解散
日が落ちるには、まだもうしばらくという頃。
今日は早めに町に戻って来られた様だ。
そして、その足でギルドへと向かい、まだ空いているカウンターで換金を済ませる。
ゴブリンという小さな魔族は、魔物の様に売れるような素材が取れるわけでは無いのだが、倒した数が多かったためそれなりに稼げた様だ。
「ほら、ユウ」
「ありがとう」
アレックスに渡されたお金を受け取る。
しかし、その量に疑問を感じて、アレックスに問いかける。
「なんか、多くない?」
「気にするな。みんなからの餞別だ」
アレックスはニヤリと笑い、メルドとフューリも頷いた。
「成長したら返しに来い」
「そうそう、でも今日は奢ってくれるんだろ?」
彼等の言葉に、僕は仕方無く硬貨を仕舞い込む。
そして、彼等に何度もお礼を言う。
最後の最後で、なんとも粋な計らいだ。
僕も彼等の様に、余裕のある冒険者に成りたいと思った。
「それじゃあ、パーティは解散だな」
アレックスがそう切り出して、彼の出した石板に一人一人が腕輪をかざしていく。
こうして、僕と彼等のパーティは解散した。
彼等とは実に短い期間だったが、本当に沢山の事を教わってしまった。
教わった事を考えると、本当に感謝してもしきれないが、それらを今すぐに返せるわけでは無い。
返せるくらいまで、強くなるなり成長するのが筋だろう。
僕ができる事で、彼等の困るところなんて、正直想像できないのだが……。
「こっちって……貴族街だよね?」
「あぁ」
僕は隣を歩くメルドに尋ね、彼は頷く。
彼等とのパーティが解散したからといって、すぐに別れるというわけでもない。
今日の夕飯は、僕の奢りという事になっているからだ。
それに彼等は、リノの町を拠点としている傭兵団の団員だし、その内ギルドを通して一緒に仕事をする事もあるかもしれない。
もちろん、僕が彼等に追いつければの話だが……。
アレックスは「森の状況を伝えて来る」と言ってギルドの奥へと入って行き、フューリは「行きたい所がある」と言って何処かへ行ってしまった。
一応、彼が何処へ行きたいかは聞かないでおいた。
僕とメルドは、約束していた魔法使いの服屋へ行く事になった。
要は、フランの装備を買うための下見だ。
メルドと二人で、小綺麗な町並みを歩いてしばらく……。
いくつかの細い路地を曲がると、メルドが古びた建物を前にして立ち止まった。
「ここだ」
メルドが言うと、僕は案内された建物に目を向ける。
パッと見の印象は民家だった。
しかし、ドアの前には小さな看板が立て掛けてある。
「アリアドネ魔法具店……」
僕は看板の文字を読み上げて、建物に再び目を向ける。
少しこぢんまりとした印象だが、メルドが勧めるという事は良いお店なのだろう。
知る人ぞ知るといった感じなのかもしれない。
「なんか、お店というより普通の家みたいだね」
僕は見たまんまの印象を口にする。
「あぁ、ここは暇つぶしでやっているからな」
彼はそう言って店の中に入って行く。
メルドが店のドアを開けると、ドアに付いたベルが鳴る。
僕も彼に続いて店内に入った。
「メルの坊や、久しいね……」
「あぁ、少し邪魔するぞ」
カウンターに座るお婆さんとメルドが軽く挨拶を交わす。
「お邪魔します……」
メルドに続いて僕も挨拶すると、店のおばあさんはにこにこと頷いた。
僕は入口近くから店内を見回していく。
店内には、ところ狭しと品物が置いてあった。
すごい品数だ。
これだけあれば、見ていくのも苦労しそうだ。
色とりどりのローブに様々な色や形の刺繍……。
これ、全部意味があるのだろうか……。
それに、何に使うか分からない仮面やら魔法使いが持っていそうな杖まで置いてあった。
正直、何を基準に見ていけば良いのか分からない。
フランは水属性だから、その辺か……。
「女だね」
「えっ?」
僕が入口で店内を見回していると、お婆さんが話しかけて来た。
あまりに突然の事に変な声を出てしまう。
「男の考えてることなんて、大抵は顔を見れば分かるものさ……」
お婆さんはそう言って椅子から立ち上がると、再び口を開いた。
「それは冗談として、あんたいま明るい色の方に目が行ったからね……。まさかあんたが着るわけじゃあないんだろ?」
「えっと……はい」
「彼女にプレゼントかい」
「今日は、その下見です。これから冒険者になる人がいて……」
「なるほどね……。属性は何かね」
「あ、水です」
お婆さんに次々と質問され、それに答えていく……。
しかし、その口調は柔らかく、不思議と押し売りの様な印象は受けなかった。
話の半分は、世間話みたいな物だったからかもしれない。
「そこまで初心者なら……最低限ローブがあれば良いね」
お婆さんは最後にそう締め括った。
「杖も、いらないんですか?」
「杖はね、魔力の制御に余裕が出てきたら扱う物さね」
僕の質問に、お婆さんが答える。
色々と物入りになるだろうと予想していたが、正直拍子抜けだ。
魔法使いは、本人の技量が最重要であるらしい。
終いには「あんた剣士なら、もっとちゃんとした装備をしなさい」と言われていまう。
確かに、アレックスに比べたら僕は軽装なのだが、お店に置いていない物を勧めるは商売としてどうなのか……。
暇つぶしでやっているというのは、そういう事なのだろうか……。
「今日は楽しかったよ。また来とくれ」
「あぁ」
「はい、また来ます」
帰り際に、お婆さんに見送られて、店を後にする。
色々な話を聞いたお陰で、すっかり日も暮れてしまった。
「良かったら、また来てやってくれ。帰り際に、この町で一番大きな魔法具屋の前を通る。気に入った店で物を買えば良い」
「うん、ありがとう」
具体的にどれを買うというのは決まらなかったが、参考にはなった。
これでフランの装備も買う事ができるだろう。
そうして、メルドと二人で帰路に着いた。
僕とメルドが宿に着く頃には、もうすでに宴会が始まっていた。
フューリが声を上げて、こちらに向けて手を振っている。
「おい、メルド、ユウ! 二人とも遅いぞ!」
フューリとアレックス……そして、何故かフランの姿あった。
フランは頬が赤く、既にすっかりと出来上がっていた。
アレックスは、机に突っ伏して潰れている……。
恐らく、犯人はフューリだろう。
「ご主人様はっ! そんなに私の事が嫌いなのですかっ!」
「いやっ、何を……」
僕がテーブルに付くなり、フランに開口一番にそんな事を言われ戸惑う。
しかも、彼女の瞳には薄らと涙が込み上げている。
「それとも、私よりも男の人の方が良いのですかっ……!」
「フューリ、フランに何を吹き込んだんだ……」
「いやぁ……へへ……」
フューリは笑っているが、フランの方は洒落にならない。
フランは、僕の服の袖を掴みながら必死に訴えている。
「フューリさんが、奴隷に手を出さないのは男色か不能だってっ……ひっぐぅ……うぅ……」
そして、終いには泣き出し始めた。
「でもっ、ご主人様は毎朝元気ですって伝えたら……っ、やっぱり男色のっ変態だってバカにするんですっ……」
「…………」
分かった……。
分かったから、もう静かにしてくれ……。
周りの視線が気になる。
僕はフランに魔道具から出したタオルを渡しながら、なんとか宥めようとする。
「ご主人様は、メルドさんが好きなのですかっ……。お二人は仲が良いって……。私よりも、男の人の方が良いんですかっ……」
「ユウ、お前まさか、そうなのか……」
「違う」
隣に座るメルドが驚きを隠せない顔でこちらを見たが、即答で否定する。
僕はフューリの方を見るが、彼は依然としてニヤニヤとこちらを観察していた。
こいつめ……。
「メルド……フューリを牢獄にぶち込むにはどうしたら良い……」
「あ、あぁ……この国の貴族になればできるが……」
「そうか、どうやら僕もこの国の貴族になる理由ができたみたいだ」
フランの頭を撫でながら、フューリにチラリと目を向ける。
すると、フューリはみるみる内に表情を曇らせていった。
「いや、ごめん! いや、あの、すみませんでした!」
結局、その日もフューリの奢りとなった。




