曇り空
僕は何体目かのゴブリンを切り倒し、前方の敵に目を向ける。
「次、来たぞ」
「分かってるっ!」
後ろから声を掛けるメルドに返事を返す。
少しずつ……少しずつ解ってきた……。
魔力というものは、だいぶ感情に反応するらしい。
こちらが焦れば焦るほど、そのコントロールは難しくなっていく。
だから、冷静に……シンプルな頭で扱えば良い。
冷静に、冷静に……。
そう心の中で自分に言い聞かせて、集中する。
目の前に居るのは敵だ。
あの魔物を倒せば良い。
僕は左手に魔力の球を浮かべ、圧縮する。
まだいける……もう少し……これがいまの僕の限界。
最後に、限界まで込めた魔力に単純なイメージを追加する。
ただ単純に、あの頭を吹き飛ばせば良い。
冷静に……冷徹に……魔法の結果を思い浮かべる。
その一連の思考もほんの数瞬のこと、僕は左腕を振り抜き魔法を解放した。
「喰らえ」
僕の左手から開放された魔法は、光速とまではいかなくとも高速で飛んで行き、魔物の頭に直撃する。
魔物の頭に当たった魔法は、弾ける様に光を放ち、辺りを一瞬だけ明るく包み込んだ。
まだ、魔力の制御が甘いか……。
僕は自ら放った魔法の感想を思い浮かべながらも、すぐさま魔物へと走り寄って行く。
ゴブリンはその姿勢を大きく崩すと、仰向けに倒れ込んだ。
そして、その血塗れの顔面を両手で覆う。
やはりまだ息があるか。
僕はゴブリンに近づくと、その無防備な首元に光を帯びた剣を突き刺す。
「ギピッ……‼︎」
ゴブリンが短い悲鳴を上げ、その身体がビクリと跳ねる。
そして、それはすぐに力を失った……。
「はぁ……はぁ……」
集中した所為か、緊張の所為か……僕は荒い息を繰り返す。
本当なら、ここまで息を切らす事では無いはずだ……。
身体の方は、武術法のお陰で素早く動く上に疲労も無い。
しかし、この状況もあるだろう。
やはり、まだまだ慣れが足りない証拠か……。
僕はなるべく平静を装いながらも、自分が行った結果を眺める。
僕の周りには、僕が殺した魔物達が無惨な姿で横たわっている。
「見事だな」
「はぁ……はぁ、ありがとう……」
僕はメルドに答える。
とは言っても、アレックスなんかは、まるで薙ぎ払う様にゴブリン達を倒している。
フューリに至っては、弓兵なのにナイフで遊んでいる。
もっとも、彼の場合は矢の節約なのかもしれないが……。
メルドは変わらず後ろで魔力の温存だ。
彼の魔法は、その一つ一つが必殺に等しいので、わざわざ雑魚に魔力を使う必要はないのだろう。
というより、いまの彼は僕のお守りみたいなものだ……。
僕の殲滅が間に合わない場合は、メルドが魔法で焼いていた。
確かに少しずつ強くなっているのは感じている……。
しかし、いまの僕は彼等に完全に守られている様な状況だ。
正直、僕一人でフランを守っていけるかというのは、本当に怪しいところだ。
だが、少しずつは強くなっているはずだ。
僕の魔力の制御がレベルに押し上げられているのか、はたまた単純に魔力の扱いに慣れてきただけなのか……。
今はそんな細かいことは、どうでも良い。
僕はまだ強くなれる。
今はそれだけを考えれば良い。
思考の最中、次の魔物がこちらに流される。
アレックスかフューリが、僕のためにわざわざ見逃した魔物だ。
「ほら、次来たぞ」
「あぁ、分かってる」
メルドに返事を返す。
次はもっと上手くやる。
その次は更に上手くやれば良い。
僕は再び剣を構えて、次の魔物へと向かった。
「なぁ、なんでこんなに魔族が多いんだ?」
ゴブリンを片付け終えたフューリが言う。
「分からない。町からそう遠くない場所でこんなに繁殖されると、さすがに危ういな」
「あぁ、この分だと他にもいるだろう。早めに潰しておきたいところだ」
アレックスとメルドがそれぞれ言った。
一体いまの戦闘で何十体のゴブリンを倒したのだか……。
薄暗い洞窟の中には、ゴブリンの死体が散乱している。
そして、それぞれの死体は、例外無く首が落とされている。
まるで地獄絵図だ。
その内の少なくない数を、僕が自らの手で切り落としたのだが……。
魔族というのは、ここまで徹底的にやらなければいけないのだろうか……。
一体も逃さずに皆殺しだ。
僕が洞窟の出入り口を担当したため、間違いは無かった。
本当に、なんとも殺伐としている……。
「アレックス、どうする。一度、町に戻るか?」
メルドがアレックスに尋ねる。
「ゴブリンの異常な繁殖、それにオークが居た事が気になる。一度町に戻ろう」
アレックスがそう言うと、フューリとメルドも頷く。
「ほら、帰るぞ」
「うん……」
隣に佇むメルドにそう促されて、僕も頷いた。
****
主人の洗濯物を取り込み、丁寧に畳んでカゴの中へと入れる。
そして、続けて自分の分を取り込んでいく……。
しかし、それでも僅か一日分。
たった二人分の洗濯物の一日分だ。
私の一日は、限りなく暇であった。
「ふぅ……」
私はもう何度目かのため息を漏らす。
今頃、彼は平気だろうか……。
どこかで、ケガをしたりしていないだろうか……。
そう不安に思うと、何度となく腕輪を確認してしまう。
彼が強いのは知っている。
堅実で無理をしないタイプである事も、なんとなく想像が付いた。
でも、心配なものは心配なのだ……。
そう思いながら、自らの腕輪を見つめる。
左腕の腕輪は、銀の模様が変わらずに輝いていた。
この模様は、契約の証であると同時に、彼が無事であるを意味している。
そのため、私は暇さえあれば、この腕輪を見つめていた。
つまりは1日のほとんどを腕輪を見つめて過ごしているという事になる。
「……」
本当に、こんな事をしていて良いのだろうか……。
私は奴隷なのに……彼にしてあげられる事が無い。
魔女熱のために魔力も使えないので、魔法の練習もできない。
もうあまり熱は無いので、少しくらいは練習しても良いのかもしれないけど……。
彼は、熱が完治した事を証明しなければ、私を連れて歩かないだろう。
その辺、彼は頑固だった……。
「…………」
私は、そんな彼の事を思い浮かべて、一人ほそく笑む。
こんな私でも、彼は心配してくれる。
そう思うと、自然と明るい気持ちになる事ができた。
何度となく彼の言葉を思い出しては、勝手に照れて、顔を赤くしてしまったりする自分がいる。
そして、彼とのこれからを考えると、楽しみで仕方が無い自分がいる。
つまり、彼はズルいのだ……。
側に居なくても、こんなにも私の気持ちを振り回す。
こんなにも、ほったらかしにするクセに……。
全然優しくなんか無い……。
「…………」
私は、そんな彼の役に立てるのだろうか……。
例え魔女となったとしても、本当に役に立てるのだろうか。
攻撃魔法なんて、まるで練習した事も無い。
武器や防具も、屋敷に飾られているのを掃除するときに触れたくらいだ。
今、唯一できる事と言えば、ほんの少しのケガを治せるくらい……。
彼はそれでも良いと言ってくれた。
彼は「これから頑張れば良いんだよ」と優しい声で言ってくれる。
だから、熱が治ったら頑張ろう……。
どんなに辛くても……どんなに苦しくても……。
彼のためなら頑張れる気がする。
「……」
しかし、彼はそんな私を見たら止めるだろうか……。
無理するなと、心配してしまうかもしれない。
そう考えると、再び笑みがこぼれた。
私の考えは、今日も堂々巡りだ。
私は一人、宿の裏庭から曇り空を見上げる。




