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魔法の練習

 夜、町の城門は、たくさんの篝火が焚かれ、物々しい雰囲気に包まれていた。

 そして、何人もの兵士達が、武器を手に見張りをしている。


 これも、死神に備えての事なのだろうか……。


 僕は、いつもと異なるその様子に、若干の緊張を覚えながら城門を通り抜けた。


「ふぃー、やっと着いたー。疲れたよー」


 隣を歩くフューリが、肩を項垂れながら声を上げた。


「全く、情けない。フューリ、貴様はそれでも誇り高きガルフの末裔か」


 フューリの様子を見て、メルドが言った。


「だから、俺はハーフだっつの。血も薄いから殆ど人間ヒューマン……」


 フューリが、メルドにやんわりと反論をする。

 彼等は、仲が良いんだか悪いのだかよく分からない……。

 こうして、喧嘩をする割には、4人で歩いた時は意外と仲良さそうに話していたのだが……。


「まぁまぁ……。でも、今回はユウのお陰で楽だったじゃないか。明日にも差し支えは無さそうだ」


 アレックスが二人を宥める様に言った。

 そして、アレックスは僕の事を気遣う様に言う。


「ユウは、平気か? ずっと魔法を使い続けていただろう」


「うん、大丈夫。僕の魔法は、ほとんど魔力を使わないみたいなんだ」


 僕は、アレックスに答える。

 そして、町まで送ってくれたお礼を言う。


「それより、今日は誘ってくれて助かったよ。みんなも、ありがとう」


「こちらも、魔力の消費も抑えられたし、荷物の事も助かった」


「あぁ……」


 アレックスの言葉に、メルドも頷いた。

 ただ一人、フューリは項垂れたままだったが……。


「ほら、行くぞ」


「へいへい……」


 メルドがフューリを引っ張りながら、薄暗い町の中を歩いて行く。





 城門から少し離れると、やはり町の中は暗い……。

 こんな町中に、死神が現れれば、一溜まりもないだろう……。


 僕は、そんな事を考えながら歩いた。


 僕とアレックス達は、リノまでの道中、色々な話をした。

 その中でも、僕が一番熱心に聞いたのは、やはり死神の話だった……。


 彼等に聞いた話では、今回の死神は随分と変わった動きをするらしい。

 人を見れば逃げ出し、こちらから攻撃をし掛けても、どんなに追い詰めても、あちらから攻撃を仕掛けてくる事は無かったらしい……。


 しかし、そんな死神を倒すのは、一苦労だったそうだ。

 その死神は、薄暗い森の中を、縦横無尽に逃げ回った。

 姿を消し、木々をすり抜け、足場の悪い森の中でも宙に浮いて移動できる死神……。


 素人の僕にも、そんな魔物を追い回すのが困難な事は、想像に容易い。


 それに、手傷を与えても、時間が経てば回復するというのだから驚きだ……。

 全く……どれだけハイスペックなんだ……。


 僕が死神と遭遇したときは、相手がすぐに諦めてくれて本当に良かった……。

 僕は、彼等の話を聞けば聞くほど、そう思った……。





 僕は、隣を歩くアレックス達を見やる。

 なぜ彼等が、町に帰ってきたかというと、町の近くで魔物の死体が見つかったらしい。

 薄暗い森の中で、首だけを切り落とされた、何匹もの魔物が……。


 ただそれだけでは、死神の仕業とは決め付けられないが、魔物の死体からは、毛皮や肉などを剥ぎ取られた形跡は、無かったそうだ。


 そこで、明日の朝にも、町の兵士や冒険者によって大規模な捜索が行われるらしい。


 僕も、アレックス達と共に、死神を捜索する事になった。





「では、ユウ。また、明日の朝にギルドの前で」


 僕の宿の前に着いて、アレックスが言った。


「うん、分かった」


 僕はアレックスに返事をする。


「ユウー、寝坊するなよー?」


 フューリが、ニヤリとして言った。

 彼の言葉に、メルドが答える。


「お前じゃないんだから、大丈夫だろう」


 僕も、それに答える。


「あはは、気を付けるよ。それじゃあ、また」


 僕は、アレックス達と別れると、宿の中へと入った。


 うさぎ亭の食堂では、今日も酒盛りをする客達が騒いでいた。

 町の様子は違っても、うさぎ亭の様子は変わらない……。

 僕は、そんな事に安心感を覚えながらも、部屋の方へ向う。


「あっ、ユウ! 帰って来たのね!」


 すると、宿の娘のティアに、声を掛けられた。


「あ、ティア、ただいま」


「ふふっ……お帰りなさい。フランから聞いたわよ? ユウが、コルコ村の方へ行ったって。もう、本当に心配したんだから……」


 ティアが、微笑みながら言った。

 お盆を胸元に抱えて、可愛らしく答える。


「そうか……心配かけて、ごめんね。ティア、フランの様子はどうだったかな?」


 僕は、彼女にフランの様子を尋ねる。

 ティアには、フランのご飯を部屋に持って行って貰える様にお願いしていたのだ。


「あら? フランなら、もう平気だからって、裏庭で魔法の練習をしてるわよ? 今日はしばらく貸して欲しいって、洗濯物を取り込むのを手伝ってくれたわ」


「えっと……そうなんだ。分かった、行ってみるよ」


 僕は少しの疑念を抱えながらも、宿の裏庭へと向かった。


 魔女熱というのは、一日も経たずに治るものなのだろうか……。

 フランは、しばらくの間は熱が続くと言っていた気がするが……。









 僕が宿の裏へ出ると、突然何かが破裂する様な音が響いた。

 続けて、パラパラと雨が地面を叩く様な音……。


 その後には唯一、彼女の荒い息だけが聞こえていた。


「はぁ、はぁ……」


 薄暗い宿の裏庭には、水浸しの地面が広がり、ただ一人ポツンと佇むフランがいた……。

 彼女は、荒い呼吸と共に、僅かに肩を上下させている……。


 僕が、その様子に驚いていると、彼女は腕を前方に構えて、魔力を込め始めた。

 ほとばしる魔力が、暗闇から彼女の姿を浮かび上がらせる。

 そして、彼女の掌に、凄まじい量の魔力が集まり、濃縮された魔力の塊が出現した。


 しかし、僕にはそれが、ひどく不安定に見えた。

 今にも、壊れてしまいそうで、込められた魔力を上手く制御できていない……そんな気がした。


「はぁ……はぁ……ぁぅっ……」


 彼女の呼吸が乱れたその直後、魔法に成りかけていた魔力の塊が、破裂した。


 酒場の喧騒にまぎれながらも、裏庭に響く破裂音……。

 その音と共に、魔法で発生した冷たい水が飛び散った。



「ちょっと、フラン! 何をしているんだ!」


 僕は、そんな彼女の様子に驚き、少し大きな声をあげてしまう。

 僕の声を受けて、彼女がこちらに振り向いた。


「えっ……? ご主人様……どうして……」


 そして、ひどく驚いた様な表情をする。


「えっと……私……」


 彼女は動揺を隠せない様子で、少しずつ表情が曇っていった。


「いいんだ……。大声を上げて、ごめん。でも、寝てなきゃダメじゃないか。そんなに濡れて……」


 彼女の姿は、魔法の所為なのか、全身ずぶ濡れで、とても寒そうに見える。

 そして、僕が彼女に近づくと、彼女は両手を後ろ手に組んで言った。


「えっと……あの……。すみません……。でも……私、魔法の練習を……」


 彼女は、少しだけ泣きそうな表情で答えた。


 僕が怖がらせてしまったのだろう……。

 僕は、なるべく優しい声を心掛けて言った。


「もう……なにも、今やらなくても良いじゃないか。いまは熱を治す事が先だよね……?」


 僕が、彼女の額に手を触れると、まだ熱を感じられた。

 そして、水に濡れた彼女の体は、ほんの僅かに震えている。


「ほら……まだ熱いよ? それにこんな格好をしていたら、風邪を引いてしまうよ……」


 すると、彼女の頬に一筋の涙が流れた。


「すみませんっ……。でも、いまやらなきゃ、ダメなんです……。だって私……魔法、下手だからっ……」


 僕は、彼女の涙に驚きながらも、なるべく穏やかに答える。


「もう……そんなの徐々に上手くなっていけば良いじゃないか……。そんなに、急ぐ必要はないよ……。ゆっくりだって良いんだよ……?」


 僕が、フランにそう言うと、彼女は首を横に振って答えた。


「……ゆっくりでは、ダメなんです……。だって……ご主人様に置いていかれてしまうではないですか……」


「もう、置いていくって、魔法ならフランの方が上手じゃないか。それとも、今日の事?」


 僕がフランに尋ねる。


「両方……です……」


 そして彼女は、話を続けた。


「あの……魔女になった所為で、魔法が上手く扱えなくなってしまったんです……。このままでは、魔女熱が治っても魔法を上手く使えないかもしれません……。私……やっと、ご主人様のお役に立てると思ったのに……。やっと……ご主人様をお守りできると思ったのにっ……」


 彼女は、そう言いながら、涙を拭った。

 その手は、真っ赤に染まっていた。


 おそらく、もう何度も練習をしていたのだろう……。

 それに、あんな風に魔法を行使すれば、自分が傷付くのも当然だ。


 僕は、そんな彼女を愛おしく思いながらも、僕の考えを伝える。


「フラン……ありがとう……。でも、僕はフランに守って貰う必要は無いよ……。だって、君は、普通の女の子だろ……? 僕が、君を守るよ。だから、フランは何も心配しなくて良い……。フランは、僕に縛られなくても良いんだよ……?」


「ご主人様はヒドイです……。どうして、私を側に置いて下さらないのですか……。私には、ご主人様の傷を癒す事だってできます……。レベルが上がれば、きっと魔物だって……」


 彼女は、涙を拭いながら訴える。

 そして、彼女は僕の方を真っ直ぐに見つめると、言った。


「今日……ティアさんから聞きました……。死神は、まだ生きているって……。ご主人様は、死神の居る所に行ったのですよね? どうして、お一人でそんな危ない事をするのですか……」


「それは……」


 僕は、彼女の言葉に言い淀む。


「ご主人様は、死神が居る所に行くなんて、一言も言っていませんでした……。本当に……心配しました……」


 彼女の瞳から、次々と涙が零れ落ちる。

 その両手は、とても忙しそうだった。


「フラン、心配掛けて、ごめん。言わなかった事も謝る。だから、ごめんね?」


「イヤです……。許しません……」


 彼女の手が、僕の服を掴んだ。


「でも……。次から私を連れて行ってくれたら、許します……」


「もう、フランを危ないところには、連れて行けないよ」


「ヒドイです……。本当に、私を連れて行けないような所に、行っているのですね……」


「それは……そうだけど……」


 僕は、フランに言い負けながらも、なんとか言い訳を考え様とする。

 しかし、僕が考えるよりも先に、フランが再び口を開いた。


「……それなら、私も、一緒に連れて行けば良いじゃないですか……。私だって、いざという時は、ご主人様の盾くらいにはなります……」


「もう……そんな事できるわけないだろ……」


「できますっ……! 私は、ご主人様ためなら、どんな事だってっ……」


 彼女が、少しだけ大きな声を出した。


 そして、続く彼女の言葉には、より一層感情が込められている気がした。


「どうして……ご主人様は、私を必要として下さらないのですか……」


 彼女の身体が、僕の胸元に寄りかかった。

 彼女の冷たい体温が、濡れた服を通して伝わる……。


「どうして……私に何も求めて下さらないのですか……?」


 辺り一帯を、ほんの僅かな静寂が包み込む。


 僕は、いつもと違うフランの様子に焦りながらも、答えを探した。

 しかし、あまり良い答えは見付からなかった。


 しばらくして、なんとか言葉を紡ぎだす。


「えっと……どうしてって……。フランが心配だから……?」


 しかし、僕の言った言葉には、不甲斐なくも、語尾に疑問形が付いてしまう。


「っ……! 私はっ……ご主人様のほうが……心配ですっ……!」


 フランの頬が、赤く染まった気がした……。

 彼女は、僕からサッと離れると、恥ずかしさを紛らわすためか、少しの間、後ろを向いた。


 そして、再びこちらを向くと、彼女は言った。


「ズルいです……。では、私はどうしたら良いのですか……」


 そんな彼女に、僕は答える。


「フランは、自由に過ごして良いんだよ。だから、フランの好きなようにすればいい」


「もう……それは分かりました……。ですから……私は……ご主人様の側にいたいです……」


 彼女が頬を染めながらも、言った。


 正直、彼女の可愛さに負けてしまいそうだった……。

 僕は、そんな彼女の様子に、唸る様にして考える……。


「うーん」


 彼女は、そんな僕の様子を見ると、少しムッとした様な表情をしてから、ソッポを向いた。

 そして、腕を構えて、魔力を込め始める。


「ちょっと、フラン、だからダメだって」


 僕は、そんな彼女の腕を掴んで注意した。


「イヤです……。ご主人様はズルいです。好きにしてイイって言ったり、ダメって言ったり……。一体どっちなのですか……」


「それは……そうだけど……」


「私は、ご主人様の奴隷なのですから、側に置いて下さい」


「でも、僕と居ると怪我するかもよ?」


「ケガは自分で治せます」


「えっと、でも、魔女の所為で魔法が上手く扱えないんじゃなかったっけ?」


「じゃあ、やっぱり練習しますっ……」


 フランはそう言うと、僕の腕を振りほどいて魔力を込め始める。


「分かった。分かったからやめて……」


「イヤです……。いくら分かっても、約束してくれるまでは、やめません」


 彼女は、そう言って真剣な表情でこちらを見つめた。


「もう……分かったよ……」


 そして、僕は彼女に言う。


「その手と魔女熱が治ったら、フランを連れて行く。でも、危ないのはダメ……。この前みたいに薬草採取とかで暮らす」


「っ……。それではレベルは上がりませんっ……。ご主人様はレベルを上げたかったのではないのですかっ……」


 フランが再び僕に反論をする。

 しかし、僕はそれに付き合う気は無かった。


「ほら、もう良いから。早く部屋に戻ろう。風邪を引いちゃうよ」


 そう言って、彼女の手を引く。


「ですから、それではご主人様のやりたい事ができないじゃないですか……」


 彼女は、僕に手を引かれながらも、後ろでぶつぶつと言った。


「もう、そんなのどうでも良いだろ……。僕はフランの方が大事」


 僕は、フランの言葉に、適当に相づちを打つ。

 そして、ティアを見付けてお湯を頼んだ。


「あ、居た居た。ティア! お湯を二つお願い」


「はーいっ」


 ティアは、少し忙しそうにしていたが、こちらもフランが風邪を引くとイケナイので仕方ない。


「ほら、フラン。行こう」


 僕は、彼女の冷たい手を引いて、宿の部屋へと戻った。





「ユウー! お湯ー!」


 扉の向こうから、ティアの声が聞こえた。

 ティアはすぐにお湯を持って来てくれた様だ。


「はい、はい」


 僕は、扉を開けてお湯を受け取る。


「ティア、いつもありがとう。これ、お金ね」


 お湯を受け取り、用意しておいたお金を渡す。


「ふふっ……。ありがとっ」


 ティアは、笑顔で戻っていった。





「フラン、先に着替えて」


 僕は、フランの方を向いて言った。


「ご主人様が先に着替えて下さい。ご主人様も私の所為で服が濡れています……。私は、むこう向いてますから……」


 椅子に座った、フランが向きを変えながら答える。


「分かった」


 僕も、フランに背を向けながら、服を脱いで、お湯で体を拭いてゆく。

 彼女は、いまだ納得しないのか、あまり元気が無いままだった。


 そして、僕が体を拭き終わり、服を着始める頃に、突然冷たいものが背中に触れた。


「ちょっとフラン。冷たいよ」


 僕は、背中に触れる、フランに言った。


「寒いです……」


「全くもう……。だから先に着替えてって言っただろ?」


 そう言いながら、彼女の方を向く。


「ほら、早く着替えよう、僕は外に出ているから」


「体を拭くの……。手伝って下さい……」


「もう、そんなこと、できる訳ないだろ」


 僕はそう言って、部屋を出た。





 僕がしばらく待っていると、部屋の扉が開く。


「お待たせ……しました……」


 彼女の様子は、少しフラフラとしていた。

 僕は、そんな彼女の様子を心配する。


「ちょっと大丈夫……?」


「平気です……」


 フランは、そう答えると、僕の腕を引いて部屋の中へ招いた。

 僕は、彼女に腕を引かれながらも、部屋の鍵を閉めた。


 そして、彼女は、僕をベッドまで招くと言った。


「ご主人様……寒いです……」


「ほら、フラン。手を、僕の魔法で温める」


 僕はそんな彼女の手に触れると、その体を魔力で包んだ。


「魔法は嫌です。ご主人様が良いです……」


 フランの体が、僕の方に寄りかかる。

 彼女の寝間着越しにも、その冷たい体温が伝わった。


「もう、なにを言ってるんだ……。男の人に、そんな事、言っちゃダメだ。勘違いされる」


 そう言って、魔法で彼女の体を温め始める。


「ご主人様だから言っているのですよ……」


 彼女は、そう呟いた。





 そして、フランの事を魔法で温めていると、フランが再び口を開いた。


「あの……すみませんでした……。私はご主人様の役に立ちたかっただけなんです……。だから、魔女熱が治っても、連れて行って頂く必要はありません……」


「もう……。僕はフランの言いたい事が分からない。フランはどうして欲しいの……?」


 すると、僕と彼女の触れる手に少しだけ力が込められた。


「私はっ……ただ、ご主人様に必要とされたいだけなのですっ……。そして、ご主人様に尽くしたいのです……」


 僕は、そんな彼女の言葉を、黙って聞いた。


「ご主人様に、何かして欲しい訳では無いのです……。ご主人様の邪魔もしたくありません……」


 彼女の言葉に、僕は頷く。


「ご主人様は、レベルを上げたいのですよね……。この世界を旅したいって言っていましたよね……」


「うん……。そういえば、そうだったね……」


 僕は、いつの日か、口にした約束を思い出す。

 そう言えば、僕はフランとそんな約束をしていた気がする。

 レベルを上げようと思ったのも、それがきっかけだったか……。


 フランは、僕の手をギュッと両手で掴むと、言った。


「私は、ご主人様の夢のお手伝いがしたいのです……。その過程で、ご主人様に私を必要として頂きたいのです……。だって、必要とされない奴隷なんて……生きてる意味ないじゃないですかっ……」


 再び、彼女の頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。


「もう……分かったよ」


 僕は、そんな彼女に頷いて、言った。


「今度、一緒にレベルを上げようか。二人で一緒に、世界を旅しよう」


 僕は、そう言いながら、彼女の髪を撫でた。


「フラン……ありがとう……。それに、僕は、君の事を必要としているよ……? こうして手を繋いでいる時だって、そうだよ……」


 僕は、普段から思う、何気ない事を伝えてゆく。


「朝起きる時だって、いつもみたいにフランを抱き締めて起きると、安心する……。宿に帰って来たときにも、フランがお帰りなさいって言ってくれる時とかも、そうだね……」


 僕は、そんな事を口にした。


「僕はこの世界で一人だからね。フランが隣に居てくれると、やっぱり嬉しいよ」


 彼女は、ただただ驚いた表情で、僕の言葉を聞いていた。

 そして、少しだけ頬が染まっている様な気もする……。


「っ……。そんなの……言って頂けなければ……分からないじゃないですかっ……」


 そんな彼女に、僕は謝る。


「ごめん……」


「もう……謝らないで下さい……。ただ私が勝手に、そう思い込んでいただけじゃないですか……」


 そして、フランは僕と手を離すと、僕の方を真っ直ぐに見つめた。


「今日は……まだ言っていなかったので……。ゴホン…………」


 そして、なぜか咳払いをする……。


「お帰りなさい、ご主人様っ」


 フランは、眩しい笑顔で微笑んだ。


















「ちょっと、フラン。くっ付き過ぎだよ……」


 フランの胸が、僕の腕に当たる……。


「ご主人様が、私を抱き締めて起きると安心するって、言ったんじゃないですか……」


「だから、それは朝起きるときで、今じゃないって……。もうちょっと離れてよ……」


 僕はそんなフランに反論する。


「イヤです……。だって、近くに居ないと抱き締めてもらえません……」


 そう言って、彼女が腕に力を込めた……。


 今夜も、僕は、寝れない夜が続いた……。

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