魔女熱
窓の外が白み始める頃、僕は目覚めた。
久しぶりに夜明け近くに、起きる事ができた様だ。
今日は、期限付きの依頼を受けている所為か、少しだけ緊張しているのかもしれない。
これから、隣の村まで荷物を運ばなければならないのだ。
そして、僕の腕の中には、いつもの様にフランが収まっていた。
彼女の頭は、僕の胸元に押し付けられているので、その様子を伺う事はできない。
彼女は、もう起きているのだろうか……。
僕は、それを確かめるために、彼女の名前を呼んだ。
「フラン?」
「あ、ご主人様……。おはようございます……。もう……起きてしまったのですね……」
彼女は、埋めた顔を上げると、まるで残念といった風な声で答えた。
そして、その様子はあまり元気の無い様にも見える。
やはり、昨日は少し無理させただろうか……。
僕は彼女から離れながら声を掛ける。
「フラン、平気?」
「はい……。でも、今日は働けそうにありません……。あの……ご主人様は、もう行ってしまうのですか……?」
彼女は気丈に振る舞い、僕の事を気にする。
しかし、彼女の様子はあまり平気そうでは無かった。
「フランは、働かなくても良いんだよ……。それより全然平気そうじゃないじゃないか……」
僕は彼女の熱っぽさを感じて、その額に手を触れた。
「ぁっ……あの……」
彼女の額が少しだけ熱っぽい……。
どうやら、熱を出している様だ。
やはり、治りかけの彼女に無理をさせるべきではなかった。
「ごめんね、やっぱり無理をさせたかな……。今朝は、二人で医者に行こうか」
「えっと……。それではギルドの依頼が……。それに、この熱は、おそらく魔女熱と言われるものです……」
「依頼は、お昼前までに町を出れば大丈夫だよ。それに、魔女熱って?」
僕は、聞き慣れない単語を彼女に聞き返す。
魔女と付くからには、何かしら魔力や魔法に関係する事なのだろうが……。
「魔女熱は、長い間魔力に触れていると掛かる事のある病気です……。でも、良い事なんですよ……?」
フランは、少し辛そうにしながらも、微笑んだ。
僕はその様子に首を傾げる。
熱が出て良い事とはどういう事なのだろうか……。
「良い事……?」
「はい……。魔女熱は、発症すると、その者の魔力が高まるのです……。その証拠に、私に魔力を注いでみて下さい……」
彼女はそう言うと、僕の手をそっと掴んだ。
僕は、彼女に向けて魔力を注いだ。
しかし、今までと違って魔力がなかなか入って行かない……。
まるで呪い付きの発作のときとは逆に、内側から押し返される様だった。
「あれ……。おかしいな……」
「一時的なものです……。熱が治まれば、また元に戻るはずです……」
「魔力が高まるってことは、呪い付きは平気なのかな……?」
「はい……おそらく……。魔女熱を治す方法も……特に無いんです……。ただ自然に治まるのを待つしかありません……。ですから、お医者様も行かなくて良いと思います」
彼女には、お財布の中身を話していないのだが、時折気にする様な節がある。
実際にあまり余裕は無いのだが、申し訳ないと思った。
「そうか……。じゃあ、今日はゆっくり休んで。朝ご飯は食べられる?」
「はい、きちんと食べた方が、それだけ回復も早いと思います」
「分かった、食事は部屋まで持って来た方が良いかな?」
「いえ、下まで行きます」
彼女はそう言って、ベッドから立ち上がろうとするが、その様子はふらふらとどこか頼りない。
思ったよりも、深刻な様だ……。
「いいよ。貰ってくるから、待ってて」
彼女をベッドの端に座らせる。
「すみません……。頭がぼーっとしてしまって……」
「ううん、大丈夫」
フランと食事を済ませて、少しだけゆっくりする。
フランをベッドに寝かせて、僕はギルドの冊子を読んだ。
この冊子は、以前も読んでいるが、こういうのは何度も読んで覚えてしまった方が良い。
「あの……ご主人様」
ベッドに横になったフランが、僕の事を呼んだ。
「うん」
僕は、彼女の方に顔を向けて、返事をする。
「熱が引いたら……魔力を計ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
「もし……魔力が沢山増えたら、魔物退治にも私を連れて行ってくれますか?」
どうやら、彼女は魔女熱に少なからず期待をしているらしい。
元々、魔力が少ないと言っていたので、ずっと望んでいた事なのかもしれない。
「うーん、それは考える」
僕は、そんな彼女に曖昧に答えた。
「ずるいです……」
彼女は少しすねた様に言った。
僕は、その様子に、少しだけ心が和む……。
彼女のためにも、早く依頼を済ませて帰らなければならない。
「フラン、そろそろ行ってくるよ」
「はい……」
僕は彼女を残して、隣村へと向かった。
隣村までの道中は暇だ……。
何も無い草原を、何時間も歩く事になる。
前の世界の電車や車が少し恋しい……。
しかし、僕の体力は、レベルや魔力のおかげか、前の世界よりも増えている様らしい。
こうして何時間も歩いても、次の日に足が痛くなる様な事もない。
ただ、僕はまだ8レベルなので、レベルの恩恵は少ないかもしれない……。
なので、レベルは、ともかくとして……。
やはり、魔力が関係しているのだろうか……。
そういえば魔力は、身体能力を強化するのにも使われているのだったか……。
僕が魔法を教わったときに、ギルドの職員のエールが言っていた様な気がする。
確か、武術法とかだったか……。
僕は、いままであまり試していないが、練習しておく事にする。
これからは、そういう技術も必要になるだろう。
それに、魔力が余っているのに、使わないのも勿体無い……。
まずは、全身を魔力で包んでみることにする。
体の表面を薄い膜がまとわりつく様な感じだ。
次に、包む魔力の量を増やしていく……。
すると、全身を水に包まれている様な感じになった。
プールやお風呂に潜った様に、全身を魔力が包み込んだ。
自分ではなく、フランの事は毎日の様に包んでいるが、これはこれで変な感じだ……。
彼女は、嫌じゃないのだろうか……。
そして……包む魔力をより濃くしていく……。
包み込む範囲や厚みは変えないよう、体の近くに留める様なイメージを加え、なおかつ体内から放出量を増やす。
空気で言えば、圧力を加える様なイメージだ。
これはこれで、なかなか集中力を要するらしく、歩きながらだと、結構難しい。
それに、魔力の圧を上げすぎると、勝手に魔法が発動してしまう。
練習をしていると、ときおり淡い光が全身を包み込んだ。
これは僕が扱いきれてないのが原因かもしれない。
こうして練習したり、レベルを上げる事でより上手く扱える様になるのだろうか……。
僕は道中、魔力で体を包む練習を続けた。