる頃には、男の額に大粒の汗が流れていた。


「ふぅ……。さぁ、終わったぞ」


 そう言って、医者の男は老人からお金を受け取ると、またフラフラと奥の部屋に戻って行く。

 それとは反対に、僕は老人に連れられて診療所の外に出た。





 診療所の表には豪華な馬車が止まっており、窓から幼い女の子の顔がこちらを覗き込んでいた。

 しかし、女の子は目が合うなり、驚いた顔をして窓のカーテンを閉めてしまう。

 よく分からないうちに、嫌われたのだろうか。


「迷惑を掛けたな」


「いえ、治療費を出して頂いて、感謝しています」


「見ての通り、孫娘を乗せていてな。こちらも必死だったのだ」


「本当にお構いなく。単なる事故ですから」


「ふむ、そう言ってもらえると助かる。ワシはこの町で冒険者ギルドをやっていてね。もし利用するなら君には善くするようにと言っておこう。名前はなんという?」


蒼井あおい蒼井あおいゆうです」


「アオイか……よかろう」


 老人が馬車に乗り込むと、すぐに走りだして去って行く。

 その際に、もう一度だけ窓から覗く顔が見えたので、軽く手を振っておいた。

 すると、女の子は少し驚きながらも安心したような顔をして、戸惑いつつも手を振り返してきた。


「ふぅ……」


 手足は治ったが散々だったな……。

 服は血や泥で汚れてしまっている。


 老人に握らされた左手を開くと、三枚の金貨があった。

 表面に描かれた絵には、銀貨と同じく女性が描かれているが、羽は生えていない。

 また、大きさの割にはずっしりと重いような気がする。

 金は比重が大きいと考えると、本物なのだろうか……。

 金貨を銀貨と同じ袋に大切にしまった。


 しかし、半日歩いてようやく町に着いた。

 お腹も空いているが、まずは宿を探すことにしよう。

 少し腰を落ち着けてから、ここが何処なのか情報を集めよう。

 それに貨幣の価値が分からない以上、銀貨だけではお金が足りるのか不安ではあったが、金貨があれば心配はないだろう。


 宿にも泊まれなかったかもしれないと考えると、馬車の老人にもほんの僅かに感謝の念が沸く。

 まぁ、もっとも死にかけたわけだが……。


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