魔法跡
薄暗い森の奥……。
何匹かのゴブリンを倒して、みんなで一息付く……。
「ユウ、魔力は平気か?」
アレックスが、僕を気遣うように言った。
「うん、平気だよ。ありがとう」
僕はアレックスに、もう何度目かになる、同じ答えを返した。
「そうか。少しでも気分が悪くなったりしたら、遠慮無く言ってくれ」
「うん、分かった」
彼は、僕の事をとても気遣ってくれる。
戦闘では、僕の立ち位置や、動きにもアドバイスをくれるし、弱そうな魔物を僕に流してくれたりする。
メルドやフューリも手加減してくれている様だった。
そうやって森の奥へと進んでいるので、もうレベルも一つくらいは上がっているのではないだろうか?
僕は、町に帰ってレベルを確認するのが、少し楽しみになっていた。
「ユウ、本当に魔力は平気なのか?」
休憩中、メルドに声を掛けられる。
「うん、平気」
僕は、メルドにも同じ答えを返した。
「そうか」
メルドが言った。
アレックスもメルドも、心配が過ぎる気がする。
確かに、戦闘中はアレックスの少し後ろに控える形なので、魔法を何発かは撃っているが、それだけで魔力がなくなるとも思えない……。
僕の魔力量は、そんなに多いのだろうか?
メルドも魔力指数は150もあると言っていたので、そこまで多いわけではなさそうなのだが……。
やはり、光魔法は魔力の効率が良いのだろうか。
うーん……。
ゲームみたいに消費MPとかが分かれば良いのだが……。
僕は、答えの出ない事はあまり深くは考えない事にする。
それよりも、いまは少しでも多くの事を学ぶべきだ。
光魔法については、それからで良い。
「ねぇ、メルド。魔法を使う時に、空中に出るやつの事を教えてよ」
僕は、休憩のたびに魔法について、メルドに尋ねていた。
彼は、僕が色々と尋ねても、その度に丁寧に答えてくれる。
「魔法を使う時に、空中に出るやつ?」
「うん、メルドが魔法を使う時に、空中でゆらゆらと赤く光るでしょ? アレも魔法を使うのに必要なものなの?」
彼の面倒見の良さに、あまり甘えてしまうのもどうかと思うのだが、自らの胸に湧き上がる好奇心には、勝てないのであった。
「アレは、単純に魔力が目に見えているだけだよ」
彼はそう言って、手の平の上に赤い魔力の塊を出して見せた。
その魔力の塊は、ゆらゆらと赤く淡い光を放っている。
「こんな風に、濃い魔力は属性に応じた光を放つ。そして、こうしている間にも、結構な魔力を消費しているんだ」
メルドは、そう言いながら、手の上の魔力をじっと見つめた。
僕も、彼につられて、その手の上で揺らめく魔力の光を見つめる。
すると、次第に光が小さくなって行った。
目に見えにくい、普通の魔力に戻ったのだろうか?
僕が、メルドの手を興味深く見ていると、彼が呟いた。
「ふっ……。本当に何も知らないんだな」
彼は一度だけ微笑むと、話を続ける。
「魔力は、ただ普通に扱っているだけでも、消費して行くが、先程の様に濃い魔力を込める程に消費は加速して行くんだ。学者の間では、扱い切れなくなった魔力が、中途半端ではあるが魔法に変化しているため、と言われている」
メルドはそう言うと、僕を真っ直ぐに見て、話を続けた。
「ユウ。お前の戦い方を見ていると、魔力の残量なんて気にした事が無いんじゃないか?」
僕は、彼のセリフに少しだけ驚いた。
近くで戦い方を見ているだけで、そんな事も分かるのだろうか……。
単に僕がピカピカと剣と体光らせていたからだろうか……。
「えっと……確かに、あまり気にした事は無いけど……どうして?」
「ユウみたいに、常に魔力を発光させながら戦う奴はいないって事さ」
話を聞いていた、アレックスが言った。
そして、アレックスの言葉をメルドが補足する。
「発光する程に魔力を込めて、戦い続ける。それはつまり、魔力を垂れ流し続ける様なものだ……。そんな馬鹿みたいな話は、どこかの神話や英雄伝でしか聞いた事が無い。はっきり言ってお前の魔力量は異常だ」
「異常って……」
僕は、メルドに言われて戸惑ってしまう。
「ユウ。君は色々と知らない事が多すぎる……。君は一体、何者なんだい?」
アレックスが言った。
彼らの態度に特別な変化は無い……。
しかし、その問にすぐには答えを出せなかった。
「僕は、普通の……」
普通の……なんだ……?
そもそも、僕はこの世界の人間では無い……。
僕は、彼らとは違う……?
僕が異世界人だとしても、異なるのは属性くらいなものだと思っていた……。
その属性も、過去に一人居たというので、特別問題だとは思っていなかった。
ただ、珍しいだけだと思っていた……。
だから、そのうちこの世界にも自然と溶け込めると思っていた。
魔力も、ただ人より少し多いだけだと思っていた。
しかし、魔力量もそんなに異常なのか……?
僕は、彼らとは、やはり違うのか……?
例えば、体の作りは同じなのか……?
見た目は同じでも、僕の言う人間と、彼らの言う人間は違うのだろうか……。
そもそも、なぜ急に魔法が使える様になった……?
なぜ彼らと同じ言葉が話せる……?
僕は不意に現実を突き付けられ、グルグルと思考を巡らせた。
そして、その疑問のどれもに、答えを得る方法は、思い浮かばなかった。
「別にユウを責めている訳じゃないんだ」
思考を巡らせる中、アレックスが言った。
「フューリ」
アレックスが、フューリに声を掛ける。
「あぁ。やっぱり、ユウは魔族では無いと思うぜ……。ただ何かこう……人間とも少し違う感じがするけど……そう言う奴は時々いるしな……」
フューリが言った。
フューリは魔物の気配を感じ取れるので、何か分かるのかもしれない……。
「ユウ、悪かったな。実は、俺達はお前を調べる様にギルドに言われていたんだ」
メルドが言った。
その言葉に、僕は驚いた。
「ギルドの依頼? ちょっと待って、僕はギルドに疑われてるの?」
生活の糧にしようとしていたギルドから疑われてる?
まさに寝耳に水だ。
ギルドマスターのお爺さんやエールさんは、そんな様子を微塵も感じさせなかったが……。
僕が鈍いのか……?
もし、何か疑われてるのだとすれば、僕はどうすれば良い……?
そもそも、疑われてるとどうなる?
再び、思考を巡らせるが、それにも答えは出ない。
「そういう様子ではなかったんだが……。ギルドマスター直々の依頼で断りきれなかったんだ」
アレックスが言った。
「直々って、ギルドマスターの?」
「グランドム・フォン・アレイスター、下らん事に人をこき使うクソジジイだ」
メルドが低い声で言った。
「メルドは、ギルドマスターの孫なんだ。それで時々依頼が回ってくる」
アレックスがメルドの言葉を補足する。
というか、あのお爺さんは孫が何人いるんだ……。
僕がそんな事を考えていると、アレックスが言う。
「なぜ突然、ユウが魔族じゃないことを証明しろ、なんて言って来たかは分からないが、そんなに深刻な話じゃない様だった。理由は直接聞いてくれ。知り合いなんだろ?」
アレックスに言われて、僕は頷いた。
***
私は、彼の汲んで来てくれた水を飲みながら、彼の置いて行ってくれた、ギルドブックを読む……。
彼の汲んで来てくれた、この水は、セクナの水といい、水の女神セクナの名を冠された、聖なる湧き水だ……。
清らかで、魔力の豊かな場所でしか湧く事は無く、リノの町の様に、拓かれてしまった土地では決して、あるはずは無いのだけれど……彼は、当然の様に、私に汲んで来てくれた。
本当なら数時間もすれば、清らかさが失われて、ただの水になるはずなのだけれど……。
『うん、どうやら、まだ大丈夫みたいだね』
彼は、一度だけ水を口に含んで確認すると、そう言って、私に渡した……。
私は、顔が赤くなるのを誤魔化しながら受け取った……。
そして、その場で説明もしてくれた。
『この水は、セクナの水って言うんだってさ……。飲めば、きっと疲れが取れるはずだよ。本当は、水筒二つに汲んで来たんだけど、帰りに片方は飲んじゃったんだ……。だから、これしか残っていないんだけど、もし熱が辛くなったら飲んでみて』
それから、一緒に朝ご飯を食べた。
彼は、熱が辛くなったらと言っていたけれど……。
私は、すぐに水を飲むことにした。
早く飲まなければ、勿体無いからだ……。
あと数時間もすれば、この水はただの水になる……。
「ふぅ……」
私は、水筒の水を、また一口飲むと、軽いため息をついた。
彼は、最近私の事をあまり意識してくれない……。
彼は、私が必要だと言ってくれたけど……。
本当に、そうなのだろうか……。
また、優しくしてくれているだけではないのだろうか……。
私は、水筒の口元を意識しながらも、水を口に含み、飲み込む……。
私ばかりが、こうして彼を意識して過ごす……。
はじめは、彼も少しは意識してくれていたはずだ……。
でも、ここ数日、彼の緊張は、顔にも出ていない……。
声や対応……そのどれもが、落ち着いて来ている……。
こんな言い方をすると、自分の主人に対しては、失礼極まりないのだけれど……。
全く……可愛く無い……。
でも、彼と二人の間は、私だって普通の女の子でいて良いって言ってくれた。
だから、良いはずなのだ……。
こんな失礼な事を思っても、私がどれだけ彼に思いを募らせようとも……。
「はふぅ……」
私は、再びため息をついた。
やっぱり、私だけが彼を意識しているのだ……。
「やっぱり……ズルいですよ……。ご主人様……」
私は、一人……誰も居ない部屋で呟いた。
***
日が傾き始める頃……。
帰り掛けに、メルドに尋ねられる。
「ユウは、なぜ剣士になろうと思ったんだ? やはり、その属性のためか?」
僕は、メルドの質問に少し考えながら答えた。
「うーん、属性もあるかもしれないけど、やっぱり自分の身は自分で守れるようになりたいって言うのがあるのかな。それに、守りたい人もいるからね」
そして、僕が剣士では無く、魔法剣士である事を伝える。
「魔法使いの友人か……。それにしても、魔法剣士とは、珍しい選択だな」
「そうなの?」
僕は、メルドに尋ねた。
「魔法には、自然と発動してしまうリスクがある事は、説明しただろ?」
「うん、魔力の暴走だよね」
僕は、彼の言葉に頷きながら答えた。
「あぁ。魔力は、その属性に応じて火は火に、水は水に戻ろうとする。だから、属性持ちが、強い魔力を身に纏えば、それだけ魔法が発動してしまうリスクが高いのさ……。誰だって、自分の力で燃えたり、水浸しにはなりたくはないだろ?」
「それは……そうだね」
僕は、メルドの問いに頷いた。
「普通なら、属性持ちの殆どは、自然と魔法使いに成るものだ。逆に、属性を持たない者は、武器を手に戦うしかない。そもそも、魔法が使えないからな……。しかし、ユウの場合は、そのどちらでも無い……。だから、明日は、アレックスに武術法を教わると良い。アレックスには、俺から話しておく」
「うん、ありがとう。メルド」
彼は、今日一日だけで、魔法に関する様々な事を教えてくれた。
歳もほとんど変わら無いはずなのだが、僕の中では先生の様な存在になっていた。
「それともう一つ、ユウの剣を貸してみろ」
僕は、メルドに言われた通りに、剣を抜いて渡した。
剣を受け取ったメルドは、目を凝らして剣の紋様を見てゆく……。
「やはり軽いな……。それにこの術式は……」
メルドはそう呟くと、片手で軽く剣を振った。
すると、剣の軌跡に合わせて、空中に炎が弧を描いた。
「これは魔法金属の剣だ。それも、柄には魔力の吸収、刀身には魔力の放出を補助する術式が刻まれている。単純だが、相反する術式をここまでみごとに刻み込むとは……」
メルドは感心した様な声を上げた。
そして、メルドは今度は両手で剣を構えながら言った。
「つまり、込める魔力に制御を加えると、こんな事ができる」
メルドが再び剣を振り抜いた。
剣先から何か赤いモノが飛んで行き、前方の木に命中した。
それと同時に、何か硬いモノが当たる音がしたあと、木が燃え上がった。
「メルド……すごいね……」
「あぁ……。ユウ、すまんが消すのを手伝ってくれ……」
「うん……」
その後、アレックスとフューリを巻き込んで、消火活動を行った……。