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お屋敷

 夜明けには、まだもう少しという頃。


 ふと……後ろからギュッと抱き締められる。


「……」


 私は、その唐突な……けれど優しい抱擁に目を覚ます。

 今日も、彼は私を優しく包み込んでくれる。

 私は彼の温かい体温を感じて、安心して身を任せる。

 抱き締められる私の背に、何か固いものが当たっている気がするが、なるべく気にしないようにする。

 もうしばらくすれば、彼も目覚めるだろう。


「ぐぅ……もうゴブリンは嫌だ……」


 私は彼の呟きに、彼の腕に優しくポンポンと触れて宥める。

 すると……また少しの間だけ、彼のギュッと抱きしめる力が強くなる。


「うん……」


「……」


 彼の腕の中で、こうして目が覚めるのも、もう何度目だろうか……。

 初めの頃は、少し恐かったものだ。

 けれど、今は……こうして目覚めるのを楽しみにしている自分がいる。

 彼に抱き締められているときだけは、彼に必要とされている気がするからだ。


「すぅ……すぅ……」


「……」


 こうして眠っている間の彼は、無防備でとても可愛げがある。

 彼はいつも強がっていても、本当は甘えたがりなんだと思う……。

 こうやって近くにあるものを抱きしめる癖があったりもするし、たまに寝言で誰かの名前を呼んだりもする。

 一度だけ、私の名前を呼んだ事もある……。


 それなのに、普段の彼は泣き言も愚痴さえも言ったりはしない。

 冒険者として魔物と戦うなんて、誰でも恐いはずなのに……。

 私の所為で仲間に馬鹿にされても、私にはイヤな顔一つしない。

 それどころか何も役に立たない私に、「ありがとう」なんて言えてしまう彼は、どこか少しおかしいのかもしれない……。


 きっと、それ程までに理性の強い人なのだろう。

 きっと、それ程までに普段は気を張っているのだろう。


 だからだと思う……。

 こうして無防備に眠る彼と、普段の強い彼を知っている私だからこそ……。

 私が彼を支えてあげなければいけないと、そう思うのだ……。


 だから私は今日も願う……。

 彼の力になれるように……。

 そう祈りながら、彼の腕の中で、彼が起きるのを待ち続ける。









****









 分厚い雲の掛かる空に、雨音が鳴り響く。


 屋根を伝う雨水がポタポタと滴る音に、僕は目を覚ました。

 窓から差し込む光は弱く、宿の部屋の中は薄暗い。


 今朝の天気は、いつもと違い、あまり良くない様だ。

 しかし、布団の中は今日も変わらずに暖かかった。

 つまり、今日も僕の寝相は相変わらずだ。

 僕はフランを腕の中から解放して、挨拶をする。


「フラン、おはよう」


「おはようございます、ご主人様」


 僕は彼女の優しい声に癒されながら、朝の支度を開始する。

 魔道具の皮袋から二人分の着替えを取り出して、二人で交互に着替える。

 わざわざ交互に着替えるのは、僕が目のやり場に困るからだ。

 そのため、彼女の着替えを待つ間は、窓の外を眺めて過ごす。


 宿の外では、空に分厚い雲が掛かり、雨をシトシトと降らせている。

 よく考えてみれば、僕がこの世界に来てから初めての雨だ。

 フランが病み上がりのことを考えれば、本当なら今日くらいは休んでも良いのかもしれない。

 しかし、背中越しに聞こえて来る彼女の機嫌の良さそうな鼻歌を聞いてしまうと、そのような考えも無くなってしまうのだけれど……。


 しばらくして、彼女の着替えの終わりを告げる声に、僕は返事を返した。





 支度を終えた後は、宿の食堂に移動してフランとティアの三人で朝ご飯を食べる。

 今朝の食堂は、昨日と比較すると空いている様な印象を受ける。

 それに食堂に居る客には、装備を着込んだ冒険者の姿は少なかった。


「うー、雨だとなんだか憂鬱になるわ……。洗濯物は干せないし、お客さんも宿にずっといるし……。死神はまだ見付からないみたいだし……」


「うん、そうだね」


 僕は宿の娘のティアがこぼす愚痴に相槌を返す。

 やはり、この世界でも雨の日は休むのが普通なのだろうか。

 雨の降る中、依頼や魔物退治をするのもなかなかに大変な事だ。

 だが、疎らではあるが、剣や杖などの装備を携えた冒険者の姿も見える。

 こんな雨の中でも、出かける人は少ないながらもいる様だ。


「こんな日でも、ユウは休まないのね」


「うん、フランの装備を買いに行こうと思って。時間があればダンジョンにも行くかもしれないけど」


「そう、フランが羨ましいわ。私も冒険者になろうかしら……」


 ティアがこちらに視線を向けて来るが、愛想笑いを浮かべて受け流す。

 さすがに彼女を巻き込む訳にはいかないと思う……。

 宿の仕事もあるだろうし、何よりも危険が伴う。

 それに僕一人ではフランだけでも守りきれるかは不安だ。

 そのため、何も言わずにスルーする。


「むぅ……まぁ、良いわ。それよりもユウはこの町の貴族になるの? というか、自由貴族だったのね」


「うん、冒険者ギルドのギルドマスターに誘われてて、良い機会だから誘いを受けようかと思って」


「へぇ、すごいわね。まだギルドに入ったばかりなのに認められたって事よね。一体どんな事をしたの?」


 ティアは期待の眼差しをこちらに向けるが、僕は苦笑いをしながら言葉を返す。


「特に何かした訳でもないんだけどね」


「またまた、謙遜しちゃって。何もしないで推薦なんて貰える訳ないでしょ。それにユウと一緒に居た三人組は、この辺では優秀な事で有名なのよ? 彼等と一緒にいるだけでもスゴいんだから」


「あ、やっぱりそうなんだ」


「はぁ、もう知らなかったのね……。まぁでも、将来有望という事なのよね、きっと。ふふっ」


 ティアは納得したのか、笑顔を浮かべた。





 三人で食事を済ませた後は、フランと二人でギルドへと向かう。

 雨に濡れないように、コートを着込んで、雨除けのフードを被った。

 外は雨の所為か、コートを着ていても少し肌寒い。


「少し、冷えますね……」


 フランもやはり寒いと感じたのか、そう呟く。

 僕は彼女の呟きに、ふと思い付いた事を試す。


「フラン、ちょっと手を貸して」


「あ、はい」


 フランの手を取ると、僕は自らの体と彼女の体を魔法で包み込んだ。

 あまり目立たない様に光は出さない様にして、寒くない程度に魔法を調節する。

 元の世界で言えば、魔法で遠赤外線の暖房器具を再現している様な感じだろうか……。

 しかし、火傷とかは恐いので、出力は限りなく弱い。


「ふふ……暖かいです」


「うん」


 フランは気に入ってくれたのか、少しはにかむ様に微笑んでいる。

 こんな雨の中でも、この魔法があれば、風邪を引く事も無いだろう。


「ご主人様の魔法は、本当に素敵ですね」


「あはは、ありがとう」


 フランとこうして歩いていると、この世界の雨はなかなか大変な気もする。

 僕とフランの羽織るコートは、前の世界のように便利な防滴加工がされている訳では無いため、長いこと雨に打たれていれば内側にも水が浸水してくるだろう。

 僕の様に光魔法があれば、乾かすのは簡単なのだけれど、道行く人達は少し肌寒いかもしれない。


 しかし、僕の魔法は便利ではあるのだが、他の属性であればとも思ってしまう。

 現状、僕とフランに足りない物は、火力だと思うからだ。

 これからレベルを上げるのも、二人だけでやっていけるかはまだ分からない。

 例え慎重にやっていくにしても、不足の事態に経験の無い僕が対応できるかといった不安もある。

 そのため、他の属性魔法の様に遠距離の火力があれば、戦術の幅も広がるし安全だと思う。


 遠距離であれば、僕が弓を覚えるのも有りかもしれないが、剣の方もまだ初心者なので正直微妙だ。

 光の魔法は、目眩しには使えるため、近距離と相性が良い気もする。

 それに僕の場合は、何故か身体を魔力で強化し続けても魔力切れは大丈夫そうだし、このまま前衛をやっていくのが良いと思う。


 他には単純に仲間を集めるというのもありかもしれないが、僕の非常識と一般人からのフランへの態度を考えると、他の冒険者と組むというのもなかなか難しい様な気もする。

 おそらく、フランに尋ねれば少しくらい不安でも良い返事がくると思うが、実際に組むとなると仲間の態度に僕がイライラしそうだ。

 そのため、少なくとも彼女が戦闘に慣れるまでの間は、二人だけでやっていくつもりではあるのだが……。


 パーティか……。

 僕はそんな心配事を考えながら、フランと二人で雨に濡れる石畳を歩いた。









 今日は、ギルドでフランの魔力を計って、魔法具屋に行ってフランのローブを買ってと、そう考えていたのだが、どうしてこうなったのだろうか。

 僕とフランは、大げさな装飾の施された馬車にゆられて、通りをゆっくりと進んでいる。


「どうやら迎えが間に合った様じゃな」


「はぁ」


 僕とフランが道をゆっくりと歩いていると、僕等の前に馬車が通りかかった。

 そして、僕とフランは半ば強引にその馬車に乗せられたという訳だ。


「さて、彼等から報告は受けてな。儂も君がようやく貴族になる決心が付いた様で安心したよ」


「えぇと、はい。有り難いお誘いを頂いて感謝しています。グラムさん」


 僕は掛けられた言葉に返事を返す。


「なに、そんなに構える事は無い。孫がもうすぐ10歳の誕生日を迎えるのでな、信頼できる者が近くに欲しいのだよ。君には、その孫娘の下に付いてもらいたい」


「なるほど……」


 この町の貴族になるという事は、王族である誰かの下に付くという事であるという。

 そのため、このお爺さんの孫の下に付くという事なのだろう。

 この辺は、彼の孫のエールや隣に座るフランから話を聞いているので何となくは想像が付いている。

 僕が王族と契約を交わすのだ。

 もっとも、王族と契約を交わすといっても、僕とフランの様に魂を結ぶ様な契約をする訳では無く、もっと簡易な主従の契約を結ぶのだとか……。

 なんでも、忠誠を誓いそれを認めてもらうだけで良いらしい。


「それで、この馬車は一体どこへ向かっているのでしょうか?」


 僕はグランドムに尋ねると、お爺さんは愛想良く笑う。


「まぁ着いてからのお楽しみといったところじゃの」


「そうですか」


 お爺さんは、困惑する僕の返事にニコニコと笑うと、視線を隣のフランに向けて呟いた。


「ふむ、それにしても良い奴隷を買った様じゃのぅ」


「彼女はフランといいます、フラン挨拶を」


 僕がフランを紹介すると、彼女は穏やかに微笑み、座ったままお辞儀をする。


「フランと申します」


 それを見たお爺さんが唸る様にして言う。


「ふむ、それに随分と育ちが良さそうじゃのう」


 フランは、日々の仕草はもちろんであるが、こういった場面では振る舞いは様になる。

 もっとも、このお爺さんはフランが奴隷である事を知っている様だが……。





 しばらく、世間話に華を咲かせていると、馬車はとある屋敷の前で止まった。


「ふむ、着いた様じゃな」


 どうやら、お爺さんの屋敷に案内された様だ。

 御者に馬車のドアを開けられて、お爺さんが外へと出る。

 僕とフランも続いて、馬車の外へと出た。


「さぁ、中を案内しよう」


 お爺さんがそう言いながら、門を開けて庭へと入って行く。

 さすがは貴族か、日本の家に比べるとやはり大きく、外見なんかも豪華だ。

 庭も広く、一面に芝生が張られている。

 やはり、よく手入れをされているのだろう。

 花壇には花々が綺麗に彩りを添えていた。


 僕が庭に見蕩れていると、お爺さんが玄関の前で僕とフランを促した。


「ほら、何をしている。今日から君の家だ。遠慮せずに入りなさい」


「はっ? えっと……?」


 僕が驚き、情けない声を上げていると、お爺さんは笑いながらスタスタと中へと入って行った。

 僕も続いて中に入ると、中で待ち構えていたメイドがコートを預かると言うのでフランと二人で言われるままに預ける。

 そして、お爺さんに促されて屋敷の奥へと通されて行く。


「元々、儂の愛人の為に作らせたのだがな」


「はぁ」


「ちょうどこの家が出来上がる頃に身籠ってしまってな、仕方なく妻として迎え入れたのだよ。そのためまだ誰も住んでおらん。家具も少しは入れてあるんだがのぅ」


 このお爺さんは、いまだに子孫を増やしているのか……。

 というより、屋敷くれるってマジか……どんな世界だ。

 貴族の世界はこういうものなのか……?


「女のために作ったものを誰かに恩賞として与える訳にもいかなくてな。それに、なにぶん小さいため処分に困っておったのだよ」


「はぁ……」


 売ろうにも小さくて買い手が付かないという事なのだろうか?

 日本人の僕から見れば、ずいぶんと大きく感じるのだが……。

 使用人と暮らす前提の場合は、狭いのだろうか……?


「まぁ、家具や生活用品は最低限必要なものを揃えさせた。今日からここに住んでも生活に困る事は無かろう」


「えぇと、はぁ……」


 リビングやキッチン、寝室など次々と案内されていく。

 疎らにだが、家具が置かれており、それらには花柄や動物などの意匠が施されていた。

 これらもその愛人のために準備したものなのだろうか。


 フランの方を見てみると、若干嬉しそうな表情でキョロキョロと室内を見回している。

 そして、僕と目が合うと頬を少し染めて恥ずかしそうにして言った。


「ご主人様、二人で住むには丁度良い大きさかと……」


 ううん、二人で住むには大きいと思うよ……と心の中で突っ込みを入れながらも考える。

 どうやら、フランは満更でも無いらしい。

 彼女が喜んでいるようならば良いのかもしれないが、あのお爺さんがここまでするからには裏がありそうで怖い。

 お爺さんの孫であるメルドの言った事も少し気になるのだが……。


 その後も「まぁ、国から与えられるお古の屋敷はいくらかマシであろう」だとか、「小さめではあるが、奴隷が一人であればこれくらいが丁度良いだろう」だとか、言われながら案内されていく。

 と、フランに裾を引かれて耳打ちをされる。


「ご主人様……。お、お風呂があります」


「おぉ、そうそう、風呂はこだわっていてな。何よりも浴槽を大きく作らせた。風呂を入れるのは重労働ではあるが、まぁ問題は無かろう」


 グランドムは、目を輝かせているフランを見て言った。




 ひとしきり回り終えると、再びリビングに通される。

 グランドムは、おもむろに床に敷かれていたカーペットを引き剥がしながら言う。


「ここが最後かの」


 すると、カーペットの下には扉があり、それをガチャリ開いて見せた。

 床下の隠し部屋……いや、シェルターか?


「中の仕掛けを動かせば、結界の魔法が掛かる様になっておる。例え屋敷に火を放たれ燃え尽きたとしても、この中に居れば無事でいられるじゃろうて」


 僕とフランが中を覗き込むと、グランドムはニヤリと笑いながら言った。


「どうじゃ」


「すごいですね……」


 そう言われても、すごいと言うくらいしか返せない。

 そもそも、ここまで過度な防衛が必要なのだろうか。

 それとも人によっては、必要になるのか……。

 というか、本当に屋敷なんか貰って大丈夫なのか……。


 色々と疑問は尽きないも、ポンと土地と屋敷の権利書を手渡されると、グランドムは「では、また来るでな」と言って去って行ってしまった。

 お爺さんが乗る馬車の見送りを終えた後、去って行った先を見つめながらフランが呟く。


「ご主人様、すごい方でしたね」


「うん……」


 フランの言葉に、僕はただ頷き返した。


 こうして、何故かよく分からない内に屋敷を貰う事となった。

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