捜索隊
窓の外から、僅かな明かりが差し込む……。
今日も僕は、いつもの様に起きる……。
腕に抱き締める温かく柔らかな感触と、耳に響く彼女の穏やかな声……。
「おはようございます……ご主人様……」
僕は、そんな彼女の温もりを名残惜しく思いながらも、離れて挨拶を返す。
「うん、おはよう……フラン……」
そして、いつもの様に謝る。
「いつも、もごっ――」
しかし、僕が言いきるよりも早く、彼女の人差し指が、僕の口を塞いだ。
「もう……ダメですよ……。謝らないで下さい……。ご主人様が仰っていたではないですか……。ご主人様は、私を抱き締めて起きると……安心するのですよね……?」
そして彼女は、少しだけ頬を染め、恥ずかしがりながら言った。
「でしたら、これは私の役目です……。私の大切な朝のお務めを、奪わないで下さい……」
そう言って、彼女は微笑んだ。
その穏やかな声と微笑みに、癒される。
僕は、そんな彼女の指を退けると、こう言った。
「うん……分かったよ、フラン。いつもありがとう」
彼女は、僕の言葉を聞いて少しだけ驚いた様な表情すると、コクリ……と一度だけ頷き、微笑んだ。
「はい……ご主人様……」
今朝の食堂は、いつもよりも込んでいた。
いつもは起きるのが遅いという事もあるが、今日は雰囲気が異なる気がした。
武装した冒険者達の姿が多く見受けられるのだ。
「全く、物騒よね。死神が町の近くに来ているかもしれないなんて……」
ティアが、僕とフランの食事を持ってやって来ると言った。
そして、僕とフランの前に料理を置いて、彼女自身も席に座る。
「ねぇ、ユウ。また、作ってみたの。この前、フランから教わったやつよ。美味しくできていると良いのだけど……。あ、フランの分もあるからね。フランの感想も聞かせて欲しいわ」
そして、スプーンを片手に、自分の分を食べ始める。
「はむっ……。これ、クーレムって言うらしいわね。私は、美味しくできていると思うのだけど……食べた事が無いから分からないの……」
ティアは、そう言って僕の方を見やった。
どうやら、僕の感想を待っているらしい……。
僕は、スプーンを手に取り、デザートに口を付ける。
クーレムと呼ばれた、それは、見た目はプリンの様な感じだ。
味も甘く、食感も柔らかい。
しかし、冷たいのではなく、温かかった。
「うん、美味しいよ」
「ふふっ……もう、本当……? ユウは、いつもそう言ってくれるから、少し心配だわ……」
ティアは、そう言って微笑んだ。
僕は、そんな彼女を安心させる様に言う。
「うん、本当。あとは、冷やして食べてみても、美味しいかもね」
僕は、元の世界を思い浮かべて言った。
味も食感も、プリンに似ているので、きっと冷やしても美味しいはずだ。
ただ、手作り感に溢れていて、とても優しい味がした。
「なるほど……。色々な食べ方があるのね……。さすがは、貴族だわ……」
ティアは、納得した様に頷いていた。
「ところで、フランの熱はもう平気なの? 昨日は、だいぶ魔法を使っていたみたいだけど」
デザートを食べ終わったティアが言った。
僕が、何となくフランの方を見ると、フランがティアに答える。
「はい、魔女熱と言っても、あまり魔力を溜め込まなければ、平気なのです」
僕は昨日、フランから同様の話を聞いて、なるほどなと思った。
フランが魔法の練習をしていたのは、熱を抑えるためでもあったのだ……。
あれほど、魔力を込める必要があるかといえば微妙だが、魔力を使うこと自体にも意味はあったらしい……。
「そうなのね。昨日は少し辛そうなのに、魔法の練習をするって言い出したからびっくりしたわ……。お母さんが、気の済むまでやらせなさいって言っていたから、止めはしなかったけど……」
「はい、ご迷惑をおかけしました。でも、魔女熱は魔力の量に慣れるまでは続くのです。なので、今日は魔力を使わずに我慢していようと思います」
フランが、こちらをチラリと見た気がしたが、気にしないでおく。
僕は、ティアとフランが話す様子を聞きながら、食堂の中を見やった。
やはり、なんだかいつもよりも物騒な感じだ……。
僕らのテーブルを除いて、ほぼ全員がなんらかの武装をしている。
いま宿に泊まっている客達は、みんな死神を目当てに町に来ているのだろうか……。
僕は、その様子を眺めながらも、食堂に掛けられている時計を見て、そろそろ宿を出ないとな……と考えた。
「フラン、ティア。僕は、そろそろギルドに向かうよ」
僕の言葉に、フランが頷く。
フランには、昨日の内にある程度の事情を話してあるので、問題ない。
「ティア、今日もフランの事をお願いしても良い? もし、無理をしている様だったら、また裏庭で魔法を使わせてあげて欲しい」
「もちろんよ。ユウも、気を付けてね」
僕は、それに頷いた。
「フランも、早く治したいからって、無理する必要は無いからね」
僕は、念のため釘を刺しておく……。
彼女は、そう言っておかなければ無理をしそうだからだ。
「はい……。ご主人様も、どうかお気を付けて……」
フランが笑顔で答えた。
僕は、その様子に頷くと、宿を出てギルドへと向かった。
僕がギルドに着くと、いつもより少し混雑していた。
そして、アレックス達との待ち合わせには、まだ少しだけ早い……。
本当は、早く来て魔物の素材を換金したかったのだが、今は無理そうだ。
換金は、後回しにする事にした。
僕は、まだ朝早い広場を見渡し、その様子を眺める……。
何人もの人が、露天の準備をしている。
この世界の人達も、こうやって生計を立てているか……。
僕は、しばらく広場を眺めていると、露店の内の一つに目が止まった。
露店に広げられていたのは、魔導師達が着る様な、刺繍のされたローブだった。
僕はそれを見て、今の内にフランに似合うものを探しておこうと思った。
「少し、見て行って良いですか?」
僕は、露店に近づき、まだ準備中の店主に声を掛ける。
「はいよ。気に入ったのがあったら、買って行ってね」
店主が答えた。
僕は、店主に許可を得て、品物を見て行く……。
白地に金や銀、黒地に赤や青など、様々な色の布地に、色取り取りの刺繍がされていた。
時々、手に持ってみたり、身体に当ててみたりもする。
そうしていると、突然、後ろから声を掛けられた。
「何をしているんだ?」
僕は、驚きの声を上げながら、振り向いた。
「わっ……。なんだ、メルドか……」
「ははっ、驚かせて悪かったな」
メルドは、笑いながら答える。
「そろそろ、行くぞ。もうじきアレックスが、フューリを連れて来る」
「うん、分かった」
僕は、メルドに答えると、お店の人にお礼を言って立ち去る。
「魔法使いにでも転身するのか?」
広場から、ギルドの前までのほんの少しの間、僕はメルドに尋ねられた。
「ううん、違うよ。これから冒険者になる人がいるんだ。多分、魔法使いになるんだと思う」
「ふむ……なるほど……。そいつのために見ていたのか……」
「うん、本人が居ないとサイズとかは自信無いけど、どんなのがあるかだけ見ておこうと思って」
「そうだな……。しかし、魔法使いならば、あの店はやめておけ。あの刺繍は、飾りだ。本物が欲しいなら、今日の帰りに良い店を教えてやる」
メルドが言った。
「ありがとう、お願いするよ」
僕は、そう返した。
ギルドの前に着いて少し待つと、アレックスとフューリがやって来た。
「すまん、すまん。フューリの奴が仕度に、手間取ってな」
アレックスが言った。
そうは言っても、広場の時計を見ると時間には十分程は早かった。
「いやー、みんな、おはよう! 今日も晴れて、絶好の死神狩り日和だな」
フューリが上機嫌に現れた。
「フューリ、いい加減に自分で起きろ」
メルドがフューリに言った。
「ちぇー。仕方ないだろー。昨日は遅かったんだし……」
「お前が、娼館になど行っているからだろう」
「良いじゃんかよー。久々だったんだから……」
メルドとフューリのいつものやり取りだ。
仕方なくも、良くも無いと思うのだが……気にしないでおく……。
しばらくして、アレックスは、時計の針を確認すると、ギルドの方に向けて声を上げた。
「死神の捜索依頼を受けた者は、こちらに集まってくれ!」
何人もの人達が、こちらへと集まってくる。
結構な人数だ。
二十人から三十人は居るだろうか。
集まった人達は、すでにいくつかのパーティーに分かれているのか、五つ程の塊に分かれていた。
「俺が、今回の捜索を、取り仕切る事になっている、アレックスだ。よろしく頼む」
アレックスは、そう挨拶を言うと、各パーティーのリーダーらしき人達と話をしていく。
どうやら、地図を見ながら、打ち合わせをしている様だった。
その様子は、とても有能そうに見えた。
「さぁ、俺らも行くぞ」
しばらくして、アレックスが戻ってくる。
「あぁ」
「よっしゃー。今日こそ退治してやろうぜ」
メルドとフューリが答えた。
「うん」
僕もアレックスに頷いた。
まだ明るい森の中を進みながら、アレックスが僕に説明をしてくれる。
「俺達は、目星の付けられたポイントを探していく。昼間の間に死神が隠れられそうな場所をな。おそらく、一番遭遇する可能性が高いだろう……。だから、気を引き締めていく必要がある。他の連中は、町から森の奥へと魔物の狩りをしながら追い立てる役目だ。少なくとも町からは、彼等が死神を遠ざけてくれるだろう」
魔物を狩るというのは、死神が魔物の魂を糧に生き延びている可能性があるためだ。
そして、僕らは死神が居る可能性があるという、ポイントを巡っていき、僕の魔法で死神を炙り出す。
本来は、大きな魔光石をメルドが使って行う予定だったが、僕の魔法の方が光量と効率が良いとのことで誘われた。
当然、一番遭遇する可能性が高いが、死神は逃げ出すだろうという前提で作戦が組まれている様だった。
「ダンジョンの中とかは、調べないの?」
僕は、通り過ぎてゆくダンジョンを横目に、アレックスに尋ねた。
「あぁ、ダンジョンの中は他のパーティーが探す事になっている。ダンジョンの中は薄暗いからな。魔光石を使って、魔法使いが三人だ」
アレックスが言った。
「しっかし、スゲーよな。五人中三人が魔法使いなんて、ちょっと羨ましいぜ」
フューリが言った。
「だが、あの連中の事だ。キチンと仕事をするかは怪しい」
メルドが少しだけ訝しげに言う。
「まぁ、そこは信じるしか無いさ。俺達は俺達の役割をこなせば良い」
アレックスが言った。
三人は、危な気もなく、出会う魔物達を倒して行く。
僕は、レベルが低いのもあるが、魔力を温存する為に見学だった。
そして、ポイントに着くたびに、魔法で薄暗い洞窟や森の中を照らしていく。
しかし、死神は、なかなか見つからなかった。
「しっかし、美味いよなー。こうやって死神を探しながら雑魚を倒しているだけで、金が入るんだもんな」
フューリが言った。
「あぁ、今回は魔物を倒すのも目的だからな。でも、死神を見つける前にバテるなよ?」
アレックスが答える。
「分かってるって」
フューリが答えた。
主に魔物を倒しているのは、アレックスとフューリだ。
メルドは、魔物の数が多かったり、強そうな魔物がいた時だけ魔法で倒していた。
魔力温存の為だろうか……。
「そろそろ休憩しよう。もう少しすれば、三つめのポイントだ」
アレックスが言うと、みんなで足を止めて休憩する。
「ユウ、魔力はどうだ?」
アレックスが、僕に尋ねる。
「うん、お陰様で余裕だよ」
僕は、そう答える。
彼等の戦い方は、勉強になる。
アレックスが前に立ち、フューリとメルドが援護と迎撃を受け持っていた。
もちろん、全ての魔物が向かって来る訳では無いので、向かって来ない魔物はフューリが仕留めていた。
フューリは、魔物が遠くにいても感じ取れるらしい。
狼人の血が、とか言っていたが……。
「なぁ、ユウ、少しくらい戦ってみるか? レベルも上げたいだろ?」
フューリが言った。
「えっと、それはそうだけど……」
「フューリ、ここら辺は、平均すると15〜18レベルくらいになる。ユウを前に立たせるのはちょっとな……」
アレックスが答える。
まぁ、こうして見ているだけでも勉強になるのだし、それでも良い。
そう思ったが、メルドも援護してくれた。
「ユウは、ラグウルフ四匹を一人で倒していたぞ」
「そうそう、大丈夫だって」
メルドに続いてフューリが言った。
「おいおい、ユウは8レベルだぞ。本当なのか?」
アレックスが僕に尋ねる。
「えっと、一応……」
僕はアレックスの質問に答える。
「それより、アレックス、ユウが8レベルと言うのは本当なのか? 身のこなしはともかくとして、魔力の扱いはとても8レベルとは思えないぞ」
メルドがアレックスに言った。
「あぁ……。見間違いという事は無いと思うんだが……」
アレックスが答える。
「まぁ、一度やってみれば良いんじゃね? ラグウルフを倒せたんだし、この辺でも通用するだろ。それに多少怪我しても、魔法は使えるだろうし」
フューリもアレックスに言った。
「でも、初めて会った時は、ウルフなんかにボコられてたけどな」
フューリはニヤリと僕の方を見た。
僕は、フューリの一言に少しだけムッとしながらも、答えた。
「分かったよ。証明すれば良いんだろ? 15前後なら余裕だと思う」
「よし来た、西にワイルドボア二頭だ」
フューリが言うと、みんなで歩き出した。
少し歩くと、二匹の猪が視界に入る。
そして、向こうもこちらに気が付いている様だった。
「ほら、ユウ。デカイ方を残してやる」
フューリは、そう言うと、弓矢を構えて放った。
命中。
二頭の内、一頭が地に伏した。
「フンガッ――」
残された一頭が、仲間の死に怒り、唸った。
そして、その大きな体が、こちらに迫る。
「ユウ、いけるか?」
アレックスが言った。
彼等は、魔物を前にして、こんなにも余裕だ。
僕もそれに習うことにする。
「うん、大丈夫」
僕は、そう言いながらフューリの前に歩み出ると、剣を抜いて、剣と体に魔力を込めた。
そして、剣と体が僅かに光り出す。
相変わらず、少しだけ恥ずかしいが、より魔力を込めようとするとどうしても光ってしまうので仕方が無い。
これで準備は万端だ。
僕は、魔物に向け、片手に魔力を集めて放った。
メルドに教わった魔弾というやつだ。
僕の放った魔弾は、僅かな光の残像を残して飛んでゆく。
不完全な魔弾は、魔物の頭部に直撃すると、眩い光を放った。
「ほぉ……」
後ろに控える誰かが唸った気がした。
僅かな痛みと眩い光を受けた魔物は、少しだけ体制を崩しながらもこちらに向かって来る。
僕は、その狙いの定まらない突進をヒラリと避けて、魔物の後ろ足を剣で切り裂いた。
「フギィ――」
斬撃を受けた魔物は、悲鳴を上げながら、体制を崩して倒れた。
僕は、魔物の元へスタスタと歩いて行き、まだ転げ回っている猪の首元に剣を差し込む。
「ッ――」
魔物は、一瞬だけ目を見開いたかと思うと、力無く目を閉じて沈黙した。
「見事なものだな。これなら問題無いんじゃないか?」
メルドが、アレックスに言った。
「あぁ、改めて見ていると、結構な魔力を身に纏っていたな。レベルは、俺の見間違いかもしれん……」
アレックスが答える。
「ようしっ、次行こうぜ、次! 東にホーンラビット五匹だ!」
フューリも、どこか認めてくれたのか、僕らをはやし立てる様にして言った。
僕は、彼らと一緒に魔物を狩る事になった。
名前も分からない猿の様な三匹の魔物を追う。
「キィ! キィ!」
魔物達は、お互いに高い声を上げながら、木の上を巧みに逃げ回っていた。
そしてときおり、こちらに向けて物を投げてきたりする。
「仕留め損ねた奴は、今晩おごりな!」
フューリが、弓矢を構えながら叫んだ。
明らかに飛び道具が有利だ。
魔物は、僕やアレックスでは、届かない位置にいる。
「おい、フューリずるいぞ」
アレックスが言った。
しかし、フューリは、ニヤリとしながら矢を放った。
そして、放たれる矢が、一匹の魔物に迫る。
「キィ!」
だが、間一髪のところで魔物が避けた。
「ふっ……」
僕の隣にいるメルドが笑った。
そして、メルドは杖を掲げると、彼の前の空間が、ゆらりと赤く歪んだ。
「炎よ! 逃げ惑う臆病者を追い、千里を走れ!」
彼の詠唱が森に響く。
「フレイムシュート!」
メルドの掛け声と共に、幾つもの小さな火球が、魔物に向けて放たれた。
その魔法は、とても素早く、薄暗い森の中を赤い軌跡を描きながら飛んでゆく。
そして、少し遠くで爆発音がすると、魔物達が木から落ちてきた。
「これで今日の晩飯は、フューリ持ちだな」
メルドが言った。
「えっ、なんでだよ」
フューリが、メルドに言い返す。
「お前が、仕留め損ねた奴は今晩おごりだ、と言い出したんだろ」
「はは、そうか。確かに、仕留め損ねたのはフューリだけだったな」
メルドに続けて、アレックスが笑いながら言った。
「なるほど……」
僕も、思わず呟いた。
「げ、ユウまで」
「フューリ、すまないな」
メルドがフューリに向けて言った。
「うわーマジかよ……」
森の中に、フューリのつぶやきが響いた。